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ベフォメット争乱編

第88話 急転直下

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 落雷のライニールというハゲおっさんが、ベフォメット軍の前に出て俺達に決闘を申し込んできた。

 それを俺達は乗ってきた車の中から観察している。

 ……なんで戦争なのに決闘申し込んできてるんだろう。

 現在は車を停止させているが、間違えてアクセル全開に踏んでハゲをぶっ飛ばせば丸く収まるだろうか。

「カーマ。この決闘とやらを受けるメリットある?」
「以前ならベフォメット軍最強の魔法使いに、決闘で勝ったって自慢できたよ」
「今は?」
「……エフィルンさんに比べたらかすむよね」

 ハゲ散らかした窓際族さん、本格的に価値をエフィルンに奪われてるなぁ。

 むしろそれが原因で必死なんだろうな。ここで汚名挽回しようと。

「汚名を挽回してどうするの?」
「いやもう雰囲気が名誉返上しそうというか」
「貴様! ふざけるな! 神妙に勝負せよ!」

 外からライニールとやらの叫び声が聞こえる。

 超でかい声な上に地獄耳とは……性格が悪そうである。

 俺は車の窓を開いて顔を出し、拡声器を手に取る。

「いいだろう! だが貴様程度に俺が出る必要はない! カーマ、相手してやりなさい!」
「……面倒だから押し付けただけだよね!?」
「貴様! ふざけるな!」

 違う。面倒なだけではない。

 俺は魔法使い詐欺だから一騎討ちで勝てるか微妙なのである。

 このオッサンなら戦っても勝てそうな気はする。むしろ煽ってやれば頭の血管キレて倒せそうな気はするが、確実ではないのでやめておく。

「そういうわけでカーマ頼む。勝ったら以前に欲しがってたウェディングケーキを出すから」
「本当!? あの人倒すだけでくれるの!?」

 落雷のライニールさんかなり雑魚疑惑。

 少なくともカーマたちには相手にされてないようだ。……少し奮発しすぎだろうか?

 彼女が欲しがってたウェディングケーキってそこそこ値段してたし。

 そんなことを考えているとカーマが車から飛び出して行った。

「もう勝つから約束変えたらダメだからね! 炎の象りは鋭利の先! 穿て、炎の牙!」

 カーマは車から出るや否や、周囲の空中に無数の炎の槍を出現させてライニールに向けて飛ばす。

 火減一切なしの容赦のない攻撃だ。それを車内からフロントガラス越しに眺めながら。

「ラーク。あのライニールって本当に弱いのか? 普通に考えて雷ってかなり強そうなんだけど」
「あの人、雷使ってるの見たことない」
「……落雷のライニールなんだろ? 雷使いなんだろ?」
「ベフォメットでの名称」

 ベフォメットでそう呼ばれているだけで、由来などは知らないらしい。

 連射されていく炎の槍に対してライニールは。

「むおっ!? 我が息吹で全て消し飛ばすしかない! 芽吹けよ息吹!」

 ライニールは大きく息を吸うと、一気にそれを吐き出した。

 突風がカーマの出した炎の槍を数本消し飛ばすが……それが限界だった。

 無数の炎の槍がライニールの周囲の地面に、機銃掃射のような勢いで襲い掛かる。

 全ての槍が撃ち込まれた後、ライニールは腰を抜かして茫然としていた。

 彼の周囲の地面は焦げて抉れ、酷いことになっている。

 カーマは笑顔で車に近づいてくると。

「勝ったよ! ケーキ忘れないでね!」
「ああ、うん……」

 元ベフォメット最強の魔法使いを一蹴とは、本当にカーマとラーク強いんだなぁ……。

 そんなことを考えていると、バフォール領の兵士が馬に乗ってこちらに駆け寄って来た。

 はて? 俺達だけで出陣したはずなんだが。

「大変です! 街の北側に敵の巨人部隊が現れました! 伏兵です!」

 兵士は慌てながら叫んで報告してくる。なんだと!?

「なにっ!? ……そうか、さっきの決闘も囮か!? 仮にも決闘を挑んでおいて囮とは卑怯者が!」

 真正なる決闘を利用するとは……結果は一方的な蹂躙だったとしても卑怯者が!

