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カール領との対決編

第8話 兵士の訓練

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 センダイを雇い入れてから二週間後。

 奴に育成を頼んでいた兵士たちが、俺に対して直訴をぶつけてきた。

 簡単に言うとセンダイは、兵士たちを見ずに酒ばかり飲んでいると。自分たちはもっと実戦的なけいこがしたいのに。

 酒ばかり飲んでいるのは間違いないが、兵士を育成しないのは問題だ。

 詳細を聞くために兵士が訓練している空き地にやってきたのだが……。

「あろたす殿、いかがなされたでござる? 本日は実に空が茶色いでござるなぁ」
「誰があろたすだ。普段にまして酔っぱらってるな……空が茶色なんじゃなくて、お前が逆立ちしてるだけだ」

 センダイは顔を真っ赤にして、逆立ちをしている。意味不明だが酔っ払いの行動を理解してはいけない。

 周囲の兵士たちはそんなダメ男を睨みながら、黙々と木槍を素振りをしている。

 だが顔はものすごく不満げだ。

「いやな。センダイが兵士たちを放置していると陳情があってな」
「ひっく、いやいや。拙者はちゃんと暇で暇でどうしようもない時は見ているでござるよ」
「それを放置って言うんだろうが!」

 素振りをしていた兵士の一人が、突っ込むように叫ぶ。

 叫びながらも素振りは止まらないあたり、真面目に訓練をしているようだが。

「しかし陳情と言うことは、兵士たちがアトラス殿に不満を言ったのでござるな。どんな願いを?」
「センダイが全然自分たちを見てくれない。もっと実戦的な稽古がしたいと」
「ええ……もっと自分たちを見ろって……拙者、男色の趣味はないでござるよ」
「「「違う! まともに槍を教えてくれってことだ!」」」

 兵士たちが素振りしながら一斉に叫んだ。

 センダイは逆立ちをやめると、兵士たちに向き直って値踏みするように見回した。

 その一瞬だけ、センダイに普段の酔っ払いとは似ても似つかぬような鋭い視線が見えた……気がした。

 だがいつものように飄々とした表情に戻ると。

「いいでござろう。最低限、槍に遊ばれぬ程度にはなった。ではお主らが望んだ実戦を行うでござる」

 そう言い放つとセンダイは、足元に落ちていた木の枝を手に取った。

 右手には木の枝を、左手には酒瓶を。

 その姿は実にフラフラとしていて、風が吹けば飛びそうなくらい。

 どこからどう見ても酔っ払いのオッサンだ、威厳も何もあったものではない。

 うちの防衛隊長だぞ? すごくね?

「かかってくるでござる」

 兵士たちもこんなオッサン相手に、木の槍を持って攻撃するか迷っているようだ。

 それを見たセンダイは呆れたようで、残念な者を見る目を兵士たちに向けていた。

「やれやれ……己たちが希望したのだろう。実戦稽古をつけてやると言ったのだ、自分の言葉には責任をもつでごじゃる、ひっく」
「…………言ったな? ならぶっ飛ばしてやらぁ!」

