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カール領との対決編
第15話 二度目の襲撃
しおりを挟むカール領の領主屋敷では、二人の男が高級な食事をとっていた。
いや今のカール領では領民は木の根を食らう食事だ。それを考えれば恐ろしい贅を尽くした晩餐だろうか。
「魔法使い殿、頼みますぞ。フォルン領をその魔法で倒してくだされ」
「もちろんですとも。フォルン領主もろとも、我が魔法で燃やしまする。約束通り、フォルン領の財産の三割は頂きますがね」
魔法使いと呼ばれた男は、機嫌よさそうにナイフで肉を切って口にいれる。
カール領主は一瞬だけ顔をしかめたが、すぐに下卑た笑みを浮かべた。
「分かっております。我らが七割、パプテマ商会が三割」
「フォルン領主も実に愚かだ。我らがパプテマ商会に喧嘩を売るとは。我らの指示通りに金を払っていれば、特別に生かしてやっていたのに」
「本当にあの無能は救いようがない。人としての格が違うというのに、逆らおうとすることが愚かだ」
彼らは領民たちから搾り取った税で食事をむさぼる。
それに一切の罪悪感を感じさせない。
「フォルン領主の分際で魔法を使えるとはな。だがしょせんは素人だ」
「ですな。奴らが金を渡さぬせいで、借金が返せないのです。本当にゴミはゴミらしくしていろと」
彼らの中で話はまとまったようだ。負ける想定などしておらず、勝った後にどのような物を買うかなどを話し始めた。
ーーーーーー
「ひっく、かかってくるでござる」
「「「うおおおおおお!」」」
潜り込ませた密偵が、カール領に不審な動きありと報告してきた直後。
センダイはフォルン領の兵士たちを全員集めて、実戦稽古をつけていた。
五人の兵士が襲い掛かるのを、酒を飲みながら片手に持った木剣でいなす。
「それでも元冒険者でござるか? 剣とはこう振るうのでござる」
センダイの木剣を振るうたびに、兵士たちの悲鳴があがる。
他の兵士たちはそれを唖然と見ていた。
「お、おい……やっぱりセンダイ隊長強すぎるよな……」
「酔っぱらってフラフラなのに、俺達の攻撃全く当たらねぇ……」
「俺達の中で特に強い五人なのにな」
結局五人の兵士たちは、立ち上がることができなくなるまで痛めつけられた。
センダイは彼らの攻撃にかすることすらなく、酒をぐびぐびと飲むと。
「アトラス殿。いかがでござるか?」
俺に対して意見を求めてきた。センダイによる蹂躙でこそあったが、少なくともまともな勝負になっていたと思う。
センダイが来た直後の兵士たちは、そもそもまともに武器を振るえてなかった。
「……そうだな。ボコられてはいたが、剣は鋭くなってる気がする。少なくともへっぴり腰ではないな」
「アトラス殿、誤魔化さなくてよいでござる。先ほどの試合の本音を」
「……センダイにまったく歯が立ってなかったな。五人がかりだし、少しは相手になって欲しい」
剣が鋭くなっていると思ったのも本音だ。彼らは外から雇った者もいて、かなり強くなった。
軍の兵士と名乗ってもよいくらいの力は得たと思っている。センダイが強すぎるだけで。
だが奴の求めていた言葉は感じた。なのできつい言葉を口にする。
「うむ。そなたらは弱い。五人がかりでも拙者に歯が立たぬ。ましてや一人ではその辺のウサギよ」
センダイの言葉に兵士たちは落ち込んでいる。おいおい、もうすぐカール領と戦いそうだというのに。
士気を下げてどうするんだよ! もっと盛り上げないと。我らは最強の軍とか!
「ゆえに其方らは単独で戦うな。功を焦るな、命を失っては功も何もない。蛮勇は罪、自らの力を知って拙者の指示に従え。なれば勝利の美酒を味わえようぞ」
兵士たちはセンダイの言葉を受けて、少しの間の後に雄たけびをあげた。
「そうだ! 俺達はまだ未熟だ! みんなで生きて帰るべ!」
「センダイ隊長に従えば負ける気しねーしな!」
「死んだら酒も飲めねぇ! 勝利の美酒を味わおう!」
なるほど。気が逸らないように兵士たちを戒めたのか。
下手に士気を上げれば、暴走したり浮き足だって崩壊することもある。
今の状態ならばそういったことはないし、堅実に戦ってくれるだろう。
……やはりセンダイは優秀だ。いや優秀すぎる気がする……。
「ではアトラス殿。勝利の美酒を用意頼むでござるよ」
「……え? こないだ君ら、たらふく祭りで飲んだよな!?」
「やれやれ。これで酒を用意せねば、勝った後に暴動でござるよ」
センダイ……! てめぇこれが狙いだったな!
