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バフォール領との争い

第58話 偽物

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「それでそのアトラスはどんなイケメンなんだ?」

 偽アトラスを知っているっぽい初老の爺さんに、その見た目について確認する。

 俺の偽物だからさぞかしイケメンなのだろう。万が一、不細工な奴を使ってたら存在を許さん。

「まずデブでハゲでクズです」
「よし殺そう」

 もうこの時点で不細工役満ではないか。ここから例え、天使のような美しい声とか言われても挽回不可能だ。

 むしろデブでハゲでクズなのに、ムダに美声とか余計に気持ち悪い。

「あのアトラスだけは絶対に許せないのですっ!」
「どうか! お願いします! あいつだけは生かしておけないんだ!」
「頼む……せめてさらし首にしてくれ! 多くは望まないから殺す前に地獄の苦しみを!」

 民衆がすごく怨嗟のこもった声で叫ぶ。

 偽物アトラス君恨まれ過ぎでは……? ここまでヘイト集められるのって、もはや天才の領域だぞ。

 天に与えられた才というより、地獄から押し付けられた厄災の感じはするが。

 デブでハゲで相手をイラつかせる天才……なんか一人知ってるが流石に違うだろう。

 仮にあいつが俺の偽物なら、もはやそれは俺、いや人類に対する冒涜だ。人としてやってはいけない禁忌を軽々と超えている。

 ……しかし思わぬ形で目立ってしまっているな。さっさとこの場は離れたほうがよいかも。

「考えておく。ところで……アトラスは二人の姫君と結婚したはずだが、その二人もそばにいるのか?」

 俺ことアトラスが姫と結婚した話は有名なはず。何なら俺自身がどうこうより、二人の姫と結婚した相手として名が広まってる。要は二人のオマケとして。

 俺の偽物ならばその二人が傍にいないと違和感があるはずだ。

「愛想つかされて別れたと聞いております」

 いつの間にか俺は離婚させられていた。偽物立てるならそこ手抜きするなよ!?

 ラークとカーマの偽物は用意できなかったのだろう。美少女で双子かつ強力な魔法使いを準備するのは、滅茶苦茶ハードルが高い。

 下手に条件を満たしていない偽物を用意しても疑われる。ならば偽物アトラスをクズにして、愛想つかされたとしたほうがまだ説得力がある。

 ……そのためには偽物アトラスを相当なクズにして、愛想つかされたことに説得力を持たす必要があるが。

 偽物の俺のクズさはやばそうだ。見る時は覚悟したほうがよいだろう。

「……ちなみにその男の悪行エピソードは?」
「理不尽な利子を返せず、妻と娘を盗られました!」
「借金の証文もないのに、借金を取り立ててきます! 額も相手の都合でいくらでもっ……!」
「自分より身分の高い人間にも、椅子すら用意しません!」

 …………どうやらバフォール領は禁忌に手を染めたらしい。

 変色するほど拳を強く握りしめ、何とか老人たちにお礼を言ってこの場を去った。

 俺の名前を何度もクズと言われて更に礼をする羽目になるとは……実に貴重な経験をした。

 この経験の礼はぜひともさせて頂かないと。

「よし。クソデブハゲ商会長に生まれてきたことを後悔させてやる」

 気分はご隠居様である。水〇黄門様である。悪行は裁くある。

 俺とカーマとラークだから……役割としてはご隠居様と印籠役はカーマとラークだな。国の姫だし。

 武芸に優れた護衛の〇さんと〇さんの役割は……それもカーマとラークだな。俺より強いし魔法使えるし。

 腹ペコ役は……それもだな、アイスとケーキを常に欲してるし。

 あれ? 俺の役割なくない? もう裁かれる悪代官役しか残ってなくない?

「どうするの? 偽アトラスのところに乗り込むの? 目立っちゃうよ?」
「目立つのは構わない。偽アトラスがここまでヘイトを集めているなら、俺が本物のアトラスと民衆に気づかれるのはそれはそれで」

 偽アトラス君がクズとして嫌われ過ぎていること。それは必ずしも俺に損ばかりではない。

 偽アトラスを処罰した後にそいつは偽物で、俺が本物だと民衆に認めさせれば逆に俺の評価が上がる。

 嫌われ者を処罰して俺の評価は上がる。その上、俺は偽物アトラスと比較されて評価されるのだ。

 比較対象が最底辺クズな以上、俺は相対的に神のように見えるはずだ。

「自分の評価高すぎない?」
「違う。俺の価値を評価してるんじゃない、クソデブハゲがクズ過ぎることに絶対の信頼を置いているんだ」
「そ、そう……」

 比較対象がミジンコに劣る生命体ならば、人間である時点で神なのである。

 ……以前の山賊けしかけといい、まるで再生怪人みたいに何度も邪魔してきやがって。

 いいかげんここで印籠……じゃなかった引導を渡してやろう。

「正々堂々と偽物を潰すことで俺達の正当性を示す。そういうわけで今日の夜、闇に紛れてクソデブハゲ商会長の元に乗り込むぞ」
「正々堂々じゃないの!?」
「正しき義の下に悪をさばくならば、どんな手段を使っても正義になる! 俺達は正義なのだ!」
「怪しい宗教家が言いそうなセリフ……」

