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バフォール領との争い
第66話 兄より優れた妹
しおりを挟む「エフィルン? その名前をどこで?」
エフィルン変人の妹疑惑が芽生えた次の日。彼女にマシュマロ樽三つ分を贈呈して、さっさと追い返した。
そして急いでセサル変人を元バフォール領主屋敷へと呼び寄せた。
粉微塵の可能性を考慮して、エフィルンのことを聞いてみたのだがこんな返事が返って来た……。
「ベフォメットの魔法使いでな。緑髪でお前とは似ても似つかぬ可愛い娘だ。まあ気のせいだろう、決して妹ではないはずだ」
「それは間違いなくミーの妹!」
「この情報で断定!? 似ても似つかぬと言ったんだが!?」
セサル変人は俺の言葉を意に介さず髪を手でかきあげる。
まあベフォメットの魔法使いで、髪の色も名前も同じならほぼ確実に同一人物だろう。
違う可能性はほぼないと言ってよい。
「エフィルンはミーとは全く似てなかったからサッ……すごく元気だったろう? 明るくいつも笑っていて、お兄ちゃん大好きと言う可愛い妹だ」
「その妹は妄想の中の存在ではなかろうか」
エフィルンの特徴を述べるとするなら無表情で無口だぞ。
あの娘がお兄ちゃん大好きなんぞ言うとは到底思えん。
「エフィルンは無表情で無口だぞ。別人じゃないか?」
「ちなみに魔力や魔法はわかるかい?」
セサルは普段と比べて随分大人しく、真面目に喋ってきて調子が狂う。
どうやら妹の話はかなり気になってるらしい。仕方がない、こちらも少し真面目に話そう。
「カーマとラーク合わせても負けるかもという魔力量だ。魔法は木の巨人や、巨大な竜巻を出していた」
「なら間違いなく私の妹だ。……ふむ、思春期特有の性格変わりかな?」
……元が明るいならあそこまで無表情で無口にはならないと思うぞ。
しかし本当にエフィルンがセサルの妹とは……。
「才能全て、妹に渡してしまったのか……」
「そうだね。エルフとしての才能のうち、九十九割はエフィルンが継いだと思うよ」
「お前の妹の才能限界突破してんぞ」
よくある間違いだ。九十九割ではなく九割九部である。
だがセサルは首を横に振った。
「合っている。エフィルンは普通のエルフより十倍天才だ」
「シスコン……」
変人な上にシスコンだったのかこいつ。まあ誤差の範囲か、セサルに今更変な属性が追加されても変わらん。元から変わっている。
「欲目なしの事実さ。エフィルンはカーマ嬢やラーク嬢にも劣らぬ才能を持っている……それにしても少し魔力が多すぎるとは思うが」
まあカーマとラークはこの国最強の魔法使いズ。並みの才能では歯が立たないはずだ。
それを遥かに上回るならば、才能が限界突破していても不思議ではない。
「じゃああれか。セサルは妹に才能全て奪われたと」
「エルフとしてはね。その代わり、ドワーフの才能は私が九十九割ある」
……確かにセサルは物作りにおいては天才という言葉も生ぬるい。
変人、変態、少数派、酔狂人、バカとセサルは使いよう、と言葉がよく似合う。
「エフィルンだが元気だったかい?」
「まあ五体満足ではあったな」
「そうかい。元気そうでよかったよ」
セサルの元気基準は両手両足がついていればよいらしい。
元気そうかと聞かれると返事に困るんだよな。無表情で無口だから、まじで五体満足だったとしか言えない。
「しかし無口で無表情か……少し確認したい。エフィルンに違和感を感じたところはなかったか? 例えば目の焦点がおかしいとか、たまに奇声を発するとか」
「お前は妹がヤク中みたいな状態を望んでるのか?」
「違う。そうだな……何かエフィルンと話していて、普通の人とは違う違和感はなかったかい? 少し気になった程度でいい」
セサルは真面目な顔で聞いてくる。普通の人とは違う違和感ね……。
無口で無表情以外だと……胸が大きい。いや違うな。
そもそも多少大きさ的には中の上くらいで、カーマとラークばかり見てるから基準が低くなって殺気!?
