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ライダン領との争い

閑話 エフィルンの日常

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「今日も頼むべ、エフィルン様。この稲って植物を成長させて欲しいだ」
「はい」

 私はフォルン領で開発中の新植物の畑に呼び出された。頼みに応じて、稲と呼ばれる新種の植物を魔法で成長促進させる。

 だが稲は全て枯れてしまった。成長できる土壌、もしくは条件を満たしていないようだ。

「これでもダメっぺか。水を多めにしたんだが……田んぼってのは難しい」
「他に何かありますか? なければ、いつものようにコショウ畑を促進させますが」
「何もないのでそれで頼むっぺよ。こりゃアトラス様に相談してみないとなぁ」

 首に巻いた布で顔を拭きながら、他の畑に歩いていく農民っぽい男。

 どこからどう見ても農民。百人いれば百人が農民と答えるベストオブ農民。

 だがその正体はフォルン領の農耕大臣らしい。なおあの男に農耕大臣と呼んだら返事してもらえない。

 本人も自分のことを大臣と認識してないまである。我が主、アトラス様が本人非承諾のまま任命したという噂もある。

 それでも問題が起きてないので流石は主様である。様々な思慮の結果そうしたのだろう。

 コショウ畑に植物促進の魔法をかけた後、どうするか少し迷ったが自宅に戻ることにした。

 今日はアトラス様は屋敷にいらっしゃる日。なので着替えて屋敷に向かう。

 今の私は全身の肌を完全に隠す、かなり暑苦しい恰好をしている。

 この服装は私が仕事時に着ろと命じられたもの。主様から頂いた大切なお召し物なので、仕事でない時は着てはならない。

「風よ、翔けよ」

 詠唱に呼応して風が私の身体を持ち上げる。

 実は主様からも、用事がないならあまり出歩かないようにと言われている。私がいると他の男性の仕事効率が落ちてしまうとのことだ。

 よく分からないので理由を聞いたら、「男の性」とだけ言われた。

 今着ている服も「男の性」を僅かでも封印するためと聞いている。

 風に運ばれて七色の自宅へと戻った私は家の中に入る。

「エフィルンお帰りサッ! 本日のお勤めは終わったのかい?」
「終わりました。後はアトラス様のおそばにつきたいと思います」
「そうか。ちなみに頼まれている媚薬なんだが、もう少しで完成するよ」
「ありがとうございます。楽しみにしています」

 いつものように試験管で液体を混ぜて、何かを作っている兄。

 兄は優れた人物であり尊敬している。でも……私よりも主様の信頼が厚く、それだけは羨ましい。

 そんなことを考えながら自室で服を脱いで、ドレスへと着替える。

 着替え終わって兄の元に戻ると。

「ではアトラス様の屋敷に向かいます」
「分かったサッ。あ、これをアトラス君に届けて欲しい」

 兄は私にキャンパスを渡してくる。おそらく何かの絵を描いてあると思うのだが、布で覆われていて中身は見れない。

「これは超機密事項だ。絶対に他人に見せないように」
「何を描いたのですか?」
「そうだな……簡単に言うなら……普通の男なら逃れられない性のカルマ、と言ったところサッ。私には関係ないけどね」
「わかりませんがわかりました。他人に見せなければよいのですね」

 真面目な口調の兄の言葉にうなずいて、キャンパスを受け取って家から出る。

「マイフェイバリットラブリィシスター! 気を付けていくんだよー! 今日こそアトラス君を押し倒すんだよー!」

 兄からいつも通りの声をかけられて後、また風魔法で主様の屋敷の門の前へと移動。

 以前は一秒でも早くお会いしたかったので、執務室の窓に飛び込んでいた。だが主様から「寿命が縮む」とお叱りを受けたので門から入っている。

 門の前ではセバスチャン様が、いつものように掃除をされている。

「ぐ、ぐわあぁぁぁ!? 骨が! 骨が折れる!?」
「た、たすけぇ! もう来ません! もう来ませんからぁ!」
「おやエフィルン様。アトラス様なら執務室にいらっしゃいます」
「ありがとうございます。今日もお疲れ様です」

 セバスチャン様は商人らしき男たちを、首根っこを掴んで持ち上げていた。

 いつものようにアポも取らずに、変な契約を結ぼうとやってきた者を追い返しているのだろう。
 
 最近はライダン領が潰れた関係で、更に変な輩が増えて掃除が大変とぼやいていた。

 商人たちの悲痛な叫び声を聞きながら屋敷へと入っていく。

 そのまま執務室に向かって行くと、廊下を箒で掃除しているメル様がいた。

「エフィルンさん、今日も綺麗ですね。その胸、どうやったら私もそこまで大きくなりますか」
「普通に暮らしていればなると思います」
「なりません! 私、アトラス様にギャフンと言わせたいんですけど! そのたわわな胸が必要なんです!」

 そう言われても困る。そもそも胸でどうやってギャフンと言わせるのだろうか。

「よくわかりませんが……主様にお願いしてみては? 主様は多種多様な魔法をお持ちですので、そういったことも叶えてくださります」
「あの人に言ったら爆笑されたあげく! バカにされました! お前に巨乳は宝の持ち腐れと! 豚に真珠! メルに巨乳と!」

