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刃を交えない戦争編
第75話 為替宣伝
しおりを挟む「よく集まった。今日は我が国で新しく始める為替について話をする」
「「「ははっ!」」」
白亜の城の玉座の間。
アミルダ様に集められた商会の代表たちが軽く頭を下げた。
それを見て彼女は為替についての説明を行い始める。
為替は使ってもらわねば意味がないので、まずは有力者たちに率先して紹介することで広めていく狙いだ。
「為替とはつまりは金貸しだ。ただし引き出す場所を、預けた場所とは別の土地に指定することが可能で……」
アミルダ様の説明が進んでいく。そして商人たちの目の色が変わっていった。
当然だろう。それなりの商人ならばこの為替のメリットは簡単に思いつく。
というか為替のアイデア自体も、誰かしらが考えついている可能性もある。
「おお。そうするとハーベスタ国内での商いが凄くやりやすくなりますな……!」
「我らとしても大量の金貨を持ち運ぶのは大変な上に危険ですから」
「最悪でも向かわせた行商人が死ぬだけで、金貨は戻ってくることになる……!」
最後の人物は最低な気もするが、この魔物溢れる世界では仕方のない考え方だ。
中世ヨーロッパでも治安が酷くて野盗で危険だったのに、この世界では更に魔物なんて存在もいるくらいだ。
野盗に行商人が殺されて物資や金貨を根こそぎ奪われる。それは十分に想定しなければならない。
この世界では行商人の入る保険なんてものはないからな。
ない理由は簡単だ。保険会社が商売できるほど、行商人は安全に旅をできない。
毎日行方不明の馬車が出かねないので、保険会社が儲けようとしたら掛け金が凄まじい額になってしまう。
そんな保険に商人が加入しても、保険代の支払いだけで足が出かねない。
「しかし借りた本人の証明についてはどうされるおつもりで?」
「契約書にこれを使う」
アミルダ様は自分の親指を立てて商人たちに見せつけた。
それを見て商人たちは納得と頷いた。
「なるほど。拇印でございますか」
「そうだ。また基本的には預けた金は当人が引き取る前提で、他人が引き出す時は預けた場所で特約を行うなどで対応する。基本的には本人がいない場所で、契約を変更するのは無理にする」
「道理ですな。拇印した書類だけで済まされては、野盗が商人を殺して指で拇印だけ押した書類を用意しかねませぬ」
恐ろしい発想だが野盗なら簡単にやるだろう。
ちなみに野盗にもいくつか種類があったりする。
暴力で殺して全て奪い取る奴ら以外にも、その周辺に通る旅人などから通行料を取って見逃す者もいる。
奇妙な話だが利害の一致というやつだ。野盗も旅人や商人を襲撃するということは当然危険が伴うわけだ。対して商人たちも襲われたら命が危ない。
どちらも危険を犯したくないので、袖の下で通してやるという話。
後者はどちらかというと野盗よりも海賊に多いかな。
奴らは海で縄張り争いしてるから、ここの周辺の海域は俺達の縄張り! みたいにやりやすいから。
「ふむふむ! よいですなぁ! 我々としては是非前向きに……」
「お、おい……パプマのことを忘れたのか? ……おっと失礼、こちらの話ですので」
興奮した者を抑えるかのように他の商人が釘を刺す。
明らかに白々しいというかたぶん演技だ。わざとパプマという単語をアミルダ様に伝えたように感じる。
対してアミルダ様は先ほど釘を刺した商人を睨む。
「貴殿らがパプマと我が国を天秤にかけているのは知っている。その上で言っておく、私が誘うのは今回限りだ。別に貴殿らでなくても構わぬのだから」
「……ほほう。それはそれは」
睨まれた商人は少しだけ気圧されたように頭を下げた。
残念だが役者が違うということだろう。アミルダ様は若くして破滅寸前のハーベスタ国を継いで持ちこたえた傑物。しかも何度も戦場に出ている戦士でもある。
一介の商人とはくぐった場数が違うのだ。
「よく考えるのだな。アーガ王国を下して竜が昇る勢いの我々と、周辺国家に寄生しているだけのパプマ。どちらにつくかで貴殿らの未来は大きく反転する」
アミルダ様の商人たちへの宣告。
それに対して商人たちは膝を床につけて、今までよりも深く頭を下げた。
「我ら一同、パプマよりもハーベスタ国につくことにいたします」
