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レード山林地帯開拓編

第48話 周囲の動向

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「レード山林地帯開拓の進み具合はどうだ?」
「かなり進んでるよ。夫の用意した魔道具の力が大きいかな」

 王城にある王たる私の部屋。我が娘たるカーマとラークが、報告のために訪れていた。

 レード山林地帯開拓の報告があるので、関係者であるワーカー農官候も同席させている。

「順風満帆。問題なし」
「よいことだ。しかし夫か……」

 娘たちが嫁いでしまったことを嫌でも実感してしまう。

 アトラス子爵は我が試験にも合格したので、信用できぬわけではないが……娘を泣かせたらいつでも殴り飛ばす用意がある。

「? それで最近は、変人さん……じゃなかった。フォルン領の技術顧問に、新しい変な弓みたいなのを作らせてるよ」
「新しい弓? 弓などそうそう改良の余地がないと思うが」
「まだ未完。詳細不明」
「実は詳細も教えてもらったんだけど、興味ないから忘れちゃった」

 カーマとラークの報告に思わず首をひねる。腕力に不安がある者でも弦を引ける弓でも作るのだろうか。

 フォルン領の軍は開設して間もない。技量不足の者もいるだろうし、少しでも扱いやすい物を……ということか。

「ちなみに新しい農作物は?」

 ワーカー農官候が食い気味に口を開いた。

 この男はフォルン領の芋やテンサイで大きな利権を得た。今後も作物関係の利権は全て独占しようと考えている。

 農官候が利権を得ることは、すなわち国の直接的な利益になるので構わぬが。

 むしろ下手にそこらの地方領主に独占されるのは困りものだ。

 それを理解しているからこそ、ワーカー農官候は家族水入らずに水を差してきたのだ。

 まったくこの男は……。

「あー……ごめんなさい。もうそれは言えないんだ……口止めされちゃって」
「直接聞いて」

 なんと。我が娘に親にすら言えないことが……悲しいぞ。

「そ、それは……対策されましたか。仕方ありません、次からは直接交渉します」

 思わずショックを受けてしまう。ワーカー農官候も同様だったようで、少しばかり声が震えている。

「アトラス子爵……やはり王家に全てを差し出すほどの忠誠心はないか」
「夫はフォルン領主だからね。最優先してるのはやっぱりフォルン領だよ」

 カーマの言葉にうなずく。当然だ、自領が滅んででも国のために。なんてことまでは私も望んでいない。

 逆にそんな領主がいれば、それこそうさんくさい。怪しい、裏切り者の匂いがする。

 領主にとっては自分の領地が国であり、その領地を守るために国に従っているのが正解だ。

 無論、彼らの領地は国のもの。何か問題を起こせば取り上げるのだが。

「わかった、報告はここまででよい。やはり最近はアトラス子爵も大忙しだろう。まともに寝ずに倒れられては困るし、お前たちが止めるのだぞ」

 フォルン領は人手が全く足りていないはず。その上でレード山林地帯の開拓がはじまり、更に今後も他の貴族とコネを結んだりなど大忙しだ。

 まさに仕事は無限にあり寝る暇すらないだろう。

 だが我が愛する娘たちは、少し困ったような笑みを浮かべた後。

「えーっと……夫は毎日八時間は寝てるよ」
「……そうか。身体を休めるのは大切だからな」
「仕事は毎日半日サボり。仕事のフリして絵本読む」
「……ん?」
「こないだ三日間くらい、業務放置して指を鳴らす練習してたよ」
「……んん?」

 娘たちの報告に思わずうなってしまう。報告が正しいなら、アトラス子爵はこの大事な時に遊び惚けていることに。いやそんなわけがあるまい。

 レード山林地帯の開拓だって順調に進んでいるのだ。サボっていては無理なはずだ。

「念のため確認だが、レード山林地帯の開拓は順調なのだな?」
「すごく順調だよ。王家主導ならもっと遅くなってるよ」
「順風満帆」
「……ならサボってないのではないか?」

 我が娘の言葉が矛盾し過ぎて理解できない。フォルン領トップであるアトラス子爵の業務が滞れば、領内の全ての活動が滞るのと同義なはず。

 領内の活動が滞れば、レード山林地帯の開拓に遅れが生じるはずだ。

「えーっとね……レード山林地帯の開拓が進んでるのは、魔道具が優秀過ぎるから。それに夫は些事はほぼ主要な者に全任せしてるから……概要見て承認だけしかしてないよ」
「…………」

 言葉に詰まる。本当にあの者は貴族なのか!? 楽隠居した商人ではないのか!?

