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ベフォメット争乱編

第77話 不倶戴天の弟

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 ベフォメット王城の個室。王子が優雅に紅茶を飲んでいた。

 そしてその隣には皿に山のように、以前よりも二倍積まれたマシュマロを食べているエフィルン。

 王子はそんな彼女を見てだいぶ辟易したような顔を浮かべる。

「……他の物も食べたらどうだい」
「焼きマロ好き」

 エフィルンは黙々とマシュマロを焼いて食べ続ける。

「……おかしいな。少し自我があるような……洗脳薬の効果は続いているはず……」

 王子はブツブツと呟いた後。

「誰かいるか!」
「はっ!」

 王子の叫びに答えるように部屋に兵士が入ってくる。彼はエフィルンに視線を向けないようにしていた。

 理由は簡単。彼女はかなり露出の高い奴隷服を着せられているからだ。

 そんな彼女をガン見した者は王子に処分されると知っている。

 王子の倒錯した趣味に付き合うことはないと、兵士はエフィルンをいない者として扱っている。

「フォルン領の経済情報はどうだ?」
「はっ! 今までと同じく上り調子と報告を受けています!」
「ふふっ。どうやら必死に偽装しているようだね。これだけ大量の高級菓子を献上しておいて、影響が出ないわけがない」

 王子は軽くほくそ笑んだ。そして机から一枚の便せんを取り出して兵士に手渡す。

「これは……?」
「そろそろフォルン領にトドメを刺そうと思ってね。とっておきを使うから、彼にこの手紙を渡してくれ。後はいいようにやるだろう」
「し、しかしこの手紙の送り主は……フォルン領の!」
「君は黙って私の言うことに従えばよい」

 王子の威圧するかのような言葉に、兵士は口を閉じると頷いて部屋を出て行った。

「……本当に黙っていくのか。まあいい、最も恐ろしいのは無能な身内……アトラス君は足手まといの身内に勝てるかな? この策も潜り抜けたなら本腰をいれて勝負といこうじゃないか」

 

ーーーーーーーーーーーーーーー



「嫌な予感がする」
「どうしたの急に」
「いや虫の知らせというか……虫酸が走るというか」

 屋敷の執務室で珍しく書類仕事をしていると、何やら急に背筋に悪寒が走った。

 まるで本能が警鐘を鳴らすかのようだ。そうまさに害虫が近くは這っているような。

 カーマはソファーで座ってアイスを食べながら、不思議そうにこちらを見てくる。

「虫程度でそこまで騒がなくても」
「ああいや虫は比喩というか、獅子身中の虫というか」

 何か分からんが猛烈に嫌な予感がするのだ。というか虫の言葉多いな……。

 こういった俺の予感は結構当たるのだ。フォルン領がいつも悪いことばかり起きてるからとは言ってはいけない。

「セバスチャンにフォルン領に問題が発生してないか確認を……」
「アトラス様! 緊急事態でございます!」
「なんだ!? ベフォメットが大群で攻めてきたか!? それともライナさんが暴走して攻めてきたか!?」

 勢いよく扉をぶち破って入室したセバスチャン。その様子を見ればかなりの事態であることは明白だ。

 やっぱり嫌な予感は当たるなくそっ!

「そんな些細な事態ではございませんぞ! フォルン領の崩壊にも繋がりかねないですぞ!」
「えっ。それ些細なんだ……」

 カーマが絶句している。

 俺も些細な事態とは思えないんだが、これらよりもヤバイことなどペストが流行とか隕石がダースで堕ちてくるとかレベルでは……。

「アトラス様、正気を保ってお聞きください」

 セバスチャンは俺をなだめるように、心の準備時間を与えるかのように一拍置いた後。

「アトラス様のダメな方の弟君が……」
「やめろ聞きたくない」

 即座に両耳を手で塞いで現実をシャットダウンした。

 俺の弟はひとりだけだ。今は王都で真面目に暮らしている奴だけだ。

 もうひとりはどこかから拾われてきて、野垂れ死んでるはずの赤の他人だ。

 だがそんな俺の現実逃避を許さないとばかりに、セバスチャンが俺の両腕を耳から引きはがす。

「アトラス様! 弟君がフォルン領に侵入しました! ご指示を! これはアトラス様が継いで以来のフォルン領最大の危機ですぞ!」
「わかっている……全軍を速やかに動かせ! 発見次第即射殺せ! 兵士を近づかせるな! 奴を相手どるのはアンデッドと相手にすると思え! クズがうつる!」

 俺とセバスチャンの間に緊張した雰囲気が流れる。

 あいつの存在を放置するわけにはいかない。クズがうつるというのは比喩表現ではない。

 冗談抜きであいつは周囲を堕落させていくのだ。

「えっ……いったいあなたの弟さんは何者なの……」
「クズの本懐! ひとりで周囲を汚染していく化け物だ! 王都でヤクを売りさばいたり他の貴族に売春宿を紹介してダメにさせたあげく脅したり! せっかくフォルン領から勝手に逃げ出したくせに!」

 しかも逃げ出した時にフォルン領の金まで盗っていきやがって!

