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ライダン領との争い

第118話 奸計?

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 王都で戦争の許可をもらってから一週間後。

 ライダン領を攻撃するために、フォルン領は進軍を開始した。

 道中で通り抜ける領地の主に香辛料を振りまきながら、無事にライダン領の境までやってきた。

 そこで簡易の陣を築いてライダン領の動きを見ている。

「ライダン領は徹底的に防戦の構えか。まあそりゃそうだ」
「今も王都に訴えているようですぞ。これは不当な戦であると」
「もうここまで来たらムダだとわからないもんかね」

 ライダン領の地図を机に広げながら、敵軍の展開状況を確認していく。

 本来なら防戦は城とか砦で行うイメージが強いが、敵は平野で俺達に対して陣取っている。

 この理由は容易に想像がつく。ライダン領からすれば自領地を占領された時点で嫌なのだ。

 それに街に籠城という戦術は使えない。王から領民に危害を加えることは禁じられているからだ。

 もし街で籠城されたらどう攻めても領民に被害が出る。俺たちもゲリラ兵を警戒しないわけにはいかないから、領民に対して危害を加えてしまう。

 それはライダン領が卑劣な作戦を取ったとして、王の命に背くことになるからだ。

 ……正直そこまでの理由じゃなくて、「我が領地を一歩たりとも踏み入れさせるな!」ってライダン領主が癇癪起こしてる可能性が高いけど。

「アトラス様。暗部から敵軍の編成や弱点が子細に報告されております。各隊長の戦略傾向から性癖、好きな食べ物、好みの女性、ほくろの数まで」
「そ、そこまで細かいのはいらん……」

 セバスチャンが山のような書類を、机の上に叩きつけるように置いた。 

 暗部からすれば手に入れた情報を全て報告するのが仕事だ。だが量が多すぎて見る気がしない……。

 よし、他の誰かに押し付けよう。

「センダイ、戦いになれば戦略を決めるのはお前だ。この書類を確認しておくように」
「はっはっは。拙者、細かい字を見ようとすると目がかすんで無理でござる!」
「いばって言うな! それ酒が原因だろ!」

 センダイは俺の問いには答えず、酒瓶を口につける。

 心なしか普段よりも酒の量が多い。たぶん今回は楽勝だと見込んでいるのだろう。

 ライダン領と俺達の戦力差、まともに計算したら十倍以上勝ってるからな。下手したら百倍とかなるかもしれん。

 ここまで差がついているのは、カーマとラークとエフィルンの力が大きすぎる。

 はっきり言って彼女らを止める手段が、ライダン領にはなさそうなのである。

 ミジンコが百匹集まっても人間には勝てるべくもない。

「敵軍は意気消沈! なんなら泣き出しそうな兵もいるそうですぞ!」
「なんともまあ……」

 セバスチャンの報告を聞いて、思わず敵の兵士に同情してしまう。

 彼らからすれば素手で怪獣と戦ってね、と言われているようなものだ。

 しかも怪獣は敵視点では4体いる、実際には俺を除いて3体だが。唯一の救いは合体したりはしないから安心して欲しい。

 そんなことを考えているとカーマが俺の服のすそをつまんできた。

「ボクは怪獣じゃないよ」
「謙遜するな。三人の中では一番怪獣らしいぞ。なんせ火を噴けるからな。カマドラゴンみたいな」
「じゃああなたに火を噴こうか?」
「すみませんしたっ! どうか掲げた火をお鎮めください!」

 心をいつも読むのやめない!? 肖像権ならぬ心象権の侵害だと思う!

 俺は今回は正しいことを言ってるはずだ! プライバシーの権利を守れ! 