 あそこまで必死に手柄を立てようとしてたのがポーズとは、主演男優賞も狙えるレベルだ。

 だが落髪のナイニールは腰を抜かしたまま、驚愕の表情で首を大きく横に振った。

「知らぬ! 私はバフォール領への侵攻を全任され、総大将として戦っているはずだ!? どうなっている!?」

 ……ハゲ散らかした窓際族だけあって、何も知らされてないのか。

 演技にしてはうますぎると思ったよ。純粋に利用されていただけと。

「北側の巨人軍の数は?」
「少数です! ですが一般兵では歯が立たず!」

 兵士の報告が確かならば巨人の数は少ないのか。なら俺だけでも何とかなる。

 俺達が全員北に向かったら、ここにいるベフォメット軍を抑える奴いないしな。

 ……センダイからは二人から離れるなと言われているが、まあ何とかなるだろう。

 さっきのライニールとの戦いでもカーマたちの力は圧倒的だった。

 仮にエフィルンが出て来ても対抗できるはずだ。

 それに俺がいても足手まといになりかねないし、北の伏兵を放置する選択肢もない。

「カーマ、ラーク。俺は北の伏兵を迎撃してくるから、ここは任せたぞ!」
「「わかった」」

 俺は車から飛び出して、ヘリコプターを【異世界ショップ】から購入。

 ヘリに乗り込むと街の北に向けて飛び立つ。

 残念な巨人たちの軍を発見して、空から腐った魚や松ぼっくりを大量に投下。

 ついでに大量の塩水も撒いていき、敵軍に苦しみを与えて撤退させることに成功する。

 大人しく帰ってくれてよかった。ダメなら次は練りわさびでも投下するところだった。

 そうしてカーマたちの元へと戻ろうとすると、その方向から強烈な音と衝撃が飛んでくる。

「な、なんだ!?」

 視線を向けると巨大な大樹が突如出現している。

 間違いなくエフィルンの魔法だ。どうやらセンダイの読み通りにエフィルンが攻めてきたか。

 ……下手に戻ると魔法大戦争に巻き込まれて危険だなぁ。でもカーマたちも心配だし……戻るか。

 ヘリの操縦桿を動かしてカーマたちの元へと急ぐ。

 元居た場所に戻ると周囲には燃え盛る、もしくは凍りついた巨大な木。

 もしくは千切れて植物の根が、びくびくと動きながら燃えている。

 地面には大量のクレーターができていて、炎と氷のコントラストが非現実感を醸し出している。

 ……ここは大災害もしくは天変地異か何か?

「ってカーマとラークはどこに……」

 周囲を見回すが彼女らの姿は見えない。ベフォメットの兵士たちもいなくなっている。

 ただひとり、そこに立っていたのは。

「…………」

 エフィルンが地面に立って、感情のこもってない目でこちらを見つめていた。

 …………すごく嫌な予感がするが仕方がない。このまま飛んでいたらまたヘリが鉄の棺桶になってしまう。

 俺はヘリをエフィルンのそばに着陸させて、運転席から地面へと降りる。

「カーマとラークはどこだ?」
「……あそこ」

 エフィルンは大樹の上部、枝の部分を指さす。

 そこを凝視するとカーマとラークが、枝に捕らえられているのが見えた。

 意識を失っているようで枝に絡めとられている。

「なるほど。二人は負けたのか」
「そう。後は貴方をマシュマロにして終わり」

 エフィルンはこちらを感情のない目で見つめてくる。マシュマロにするとはなんだろう……それは放置でいいか。

 …………さてどうしようか。カーマとラークが負けるとはなあ。

 ここはやはり俺の一番の得意技、貧乏が研ぎ澄ませた交渉術で何とかするしかない。

 まさか貧乏生まれに感謝することになろうとは。

「エフィルン、マシュマロ三年分でカーマとラークを交換だ。いや今ならば特別に五年分、いや出血サービスで七年分でもいいぞ!」
「無理、命令されてる。あれらは王子に渡す」

 やっぱり貧乏とか何の役にも立たんな! 

 あのクズ王子に渡されたら、間違いなく二人はヤバイ目にあわされる。

 ダルマ状態にされるとかは流石にダメだなぁ……………………仕方ない、根性決めるか。

「それはこちらもダメだな。二人は返してもらう」
「……貴方は私に勝てない」

 エフィルンからの宣告。

 俺をあなどってるわけではなく、純然たる事実を述べたつもりなのだろう。

 間違ってない。俺だってこんな状況でなければ、尻尾を撒いて逃げる。

「そうだな。百回やっても一回勝てるくらいだろうな」
「分かってるなら」
「でもまあ……一回勝てる」

 確率0%ならば諦める。だが1%はあるはずだ。

 俺は決して今までサボりだけしてきたわけではない。【異世界ショップ】の使い方は人知れず練習してきた。

 周囲にはサボりとしか思われなかったことを活用する時が来たのだ。

 それもここで勝てないなら全て無意味。それは却下である。
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