 それでも必要以上にあいつを追って捕縛などを考えなかったのは、下手に捕らえてフォルン領に置きたくなかったからだ。

「いいか! あいつ……いや奴を見かけたら即座に燃やせ!」
「お灸をすえろってこと?」
「違う! 灰すら残さず燃やしきれ! あんなゴミクズ、生かしておいてロクなことはない!」

 俺の言葉にカーマが若干引き気味である。だが事実だ。

 シロアリの女王を放置する人間はいない。奴はそれを更に上回る存在。

 そんな奴がフォルン領にいる以上、駆除以外の選択肢などない。

「いいか。奴とは絶対に口を利くな! 最初に口をきけないように燃やし凍らせろ! 奴は三日あれば金貨千枚の被害をもたらせる!」
「おいおいおい。それは酷いだろう兄者」

 カーマとラークに叫ぶと横から吐き気を催す邪悪な声が聞こえた。

 俺は即座に改造エアガンを【異世界ショップ】から購入し、声のした方向に銃口を向けて引き金を引いた。

 だがその銃弾は奴を守るように発生した魔法障壁に防がれる。

「ちょっ!? 何やってるの!?」

 いきなり部屋で銃をぶっ放したことでカーマから悲鳴があがる。

 だが仕方がない。俺の不倶戴天の敵が同じ天井にいるのだ!

「こいつだ! こいつが世界の敵、存在してはいけない生物だ!」

 俺の不倶戴天の敵は手で髪をかき上げた後。

「おいおいおい。久しぶりにあった可愛い弟に酷い仕打ちじゃないか」
「可愛い? お前が可愛いならクソデブハゲやバイコクドンでも、世界屈指の萌えキャラになれるわ! くたばれ!」

 俺は更に改造エアガンを撃ち続けるが、なお健在する魔法障壁に全て弾かれてしまう。

 チッ! 弟め、いつの間に魔法を使えるように!

 俺が忌々しく魔法障壁と弟とにらみつけていると。

「いやー、この魔法障壁便利だよね。北の魔導帝国産なんだってね。僕も発生装置をもらっただけだから詳しくないけど」

 北の魔導帝国め地獄に堕ちろ。

 何が魔法障壁か! バズーカなりガトリング砲で打ち破ってやる!

 俺が弟を滅する火力を用意しようとすると、奴は懐から一枚の便せんを取り出し見せびらかしてくる。

 その便せんにはベフォメット王家の印らしきものが見えた。

「兄者。今の僕はベフォメットの使者なんだよね。下手に何かしたらどうなるかわかるよね?」
「殺す理由が二倍になったな! その手紙も含めて汚物は全て燃やしきる!」
「ちょっ!? ダメだよ! 国際問題になっちゃう!」

 全てを灰塵に帰すためにバズーカを弟に向けて構えると、カーマが俺を制止するように抱き着いて来た。

 普段なら嬉しいところだが今はそんな余裕はない。

 俺はカーマを引きはがそうと彼女の身体を押すが、抵抗されてなかなか離れない。

「離れろカーマ! 大丈夫だ! 全て灰塵に帰せば証拠は残らない! 使者が死者になったって誤差だろう!」
「落ち着いて! 絶対誤差じゃないから!」

 そんな俺達の様子を見て楽しむかのように、奴は胸糞悪い笑みを浮かべると。

「いやぁ。兄弟の中とは思えない殺意だなぁ。同じ母から生まれた同胞《はらから》じゃないか」
「お前が同じ腹から生まれたのが人生最大の汚点だ!」
「これは手厳しい。とりあえず手紙の内容を読みあげるよ」

 我が敵は便せんの封を破って手紙を取り出すと。

「ニール・フォルン・ハウルクはフォルン領に対するベフォメットの親善大使。我が国とフォルン領の関係改善のための使者であり、国賓級の扱いをすること」
「いいだろう。葬式は国葬にしてやる」
「やれやれ。僕を殺したら国際問題なんだよ。兄者ならそれくらい分かるだろう?」

 ……くそっ! ベフォメットめ! よりにもよって女王シロアリ……じゃなくて我が弟を使者だと!?

 どうやってこの最凶の存在を見つけたんだ!? この弟をここで殺したら、俺は国際問題を引き起こした上に身内殺しになってしまう。

 下手に手を出せないではないか! 上手に殺るしかないではないか!

「……声に魔力がのってる」
「やっぱり……? 魔法は使ってないみたいだけど……」

 ラークとカーマが我が弟を見ながらボソリと不穏なことを呟いた。

 声に魔力? クズ力もしくは煽動力の間違いではないだろうか。

「そういうわけだからよろしく。以前みたいに」

 俺の考えを全て吹き飛ばすように、弟はこの世のものとは思えぬおぞましい笑みだ。

 こいつを好きにさせれば、決して大げさな表現ではなくフォルン領は崩壊する……。
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