「パプマからは大うつけの蛮族などと知らされましたが、アミルダ女王陛下はとてもそうには思えませぬ」
「砂糖を造りだす技術。為替という仕組みを実行する胆力と頭脳。そしてこの白亜の城を築き上げる権力……下らぬ伝聞など消し飛びました」
……なるほど。今の話で分かったことがある。
以前のクアレール国の外交パーティーでも、我が国は蛮族だとか散々言われていたが……商業国家パプマが吹聴していたのか。
そうして為替の宣伝も成功し、本格的にハーベスタ国で開始されることになった。
-----------------------------------
為替が開始されてから二ヶ月後。
ハーベスタ国では砂糖を求めて商人たちがこぞって集まって来ていた。
彼らはハーベスタ国内の街に入るや否や、為替商の店へと飛び込んでいく。
今もタッサク街の為替商の店に、ひとりの商人が入っていった。
「すまない。金貨を預かって欲しいのだが」
「へい。ではこの紙にお名前や拇印、もしご当人に万が一があった時の引き取り手の記載を」
商人は為替商から紙とペンを受け取り、必要事項を記載していく。
それを見て為替商は世間話を繰り出した。
「今回はどちらに行く予定で?」
「ギャザの街だよ。砂糖をあそこで購入して他国に売ればもうかるからな。多少の小麦を用意してそれ以外は金貨で持って来た。ハーベスタ国に入ればいくら金貨持ってても安全だからな」
「そりゃもう。為替制度は山賊からすりゃ商売上がったりですよ。奴らが大量の小麦などの商品を手に入れても売る手段がないですからね」
野盗が好むんで盗むのは宝飾品や金貨の類が多い。それは換金がすごく簡単だからだ。
逆に小麦なんて手に入れたとしても売るのはなかなか難しい。運ぶのも大変だし窯を持っていないのでパンにもできない。
為替商は愉快そうに笑いながら話を続ける。
「かといって砂糖を盗んでもこの周辺では買い取ってもらえませんからね。何せ女王陛下が厳しく取り締まってるんで、結局他国に出るしかなくなると」
「とことん賊の類が住みづらくなってるんだな。最近はアーガ王国なんて物騒って聞くぜ。金貨の混ぜ物で経済が酷い上に、貴族間でもヤバイ争いが起きてるとかの噂も」
「ほほう。それはどのような?」
「女がアーガ王を手籠めにして、実権を握ったとか何とか。あ、これでいいかい?」
「……それはそれは。確認いたしますね」
為替商は商人から返された紙の記載内容を確認する。
「ふむふむ、大丈夫です。こちら手形になります。こちら受け取りました金が引き取り可能なのは今日から二週間後。期限は二ヶ月となりますのでお気をつけて」
「どうも……ちなみに聞くんだが、預けた人物に万が一があるのはどれくらいなんだ?」
「ははは、我が国は治安がよくて安全ですからね。文字通り万が一くらいでしょう」
「そりゃいいね」
元々ハーベスタ国は治安がよい国だったが、元モルティ国の領地だけは山賊の類も残っていた。
まだ統治が完全でなかったためだが、為替が始まってからしばらくするとそこの賊たちも消えて行っている。
なにせ商人が持っている高級品は手形や砂糖ばかりだ。手形は本人以外はただの木、砂糖も売れなければただの甘い粉だ。
砂糖を手に入れて国外に持っていくにしても、国外に出てまた戻って来るのは大変過ぎる。
国境をまたぐ時に国の兵士に間者と間違えられて殺される恐れもある。
一度だけならともかく、何度も国境を跨ぐのはハイリスク過ぎる。
割に合わないと思った山賊たちは、パプマやアーガ王国の方に逃げていった。
「じゃあよろしく頼むよ」
そう言い残して商人は為替商の店から出て行った。
「今日もギャザの街に向かう商人が多いと」
実は為替商にはもうひとつ大きな利点がある。
為替契約を行う時に商人たちと雑談が行えることだ。
世界を旅する者たちから他愛ない話をしつつ、世界情勢などの情報を集めることができる。
「……女がアーガ王を手籠めね。念のため、上に報告をあげておきますか」
噂の類なので信ぴょう性の問題はあるが、重要な情報ならば精査すればよい話だ。
こうしてハーベスタ国は情報収集力でもアーガ王国を出し抜いていくのだった。
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