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刃を交えない戦争編

第86話 ズタボロの二国

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 ハーベスタ国が華やかなパーティーを開催したのを横目に、アーガ王国内の経済は地に落ちていた。

 ただでさえアーガは侵略しての略奪を経済の前提としていた。その侵攻を食い止められた時点で大赤字。

 さらに金貨混ぜ物政策をしてるのに、国内の商人にアーガ金貨を今までと同じ価値で扱うように命令。逆らった者は処刑を行えと命じたのだ。

 その結果……アーガ国内にいた有力商人たちは、ほぼ全員が財産ごと国外へと逃げ去っていた。

 アッシュはアーガ王国の王宮、その私室にて大臣にそんな報告を受けていた。

「アッシュ様。我が国の経済はズタボロです……真似た為替は何の価値もないと笑われて、商人の国外への流出は止まらず……」
「な、なんで商人を国外に逃がすのよ! 逃げる奴は財産没収の上で殺せと命じたはず!」
「そ、それが……取り締まる兵士たちが皆、買収されているようで……」
「はぁ!?」

 アッシュは悲鳴をあげるが当然であった。

 アーガ王国の兵士たちは今までと同じ額の給与で働いている。

 つまり金貨の価値が落ちているインフレ状態では、結果的に給与がかなり下がっていることになる。
 
 そうなると彼らも生活難から今まで以上に賄賂を喜んで受け取る。

 上の命令よりも自分達の明日の暮らしを優先するのは当然だった。

「なら買収された兵士も殺せ!」
「そ、それがうまく偽造されていて、誰が見逃したかもわからず……」
「ふざけるんじゃないわよ!」

 アッシュは近くにあったテーブルを強く叩き、高価なガラスグラスがその衝撃で床に落ちて割れる。

「そ、そう言われましても……我が国の兵士は信じられないほど隠ぺい工作が上手なようで……まるで軍の訓練よりそちらを鍛錬しているかのような」
「そ、そんなわけないでしょう!」

 アッシュは少しだけ上ずった声で否定する。

 彼女には心当たりがあった。少なくとも自分の部下たちには、もらった賄賂などをごまかすように命じていたからだ。

 その賄賂の一部を献上させることで、自らの私腹を肥やす戦略だったのだが……今となっては裏目以外の何物でもない。

「それに為替がなんでうまく行かないのよ! 隣のハーベスタ国がやってて、たかが木札を金貨の価値にしてるのに!」
「……信用の問題かと。金貨にいきなり混ぜ物をする国では、いつ手形が交換不能になってただの木片になるか分からないので……」
「パプマからの支援もらえたはずでしょ!? どうなったのよ!?」
「それも商人に持ち逃げされまして……」
「商人風情に舐められてるっていうのかしら!? やっぱり手ぬるいのよ! もっと殺しなさい! 殺して殺して殺しなさい!」

 アッシュはイライラしながらバカ叫びをする。

 彼女は元々軍人であり経済においては素人同然。恐怖政治でしか国民を従わせる術を持たない。

 それはアーガ王国が他国を侵略して略奪の限りを尽くせば成り立つが……略奪経済が回らずに崩れ始めたらどうにもならない。

「こうなれば私の子飼いの部隊に、王族直下の特別部隊として特権を与えるわ! 私が直々に動いてこの流れを止めてやる!」
「お待ちください!? それで止まるのは国の息の音でございます!?」
「……はぁ。まずは貴方からね」

 アッシュはため息をついて大臣を見下す。もはやその視線は敵に向けるものだった。

 だが大臣は気圧されてこそいるが、まだ強気な態度を保っている。

「わ、私はこの国の大臣! いくら女王でも理由なく処分などできるわけが!」

 その問いに対してアッシュはニヤリと笑みを浮かべ、大きく息を吸った後に。

「……いやあああぁぁぁ!? 誰か助けてぇ!? 大臣が襲ってくるわ!?」
「!?!?!?」
「アッシュ様!? 大丈夫ですか!? この不届き者がぁ! 大臣であろうと許されると思うな!」

