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バフォール領との争い

第69話 剣術大会②

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 俺達はコロシアムの中に入り、受付に案内された関係者専用席に座る。

 気分はVIP待遇だ、いや実際VIPのはずなのだが。ちなみにセンダイはすでに出場者用の待機室に向かっている。

 VIP席だけあってかなり見晴らしがよいので助かる。

 俺は周囲の貴族狙いでこれ見よがしに売り物をアピールする売り子を無視して、【異世界ショップ】からフライドポテトと酒を購入する。

 誰が明らかに高い観光地料金の食べ物買ってやるかよ! むしろ俺が売りたいくらい……いや今からでも無断で店開くか……?

 バレる前に売り倒してしまえば……。

「アトラス様、このセバスチャンにお任せを。押し売りして参ります!」

 俺の考えを察したセバスチャンが堂々と宣言してくる。

 セバスチャンは押し売り絶対うまいだろうな……文字通り物凄くゴリ押しで、何でも売りさばきそうだ。

 そこらの悪徳業者にも全く押し負けないだろう。

「いややめておこう。ここでセバスチャンの押し売り技術を見せて対策されては困る。もっと荒稼ぎできる時まで隠しておけ」
「承知しましたぞ! このセバスチャン、その時は全てを売り渡して見せましょう」

 セバスチャンが自信満々に告げる。小金稼ぎで対策されるのはもったいないしな、だが頼むからプライドと命までは売り渡さないでくれよ。

 全てに自分の命まで含めてそうだから怖いんだよな。

「これより剣術大会を開催する! 本日は日柄もよく、まずは武官候ドレースより挨拶が……」

 しばらく談笑しているとコロシアム中に大きな声が響き渡る。

 グダグダと行われた開会式や王の演説を、居眠りでやり過ごしてようやく大会が始まった。

「まずは一回戦! 片や流れの剣豪、あのオーガをも単騎で屠った剣豪ジュール! 片や凄まじい勢いで発展するフォルン領の防衛隊長センダイ!」

 審判員の叫びと共にコロシアムに二人の男が入場して来る。

 ジュールという男は中肉中背だが、しっかりと筋肉がつき装備も整えて強そうだ。

 センダイはどう見ても酒飲みのおっさんだ。何なら簡易鎧すらつけずに普段着だ。

 ……どう見てもセンダイのほうが流れの剣豪では? 

 ちなみに鎧は何でもよいそうだが剣は通常のロングソード固定らしい。バスターソードなどだと、どう考えても対戦相手を殺しかねないので当然か。

 勝敗の判定は……よく分からん。開会式で説明してたけど寝てたから……一本とったらとか、剣を失ったらとかだった気がする。

 まあボクシングとかもイマイチよくわからないし、雰囲気で楽しめばよいだろう。

 センダイと敵の剣豪は二人は向かい合って礼をする。センダイは頭を下げた時に少しよろめていていた。

 ダメだ完全に出来上がっている。

「さぁ、いざ勝負開始!」

 審判員の宣言と共に敵の剣豪が剣を構える。それに対してセンダイは千鳥足のまま、不敵に笑っていた。

 その場をふらつくセンダイと、ピクリとも動かない敵の剣豪。

 互いにしばらくの間見つめ合った後、敵の剣豪は大きく空に向かって咆哮し。

「参った!」

 何故か敵の剣豪は降参した……センダイめ、酒でも盛ったか!?

 周囲の観客からブーイングが聞こえてくる。当然だ、俺だって身内でなければ死ぬほど野次を飛ばしている。

「おおっと!? フォルン領のセンダイ選手、何もせずに降参だぁ!?」

 審判までセンダイのことを流れの剣豪と勘違いしている!?

 違う逆だ! その酔っ払いはうちの防衛隊長だ! 浮浪者だが流れ者じゃないんだ!

「なんでい。フォルン領の防衛隊長ひでぇな……」
「所詮は成り上がりの貧乏領地でおじゃ。あんな酔っ払いに降参とは」

 周囲の貴族たちからも、うちの理不尽な悪口が聞こえてくる。

 やめろ! あの酔っ払い浮浪者のほうがうちの防衛隊長だ! 

 信じられないだろうけど! 俺も君たちの立場なら絶対勘違いするけど!?

