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レード山林地帯開拓編

閑話  屋敷の朝

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「カーマ様、おはようございます」

 早朝に眠たさをこらえながら目覚めると同時に、セバスチャンさんが部屋の外から扉をノックしている。

 ボクはいつも早く起きてるはずなんだけど……あの人はいつ寝てるんだろう。脱水症状で眠ったところしか見たことがない。

「ではアトラス様を起こしてまいります」

 そう言い残すと足音が離れていく。お兄さん……じゃなくてアトラスを起こしにいったのだろう。

 少し髪を整えたりしていると。

「おはようございますぞっ! 良いお目覚めですぞっ!」
「セバスチャン!? 斧!? 斧やめてっ!?」

 屋敷中にアトラスの悲鳴が響き渡る。いつも通りの朝の光景だ。

 この後はアトラスが姉さまを起こしに行くんだけど、二日に一回くらいのペースで。

「おおおお!? 氷の腕ぶっ叩いた金属バットが折れたぁ!?」

 隣の部屋から絶叫が聞こえる。どうやら今日も姉さまの魔法と戦っているようだ。

 我が姉ながら姉さまは目覚めがとことん悪い。起きても一時間くらいはボーっとしている。

 しかも放っておいたら昼まで確実に寝ているんだよね……。

 なのでアトラスが起こす役目を受け持っている、いや受け持たされている。

 彼は起こさなくてもと思っているようだが、セバスチャンさんに脅されて毎朝起こしに行ってるのだ。

 毎朝大変だなぁ……と思いつつ着替えて部屋を出る。ボクなら姉さまを起こすのは絶対嫌。

 朝から炎と氷の魔法大決戦なんてしたら、部屋が悲惨なことになっちゃう。

 隣の部屋の扉を見ると少し凍り付いていた。今日も壮絶な戦いを繰り広げているらしい。

「なんのっ! こんな時のためのスケート靴! 氷対策は万全だ! ってあっ、ちょっと待って!? 半端に床を凍らせるのやめてっ!? やるなら全体凍らせて!? 木の床だと動けなくなるから!」

 ……いったい何をしているのだろうか。

 興味はあるものの巻き込まれたくないのでいつも覗いていない。

「おおおお! これこそが鍛え上げたダブルアクセ……いってぇ!? 失敗したぁ!」
「……前より半回転増えてる。成長」
「散々練習したからな! 朝の安全のために!」

 しばらく扉の前で待っていると、姉さまの声が聞こえてきた。

 目覚めたみたいなので本日の戦闘は終わりのようだ。

「あー、寒……」
「……眠い」

 アトラスと姉さまが部屋から出てくる。二人とも頭に少し雪がのっていた。

「おはよう。毎朝本当に元気だね、朝が好きなの?」
「カーマ違うぞ。寝ぼけてたら冷や水どころか、氷漬けにされるんだよ! 死活問題なんだよ!」

 アトラスはすごく感情のこもった声で叫んでくる。

「そこまで危険なら起こさなければいいのに……寝起きの姉さまは冬眠中の熊より危険だよ」
「そうなると斧を持ったマタギセバスチャンが、ラークを起こしに来るわけだが」
「断固拒否」
「……あなた、これからも頑張ってね!」

 セバスチャンさんが姉さまを起こしに来るのはマズイ。

 惰眠貪り姫の姉さまと絶対起こすマンのセバスチャンさん……互いの信念の元、殺し合いになりかねない。

 そんな他愛ない? 話をしながら食堂で朝食をとる。

 いつも通りアトラスが謎の力でパンを作成し、みんなでそれを食べはじめると。

「うーん。また知らない貴族からのパーティー招待か……不参加で。後腐れのないように返事してくれ」
「承知いたしましたぞ。くそくらえと返しておきます」
「後腐れしかない!?」

 アトラスはささっとパンを食べると、そのまま昨日屋敷に送られてきた手紙の確認を行っている。

 基本的に屋敷に送られてくる手紙は重要ではない。

 王宮関係や王都の知り合いの手紙は、姉さまが転移で持って帰ってくる。なので馬車などで送られてくる手紙は知り合いでない貴族や商会からのものばかりだ。

「ん? アデルは預かった。返して欲しくば金貨三千枚を……なんだこれは? アデルってどうしてるんだ?」
「馬小屋のワラに投げ飛ばした記憶がありますぞ、三日くらい前に」
「……なんで馬小屋に。まあいい、念のため確認してくれ」

 セバスチャンさんが全速力で走りだし部屋から出て行った。
 
 アデル……バフォール領主の息子だ。ボクに洗脳薬を飲ませようとして失敗し、フォルン領に攻めてきて自滅した人。

 アデルには利用価値がない、というか存在価値がないので持て余している。

 以前に人質にしないかとアトラスに提案してみたのだが。

「アデルを人質? カーマ……キーキーさえずるだけの類人猿は人質にはできないんだ」
「る、類人猿って……一応はバフォール領主の息子でしょ? 親の情を考えれば、アトラスの思っている百倍くらいは大事だと思うよ」
「百倍したら余計に不要になるんだが」
「なんで!?」
「だって評価マイナスだし……セバスチャン、とりあえず飼っておけ」
「ははっ!」

