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クアレールの内乱

第99話 クアレール事変

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「いやーとうとう父上も亡くなってしまったかぁ」

 クアレール国の王城の一室。

 部屋の四方に備えられたロウソクが夜の闇を照らす中、第三王子が金髪を手で触りながら呟いた。

 軽い口調ではあるがどこかに悲しみの混じる声。

「チャムライ様、これからいかがなされるおつもりですか?」

 第三王子の傍らにいたメイドが頭を下げる。

 それに対して彼はにっこりと笑みを浮かべた。

「とりあえず諸国漫遊かな♪ ボクがこの国にいたら兄たちもやりづらいだろうし。邪魔者はさっさと去るに限るよね♪」
「すごく楽しそうですね」
「そりゃそうだよ。もう政務に関わらなくて済むし、こんな堅苦しい服も着なくて助かるんだから」

 チャムライは自分の着ている華美で動きづらい服を見る。

 彼は仮にも王の息子。外ではともかくとして、王城ではマトモな服装をさせられていた。

「ボクとしては、城内でも酷い服装の大うつけでよかったんだけども」
「ダメです。チャムライ様が必要以上に嘲笑されるのは我慢なりません」
「君もわりと外聞を気にするね」
「チャムライ様がお気になさらすぎるだけです」

 チャムライとメイドは楽しそうに笑い合う。

「でも……明日からはその敬語をやめてもらえるのかな? 愛するマリー」
「…………はい」

 チャムライがすごく愉快そうに笑ってメイドは顔を赤面させる。

 その間柄は主従としての関係とは到底思えなかった。

「さてさて。じゃあ今日でこの部屋ともお別れだ。馬フン残すは御者の恥、しっかりと清掃して去らないと……そして部屋の前で様子を伺っている君は誰かな?」

 チャムライは部屋に備え付けられた扉を見ながら呟く。

 すると扉がゆっくりと開き、黒装束をまとった何者かが姿を現した。

 完全に身体が黒い布で隠されていて、顔すらうかがうこともできない。

 両手にはダガーを手に取る姿を、一言で言い表すならば暗殺者。

 その者を見てチャムライは苦虫をかみつぶしたような顔を浮かべる。

「…………暗殺者ね。信じがたいがすでに兄たちは暗殺したのかな?」

 対して暗殺者は構えを解かぬまま。だが何故かすぐには襲い掛からずに律儀に返答してきた。

「何故そう思う」
「そりゃ第三王子でもうすぐ出て行くボクだけ殺しても意味がない。ボクを殺すならば兄たちも暗殺する前提だろう。兄たちも同時に暗殺を仕向けている可能性もあるが、王城内に堂々と侵入できた時点で嫌な予感しかしない」
「愚鈍と言われていたが頭は回るようだな」
「それほどでも?」

 ケラケラ笑いながら腰につけた鞘から剣を引き抜く王子。

 だが暗殺者は微塵も気にせず、感情もなく何かを告げだす。

「揺れ動く我が身、消えゆく身。陽炎に揺れよ」
「…………」

 そう呟くと暗殺者の姿が掻き消える。

 一瞬の静寂の後、チャムライは勢いよく振り向いた。

「一か八かの後ろ捻りっ! しゃあ!」

 そこには眼前に迫る暗殺者の姿があり、チャムライは襲い掛かるダガーを軽く剣でいなす。

「…………!?」

 暗殺者は即座に距離を取った後、警戒するようにチャムライに対して身構えた。

 チャムライの側も迂闊に追撃はできない。何せ近くにマリーがいるので彼女を守る必要がある。

「なるほどなるほど。移動する魔法かな? これなら城内に侵入できたことも、兄たちを暗殺できたことも納得してしまう」
「…………我が必殺を何故防げた」

 暗殺者は平静を保っている様子だが、実際はすさまじく動揺していた。

 なにせ彼は稀に見る暗殺の腕を持つ者であり、今までこの攻撃を防がれたことはない。

 それこそ近衛騎士だろうがあの状況ならば殺せる確信があった。それを一介の、しかも愚鈍と評される王族に防がれたのだ。

「視界から姿が消えたなら、上か下か後ろでしょ。でも下は床、上は天井。なら後ろから来ると思っただけさ♪ はてさて、君は明らかに暗殺者。不意がつけなかったならボクが優勢だと思うんだけども」

 余裕の笑みを浮かべながら、暗殺者に対して剣先を向けるチャムライ。

 彼の言う通り、この状況では暗殺者に勝ち目はなかった。何せこの男、これでも武芸百般に通じる。

 バルバロッサと相対しても瞬殺はされず、何合か打ち合えるほどの武を持つ。

「…………揺れ動く我が身、消えゆく身。陽炎に揺れよ」

 再び呪文を詠唱して姿を消す暗殺者。

 それに対してチャムライは周辺を何度もキョロキョロと見回して、しばらく警戒した後に剣を鞘におさめた。

「……やれやれ、逃げたようだね。あれは……噂に聞くパプマ国の暗殺者の陽炎……うわっ、マリー!?」

 考え込むチャムライに対して、マリーが飛び掛かるように抱き着いた。

 彼女はチャムライに怪我などがないのを確認すると。

「チャムライ様!? ご無事で何よりです! 申し訳ありません、何もできなくて……!」
「いやいや、むしろボクに守らせてくれないと」
 
 泣きわめくメイドに対して、チャムライはその頭を慰めるように撫でた。

 少しの間だけ優しい顔を浮かべていたが……しばらくするとメイドを引き剥がした。

「でもボクは無事だけど。クアレール国はヤバイかもしれないなぁ……とりあえず現状を確認しないと。誰かある!」

 急いで部屋を出て行き、廊下を走りながら叫ぶチャムライ。

 すると兵士がその声を聞いて駆けつけてきた。

「いかがされましたか、チャムライ様!」
「暗殺者が侵入した! 兄上たちの様子を至急確認せよ!」
「!? はっ! ただちに!」

 急いで状況を確認するために、駆けまわる兵士やチャムライたち。

 そうして彼らは第一王子と第二王子が、各私室で無惨に殺されているのを発見した。

 もちろん周辺の警備兵も同じように死んでいた。

「ば、バカな……!」
「……これは洒落になってないなぁ」

 いつも軽薄な笑みを浮かべていたチャムライも、思わず顔を引きつらせてしまう。

 国王が死んだ直後にクアレール国の第一王子、第二王子が暗殺される。

 どう考えてもよい状況とは言えず、国が割れる未来しか見えなかった。

「弱ったなぁ。第四皇子以下もこれに乗じてくる……いやむしろあいつらが裏で糸を引いている可能性も……国内では誰が味方かもわからないし、ここは態勢を立て直した方がよいかな! ボクはハーベスタ国に逃亡する!」
「「「「ええっ!?」」」」

 チャムライの宣言に近くにいた兵士たちは動揺する。

 だが彼は飄々とした様子を取り戻して不敵に笑い始めた。

「現時点でクアレールが割れるのが大損なのは、間違いなくハーベスタ国だからね! あそこだけは確実に味方なはずだ! アミルダなら不義理なマネもしないし! よし行くぞ! 馬車を用意せよ!」

 厄介ごとに巻き込まれるハーベスタ国であった。
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