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とうとう叙勲編

第94話 婚約発表

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 アミルダとリーズの婚約が決まってから一週間後。

 ハーベスタ国中に婚約発表の報が出回った。各街の広場などで周知の看板が立てかけられ、役人が大声で叫んで喧伝していく。

 その広報は当然ながら他国にも影響がある。

 アーガ王国のアッシュたちの元にもしっかり届いていた。

「ふ、ふざけるな! 我が息子を殺しておいて王配だと!? 生きている資格すらないくせに!」
「シャグ殿、落ち着きなさい。お気持ちは分かりますが」
「それにあの女はボルボルの生まれ変わりを産む義務があるのだぞ!? せめて処女を保って、胎を綺麗にしておくのが最低限の償いだろうが!」

 リーズが婚約したと聞いたシャグが、激怒してアッシュの私室にやって来たのだ。

 彼は怒り心頭で顔を真っ赤にして、報告の書かれた手紙を握りつぶしている。

「アッシュ様! もはやすぐにハーベスタ国を滅ぼさねばなりませぬ! これ以上悪鬼羅刹の鬼畜どもを図に乗らせては!」
「落ち着きなさい、シャグ殿。まだ我々は動きが取れません……ですが我が渾身の策がなれば、必ずや全面攻撃を行います故」
「我慢できぬ! 奴らが幸福そうに生きているなど想像するだけで……何様のつもりかっ! 我が息子を奪っておいて!」

 シャグは絨毯で地団太を踏みながら、「ふーっふーっ」と荒い息を出す。

 アッシュは少し面倒そうに感じていたが、彼を無下に扱うことは王の妃となった彼女でも出来なかった。

 有力貴族であるシャグの力は、王の妃であっても軽んじれる者ではない。

「もちろんですわ、我が国の英雄をだまし討ちで殺した裏切り者。そんな奴がのうのうと生きているなど許されることではありません。私に奴をハーベスタ国から出奔させる神算がありますの」
「なんと!? どのような策ですか!?」
「ふふふ……奴はアーガ王国の裏切り者であると、ハーベスタ国中に広めるのです。そんな者を王配にするなどおかしな話……アミルダ女王の評価も地に落ち、うまくやればハーベスタ国は内乱を起こせましょう!」

 アッシュは下卑た笑みを浮かべ、シャグは鼻息を荒くして興奮し始めた。

「す、すばらしい! す、す、すばらしい! やはりアッシュ様こそこの国の女王陛下でありましょう! これからも支持させて頂きます!」
「すでに間諜たちに噂を広めさせております。アミルダ女王もとうとう致命的失態を犯したようで……くっくっく、彼女をシャグ殿の愛玩動物にできる日も遠くありません」
「素晴らしい! ついでに間諜たちには、騒ぎに乗じて街を燃やすように伝えておいてくだされ! 大騒ぎとなれば隙もできるはず!」
 
 アッシュたちは楽しそうに笑い声をあげるのだった。




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 その日のハーベスタ国の酒場は婚約発表の話題で持ち切りだった。

 ギャザの街でも酔っ払いたちがてんわわんやと騒いでいる。

「かーっ! アミルダ様がとうとう婚約かぁ! きつくて怖いお人だけど嫁の貰い手があったんだなぁ!」
「いやいや俺は羨ましいぜ。ああいう人がベッドの上だと大人しかったりするんだよ。まったく我が国の英雄は幸せ者だ」
「ついでにエミリ様も貰うとかいいなぁ。あの人可愛いし……俺が欲しかった」
「やめとけ、砂糖狂いだぞ。お前じゃ絶対養えない」

 男たちは酒を飲みながら面白おかしく話す。

 リーズがこの国の救世主であること自体は、当然ながら民衆も知っていた。

 その上で今回の婚約発表を聞いた彼らの感想は、まあ無難な沙汰だなという想いを抱いている。

 救国の英雄への褒美と言えばその国の姫様……ドラゴンなどがいて国の危機が起きやすいこの世界ではよくある実話であった。

 なにせ国を救った英雄に対して妥当な褒美など、それこそ国を半分渡すなどのレベルになってしまう。

 国を割るなんてのは普通に考えれば払える褒美ではないので、なら姫との結婚を……というのが落としどころだろう。

 そんなバカ騒ぎの酒場に茶々を入れるように、数人の男が扉を勢いよく開けて入って来た。

 彼らは周囲を見回すと大きく息を吸って。

「皆! 騙されるな! リーズはアーガ王国に繋がっている裏切り者だ!」
「奴を王配にするということは、ハーベスタ国はアーガ王国に乗っ取られるということ!」
「アミルダ女王も……いやあの売女もグルだ! あの二人はアーガ王国と繋がっているんだ! 俺たちを売ろうとしている!」