 という話があった……飼うって馬小屋に入れるって意味じゃないと思うなあ。

 何か他にもボソリと、「アデルを生命保険にいれられないかな」と言ってたけどよくわからなかった。

「アトラス様っ! 誰がアデルを見張っていたか不明のため、兵士二十名から話を聞きました。情報をすり合わせると、おそらくアデルはどこかにいったとのことです」
「なんでおそらくなんだ?」
「どこの馬小屋に入れていたか、兵士たちもうろ覚えでした。兵士たちもアデルなんかより酒の警備を優先しておりましたので」
「哀れな……アデルは放置でいいか。そんなことよりもダブルアクセルの練習せねば」

 アデル誘拐事件は迷宮入りになったようだ。

 でも彼にとってはよかったかもしれない。誘拐とはいえ、馬小屋よりはマシな扱いを受けてそうだし。

「万が一アデルが帰ってきたら、次は馬小屋はやめておけ」
「ははっ! 豚小屋にしておきます!」

 まるで逃げ出したペットの扱いである。本当に類人猿として扱ってる……。

 この話はすでに終わりのようで、アトラスは再び手紙を見始める。

 彼が唯一真面目に仕事をする時間だ。何故なら……執務室に行ったらだいたいサボっている。

 この場だけはセバスチャンさんの目があるので頑張っている。

 邪魔したら悪いので食べ終わって席から立つと。

「カーマ様、本日もコショウの栽培の手伝いをお願いしますぞ」
「はーい」

 今日の仕事をお願いされたので、屋敷を出てコショウを育てている畑に向かう。

 コショウは暖かいほうが育ちがよいらしく、ボクの魔法で気温を少し上げて欲しいとお願いされている。

 しばらく歩いていると、いつものように道端で酒瓶を抱えて泥酔しているセンダイさん。

 彼もボクに気づいたようで、薄っすらと目を開いた。

「おお、カーマ殿。ちょうどよかったでござる、実はお聞きしたいことが」
「何?」

 センダイさんのお願い……何だろう? 実はこの人の心の中も覗いてない。

 常に酔っぱらってるせいで、精神状態が常時おかしいのだ。

 下手に心の中を見ようものなら、ボクまで狂ってしまいそうになる。というか一度なった。

 ここの領地の人、変な人が多いんだよね。他にもセサルさんも心を読めなかった。

 ちなみにセバスチャンさんは読む意味がなかった。常に思ったことを口にしてるから、心を覗く労力がムダ。

「アトラス殿とはどこまで進んだでござる?」
「えっと……?」
「端的に言うと、子づくりしたでござるか?」

 センダイさんの言葉を聞いた瞬間、身体がすごく熱くなる。

 アトラスとはまったくそんなことはしていない。それどころかキスすらしていない。

 ボクもすごく恥ずかしいので何となく避けているのと、アトラスからも言ってこないから……。

「え、いやあの。な、内緒!」

 いくら家臣でもそんなこと下世話に聞かなくても! 

 そう思ったのだがセンダイさんは極めて真面目な顔をしていた。

「内緒では困るでござる。カーマ殿とラーク殿が妊娠したら、フォルン領の戦力は半減以下になり申す。防衛隊長として把握しておかねば」
「あ、あう……」

 いつも酔っぱらってるのに、こんな時だけ真剣に聞いてくる!

 いつもみたいに酔っぱらって吐いてればいいのに! いや吐かれても困るけど!

 更に身体が熱くなっていき……センダイさんが持っていた酒瓶に火が付いた。

 魔法が暴発してしまったようだ。

「おおっ!? 拙者の酒が!?」
「あ、ああっ!? ごめんなさい! 水を用意して……!」
「ダメでござる! そんなことしたら酒がダメに! ええいっ!」

 センダイさんが火のついた酒を飲み始めた!? なにこの人化け物!? 

 彼はそのまま全ての酒を飲み干し、まだ火が残っている酒瓶を放り投げた後。

「……よい火酒でござった」
「も、燃えてるからね……ごめんなさい」
「お気に召されるな。酒をダメにしたとあっては拙者、防衛隊長として兵士に顔向けできぬ」

 センダイさんはすごくよい笑顔を見せた後、力尽きて地面に倒れた。その顔は安らかだった。

 彼を運ぶ手段がないので、急いで屋敷にいるアトラスの元に知らせに行くと。

「センダイなら大丈夫だろ」
「で、でも火を飲んでたよ!?」
「以前に着火したアルコールランプの中身飲んでたし」
「えっ……」
「あの時もピンピンしてたし、火酒も乙でござるとか言ってたぞ。まあもう一度様子見てきたら?」

 信じられないことに前火、いや前科があったらしい。

 センダイさんの倒れていた場所を見に行くと、すでに死体……じゃなかった彼の身体はなかった。

 どうしようもないのでコショウ畑に向かうと。

「カーマ殿。暗い顔をしてどうしたでござる?」

 コショウ畑のそばで酒を飲んでいるセンダイさんがいた。
 
 ボクも姉さまも王城では魔法使いとして化け物扱いだったけど、この人もたいがいおかしいよね……。

 魔法とかで説明できない分、この人のほうがよっぽどおかしい。
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