 しかもそれでいて、ちゃんと開拓などは進んでいるのか……もはや意味が分からぬ。

「コネがないのだけ問題だけど……多少の不足は夫の魔法で補えちゃうから。レード山林の開拓だって、通常必要な人数の半数以下で進めてるし」
「…………今度、少し王城に呼んでくれ」

 成果を出しているのはよいが、我が娘たちの夫がサボり魔なのはよくない。

 ここはひとつ、義父として叱っておこう。成果を出してるとはいえ、コネを軽視しては貴族社会では生きていけない。

 決して娘を盗られたことへの意趣返しではない。断じてない。

 周辺貴族たちとはうまく付き合わねば、いつか足もとをすくわれることになりかねない。

 アトラス子爵の魔法は素晴らしいが魔法は万能ではない。最も重要で恐ろしいのは人の意思だ。




ーーーーーーー



 
「どうなっている! 何故バフォール領が大赤字になっているのか!」
「はっ、はい! フォルン領に物資が集まっており、その余波で……。我が領地にレード山林地帯開拓の利権が一切入ってないのも大きく……」

 バフォール領主館の私室でバフォール領主は激怒していた。

 報告された資料を見て、まるでバフォール領が飢饉になったかのような収益だったからだ。

 その怒りの矛先になってしまった執事は震えている。

「フォルン領程度が図に乗りおって……やはり姫君のどちらかを確保できないのは痛手だったな」

 バフォール領主は顔をしかめる。彼の予定通りならば、すでにレスタンブルク国とベフォメット国の戦争が始まっていた。

 そしてベフォメットに嫁いだ姫君は洗脳魔法で操り人形にして、バフォール領が人質兼巨大戦力として扱える約束。

 すでにベフォメットの国王とも内密に決定した事項だったのだ。

 それが一介の貧乏領地に邪魔をされ、もくろみを完全に潰された。

 無理にバフォール領として姫君を欲しがったことや、姫君の結婚式で我が息子が茶々をいれかけたこともある。

 おそらく国からも疑惑の目をかけられているだろう。

「父上。このアデルめに良案があります。姫君二人を誘拐すれば……!」
「愚か者! あの化け物二人をどうやって抑え込むのだ!」

 バフォール領主は息子の案を一蹴する。姫君二人は元この国最強の魔法使い。

 つまりこの国で最強の存在だった。そんな化け物相手を誘拐するなど不可能だろう。

 下手をすればバフォール領の戦力を全て導入しても、二人に勝てないまであるのだ。

「では、この私が姫君を落としてまいります。あんなフォルン領の領主などに、この私が負けているわけがありません」
「…………ならばこれを持っていけ」

 バフォール領主はアデルに小さな箱を手渡した。アデルが箱を開くと、鈍く光る丸薬のようなものが入っている。

「これは?」
「北の魔導帝国産の洗脳薬だ。これを飲ませれば、姫君を思うがままに操れる。後は妊娠さえさせなければ好きにしてよい」
「ははっ! お任せを!」

 アデルは下卑た笑みを浮かべる。美しい姫君を好きにする妄想が、笑みから漏れ出ている。

 バフォール領主は、こう考えているのだろう。かなり力技な作戦だがやむを得まい。すでにベフォメット国王からも、姫君はどうなっているかと突き上げをくらった。

 早急に姫を手に入れなければ自分が殺されてしまう。逆にここで成功すれば、ベフォメットがレスタンブルクを占領したら自分が実質的な国王になれると。

「姫君は二人いるがどちらを狙う?」
「どちらも捨てがたいですが……カーマ姫を狙います。あちらのほうが好みです」
「紅蓮の姫君か。零姫の氷魔法よりも、炎魔法のほうが当たり前だが火力がある……火は燃えうつって被害を拡大させるし、戦争の戦力として見るならばカーマ姫のほうが優秀か」

 バフォール領主は納得したように頷いた後。

「よいなアデル。魔法は絶対だ。この魔法で作られた洗脳薬しかり、魔法を制する者が全てを制するのだ」
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