恐怖を感じて床に飛び込むと、俺のいた場所に氷の柱が生えていた。
危ない……意識のある強制コールドスリープ状態になるところだ。
俺はカーマたちとの間にセサルを挟むように移動し、身の安全を確保した後。
「うーむ。強いて言うならなんか自分で好きに動けない感じ? 好きなもの食べろって言ったら、困るって返って来たな」
好きな物を食べてじゃなくて、マシュマロを食べてと言わないと食べてくれなかった。
あれは少し違和感があったが……。
「…………ふむ。わかった、ありがとう」
セサルはしばらく考え込んだ後に俺に頭を下げた。
……誰だこいつ。いつもみたいにミーミー鳴いてくれないと調子が崩れる。
「次にエフィルンと会う機会があったら、私も呼んで欲しい」
「……俺は正直二度と会いたくないけどな。強力な敵だし」
セサルに言うのはどうかとは思うが、妹を呼んで欲しいとか言われても困る。
エフィルンは敵なのだ、それもかなり厄介な。
「……我が妹だからね。当然サッ! それはそうとせっかく来たんだ。ミーがここで出来ることはあるサッ?」
セサルは重い雰囲気をかき消すようにいつもの調子に戻る。
頼みたいことなぁ……正直ないというか。下手に他領でよい物を作っても、盗られる可能性があるからな。
「特にないな。というか俺もそろそろフォルン領に帰ろうと思ってるし」
「そうなのサッ?」
「俺がいないと色々と問題も起きてるだろうし」
「そんなことはまったくないサッ」
「……少しはあるだろ」
「これっぽちもないサッ!」
おかしい。これでは俺がいらない子みたいではないか。
領主だぞ俺。フォルン領最高権力者にして独裁者だぞ!? 偉いはずなんだぞ!?
まずいぞ。このままでは俺が普段仕事をサボってるから、いなくても問題ないことがバレてしまう。
さっさとフォルン領に戻って、存在感をアピールしたほうがよさそうだ。
「そういえばアトラス君も弟が二人いると聞いたが?」
「え、そうなの?」
セサルの言葉に、いつの間にかこちらに寄って来ていたカーマが追随してくる。だがそれは違うぞセサル。
「違う。俺の弟はひとりだけだ。もう片方は……もういない」
俺は奴を思い出して拳を強く握る。爆発しそうになる気持ちを何とか抑えるのだ。
「ごめんなさい」
ラークが申し訳なさそうに謝ってくる。
だが別に謝る必要はない。知らなければ仕方のないことだ。
「気にするな。俺も奴のことは絶対に忘れない……」
むしろ忘れたくても忘れられない、というべきだろうか。
いかん、奴のことを思い出すと身体が震えてきた。
「……大丈夫、きっと天国に」
「そう……叶うならば奴が生まれたことをなかったことにしたいくらいだ!」
我慢しきれずに机をぶっ叩く。あいつを思い出すだけで、身体が死ぬほどあったまってくる!
今の俺は瞬間湯沸かし器だ。あのやろう!
「ど、どうしたの急に!?」
「……いやクズ弟のこと思い出すと、怒りで身が焦がれてくるというか。焼き殺したいと言うか」
「弟さんだよね?」
「オブラートに包んで言うが、どこかで野垂れ死にして地獄に落ちていて欲しいくらいには」
「弟さんだよね!?」
カーマが驚いているが知ったことではない。
俺はあいつを弟とは思ってないから。殺すべき敵と認識してるから。
「念のため言っておく。もし俺の弟のうちクズのほうが現れたら即座に燃やせ。絶対に近づかせるな」
「クズなほうって言われても……」
「大丈夫だ、絶対にわかるから。あの汚れた心は人の皮を被った程度では隠しきれない」
俺の弟は二人とも、俺がフォルン領を継ぐと決まった時点で去っていった。
ひとりは悪い奴ではないし去っていった理由も、俺の迷惑にならないためだ。優秀だし残って欲しかった。
もうひとりのクズはフォルン領なんぞゴミと言いまくったあげく。去る時に金を盗んでいきやがった。
俺の命綱になるはずだった金をだ。この時点で奴は俺を殺したに等しい!
他にも色々と昔からやらかしてくれたし、もはや俺の生涯の敵と言っても過言ではない。
「ちなみに控え目に言わなかったらどうなの?」
「地獄の業火すら生ぬるい。死んだ方がマシな責め苦を受けた後、永遠に首を晒されて嘲笑されて欲しい」
「弟さんなのに……」
「あれは弟ではない。俺の不倶戴天の敵だ。同じ空で奴が生きていると思うと腹が立つ」
カーマがドン引きしている。……仕方ない、俺も兄弟の情があるところは言っておこう。
「俺にも欠片の情はある。なので首を晒されるという優しさを見せている」
「やさ……しさ……?」
「死なせるだけ救いがある」
「弟に対する言葉じゃないよね!?」
結局カーマを納得させることはできなかった。
これはよく姉妹一緒に風呂に入って、覗きに行った俺を氷炎のコントラストで迎撃する彼女らには永遠にわからないことだろう。
応援ありがとうございます!
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