「聞くんだけど。お風呂覗くのはプライバシー以下の問題だと思うなぁ」
「まじすみませんでした。こちら高級バニラアイスになります」

 即座に【異世界ショップ】からお高いバニラアイスカップを購入。カーマに手渡すと何とか許してもらえた。

 危ない危ない、これで何とか助かった……。

「ケーキ」
「……こちら高級ケーキになります」

 ラークに便乗されてケーキを求められて仕方なく献上した。

 おかしい。戦う前から謎の出費が増えていく……これ戦費として落とせないかなぁ。

「ひっく、アトラス殿。そろそろ作戦を開始するがよろしいでござるか? というか開始しないとアトラス殿の身の安全が保障できぬ」 
 
 俺が来月の小遣いに危機感を抱いていると、センダイが俺に進言してくる。

 センダイの言うことは正しい。今から行う作戦名は宴会作戦。

 ようは飢えているライダン領軍の前でたらふく食って飲んで、敵の飢餓感を煽ろうという作戦だ。

 つまりフォルン領の兵士たちは、今か今かと酒を待ちわびている。

 酒に命をかけた彼らのことだから、俺に対する視線が殺意に変わるのも時間の問題だ。

 というかすでに背後からすでに殺意が生まれ始めている。

「いいぞ! すぐ始めろ! ラーク、エフィルン! 敵が攻めてこないように例のもの!」

 俺とラークとエフィルンが、敵陣と自陣の中央に歩いて移動。

 敵軍はこちらを警戒してか何もしてこない。それを確認して彼女らは魔法の詠唱を開始する。

 その支援をするべく、俺は【異世界ショップ】から肥料を購入して急いで土に撒き始める。

「生命の芽吹き、その希望に祝福を。我が望むは世界を担う大樹。そして守護の樹となりて、蛮勇全て葬らん」

 エフィルンの詠唱に呼応するように、俺が肥料を撒いたところから木が生えてくる。

 それはどんどん成長していき、あっという間に齢千年を超える大樹へと進化。

 さらにその大樹が変形していき、木の巨人へと変貌する。

「砕けぬ氷よ。守護の鎧となりて」

 ラークの魔法によって、木の巨人を守る氷の鎧や剣が出現した。

「――――!」

 声にならぬ叫びをあげて咆哮する木の巨人。

 更に威圧感のある独特のポーズ――歌舞伎の見栄が切られた。

 これは俺がエフィルンに指示しておいた。なるべく敵兵を怖がらせておくことで、この後の作戦をやりやすくするためだ。

「ひ、ひいっ!? あんなのに勝てるわけが……!」
「魔法使い部隊! 構えろ! あの巨人を倒せ!」
「む、無理です!? あんなの我々に勝てる相手ではっ!?」

 敵軍から動揺の声が聞こえてくるのも当然である。

 十メートルを超える木の巨人相手に、剣や弓で戦えなんて俺ならすぐに逃げる。脱兎のごとく逃げる。

 むしろ即座に逃走しないだけ訓練されていると言えるだろう。
 
「ボクの出番……」

 役目のないカーマが少し悲しそうだが仕方がない。

 手加減した戦闘だと火は使えないから……敵をせん滅するなら有用なんだけどな。

 これで敵軍はもう動けないだろう。下手に攻撃しようものなら、木の巨人が襲い掛かってくるのだから。

「根性見せろっ! 相手も同じ魔法使いだろうがっ! ここで倒さねば全員踏み潰されるのだぞっ!?」
「魔法使いでも格が違いすぎます! あれは化け物です!」

 更に敵軍から悲鳴が聞こえてくる。

 ……実はあの木の巨人、あの場から動けないんだけどな。地面に根を張ってるから。

 かつてエフィルンは大樹を移動できるようにしていたが、あれはドーピングしてたからできたらしい。

 まあ元から大樹が根っこで地面を這うのは気持ち悪……いや色々おかしかったからな。お薬の力ってすごい……。

 そしてフォルン領の陣から歓声があがる。

 木の巨人を見物しながら酒盛りが開始されたのだ。気分はねぶた祭である。

 飲めや歌えのドンチャン騒ぎ。食事も用意されていてカレーのよい匂いが周囲に広がっていく。

 他にも試しに作らせたラーメンなどの匂いも混ざっている。

 俺は【異世界ショップ】から毎度おなじみ拡声器を購入すると。

「ライダン領軍の諸君! 我々フォルン領は争いを好まない! 降伏すれば同じ国民として丁重に扱うぞ! 酒も飯も食べ放題だ! また個人単位での降伏も許可する! 上司の言葉など無視していいぞ!」

 ライダン領の陣に向けて降伏勧告を叫ぶ。

 俺の勧告に敵兵士たちが動揺しているのがここからでもわかる。

 彼らからすれば巨人に踏み潰されると思ってたところに、助かった上に美味な物を食える未来が突如生えてきたのだ。

 さあ俺の餌にさっさと飛びついてこい。

「お、おい。どうせ勝ち目がないし裏切った方が……」
「そうだよな。同じ国の領地だしそんなにひどい目には……」
「それにアトラス伯爵と言えば名君と聞くぞ! 王都でも民衆に高級料理を振る舞ったと!」

 やはり敵軍の一般兵は大きく揺らいでいる。

 だが隊長クラスは心が揺らいでいる兵を止めようとしている。

 俺はそんな彼らの妨害をすべく、拡声器の音量を最大にすると。

「ま、待て! そんなもの嘘に決まって」
「諸君! ライダン領の隊長は君たちを止めるだろう! だがそれは、彼らが! 彼らだけが美味しい思いをしているからであるっ! 一般兵の給与をネコババし、私腹を肥やせる地位を捨てたくないのだっ!」

 最大音量の拡声器によって音割れした声が響き渡る。

 敵兵の中には耳を塞いでいる者もいる始末だ。だがこれで敵の隊長の声など聞こえはしないだろう。

 ちなみに私腹を肥やしているのはマジだ。ライダン領主は地位が高い人間に対しては、ものすごく厚遇して裏切らないようにしている。

 その代わりに役職のない者は、扱いがかなり悪くなっている。

 なんとも胸糞悪い話だが、この場合は利用させてもらうとしよう。

「……俺は裏切るぞっ!」
「俺もだ! 踏み潰されるくらいならっ!」
「くたばれ隊長!」
「ごはっ!?」

 敵軍の一人が裏切りこちらに駆け込んでくる。

 それが引き金となって敵兵がどんどんこちらに流れ込んできた。ついでに敵の隊長と思しき人間が、なんか吹っ飛ばされている。

 たぶん日頃の恨みが爆発したんだろう、きっとそうだ。

 ふっふっふ。これで戦わずして敵を無力化できたな。
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