 兵士の一人が勢いよくセンダイに突撃し、勢いよく槍を突き出した。

 センダイはフラフラしたまま、槍を何とか回避。そのまま兵士の腹に持っていた木の枝で殴打した。

「かはっ……」

 悶絶して地面をのたうちまわる兵士。

 そして酔いが回ったのか、先ほどよりもフラフラのセンダイ。かろうじて立っている状況なようで、木の棒を杖代わりにしている。

 それでも酒瓶に口をつける根性はある意味すごい。

「そ、その程度でござるか……残りの兵士たち、まとめてかかって、くるでござる」
「言葉と態度が合ってない……」

 残りの兵士たちは顔を見合わせると、全員が一斉にセンダイに襲い掛かる。

 センダイの前方と左右から二人ずつ槍を突き出した。

 センダイはそれら全てを木の枝で受け流し、全ての兵士の腹に木の枝を叩きつけた。

 兵士たちは皆、腹を押さえて悶絶する。

「そんな兵士たちに拙者は追撃するでござる」
「ごへっ!?」
「ふごっ!?」
「ごほっ!?」

 痛がってる兵士たちにセンダイが木の枝で追撃する。

 兵士たちの悲鳴がこだまし、顔が涙や鼻水で汚れていく。

 特に痛みのあまり槍を手放した兵士が出たら、センダイは木の枝ではなくて強烈な蹴りをお見舞いしていた。

 あれは絶対痛い。俺が受けたらアバラの一本は折れそうだ。

 もはや阿鼻叫喚の地獄となった訓練に、とうとう一人の男が音を上げた。

「おぼろろろろろ……もう限界でござる……」
「お前が最初に諦めるのかよ!」

 センダイが吐いた。その顔色は青ざめて、持っている酒瓶の中身は空になっている。

 これにより蹂躙劇は終わりを告げた。勝利者などいない、悲しい戦いが幕を閉じた。

 兵士たちは己の無事を喜びあっていた。

 この悲惨な事件の後、兵士たちは大人しくセンダイの話を聞くようになった。

 そして三ヵ月後には、五人がかりならば大型の豚の魔物――オークを倒すまでに成長した。

 オークは丈夫で力強く、五人で倒せるならば一人前の兵士を名乗っていい。

 センダイに兵士たちを任せたのは成功だったと思いながら、その時に何故勝てたのかを彼らに聞いたのだが。

「頭《かしら》の地獄の訓練に比べればなぁ?」
「ああ。酒で酔っぱらった後に魔物と戦えとか地獄だったよな……他にもそこらで拾った物だけで、魔物と戦えとか……」
「石ころ拾って必死に戦ったよな……体調も装備も揃えて戦えるならこれくらいは!」

 ……なんか常に重りを持って生活する修行の、亜種的なのやってたらしい。あるいは縛りプレイ的な何かを。

 センダイ、見た目に反して容赦ないのな……。

 なるべくセンダイには逆らわないようにしよう……と決意させたのだった。


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 上述のような事件もあったのだが、何とかセンダイを雇ってから無事に半年を過ごせた。

 今は収穫期。俺達が肥料を領民に配ってから初の収穫。

 セバスチャンが税を集めているが、去年より収穫量が増えているのは確実だそうだ。

 うちの領では麦を主に育てているが、肥料の効果はあったようだ。

 農民からは少し不評というか、畑に撒くのに不安がられていたが……結果は上々。

 我が領内も豊作で祭りのように盛り上がり、領民たちも宴を行っているようだ。

 執務室で結果をワクワクして待っていると、セバスチャンが扉をノックして部屋に入って来た。

「去年よりも一割も収穫が増えておりますぞ!」
「……一割か。かなり微妙だな」

 かなり高栄養の肥料のハズだし、収穫量倍増とか期待してたのだが。

 そうそううまくはいかないということか。だがセバスチャンは俺の言葉に大きく首を振った。

「何をおっしゃいますか!? 今年は寒冷で不作間違いなしと言われていたのです! 収穫が去年より落ちてないどころか、上がっているなど奇跡ですぞ!?」
「……そうなのか」
「他領地は例年の半分以下のところも多そうですぞ!」

 ……少し肌寒いとは思っていたがそこまで酷いとは。

 それならば例年の一割増のうちは、相対的には超勝ち組だな。

 フォルン領も他領地と同様に収穫量半減と考えれば、今年が寒冷でなければ収穫量倍増できてたかもしれない。

 それに作物は不作ならば値段が上がる。例年以上に収穫量の作物があるなら、かなりの金額を稼げるな。

「とうとうフォルン領が儲ける時がやって来たか……!」
「今までフォルン領を見下してきた他領地に、目に物見せてやりましょうぞ! それとアトラス様のご指示で植えたジャガイモとサツマイモも、一定数収穫できました!」
「おお! もはや負ける気がしないな! フォルン領はこれから発展の未来しか見えない!」

 セバスチャンが悪い笑みを浮かべている。俺達は今まで虐げられてきた。

 だが今年は完全に勝ち組だ! 次は俺達が見下す番だ!

 そんな俺達の盛り上がりを邪魔するように扉がノックされる。

「アトラス殿。酒を頂きたいでござる」

 ノックしたのはセンダイのようだ。今日の俺は機嫌がいい。

 センダイに酒を浴びせるのもやぶさかではない。

「おう! いいぞ! 今日は宴だ! 入れ!」

 入室許可を与えるとセンダイがフラフラと入ってくる。いつものように酒を飲んでいて、顔を紅潮させていた。

「いやはやありがたいでござる」

 俺は机の下に置いていた酒瓶を取り出してセンダイに手渡す。

 自分で飲もうと思っていたウイスキーだがまた購入すればいいしな。

 センダイは満面の笑みで受け取ると、瓶のふたを外してゴクゴクとがぶ飲みし始める。

 ウイスキーって酒精強いと思うんだけどすごい。この男が剣豪かは分からないが、酒豪なのは間違いがない。

 まあ今日はいくらでも飲め飲め。今の俺達は無敵だ。もはや怖い物などないのだから。

 センダイはウイスキーの瓶から口を外し、ぷはっと息つぎした後。

「それとついでに報告でござるが、隣のカール領の兵士たちが、この領地に向かってきてるでござる」
「そうかそうか。隣のカール領の兵士たちが……は?」

 ご機嫌だった俺の心に、冷や水がぶっかけられた。
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