 すでに相談していたようだ。メル様のこの行動力は見習いたい。

 だがすでに主様からお返事をいただいているならば。

「主様がそう仰ってるのです。メル様に巨乳は、不要の極みということでしょう」
「酷い!? エフィルンさんのバカぁ!」

 メル様は箒をはきながら、どこかに去って行ってしまった。

 あの人はいつも賑やかで羨ましい。主様からもよく楽しそうに見られているので、私こそメル様の見た目を見習いたい。

 主様は私のほうを見ても、すぐに視線を逸らしてしまわれる。

 きっと私に魅力が足りないのだろう。精進しなくては。

「あ、エフィルンさん。こんにちは! 何を持ってるの?」
「キャンパス?」

 しばらく廊下を歩いていると、カーマ様とラーク様がちょこちょこと歩いてきた。

 私の持っているキャンパスは超機密事項。性のカルマとやらで、他人には見せてはならない。

「どうぞ。アトラス様に届ける超機密事項です」

 なのでお二人にキャンパスを渡すことにした。この二人は主様の妻で他人ではない。

「ありがとうございまーす。何が描いてるんだ……ろ……」
「……処罰が必要」

 お二人は包んだ布を取っ払って、キャンパスの絵を見て絶句している。

 描いてあるのは、お二人の裸の絵だった。兄の恐るべき技量によって、ものすごく上手に描かれている。

 乱れた髪や布、照れた顔や汗など細かいところまで手抜きなくだ。

 カーマ様もラーク様も、少し顔を赤くしてわなわざと震えている。

「エフィルンさん、これどう思う? 酷いよね?」
「羨ましいです。私も主様にこうやって描くのを求められたいです」

 やはり私に魅力がないのでしょう。お二人は主様の妻になっていて、本当に羨ましい限りです。

 私もいつか主様から求められたい。

「それはやめたげて!? 自分の妹の裸を描かされるセサルさんが泣いちゃう!」
「禁忌」

 兄ならば私が頼めば簡単に描いてくれると思うのですが。

 そんなことを考えていると、カーマ様たちはキャンパスを再び布で撒いた後。
 
「じゃあボクたち、ちょっと行くところがあるから……。あ、このキャンパスはもらってくね」

 カーマ様とラーク様はキャンパスを抱えて走り去っていった。

 ちょうど私の向かっていた執務室の方向だが偶然だろう。

 更にしばらく歩いていると主様の悲鳴が聞こえてきた。いつものことなのでスルーしつつ、ようやく執務室の前へとたどり着く。

「主様、エフィルンです。入ってもよろしいですか?」
「いいぞ」

 許可を得たので扉を開く。以前に確認せずに入ったら、主様が着替えていたことがある。

 これ幸いと着替えを手伝おうとしたら、悲鳴をあげられてノック必須になってしまった。

 主様はいつものように椅子に座って本を読んでいる。

 髪などが少し焦げ臭いのもいつも通りだ。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 いつものようにエフィルンが執務室にやってきた。

 彼女は俺が暇な時は必ずやってきて、そばにつこうとするのだ。

 俺としても眼福なので許可している。彼女の胸はフォルン領の誇る最大最強の質量兵器だからな。

 カーマとラークとメルが束になっても叶わない。

「エフィルン。どうした? いつものようにそばにつきにきたか?」
「はい。主様もいつものようにお焦げなさられているようで何よりです」
「……焦げたくて焦げてるんじゃないぞ。それとエフィルン、カーマたちがセサルに頼んでいた絵を持っていたんだが……何か知らないか?」

 実はエフィルンが来るほんの少し前、カーマたちに焼かれていた。

 最近はラークもドライアイスを覚えて、俺を火傷させる技を手に入れてしまったのだ。

 何故かセサルに頼んでいたイラストが、見られてしまっていたのだ。

 超機密事項と念を押していたのにっ……なんでよりによって一番見られてはいけない二人にっ……!

「私が渡しました」
「なんでっ!? 超機密事項って言われなかったの!?」
「言われました。他人に渡すなと。なので主様の親族にお渡ししました」
「言葉って難しい!」

 最悪だ。キャンパスは没収されてしまったし、次からはカーマたちに警戒されてしまう。

 もうセサルにエロ絵を依頼することができないではないかっ! まだ一作目だから見てもいなかったのにっ……! せめて、せめて一目見たかった……。

「カーマ様たちの裸の絵でしたので、お渡ししたのは間違ってないですよね?」

 エフィルンは真剣な表情で呟く。いやどう考えても間違いです。

 なんなら一番最悪の不正解でございます。

「考えてみろ。俺がエフィルンの裸の絵を依頼していた、どう思う?」
「ものすごく嬉しいです」
「嬉しいの!?」

 ダメだ、エフィルンの思考は俺の理解を越えているっ……! 

 落ち着け、エフィルンのペースに乗せられてはならない。

 彼女はマイペースな人間で、実は結構セサル寄りだったりするのだ。

 兄妹だけあって思考回路が結構似ている。特に常人とかけ離れた感性のあたりが。

 話を変えよう。この話は俺の性癖が晒されてしまうだけだ。

「エフィルン、お前も最近はよく頑張っているな。何か欲しい物はないか?」
「主様に私の裸の絵を求めて頂きたいです」
「なんでっ!?」
「それと私もメル様みたいになりたいのですが、どうすればよいか教えて頂きたいです。胸が小さくなればよいのでしょうか?」
「ならないでっ!? エフィルンはそのままでいてくれっ!」

 いったい彼女の身の周りに何が起きてるのだろう?
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