 悪をさばいたならばそれは正義である。目的のためならば手段は正当化される。

 後世で正しく圧制に対抗した革命家だって、やってることは国家反逆罪だ。

「正義の名の下に首洗って待っていやがれクソデブハゲ! クソガリハゲにしてやる!」
「思いっきり私怨だと思う……」

 私怨ではない。禁忌を犯した者への裁きである。

 なおクソハゲに関しては放置するものとする。どうやっても改善できないから。

 カーマのツッコミは無視して、路地裏に馬車を移動させる。

 そして戦闘準備のために【異世界ショップ】に転移すると、ラブホではなくて普段のチェーン店へと戻っていた。

 今日は泊まるためじゃないからだろう。だが一か所だけいつもと違うところがある。

「イラッシャイマセ、イラッシャイマセ」

 カウンターにいる店員が、ペッ〇ー君似のロボットになっている。

 その姿に俺は涙を禁じ得ない。とうとう俺の思考がやってしまったようだ。ミーレ、こんな姿になって……。

「ナニガホシイ? ナニガホシイ?」

 ミーレはせっかく可愛らしい姿だったのに、もはや生命体ですらなくなってしまった。

 せめて安らかに眠って欲しい。お灸くらいは炊くから。

「いや勝手に殺さないでもらえるかな!? それにお灸炊くって嫌がらせだよね!? お香炊いてよ!」

 そんなことを考えていると後ろからミーレの声が聞こえる

 どうやら俺の妄想で死んだわけではないようだ。よかった。

 以前から服とか見た目も俺の願望で変わってしまっていたから、とうとう俺がミーレをロボットにしてしまったのかと。

 俺は声のした方に振り向いて。

「おお! 生きていたか……ミー……レ」
「……何か私に言うことは?」
「すんません」

 ミーレの服装が奴隷服になっていた。何なら首輪や手錠もつけられていて、間違いなく俺のせいである。

 違うんです! ラークやカーマは服こそ奴隷服だけど、首輪とか足りないなーとか出来心だったんです!

「えっ!? 姉さま!?」
「……カーマ?」

 カーマとラークは、ミーレの姿を見て首をかしげている。

 何せミーレの見た目はカーマとラークにそっくりだ。俺の願望で作られた姿だし。

 なので同じ顔の少女が三人いる。更に全員奴隷服というシュールな光景になっている。

「あ、あなた。これはいったい……」
「説明を要求」

 カーマとラークが俺に詰め寄ってくる。うーむ、なんて説明すればよいのだろうか。

「そうだな。簡単に言うと……」
「私はアトラスの欲望を全てその身に受ける者です」
「「えっ」」

 俺が悩んでいる間に、ミーレがとてつもなく誤解を受けそうな説明をしてきた!?

 待て! 確かに俺の妄想にダイレクトに影響を受けるが、その言い方は非常にまずい!

「この姿もアトラスが望んだせいで……。以前も色々とぶっかけられたり、ほぼ裸の服装にされかけて弄ばれたり……」

 やめろっ! そんな誤解を招くようなことを言うんじゃない!

 確かにドラゴンの血を大量にぶっかけたり、裸エプロンを想像しそうになったが!

 俺が誤魔化そうと口を開こうとすると、二人分の強烈な殺気を感じた。

 考える前に即座にその場から逃げるように、床に飛び込む。

 その瞬間、俺がいた場所に地面から巨大な氷と炎の柱が生えてきた。

「あなた……何やってるの……?」
「処刑」

 そこには鬼が二人いた。もはや説得は不可能だ、こうなれば逃げるしかない!

 即座に鬼娘たちに対して逃げだすと、それを阻むように氷の腕が二本出現した。

「甘いっ! その腕の攻撃パターンは把握済みだ!」

 襲い掛かる氷の腕たちを手元に呼び出した金属バットでさばく。

 毎朝の氷の腕よりも動きに殺意を感じるが、だがパターンは同じだっ! 

 これならば逃げ切れるっ! 

「姉さま、手伝うよ」
「……うん」

 そう思っていた時期が俺にもありました。

 氷の腕を援護するように火の腕が出現した。そして俺を完全包囲してくる。

 その新パターンは計算にいれてない……詰んだ。

「待て! 話せばわかる! 待って!? あつっ!? つめたっ!?」
「とりあえず焼いてから聞くね」
「少し頭冷やす」
「せめて温めるか冷やすかどちらかにしてっ!?」

 俺の懇願も空しく、氷の腕に上半身を冷やされて炎の腕に下半身を焼かれたのであった。
 
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