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ベフォメット争乱編

第72話 フォルン領の怪奇

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 剣術大会が終わってコロシアムから転移でフォルン領へ戻る直前。

 セバスチャンが真面目な顔で俺に話しかけてきた。

「アトラス様、実は雇って頂きたい者がおりまして。戻りましたら是非見合いをして頂きたく」
「なんだいきなり。まあ別に構わんぞ」
「おお、ありがとうございます!」

 セバスチャンが雇って欲しいと言うならば、別に一人くらい問題はない。

 軽く返事して転移で屋敷の前に戻って来たところ、俺に気づいた兵士が慌ててこちらに駆け寄ってくる。

「大変です! 先ほどコショウ畑に盗人が入りました!」
「なにっ!? 盗人はどうした!?」
「はっ! 何とか全員捕縛しました! ですがその騒動で植えていたコショウの何割かはダメージを……」

 兵士は申し訳なさそうに頭を下げる。せっかく軌道に乗って来たコショウ畑に盗人か……。

 よりによってフォルン領の主要メンバーが全員いない時なのが最悪だ。

 誰かいればそこまでの被害は出なかっただろう。カーマやラークならば魔法で一網打尽。

 センダイならすぐに盗人を捕縛する。セバスチャンなら盗人相手に微塵たりとも殺しを躊躇しないので、彼らの命と引き換えにコショウ畑を守れただろう。

「何というタイミングの悪さですぞ!」
「いやセバスチャン殿、これは偶然ではないかもでござる。我らの動きを把握し、隙をついてきたと考えたほうがよい」

 憤慨するセバスチャンをセンダイが諭す。確かにその通りだ、悪い方の想定に備えたほうが良い。

 外れてたら考えすぎたで終わるが、当たっていた場合は今後も起こりえることに対策しないことになる。

「とりあえず今後は指揮が取れる者が残ることにしよう。主要メンバーの誰かが残れば何とかなる」
「セサルさんも主要メンバーだけど」
「主要メンバーの中で人間だけだ」
「セサルさん人間だよね!?」

 あいつは人間というより変人という新たなカテゴリの人種だから。

「しかしコショウが守れてよか……いや待て」

 俺の脳裏に警鐘が鳴り響く。コショウを狙うのはわかるが、仮にも俺達全員の不在を狙うくらい用意周到な奴らだ。

 そんな奴らを相手にして、フォルン領の兵士程度がコショウを守り切れた?

 正直違和感がある。うちの兵士はそんなに優秀とは思えない。

 仮に俺が攻める奴らの視点ならば……コショウ畑で無能を使い捨て囮にして、本命の何かを狙う……!

「砂糖は! 砂糖は無事か!?」
「砂糖ですか? 特に襲撃された報告は……」
「……自分で見に行った方が速いか!」

 俺は【異世界ショップ】で自転車を購入すると、急いでテンサイ畑に走った。

「……一部が切り取られている」

 テンサイ畑は一見何も変わっていない。だが盗まれた前提で注意深く見ると、全体的に少しずつテンサイが盗られている。

 なるほど。フォルン領の利益をあげる作物をかすめ取ってきたか。

 ここまで用意周到な奴らのことだ。おそらくテンサイの育て方の情報も仕入れているだろう。

 栽培係を脅すなりしているのは容易に想像できる。

 盗ったテンサイを育てて儲けようとする薄汚い醜い心が透けて見えるようだ。

 盗んだ相手が同じ国の貴族かベフォメットかは知らんが、よくも舐めたマネをしてくれたな。

「センダイ! カーマ! ラーク! すぐに盗人を探すぞ!」
「探すって言われても……もうここからは離れてるだろうし。何もアテなく探すのは難しいよ」
「ぐっ……それはそうだが」

 カーマの言葉に少し頭が冷える。確かにこの状況で闇雲に探しても、盗人を見つけるのは難しい。

「むおっ!? こ、これはリズの……」

 セバスチャンは地に膝をつけて落ちたリボンを手に取り、わなわなと震えだした。

「どうしたセバスチャン? そのリボンに見覚えが?」
「私の孫のリズの物です! アトラス様に雇っていただいた後のため、領地の視察をさせていたのですが……どうやらさらわれてしまったようです」

 リボンを握りながらセバスチャンは立ち上がる。その目は殺戮者のそれだった。

「我が孫を……万死に値しますぞ!」

 セバスチャンは暴走機関車のように、土煙をあげてどこかに走っていった。手がかりもなくどうするつもりなのだろうか……。

 そもそもリボン落としただけの可能性もある。状況的にはさらわれた可能性のが高いが。

 セバスチャンの孫が誘拐されたとなると諦める選択肢は取れない……そういえばテンサイの栽培記録として、常にビデオを撮っていた。

 監視カメラではないが何か写ってるかもしれない。

 即座にビデオを撮っていたデジカメを確認し始める。数台置いていたがそのうちの一台が、盗人のことを激写していた。

 完全に油断しきっていたようで自分たちがベフォメットの間者であることや、逃走ルートの話もしていてくれた。

 電子機器の存在を知らない無知で蒙昧な泥棒どもめ! 自ら墓穴を掘ったな!

