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ライダン領との争い

第102話 場所取りからが勝負

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 ライダン領主は自分の屋敷の廊下を激怒しながら歩いていた。

 手には王家の印の入った封筒を握りしめている。

 その後ろを金色のローブを着た老人が、ゆっくりとついていく。

「ふざけるな! 何故私があんな貧乏領地と同じ市で店を出す必要が! 奴らは下賤な血に粗末な領地! それは揺るぎない事実というに! そうだろうが!」
「は、はいっ!」

 近くを掃除していたメイドに怒鳴り散らすライダン領主。

 それを執事は遠巻きに眺めていた。自分は巻き添えを食らわぬようにと。

「しかも下見に来いだと!? 何様のつもりだ! フォルン領に伝えろ! 貴様ら程度が我らをコケにしたのだ。それ相応の覚悟はしておるなと!」
「承知しました。すぐに手紙を出します」

 執事は災害から避難するように逃げていく。

 それを見て忌々し気な顔をするライダン領主。

「チッ。やはり武力で負けているのは面倒だ……本来ならフォルン領などすぐさま攻め滅ぼすものを……! やはり其方ら、北の魔導帝国の支援を受けるべきか……」

 その言葉を聞いた老人は愉快そうに口をゆがめる。

「それがよろしいかと。双子の姫君、奇跡の娘、突然変貴。今のライダン領では手に余るかと」
「双子の姫君と奇跡の娘は分かる。だが突然変貴とは何だ?」
「フォルン領主ですよ。あの者は魔法の常識を無視している。あんな強力な魔法を使える者が、十四過ぎまで我らに気づかれないなどあり得ませぬ」
「何が言いたい?」

 煙を撒く言葉に少し不機嫌なライダン領主に、老人は薄気味悪い笑い声を出す。

「あの者は何かある。我らとて油断できぬ何かが。対立するならばお気をつけますよう」
「くだらん、魔法の常識など知ったことか。それよりもお前たちの武力を貸せ。そうすればフォルン領とて潰せる」
「考えておきましょう」

 老人はそう言い残すとその場から煙のように消え去った。




ーーーーーーーーーーーー



「いいか! ライダン領の売り場は日当たりの悪い場所だ! 広場の真ん中などの目立つ場所は、フォルン領で独占した!」

 俺は王都のジャブヌール広場――見本市の会場にいる。

 王都での見本市許可を取ってから一月ほど経った。今は広場の下見と場所の振り分けを考えているところだ。

 この見本市はライダン領主をボコボコにする機会。何としても逃すわけにはいかない。

 少しでも有利になるようにと店の配置を考えているところだ。

「いいの? ライダン領主が文句言ってこない?」
「店の場所を相談しに下見に来いって言ったのに、来ないんだもんなー。なら俺が勝手に決めていいってことだ」
「……何かしたでしょ?」

 アイスキャンディーを食べながらジト目をしてくるカーマ。

 いやだなぁ、俺は何もしていない。ただ手紙で「さっさと下見に来い。そこで店の場所の相談だ。このフォルン領のアトラスが命じる」と書いただけだ。

「来ないの分かってて出したでしょ。確信犯」
「ナンノコトカナー。俺なら絶対に出向くぞ」

 ちゃんと場所の相談をすると書いてるのだ。これで来ないのは奴が悪い。

 手紙を受け取ったライダン領主が、顔真っ赤で地団太踏む文章にしたが些細な事だ。

「かの高名なライダン領だ。ハンデを下さっているのだろうよ。それにあやからせてもらい、ギッタンギッタンにのしてやろう」
「アトラス=サンならそんなことしないよ?」
「その名を出すな。あれは空想上の人物であって、実在の人物や団体などとは関係ありません!」

 やめろよ。俺の見本市唯一にして最大の懸念を思い出させるのやめろよ。

 せっかく忘却の彼方に押し出したのに、すぐに蘇って来たじゃん。

 本当に俺の伝記が売れたらどうなってしまうのだろう。

 仮にアトラス=サンが有名になってしまったら、もう王都を歩けんぞ俺は。

「エフィルン、中央に大きなもみの木を生やしてくれ」
「はい、主様。とりあえず百本ほどでよいですか?」
「お前はこの見本市をもみの木園芸会にする気か? 一本ドンと頼む」
「生命の芽吹き。僅かな光に激を」
 
