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刃を交えない戦争編

第76話 破滅への第一歩

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 ハーベスタ国が砂糖の売買や為替を開始して数か月後。

 アーガ王国では経済が崩壊しかけていた。

 アーガ王国内のとある街。ひとりの兵士が武器屋の中に入り、店主に対して壁に置かれた鎧を指さす。

「その鎧を売って欲しいのだが……これでダメか?」

 店主は兵士に渡された金貨を見た後、首を大きく横に振った。

「ダメダメ。アーガ金貨なんて何が混ざってるか分かった物じゃない。うちでは他国の貨幣じゃないと使用禁止だね」
「ここもか……」
「この街じゃほぼ無理だ。両替商に他国の金貨に代えてもらうんだな」

 店主は兵士に対して押し付けるように金貨を返し、受け取った兵士はガックリとうなだれた。

 アーガ王国はアッシュの貨幣混ぜ物政策により、金貨の価値が崩壊して酷いインフレが発生していた。
 
 アーガ金貨の金含有量が大幅に劣化されてしまったため、商人がまともに取り扱ってくれないのだ。

 これまでのアーガ金貨の金含有量は九割だったが、今では六割以下ばかりであった。

 金貨は黄金で造られているからこそ価値が保証されている。つまり逆に言えば黄金が減らされたらその分だけ価値も摩耗するのだ。

 ましてやアーガ金貨は混ぜ物の割合もバラツキがある。貴族や作業員などの中抜きが原因なのだが、それがより一層評判を悪くしていた。

 まだ金含有量が六割固定ならば他国の金貨の六割分の価値になっただろう。しかし物によっては四割以下の物もあってしまう。

 つまりアーガ金貨でも違う価値の物が存在し、もはやまともに使うこと自体がリスクとなっている。

 銀貨についても同様に混ぜ物が多く、アーガ王国の貨幣の信用は大きく損なわれていた。

 金貨の価値が保証されているのはその物の素材が黄金であるからだ。

 例えば仮に明日にアーガ王国が滅んでも、アーガ金貨は他国でも価値がある存在なのだ。素材が黄金であった限りは。

 だから国民たちも安心してアーガ金貨を使えたのだ。

 つまりアーガ王国が金貨に混ぜ物をしたことは、アーガ金貨の価値を著しく下げることに他ならない。

「くそ……仕方ねえ、両替するか。だいぶ金が減るんだよなぁ……何で自国の貨幣が使えないんだよ……」

 兵士は肩を落として武器屋から出て行った。

 更に近くの建物の中では、豪商たちが商談を行っていたが。

「これで商談成立ですな。あ、念のためですが支払いは……」
「もちろんアーガ金貨は使いません。あんなのどれだけ混ぜ物がされているかわかりませんからな。あれを使うくらいならハーベスタ国の手形のほうが信用できる」
「そうですなあ。ハーベスタ国内でしか交換できないのが本当に惜しい。大金を持ち運ばずとも常に所有しているようなもの、他国でも使えるようになれば凄まじく便利なのですが」

 アーガ王国の混ぜ物金貨よりも、ハーベスタ国でしか価値のない手形のほうがマシとまで言われる始末。

 もはや彼の国の貨幣の価値は地に落ちきっていた。




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 アーガ王国のアッシュの私室では、財務大臣がアッシュに報告を行っていた。

「アッシュ様! 民衆どころか兵士からも不満が続出しております! 自国の金貨がまともに使えないと!」
「多少金貨に混ぜ物入った程度でガタガタと! 全国民に命令しなさい! アーガ金貨を今までと同じ価値で使わなければ処刑を行うと!」
「無茶ですよ! そんなことしても他国の商人が納得しません! 逃げていきますよ!」
「うるさいわねぇ! ならさっさと解決しなさいよ! 私が誰か分かってるのかしら? こんな時にバベルがいればすぐに動くのに……!」

 財務大臣はアッシュの発言に対して、顔をしかめながら頭を下げる。

「し、しかし……この状況から建て直すとなると……再び貨幣の混ぜ物を失くすしか……」
「はぁ? そうしたらまた経済悪化するじゃないの! 今の貨幣で価値を混ぜ物する前に戻しなさい!」
「不可能です! 金貨はその黄金の量が価値を担保しているのです! それを……」
「もういいわ、役立たず。そこのお前! 軍を動かして貨幣の価値を戻しなさい!」

 アッシュは財務大臣の発言を遮って、部屋にいた部下に命令を下した。

 彼はそれに首を縦に振ると部屋を出て行く。

「よし、これで万事解決ね」
「か、解決なわけ……」
「何か文句があるのかしら? 私に逆らうということは、国王様に背くのと同義なのに?」
「い、いえ……」

 アッシュの権力はもはや軍内部に留まらない。アーガ王国全てに対して彼女は発言権を持っていた。

 落ち目であった彼女が何故そんなことになったのかというと……。

「申し訳ありません。アッシュ様、いえ次期女王陛下……」

 アッシュはアーガ国王に見初められていたのだ。いや正確にはハニートラップで落としたと言うべきだろう。

 王に対面して謝罪した時に……と言った次第だ。

 正式な婚約こそまだであるものの、彼女は王からの寵愛を受けている。

 時間の問題であることは明白であった。

「全く……バベルがいてくれたらねぇ。貨幣のほうはいいでしょ。次の報告は?」
「我が国内で野盗が増えているようです。おそらくハーベスタ国から流れているものかと」
「はぁ? なんでうちに流れてくるのよ」
「以前報告した通り、ハーベスタ国は為替という金貸しを始めております。それによって商人が金貨を持ち歩かなくなったので……手形よりはアーガ金貨を持つ商人のほうが幾分価値があると……」

 ハーベスタ国の野盗たちはアーガ王国に流れ始めていた。

 なにせハーベスタ国内で商人を襲っても金貨を持っていないのだ。

 為替の手形は基本的に本人がいなければ換金できない。他人に譲渡するにも本人が手続きせねばならない。

 つまり野盗にとって手形とはただの木板だ。

 彼らも襲撃して護衛にやられるリスクがあるのに、成功しても旨味が薄いのではやってられない。

 それにハーベスタ国はアーガ王国よりも、野盗の取り締まりが厳しいなどの理由もある。

「チッ! ハーベスタ国め! 自分ところの盗賊をこちらに追いやるなんてクズ共め!」
「追いやったというか、逃げ出してきただけなような……な、なんでもありません」

 アッシュは財務大臣をにらみつけて黙らせる。

 彼女も流石に軍人というだけあって一般人よりは迫力があった。

「他には何かあるのかしら?」
「後はハーベスタ国が砂糖で大儲けして、わが国の商人たちも拠点をハーベスタに移し始めております」
「なんでよ! うちの商人でしょ!?」
「我が国が落ち目と判断してのことかと……。その……真に言いづらいのですが。何なら我が国の金貨よりも、ハーベスタ国の為替手形のほうが価値があるとまで言われる始末で」

 その報告にアッシュは顔を歪ませた。

「そう。なら出て行く商人は財産全部没収しなさい」
「そんな無茶な!?」
「出て行く奴は敵よ! 敵の金を奪って何が悪い!」

 アッシュはリーズを殺した時よりも更に傲慢で過激になっていた。

 本人は気にしてない様子を出しているが、右腕であったバベルを失くして精神的なバランスを欠いている。

 その上で次期王妃という絶対的な権力を手に入れたことは、アッシュを史上最低の暴君と化すには十分だった。 

 アーガ国王は政治にやる気のない遊び人なのもあり、アッシュはもはや国を好き放題できる存在になりつつある。
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