「泥棒はベフォメットの間者だ。奴ら、国にテンサイを持ち帰るつもりだ」
「なら北に逃げたってことだよね? 西は逆方向だし、南はベフォメットに向かえるルートないし。東は……」
「仮に東に向かったならただの自殺だ」

 東は人外魔境東レード山林地帯である。あそこは人間が生きていられる環境ではない。

 つまり北に逃げたと見て間違いない。それが分かれば後は簡単だ。

 俺は【異世界ショップ】からヘリコプターを購入し、目の前に出現させる。

「追うぞ! ヘリなら逃げた奴らをぶっちぎれる!」
「ぶっちぎったらダメだよ!? セバスチャンさんはどうするの?」
「……今の殺戮チャンと同じヘリに乗りたいか?」
「…………セバスチャンさんなら自力で追い付いてくるよね!」

 カーマは笑みを浮かべながらそう言ってヘリに乗り込むが、少し顔色が悪くなっていた。

 どうやら想像して怯えてしまったらしい。カーマはセバスチャンのこと苦手にしてるからな……。

 全員をヘリに乗せて北に向かって少し低空飛行に飛ぶ。

 人とテンサイを隠せそうな馬車や荷車の類を運んでいる奴がいれば、ヘリで近づいて話しかけていく。

 そうすればカーマが心を読めるので泥棒かどうかがわかる。

 今も馬車の御者台に座った商人っぽい男に、ヘリを近づけるとカーマが大きく声を出す。

「何を運んでいるんですか!」
「おお、なんだべ!? あ、カーマ様にラーク様にセンダイ様! それと……誰だべ? まあいいか、木材を運んでおります!」

 商人っぽい男は俺の顔を見て、首をかしげながら返事をする。

 フォルン領主の顔くらい知っておくべきだと思うんだけど!? こいつ間者じゃね!?

「本当みたい。次行こう」

 カーマが次に行くように指示してくるので、仕方なくヘリの高度を上げる。

 ……運転席だから見えづらかったのだろう。きっとそうだ。

 北に進みながら怪しい馬車などに声をかけていくと、通常よりも大きな荷台を引いた馬車を発見した。

 あれは怪しい。俺がヘリを近づけようとすると――御者台の男は鞭を叩いて馬の速度を上げた。

「逃げたな! 盗人はお前か! ラーク、地面を凍らせて馬を止まらせろ!」
「そんなことさせたら馬車にいる誘拐された人が危ないよ!」
「転倒注意」

 確かにそうだ。馬車は自動車に比べれば大した速度は出ないが、それでも転倒すれば中の人が危ない。

 盗人はたとえ複雑骨折しようが首の骨を折ろうがどうでもよいが、誘拐されたセバスチャンの孫は……大丈夫なんじゃね?

 だってあのセバスチャンの孫だぞ? 鉄人の孫だぞ? 馬車が多少転倒した程度なら平気じゃないのか?

 俺が内心そう思ってラークに指示を出そうとすると、馬車後方から大きな砂ぼこりを上げて何かが近づいてくる。

 目を凝らしてみると……全力疾走のセバスチャンだった。

「おおおおおお! 我が孫のリズを返すですぞおぉぉぉぉぉ!」

 爆走するセバスチャン! 信じられないことに馬車に追いついてしまった。

 荷台の後ろの取っ手を掴んで中に乗り込んでいく。その手には木のこん棒を持っていた。

 そしてしばらくの間、強烈な打撃音と複数の男の悲鳴が聞こえてきた。

 業者台で馬車を操っている男が、顔を真っ青にしながら後ろの荷台をチラチラ見ていた。

 外からは何も見えないが、音声と効果音だけで惨劇が起きてるのが分かる。

「ひっ!? た、たすけっ……!?」

 そして……御者台の男が荷台の中に引き込まれていった。ホラー映画かな?

「では拙者が馬車を」

 センダイがヘリから馬車の御者台に飛び降りて、馬をなだめはじめる。

 ようやく馬車が止まったのでヘリを着陸させて降りたのはよいが……。

「ほ、ほらあなた。中の様子を見てよ」
「確認必須」
「俺さ、別にホラー強いわけではないんだよ!」

 カーマとラークが背中を押してくるのに抵抗しながら、俺は惨たらしい殺戮が起きたであろう荷台の外側を観察する。

 …………壁にうっすらと血がにじんでるような。

 そんなホラーハウスと化した馬車の荷台の扉がゆっくりと開いていく。

 中から現れたのは……血まみれで蠢く老人の皮を被った殺戮者だった。

 手には血の染みついたこん棒を握り、眼光は背筋が凍るほど鋭く光っている。

 その姿はまさに猟奇的、控え目に言って今すぐここから逃げたい。

「ひっ……」

 カーマは短い悲鳴をあげると、俺の背に身体を預けてきた……いやこれ気を失ってる!?

 殺戮者は俺をロックオンすると、勢いよくこちらに襲い掛かってきた。

「ラーク! 氷! 魔法!」
「…………」

 ラークは震えながら首を横に振って、俺の腕にしがみついてくる。ダメだ、恐怖のあまり魔法が使えないようだ。

 殺戮者は大きな呼吸音を出しながら俺のすぐ側までやってくると。

「アトラス様! テンサイを取り返しましたぞ! 盗人は全員懲らしめました!」
「…………そうか」

 殺戮者もといセバスチャンが嬉々とした声をあげる。

 いや殺戮者がセバスチャンなのは分かっていた。純粋に見た目と雰囲気が怖すぎて……。

 それとこらしめましたってレベルじゃないと思う。苦しめましたとか殺しめましただろ。

「ち、ちなみに孫は無事だったか……?」
「無事でございました。私の顔を見て安心したのか眠りましたが」

 恐怖で気絶しただけだと思います。

「ところでアトラス様、少しご相談があるのですが」

 セバスチャンは少し申し訳なさそうに俺に頭を下げてくる。

 何だろうか。自分に死ぬほど怯えてしまった孫へのフォローだろうか。

 極めて困難だ。頭を金づちで叩いて記憶を完全抹消させるくらいしか方法が……。

「実は盗人を万死の目に合わせようと思うのですが。死んだ者を蘇らせる魔法が使えたりはしませんか?」
「…………」

 フォルン領で最も恐ろしいのはセバスチャンだ。間違いない。
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