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ライダン領との争い

第100話 本を売ろう②

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「アトラス様! 本の原稿が完成いたしました!」

 フォルン領の執務室。

 政治の本の背表紙をつけた漫画を読んでいると、セバスチャンが部屋に駆け込んできた。

 どうやらダメ元で頼んでいた本の原稿を書き終えたらしい。

 部屋で絵本を読んでいたカーマとラークが、セバスチャンの元に駆け寄っていく。

「セバスチャンさん、どんな内容なの?」
「検閲」
「どうぞどうぞ! 完璧な出来でございます! これ以上の本など世界のどこにもありませぬ!」

 セバスチャンは豪語しながら紙束をカーマたちに手渡した。

 凄まじい自信だなおい。まあ最初から自信がない内容を渡されても困る。

 クリエイターならば自分の作品には自信をもってもらわねば。

 原稿を書いたのはセバスチャンではないのに、あそこまで自信を持っていることが気になるが些細な問題だろう。

 カーマたちは原稿を少し流し見した後。

「あははっ! 確かに完璧な出来かも」
「今回の目的に合ってる」
「そうでございましょう! フォルン領で本を出すならば、これしかありませぬ!」

 カーマたちからも太鼓判が押された。いったいどんな内容のものを書いたんだ。

「俺にも原稿を見せてくれ」
「はい」

 カーマたちから原稿を手渡されて、最初のページから見始める。

 最初に書いてあった内容はこうだ。『レスタンブルクの救世主、アトラスの伝記』。

 俺はもらった原稿を即座に破り捨てようとするが、脅威の精神力でこらえた後。

「何やってる!? 何でこんなことになった!? これだとセサルと同レベルだろうが! 却下だ、却下!」
「何を仰いますか!? アトラス様の希望を全て叶えた形であります!」
「俺の希望はなるべく話題性があって、あまり使い古されてなくて、著作権フリーのものにしろって言っただけだろうが!」

 確かに話題性はあるかもしれない。痛々しい領主が自叙伝を出したと笑い話にされる!

 だがセバスチャンは必死に首を横に振ると、血走った目で俺ににじりよってくる。

「アトラス様はレスタンブルクで時の人でございます! 貧乏領地を押し上げ! 双子の姫君を妻にし! 巨神を討伐し! 隣国との戦いに勝利をもたらし!」
「わかった! わかったから離れろ! 離れろください!」

 俺の必死の説得によってセバスチャンは少し離れてくれた。

 本気のセバスチャン何して来るかわからなくて、命の危機を感じるのだ。

「セバスチャンさんの言ってること正しいと思うよ。英雄の伝記なら話題性もあるし、使い古されてるわけもないし、貴方の話なんだから誰も文句言わないよ」

 カーマが冷静に説得してくる。

 ……自分がやってきたことを客観的に見直すと、まるで英雄のようで困惑しかない。

 確かに謎に俺の希望用件を満たしていて性質悪い。

「それにライダン領主に対抗するなら、レスタンブルク国であなたの評判が上がるのは都合がよいかなって」
「…………それは否定しないが」

 もし俺の伝記が売れてベストセラーになれば、間違いなく国民の評判が上がる。
 
 そうすれば血統がなんだと言ってくる連中も、俺に対してはあまり強く言えなくなるのだ。

 理由は簡単。元々、貴族自体が優れた行いを成して任命されるもの。

 彼らはその子孫である。つまり優れた英雄と認められる者を否定するのは、先祖や血筋を否定することになる。

「問題は俺が英雄というガラではないことだが……」

 そう思いながら原稿を読んでいくと、こんなセリフが書いてあった。

『私が飢え苦しむのは構わない。だが親愛なる民が飢えるのを見過ごすわけにはいかない。故に私は立とう。この秘していた力をもって』

 …………こんなこと言った覚えがない。

 更に戦々恐々としながら続きを読んでいくと。

『人にはやり直す機会を与えるべきだ。それが例え、憎き敵であろうとも。故に私は隣領地の者を許そう』

 元カール領主に勝った時に謎のセリフが偽造されている……。

 そんな殊勝な考えじゃなくて、単純に殺すのも面倒だとかそんな理由なのに。

 更に指が震えて、脳が読むのを拒否するの我慢してページをめくると。

 ジャイランド討伐前、俺がカーマたちにかけたセリフが。

『双子の姫君。その華奢な肩に国の重責は厳しいだろう。私が受け持ってやる、巨神殺しの名とともにな』

 更にジャイランド討伐後に、王都に凱旋して欲しいと頼まれてのセリフが。

『私は賞賛されるために巨神を殺したのではない。無辜の民を救うためになしたのだ。凱旋は遠慮しておく。その金を民のために使って欲しい』

 これ俺じゃない。アトラス=サンという名の別人物だ。
 
 俺がジャイランド討伐前にこんなセリフ吐く余裕あるわけないだろ!

 むしろゲロ吐きそうなプレッシャーに押されていたぞ!?

 しかも王都の凱旋を拒否したのは、ジャイランドを目覚めさせたのも自分でマッチポンプだからである。

 無辜の民とか欠片たりとも気にした記憶がない……。

「セバスチャン!? これ大嘘過ぎるだろう!?」

 セバスチャンは笑みを浮かべて、ゆっくりと首を横に振った。

「ご安心を。全て事実に基づいて記載しております」
「肝心かなめの主人公の性格が反転してるぞ!?」
「アトラス様のことを正確に描写している確信がありますぞ」

 セバスチャン老いたな。どうやらボケが始まったようだ。

 この伝記のアトラス=サンは俺の真逆みたいなものだ。こんな聖人君子いるわけないだろ!

「ええい! この伝記の作者は誰だ! 俺が直接物申す!」
「私の孫でございます。真に申し訳ございません。この原稿を書ききると、力尽きて床に伏してしまい……」

 も、物申せねぇ……流石の俺も床に伏した人間に文句言えねぇ……ヤリ逃げされた気分だ。

 しかも書いたのセバスチャンの孫かよ!? 未だに顔見たこともないのに、先に俺の伝記を書かされるとは……。

 俺のことを直接知らないからアトラス=サンが爆誕してしまったのか。

「まあいいじゃない。伝説は多少脚色されるものだよ……ぷっ」

 カーマが笑いをこらえながら口を開く。

 面白がってるじゃん、めちゃくちゃ面白がってるじゃん。

「これ絶対多少じゃないだろ!?」
「大丈夫。バレなければ」
「バレたらダメなレベルってことだろうが!」

 ラークに対して思わず大声で叫んでしまう。

 これは売らないほうがよいのでは? セバスチャンの孫には悪いが、これはボツにしてやり直しを……。

「セバスチャン、この原稿だが」
「ご安心を。一刻も早く本にするため、すでにセサル殿に写しを持って行ってますぞ」

 セバスチャンの言葉に俺は目の前が真っ暗になった。

 いやまだだ! 今からでもまだ止められるはずだっ!

「すでにエフィルン様が紙を大量生産しております。セサル殿も色々と動いておりましたので、完成にそこまでの時間はかからないかと」
「なんでこういう時はあいつ優秀なの? ひどくない?」


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この話で100話目(閑話除く)になります。

いつも見て頂いてありがとうございます。
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