 エフィルンの呪文と共に、広場の中央に巨大なもみの木が出現する。

 これで広場に目印ができたな。もちろんこのクリスマスツリーの付近は、全てうちの店で陣取っている。

 後で派手に飾り付けて目立たせ、注目を集めるという寸法だ。

 やはり話題になるには目立ってなんぼだ。

「これでよろしいですか?」
「ご苦労さん。マシュマロいる?」
「はい」

 エフィルンにマシュマロの入った袋を渡すと、機嫌よさそうに食べ始める。

 彼女の魔法、はっきり言って領地経営的にチートである。

 例えばコショウを育てたい時、色々な環境を用意して育つか試すわけだ。

 トライアンドエラーなわけだが、植物の成長には時間がかかるので短時間には普通無理だ。

 だがエフィルンが呪文を唱えるとあら不思議。植物が急成長していく。

 流石の植物魔法もその植物が育つ環境がなければ育たないのだが……逆に言えば育たない場合はすぐにわかるのだ。

 そして育つ場合は一瞬で成長するので、すぐに収穫ができてしまう。

 彼女の魔力も無限ではないので大量収穫とはいかないが、それでも畑ひとつ分くらいなら楽勝。

 ……まあ短期間で同じ畑に同じ作物使うと、連作障害とか起きるらしくて思ったより世知辛いのだが。

「コショウは少し広場の端のほうの店、少し目立たない場所でもいい。ケーキやアイスはクリスマスツリーの近くで派手に!」
「普段より生き生きしてない?」
「根が意地汚い」
「根が商人って言ってくれない!? いや商人でもないけど」

 カーマとラークに軽くツッコんでおく。実際なんかバザーとかやる感覚で少し楽しいのは否定しないけど。

 そして陣頭指揮もひと段落ついたので、【異世界ショップ】に入店する。

 いつも通りのチェーン店のカウンターには、暇そうにだらけているミーレの姿。

「だらけすぎだろ」
「だって暇なんだもん。何か欲しいならてきとうに持ってってー」
「店員であることを放棄するな。お前の唯一のアイデンティティーだろうが」
「だって最近、アトラスが来なくて寂しくて」

 最近【異世界ショップ】にあまり来なかったから少し不機嫌なのか。

 ふっ。この俺に会いたいとはかまってちゃんめ。

「あの金貨の重さが恋しくて恋しくて。もうアトラスは来なくていいから、金貨の入った袋だけ定期的に送ってよ」
「張り倒すぞ」
「ふっふっふ。私の姿はカーマちゃんとラークちゃんと同じ! 自分の妻を張り倒せるわけが」
「いやできるが?」

 俺の言葉にミーレは凍り付く。

 だってお前、ガワだけ同じでも中身がまるで違うだろうよ。

「え、えーっと……何の用かな?」
「……都合悪くなって話逸らしやがったな。ライダン領主が嫌がらせしてくるから、その十倍返しできるくらいの準備をしておきたい」
「いや何かしてくるとは限らないんじゃ」
「あいつが何もしてこないわけないだろ。殺人鬼が人を殺さないのか? 泥棒が物を盗まないのか? ライダン領主がクズ行為をしてこないのか? そんなわけないだろ」
「あの人、泥棒とか殺人鬼と同じカテゴリなんだね」

 うん。クズっていうカテゴリの人間だから。

 ミーレは呆れた笑いを浮かべた後、パンパンと顔を手で叩くと。

「よし! じゃあ【異世界ショップ】の何が欲しいの? 久々だし張り切っちゃうよ!」
「洗濯ばさみ」
「……洗濯ばさみ?」
「洗濯ばさみ。それと瞬間接着剤」

 俺の言葉にミーレはいじけてしまった。感情の起伏が激しい奴だ。

「何で洗濯ばさみ!? そこは痴漢撃退スプレーとか! 地獄激辛唐辛子とか! 色々あるでしょ!?」
「お前はわかっていない。ああいったクズが最も嫌がることを」

 俺は散々クズを相手にしてきた。なので相手がどんな属性のクズかわかるのだ。

 クズにも多種多様な属性があるが、大分類すると三種に分かれる。

 ライダン領主は自分が無様な姿をさらすことをもっとも嫌うクズである。残りの二種は割愛。

「奴の顔中に洗濯ばさみを挟んでやる。そうすりゃ奴は赤っ恥だ。更に洗濯ばさみを取った後も顔が腫れて笑える。ついでに瞬間接着剤もつけてやる」
「くだらない……」
「あと地獄激辛唐辛子とかもくれ。洗濯ばさみのついでに飲ませるから」
「ついでの方が威力高くない!?」

 別についでのほうが強くても問題ないだろ。オマケが本体って菓子もよくあるじゃん。

 まあライダン領主がどんな嫌がらせを仕掛けてくるかはわからないが、徹底的に反撃してぶちのめしてやる。
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