 酒場の騒音を上書きするように、あらん限りの声で叫ぶ男たち。

 それを見た酒場の民衆たちはほぼ全員が呆れていた。

「またかよ……あいつら芸ないなぁ」
「おい憲兵呼んで来い。またアーガ王国の間諜共が騒ぎ始めたぞ」
「おうおう、アーガ王国間諜の兄ちゃんら。場を盛り下げたんだ、あんたらの身体で償ってもらおうか」

 酒場で飲んでいた客の中で屈強なガタイの男たちが、拳を鳴らしながら侵入者たちに近づいていく。

 この酒場は当然ながら土木作業を生業としている力自慢や、兵士や冒険者などの荒くれ者も多く利用していた。

 間諜と呼ばれた者たちは焦って後ずさりながら、なおも職務を全うしようとする。

「なっ……!? お前たちは騙されていると教えてやっているのだぞ!? リーズはアーガ王国の裏切り者だと、隠された真実を……」
「はぁ……あのな。リーズ様が元アーガ王国出身なのは、ずーっと広場でも言われてるんだよ。この街の住人で知らない奴なんていねぇ! つまりお前らは部外者の間者ってことだ!」
「「「!?」」」

 間者たちは驚きのあまり言葉を失った。

 彼らはアーガ王国の工作活動要員として、先日にギャザに派遣された者達。

 ただアッシュの命令に従って悪評をバラまく任務のため、この街の広場になど訪れてもいなかった。

 故にリーズがアーガ王国出身であると広められていることも、知る由もなかったのだ。

 これはアミルダの策の結果でもあった。初日はわざと婚約発表だけを行い、翌日からリーズが元アーガ王国の者であると広めたのだ。

 アーガ王国の間者に初日に早馬を走らせて、その情報を知らさせた。そして次の日以降はそれを捕らえている。

 結果としてリーズが元アーガ王国の者であるとの喧伝をされた情報を、アーガ王国は得ることが出来なかった。

 しかも今まで泳がされていた間者は捕縛されていた。

「なっなっ!? なら元アーガ王国の者を何故王配と認める馬鹿か!? どう考えても裏切り者ではないか!」

 間者たちは焦りながらもなんとか言葉を紡ぐ。

 すでに彼らは屈強な男たちに囲まれていて、いつでもリンチされる状態であった。

「はっはっは! アーガ王国ほど酷い国なら、正義の心を持っていれば裏切るだろうさ!」
「しかもリーズ様はアーガ王国兵を万ほど殺して、奴らから国土を取り戻したんだ! そんなお方がアーガ王国と繋がっている? そんなわけあるかよ! いくら学のない俺達でもわかるわ!」
「それでアーガ王国の間諜さんや、他に何か面白い言い訳は?」

 酒場にいた者たちは皆、彼らの言葉に同意していた。

 リーズはこれまでの活躍を以て民衆たちから信頼を得ている。

 彼は今までの地道な積み重ねによって、アーガ王国の呪縛から逃れられていたのだ。

 もはや元アーガ王国の者だとかは、第三者にすら関係ないとまで言わしめていた。

「もう面白い話もなさそうだな。死なない程度に殴ってから、憲兵に突き出してやるよ!」
「腕や足の骨の数本くらいはご愛敬だ! 今までの恨みを思い知れ!」
「や、やめっ!? あ、ああああぁぁぁぁ!? う、うでがぁあぁぁぁ!?」

 アーガ王国の間者たちはこれでもかと殴り蹴られる。

 そうして憲兵に連れられた後、広場で拷問の上で処刑された。

 この凄惨な話を知ったアーガ王国の間者たちは、ハーベスタ国に潜入するのを忌避するようになる。

 間者である以上、危険と隣り合わせなのは当然だ。

 だが従えばほぼ確実に間者とバレる酷い命令を出されて、捕縛されてしまうのではやってられないのだから。

 他にも裏では引き抜き策も行われていた。

「俺達はハーベスタ国でよい暮らししてるぜ。お前は悪くない奴と知っているし、今なら寝返っても許してもらえるが?」
「……是非、ハーベスタ国につきたい! 手土産にアーガの情報を渡す! こんな国にいるの嫌だったんだ! 決心がついた!」

 挙句に元同僚である裏切りの十本槍の調略によって、アーガ王国の間者はハーベスタ国に寝返り始めることとなる。

 リーズや十本槍が裏切っても許されるという前例の影響は大きい。

 アーガ王国内の間諜でまともな人間は、卑劣な国から抜け出し始める。

 ちなみに性根の腐った人間については、裏切りの十本槍が知っているので拒否していた。
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