 部屋の外で警備していた兵士が入ってきて、大臣は捕縛後に王の怒りによって処刑された。

 もちろん大臣は事実を王に弁明したが、アッシュにゾッコンの王は聞く耳を持たない。

 アッシュは姦計にだけは頭が回る傑物であり、それによって政敵は全て消えていく。

 これによってアッシュに諫言する者は消えて、彼女直属の部隊によって国がより滅茶苦茶になっていく。



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 パプマの議会は凄まじく荒れていた。

 理由は簡単だ。ハーベスタ国が周辺諸国からの評価を得て、逆に対抗馬に仕立て上げるはずのアーガ王国が酷すぎた。

「だから我々は反対したのだ! パプマの評判は地に落ちたばかりではない! アーガ王国に支援したとなれば、ハーベスタ国の怒りを買うではないか!」
「そうだそうだ! 責任をとってギルド長をやめろ!」
「貴様らは我らの傘下に入って大人しくしていろ!」

 以前にアーガ王国への支援案などを否定した者たち――漁業ギルドや大工ギルドの長――は鬼の首を取ったように責め立てる。

 それに対して支援案をゴリ押ししたギルド長たちは、ひたすらに黙り込むしかなかった。

 なにせ考える限り、最悪な事態になってしまったのだ。

 周辺諸国はハーベスタ国を文明国と認めて靡いた。

 しかもアーガ王国はもはや底に穴のあいた風呂桶で、いくら経済支援をしても全く何も溜まらない。

 そしてパプマがアーガ王国に支援したということは、ハーベスタ国に対する明確な敵対行為だ。

 流石に他所の目があるので宣戦布告はしてこないだろう。だがパプマは誠意を示して謝罪しなければならない。

 この場合の誠意とは当然ながらお金などの類である。

「まずは香辛料ギルド長の財産と権利を全て没収すべきだ!」
「意義なし! 何ならハーベスタ国に引き渡すべきだ! それくらいしなければ許されぬぞ!」 
「ふざけるな! 私はこの国の王でもない! 議会を通したのだから連帯責任だ!」
「それこそふざけるなだ!」
「なにがふざけるなだ! お前らのせいでうちの商品が外に売れなくなってるんだろうが!」

 もはや商業国家パプマの品物を買う国はほぼいなかった。

 なにせパプマはハーベスタに敵対している国と周辺諸国からみなされている。

 つまり仲良くすることでパプマの仲間と思われて、ハーベスタ国に滅ぼされてはたまらないのだ。

 露骨に距離を取られていて貿易をかなり制限されていた。

 アーガ王国の支援など論外、自分の状況に追い込まれている。

「アーガ王国支援案に賛成した者たちは、この議会からすぐに出て行ってもらおう!」
「そんな権利は貴様らにはない!」
「なら拳でケリをつけてやる!」
「ちょっ!? 肉体系共が卑怯だぞ!?」

 議会が荒れ狂いすぎて、とうとうギルド長同士の取っ組み合いの乱闘が始まった。
 
 その争乱から逃れるようにコッソリと議会部屋から抜け出る男がいた。

 彼は青い顔をしながら議事堂の建物から出ると、外で待っていた部下の元に駆け寄る。

「お、おい! 陽炎の件はどうなった!?」
「……無事にクアレール国に侵入したとの報告が先ほど早馬で届きました」
「……ま、まずい。本当にまずいぞ!? もし陽炎が暗殺成功でもしたら……」
「クアレール国とハーベスタ国は蜜月の仲です……間違いなくパプマに侵攻してくるかと……。アーガ王国があの状況では、我らを守ってくれる国などありません……」

 商業ギルドの長は小刻みに身体を震わせながら頭を両手で押さえる。

「く、クアレール国は大国だ。いくら陽炎でも暗殺など……!」
「陽炎は出来ない依頼は受けません。ハーベスタの女王の暗殺依頼は断って来ました。つまり……クアレールに対しては成功の算段がありそうで……」
「…………よし、逃げよう。後のことなど知らん!」
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