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とうとう叙勲編
第89話 裏側
しおりを挟む「オジサマはどうやってリーズさんにそれとなく聞くつもりなんでしょうか……」
「分からん。だが我々で話し合っていても進展がないのも確かだ」
私とエミリは白亜の城の武者隠し――隠し通路のようなところ――に潜んでいた。
そこでバルバロッサがリーズに対して、どちらが好みかそれとなくを問うのを盗み聞くためだ。
「ところで叔母様。この隠し通路、結構狭くて身動きが……」
「仕方あるまい。派手に目立つ隠し通路など無意味なので、どうしても小さく造らねばならぬからな。それにこれでも当初の予定より広げたらしい」
「これより小さかったら子供くらいしか入れないような……」
「む、静かにしろ。リーズがやってきたようだ」
近づいてくる足音を感じてエミリに黙るように告げる。
この城は木製の床でギシギシと鳴る音を完全に消すことは難しい。
本来ならば欠点だが、防衛設備として考えるならばそうではない。
多少ギシギシ鳴っても些事だ、別に歩くときに床から多少の音がなっても問題はない。
隠れて忍びたい者は困るだろうが、そんなことをするとしたら間者の類だろう。
「さてバルバロッサ、どうやってそれとなく問いただすつもりだ」
私が気になっているところはそこだ。
バルバロッサは自信満々であったが、リーズの心の内を把握するのはかなり難しい。
何せ今まで奴が求めている物をまともに聞けたことすらないのだから。いつもはぐらかされてしまっている。
土地を与えようとしても拒否するくらいだ。まさか領地という報酬を断る者がいるとは思わなかった。
正直に言うと私にはリーズの考えがあまり分からぬ。アーガ王国に恨みを持っていて何とかしたいという以外は。
そうして耳を澄ませているとバルバロッサの咳払いが聞こえて来た。
頼むぞバルバロッサ! それとなくリーズがエミリを好いているかを聞いてくれ!
「リーズ。仮の話なのだがアミルダ様とエミリ様、婚姻できるとしたらどちらがよい?」
「「っ!?」」
私とエミリは思わず悲鳴のような声を出してしまった。
あ、あ、あ、あの馬鹿者!? それとなくどころか、思いっきりそのまま聞いておるではないか!?
エミリも同様の感想を抱いたようで、小さい声で私に話しかけてきた。
「お、叔母様!? オジサマはそれとなく聞けているのでしょうか!?」
「それとなくなわけあるか!? もしリーズが押しに辟易してしまったら大問題だぞ!?」
私はどうやらバルバロッサを信じすぎていた!
よく考えたらあの男は戦い以外は専門外だったのに! これも我が国の人材不足が招いた結果か!
「どうします!? オジサマを止めますか!?」
「聞いてしまったのでもう遅い! なるようにしかならん!」
こうなればもはやバルバロッサに任せるしかない。
耳を澄ませて必死にリーズの声を聞き逃さないように意識する。
奴は悩んでいるようでしばらく悩むような声を出した後。
「どちらもですね。エミリさんかアミルダ様と婚姻できたら、物凄く幸せだと思います。婚約する男が羨ましい」
その言葉を聞いて耳を疑った。
どちらも? エミリだけでなくて私もだと?
そんなバカなことがあるか。私ははっきり言うがマトモな貴族令嬢ではない。
常に男物の衣服を纏い、お淑やかさなど皆無の言動に態度。
しかもリーズに対しては舐められぬようにと貴様呼ばわりだ。
女が王となれば周囲から軽く見られてしまう。それを避けるために私は、全力で男を演じてきたのだ。そう、父親がなくなった時から私は男となった。
他国との外交時は流石に女の装いをするが、それもあくまで円滑に交渉を進めるのに必須だからに過ぎない。
慎ましさもなければ穏やかでもない。こんな女に好意を抱く者がいるものか。
だからこそエミリに全てを託したのだ。私が捨てた全てを拾い上げて欲しいと、婚約して世継ぎを産んで欲しいと。
「あの……叔母様? リーズさん、もう去ってしまいましたけど……」
どうやら思考に集中し過ぎていたようで、エミリから話しかけられて我に返った。
先ほどのリーズの発言より先のことが全く分からない。
「……リーズたちの会話の内容を教えてくれ。婚約する男が羨ましい、以降だ」
「えっと……リーズさんは叙勲して貴族にならないと、身分が違うので婚姻なんて不可能と。それでオジサマがすぐに叙勲の提案を叔母様にすると」
「…………リーズはそれに対しては?」
「声だけですが少し嬉しそうにしていました」
「……そうか。すまぬエミリ、確かにお前の言うことも正しかったようだ」
まさか、本当にまさかだ。
リーズがエミリだけではなくて、私に対しても多少は好意を抱いているとは……。
今も信じがたいが自分の耳で確かに聞いたことだ。
「いやむしろ私もすみません……リーズさんは叔母様以外は眼中にないと思ってたので……」
エミリと互いに見合って謝り合う。
まったくもってこれでは道化だ。互いにリーズが好んでいるのは相手側だと思い込み、ロクにアプローチも仕掛けてなかったのだろう。
「これからって私はリーズさんにアプローチします? ……叔母様がリーズさんと婚約すれば、すごく丸く収まる気がするのですが」
エミリの提案に対して考えようとするが、頭が空回りしてまともに思考できない。
少し身体が熱い。まさか私が、女として好意を抱かれるなど……。
「…………少し考える。だがもし奴が我らを二人とも好いているのならば」
「ならば?」
「…………言わせるな、察しろ」
気恥ずかしくて次の言葉が出なかったのをごまかす。
リーズと私が結ばれれば丸く収まるように見えるかもしれない。
だが私は女だ。世継ぎを増やそうにも自分ひとりでは限界がある。
そしてリーズは庶民だ。もしエミリが他国の貴族とでも婚約すれば、貴い血が薄い者よりも……などという争いも出かねない。
ならばいっそ……いや落ち着け。
ちゃんと考えなければならない。こんな状態で国の将来を予想してもロクなことにならない!
「あの叔母様……顔、真っ赤ですけど……」
「そ、そんなはずがあるか! それよりも……!」
急いで玉座の間に戻ると、成し遂げた顔のバルバロッサが満面の笑みを向けて来た。
「おお、アミルダ様! このバルバロッサ、見事にリーズの心の声を問いただし」
「私はそれとなく聞けと言ったな!? 思いっきり直接尋ねてどうする!」
「お待ちください! 吾輩、ちゃんとそれとなく聞きましたぞ!」
「どこかだ!?」
バルバロッサは自信満々とばかりに鼻を鳴らすと。
「《仮の話》と最初に前置きを」
「貴様そこになおれ! 燃やしてやる!」
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