俺の睨みを無視するように、センダイは背を向けると出陣の準備をし始める。
もう何言っても無駄だな……また出費がかさむ……。
必要経費と割り切ることにして、俺は兵士たちの様子を見る。
彼らは皆、鎧と錆びていない剣や槍を装備している。つまりそこらの兵士と同じ質の装備だ。
レスタ商会から購入して揃えた物だが、これが今回の戦闘の切り札になる。
「やれやれ。カール領との因縁も今日で終わればいいんだが」
そう愚痴りながら出陣の準備を完了。フォルン領兵士六十人を連れて、カール領との境界になる場所へ向かう。
そこではカール領の兵士たちが簡易な陣を貼っている。俺達の領に対して進軍の準備を行っていた。
人数は前と同じく三十人程度だが……心なしか動きに精彩がない。
全体的に頬なども痩せこけていて、食事もまともに取っていないように見える。
本当にあれで戦うつもりなのだろうか?
こちらの兵士は六十人いるし、腹を空かせてなどいない。この時点でこちらが極めて有利なのだが。
幻想的な馬車に乗ってついてきたカーマが、窓から顔を出して俺に話しかけてくる。
なおいつもの調停者ファッションのため顔は見えない。
「ねえお兄さん。話し合いはするの?」
「宣告くらいはする。無意味だろうがな」
三年の間、賠償金を払うことで話は終わっていたのだ。それを三ヵ月で反故にして攻めてきた相手に、もはや話し合いも何もない。
俺は拡声器を手に取ると、カール領の軍に向けて叫ぶ。
「カール領よ! これはどういうことか! 我らは少し前に国王の調停者の元で調停を結んだはず! これは重大な違反である! 国への反逆ともとれる!」
カール領の兵士たちはざわざわとわめきはじめる。
国への反逆者ともなれば、動揺も走るだろう。このまま戦闘せずに崩壊してくれればありがたいのだが。
「何が国への反逆か! 奴らは詐術で調停者を懇ろにして、有利な裁定を勝ち取ったにすぎない! そのせいで我らも飢えているのだ! 正義は我らにある! 調停者をお救いし、国家の救世主となるのだ!」
カール領主がふざけたことをわめく。
だが兵士たちは信じたらしく、俺達に対して武器を向けて構えている。
「ね、ね、懇ろ!? なんて下品な!」
カーマがかなり動揺した声で叫ぶ。
顔が見えないのが残念だ。きっと顔を真っ赤にして可愛らしかっただろうに。
もちろんだが俺とカーマはそんな関係ではない。
俺は戦いは避けられないと判断して、フォルン領の兵士たちのほうを向き。
「カール領はもはや救いようがない。我らの領地を守るため、諸君らの働きに期待する! ……勝てば酒飲み放題だこの野郎!」
俺の言葉に兵士たちは歓声を上げる。
……酒豪を集めたと言っただけあって、酒を与えるのが最も士気が上がるようだ。
「三人小隊で分散するでござる! あまり迂闊に固まれば、魔法の的と心得よ!」
センダイの一声で、兵士たちは三人ずつ固まって分散していく。
これはカール領が用意した魔法使いへの対策だ。数十人が固まって動けば、身動きが取れずに魔法で一網打尽にされかねない。
だがこの戦法ならばそう簡単にはやられない。魔法は連発できるわけではないので、仮に一小隊がやられても三人の犠牲ですむ。
敵も固まってはまずいとは思っているのか分散していく。だがこちらのように三人ずつではなく、一人ずつバラバラに動いている。
とりあえず固まらないことだけ考えた動きだ。連携も何もあったものではない。
このまま戦えばこちらが勝つ。だがこの戦いには魔法使いがいる。
カール領の兵士たちの中で、領主の他に痩せていない男が一人だけいる。
間違いなくあいつが魔法使いだろう。魔法使いも俺を警戒しているようで、目があってしまった。
奴は俺を警戒して迂闊には魔法を使えないはずだ。
ならば警戒させておけばよい。魔法の横やりが入らなければ、フォルン領が確実に勝利する。
兵士の数、練度、装備の質。その全てがカール領を上回っているのだから。
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