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レード山林地帯開拓編

第35話 防衛準備

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 財布が空っぽにされた、あの忌まわしき酒会から一週間。

 ジャイランドの影はどんどん巨大になっている。こちらに近づいてきているのだ。

 とうとうレード山林地帯の入り口に到達したと、森の外で監視させていた兵から報告が来てしまった。

 もはや戦いは避けられない。あのビルほどの巨人を相手に、勝たなければならないのだ。

 俺はフォルン領とレード山林地帯の間の、開けた荒れ地で独りで色々と準備をしていた。

 ジャイランドはここで迎え撃つ算段であり、最終防衛ラインでもある。

 この場所の目ぼしいところに、地雷を仕掛けている。

 【異世界ショップ】から購入した時点で、指定した場所の地中に地雷を置けるのでかなり楽だ。

 ちなみにリモコン起爆式の地雷なので誤爆の可能性も低い。

「いくら準備しても勝てるかは分からんが……カーマに恰好つけた手前、負けられん……やっぱりやめておけばよかったか……?」

 酒会でカーマに大見得切ったことに今更後悔する。酔っぱらってつい……だが余計なことを言ったと思っているわけではない。

 彼女のつらさを少しでも受け持ってやりたいと今も思っている。 

 ……カーマは普段の明るさの裏に、この国を背負っている不安を隠していたのだ。

 バカみたいにフォルン領を治めている俺とは違う。いや誰がバカだ。

「やれやれ。本当に似合わないなぁ、俺に格好つけるのは無理だ」
「同感」
「うおっ!? ラーク!?」

 独り言を呟いたら、背後から返事が返ってきて思わず飛び上がる。

 そこにはラークが普段通りの無表情で立っていた。いや普段とひとつだけ違うところがある。

 彼女は俺が以前に渡した薄水色の着物を着ていた。

「……なんで着物を?」
「気に入った」
「さいですか……何か用か?」
「別に」

 ラークは無言のまま、地雷を配置する俺を見続ける。弱った……そうマジマジ見られると気になる……。

 地雷を埋める作業にも集中できないので、まずは彼女を何とかすることにした。

「なあラーク。頼みがあるんだが」
「嫌」
「まだ何も言ってないんだけど!?」
「下卑た視線。爛れた願い」
「人を性欲まみれのクズみたいに言わないで!?」

 ラークは俺からほんの少し距離をとる。

 酷い! とんだ濡れ衣である! 清廉潔白にして質実剛健な俺だぞ! 質実剛健の意味知らんけど。

 そんな俺の葛藤を知ってか知らずか、ラークは口を開くと。

「……カーマと話した。貴方が、ジャイランドから勝たせてくれると」
「あ、ああ……。俺だって魔法使いだからな! 本気出せばジャイランドの一体や二体、ぶちのめしてくれるわ! 何ならこの国最強の座も、俺が奪取してやるよ!」

 もし仮にジャイランドが二体同時に襲ってきたら、絶対勝てないだろうけど。

 そもそも俺は魔法使いではない。【異世界ショップ】は魔法ではないし。

 カーマやラークよりも強くなるのも無理だろう。防壁を出せる彼女らと違って、俺は身を守る術がない。

 現代科学特有の、攻撃力に比べて防御力が貧弱過ぎる弱点である。

 バリア発生装置とか欲しいよな……。

 そんな冗談を叫ぶと、ラークは手を伸ばせば触れる距離まで近づいてきた。

 彼女は俺の顔を見つめると。

「解放して、くれる……? カーマを、理不尽な責任から」

 ラークは俺に対して、いつもの無表情ではなく……不安そうな顔を向けてきた。

 その目は真剣で、俺の服を掴む手にも力が入っている。

 …………冗談でした、なんてとても言える雰囲気ではない。どう乗り切ろうか……よし誤魔化そう。

「あ、ああ。まあ将来的にいつか、百年後とかならワンチャン……」
「あの子を開放してくれたら、私を好きにして、いい……から……お願い。カーマの、責任をなくしてあげて」

 ラークは顔を下に向けて細々と呟いた。その表情は……陰りをおびている。

 普段よりもかなり饒舌になっているのも含め、ずっと溜め込んでいた感情なのだろうか。

 彼女らにとって魔法使いとは……随分と面倒な呪いなようだ。強力な魔法を使えて人生イージーモードでいいなぁと、俺は彼女らを羨んでいた。

 やはり他人の内心なんて分からないものだ。……これ、誤魔化したら俺はただのクズでは?

「任せろ。俺こそがレスタンブルク最強の魔法使い、アトラス・フォン・ハウルク!」

 などとバカなことを言ってしまう。もう後戻りできないな!?
 
 自ら逃げ道を塞いでいくスタイルとかバカか!? ああもうバカでいいか!

 最強の魔法使いとかどうすればなれるのか全然分からん! 自己申告でもいいですかね!?

 ラークの言葉を聞いたら、流石に無理ですと言えない! ……自分も辛いだろうに。カーマを助けてとばかりだ。

 俺が負けたら国の危機! なんて立場になったら吐く自信がある!

 ゲームでももうすぐランクが上がるってなったら、負けたくなくて手が震えるくらいだぞ。

「……ふふっ」

 そんな慌てふためく俺が面白かったのか、ラークは笑っていた。

「ところで最強の魔法使いってどうやって名乗れば……」
「ジャイランドのトドメをさす」
「わかった。残りHP1の時に、ラスキル狙えばいいんだな!」
「……?」

 任せろ。俺はハイエナ戦法は得意だ。

 弱り切った敵を見極めてトドメを刺すことには自信がある。

 ラークは俺の言葉が分からず首をかしげたが、しばらくすると軽く頷いた。

「加減はできない。トドメは奪って」
「わかってる。ジャイランドには、俺の手加減した最大火力を叩きこんでやる」
「……最大火力じゃない」

 ラークのツッコミを軽く受け流す。真の最大火力であろう核は流石に使えない。

 仮にジャイランドを討伐できても、フォルン領が放射能で汚染されかねない。

 なので現状で許容できる攻撃方法で破壊力の高そうな手段をとる。

 ついでに攻撃後に派手に目立てるようにしたいな。その方が俺の成果を主張しやすいし。

「まあ見てろって。誰もが俺がやったと認める攻撃で、ジャイランドを討伐してやるから!」
「期待」

 ラークは俺の言葉に本当に期待しまっているみたいで、軽く笑みを浮かべた。

 俺は背筋に大量の冷や汗をかいている。

 豪語したはよいが相変わらず策がない。派手に目立てる攻撃って何だ!?

 核ミサイルならキノコ雲が上がるが、通常兵器だとただの爆発だ。

 爆発なんて他の魔法使いでも起こせそうだし、誰もが俺がやったと認めないだろう。

 そうなればラークやカーマの手柄にされかねん。元々の魔法使いとしての評判が段違いだ。

 彼女らと愉快な仲間たちが、ジャイランドを討伐したってなるに決まっている。

 ただでさえベリーハードなジャイランド討伐に、更に縛りポイントがどんどん増えている!?

 どうしてこうなった……いや本当にどうしてこうなった……。

 必死に脳内で苦悩している俺を見ながら、ラークは手を伸ばしてきた。

「帰る?」
「まだ準備が終わってないから、一人で帰ってくれていいぞ」
「待つ」

 そう言って近くにある岩に座り込むラーク。

 その目には期待の色が見える。さて俺はどうやってこの期待に応えれば……。

 ……まあ何とかなるだろ、たぶん。今までも何とかなったし。

 以前にセンダイも「今まで死んだことはござらん。今回も何とかなるでござる」って言ってたし。
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