 当事者のセンダイは酒を飲んで愉快そうに笑っていた。

 ダメだあいつ否定する気一切ないな!? 仕方ない、かくなる上は……。

 俺は拡声器を手元に用意して音量を最大に設定し、席から立ち上がって息を大きく吸い込むと。

「きけぇ! 俺はフォルン領主アトラスだっ! そしてそちらの浮浪者の酔っ払いがフォルン領の防衛隊長だ! 勝手にうちの防衛隊長を負けさせるんじゃない!」

 コロシアム中に響き渡った俺の声は、周囲の観客たちの勘違いを消し去った。

 そして理不尽で事実無根なフォルン領の悪評もなくなった。

「……あんな浮浪者が防衛隊長ってヤバイなフォルン領」
「今も酒飲んでるでおじゃる。とてもまともな人間とは思えないでおじゃる」

 …………全くもって否定できない! 悪評が事実有根になっただけではないか。

「カーマ、ここからフォルン領の評判を取り戻す方法は……」
「無理でしょ。嘘の評判じゃなくて全て事実だし」
「ですよね……」

 結局審判が間違えたことを謝罪して、大会はそのまま継続された。

 さっき俺にクソ偉そうな態度をとったレイも、一太刀で勝利をおさめている。

 チッ、負けてくれればよいものを。

 そしてセンダイの二回戦だが、次の対戦相手のベテランっぽいおっさんも。

「参った!」

 向かい合って礼をした後、剣を交えもせずに降参した。

 ……そして観客から大ブーイングが起きて、フォルン領への侮辱まで聞こえてくる。

 裏で何をしてるかわからんが流石に放置ができない。俺は席から立ち上がる。

「どこ行くの?」
「センダイのところに行ってくる! こんなので評判下げられてたまるか!」

 カーマにそう言い残して選手待合室へと殴り込むために走り出す。

 結局カーマやラーク、セバスチャンもついてきた。

 いや訂正しよう。セバスチャンは俺を速攻で追い抜かして先頭を走っている。

 コロシアムは人が多いがセバスチャンはその爆走で人ごみを突っ切り、人が通れる空間を作り出してくれて後続の俺達は楽に進めた。

 そして待合室の前についたので入ろうとすると、道中でスタッフに止められたが。

「ひかえいひかえい! この方をどなたと心得る! フォルン領主のアトラス様ですぞ!」
「い、いやしかし……関係者以外は立ち入りが……」
「すべての責任はこのセバスチャンが取りますぞ!」

 セバスチャンの説得によって無事に待合室に入ることができた。

 ちなみにセバスチャンはこの大会に一切かかわりのない人間なので、責任なぞとれるわけがないのは内緒だ。

 完全に勢いで押し切った形だがまあよしとする。ことはフォルン領の評判に関わる緊急事態だ。

 ベフォメットの卑劣な策という可能性だって無きにしも非ず。つまり国家存続の危機と言えなくもないこともないと思いたいので許してください。

 待合室を見渡すと床に座って酒盛りをしているセンダイを発見。急いで近づいていく。

「ひっく。アトラス殿、どうされたでござるか?」
「どうしたもこうしたも。センダイ、何をやっている! ちゃんと戦え!」
「そう言われても対戦相手が勝手に降参するでござるよ」

 センダイは酒瓶を口につける。どうやら対戦相手に酒を盛ったりはしてないようだ。

 元からそういったことをする奴ではないが。

 しかしそれでは困るのだ。また対戦相手に降参されたら、どんどんフォルン領の評判が地に堕ちていく。

 ……やはりこれはベフォメット、もしくは他貴族の策略か!? フォルン領の悪評を流すための!? 

 もしそうならば非常にまずい。何としても敵の策を破らねば。

「次から対戦相手が降参する隙を与えず叩きのめせ!」
「審判の開始宣言がないと、叩けないでござるよ」
「ならば降参されても叩きのめせ!」
「人としてどうかしてるでござる」

 センダイはけんもほろろに俺の策を否定してくる。言ってることは間違ってないので反論できない。

 なんと厄介な策だろうか。対策のしようがない。

 例えば下剤を盛るなどをしてくるならば対策はとれる。

 薬を用意するなり何も口に含まないなり、オムツして挑むなりある。

 だがこの戦闘前降伏策は対策できる方法が思いつかない。審判員買収よりも卑劣な策だ。

「ならば敵が降参しなくても勝てると思うように見せかけろ! 死ぬほど油断してる様子を見せるんだ! 道化を演じろ!」

 思わず叫んでしまい待合室から視線が集まってくる。

 センダイは空になった酒瓶を床に置いて、新しい酒瓶を取り出した後。

「はっはっは。これ以上、どうしろと」

 真っ赤になった顔でフラフラするセンダイ、床に散乱した大量の酒瓶。

 俺は何も言えなかった。もうこれ以上ないくらい舐めプの道化であった。
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