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刃を交えない戦争編
第73話 砂糖②
しおりを挟む「こちらがビートを色々と加工した後の砂糖です」
俺は【クラフト】魔法で砂糖の入った小瓶をエミリさんに手渡す。
すると彼女はそれをひったくるように手に取った後、瓶のフタを開けて中の砂糖を手のひらに少しのせるとペロッ。
「甘い、これは砂糖!」
「まあ砂糖ですから」
さっきからエミリさんの語彙力が低下してる気がする。
「でも真っ白ですよ? 砂糖はもう少しこう、色というか」
「サトウキビ……既存の砂糖とは使う素材が少し違うだけです」
この世界での砂糖はおそらくサトウキビから作っている。
砂糖に色が少しついているからだ。きび砂糖という類で造った物には薄茶色がつく。
おそらくと言うのは製法が基本的に秘匿されているので、もしかしたら俺の知らない植物が使われてる可能性もある。
「……この砂糖、リーズさんが魔法で造っただけでは?」
「確かにそれは俺が魔法で造りましたよ。ですが俺が実物を改造できるのは、実物自体が改造予定の物になれないと無理です。つまり甜菜は砂糖になると」
「……本当にですか?」
「本当にです」
自信をもって頷くとエミリさんがぷるぷると震えだした。
彼女はキッとバルバロッサさんを睨むと。
「オジサマ! すぐに白いビートを買い占めましょう! 砂糖が安くいっぱい手に入ります!」
「いやエミリ様。ビートで商人に砂糖を造らせて経済活性化させるなら、我らで買い占めてはダメなのであるが……」
「ビートなんていくらでもあるんですから! 少しくらい市場から減っても大丈夫ですよ!」
いかん、エミリさんがすごく真剣な顔をしている。
彼女から物凄い本気さと輝きを感じる、何なら戦争の時よりもかもしれない。
「お菓子いっぱい食べられます! パンケーキにパンケーキにパンケーキ……!」
「パンケーキばっかりですね」
「アミルダ様が一番安価で手に入るパンケーキばかり買っていたのである」
「だって! リーズさんが来るまでのハーベスタ国で、高いお菓子買える余裕ないですよ! 令嬢の嗜みだって叔母様が私にだけ与えてましたけど! ひとりだけ食べるの気まずかったですよ!?」
貴族の令嬢がお菓子のひとつも食べてなかったら、社交界で笑われてしまうとかそんな話なんだろうな。
貴族は見栄が物凄く大事だしな。暮らしがよくない令嬢は価値が下がってしまう。
アミルダ様はエミリさんを出荷……じゃなくて嫁に出したいのだろう。
俺の予想ではクアレールの王子辺りにくっ付けて、両国を強く結びつけることを狙っているはずだ。
だからお金がなくてもエミリさんに菓子を食べさせていたと。
……決してエミリさんに菓子を与えるのが、豚を肥えさせるみたいだなどと思ってはいない。
「リーズよ。砂糖が造れるのはよいが、どれくらいの手間がかかるのであるか? 製法がすごく手間ならば、大量に市場に出すのは難しいが」
バルバロッサさんは砂糖にそこまで惹かれないらしく、現実的な視線を持っていた。
「砂糖……砂糖……お菓子……」
エミリさんは俗物的な視線しか持ってないが何も言うまい。
「細かく砕いて汁を絞り、石灰などで不純物をろ過……取り除きます。その後のしぼり汁を煮詰めれば完成です」
「ふむ。かなり簡単であるな……なら問題ないであるな!」
「ただ現状の甜菜はあまり糖分が入ってないので、いずれは品種改良してより砂糖が取れる物にしたいですが」
「それは農家にやらせるのである。何でもかんでもお主がやってはダメなのである」
確かにバルバロッサさんの言う通りだ。
俺だけで全部やっていたら、いずれ皆がその恩恵を受けるのが当たり前と思ってしまう。
それこそアーガ王国の二の舞にしかならない……というかなんかバルバロッサさんが普段より知的なんだけど。
「お菓子……」
対してエミリさんが甜菜をかじり始めそうなのだが。生は流石にマズイんじゃないだろうか。
仕方がないのでマジックボックスから金平糖の入った小瓶を取り出す。
十粒ほど手のひらにのせるとエミリさんに差し出した。
「これは……お菓子ですか!?」
エミリさんは目を輝かせてくるので俺は頷く。
「これは金平糖と言いまして。砂糖を固めた感じのお菓子です、ささっ」
「ありがとうございますっ!」
俺から金平糖を受け取った彼女は、一粒を口にいれると満面の笑みを浮かべた。
「甘い……これが砂糖の甘み……今まで私が食べてたパンケーキの味は何だったんでしょう……」
「安いため砂糖がケチられただけである」
「健康にはよさそうですね。バルバロッサさんはいかが?」
「吾輩、甘味はあまり好かぬ故。好む者が食べたほうがよいのである」
バルバロッサさんは俺の差し出した手に対して首を振った。
なるほど、この人は甘い物はあまり好きじゃないのか。
「ところでリーズよ。砂糖の製法は色んな商会にばら撒くのであるか?」
「いえ。まずはアミルダ様に相談して、比較的マトモそうなところにだけ。こういうのは最初に売り始めたところが発言権を得るのが定番ですから」
おそらく最初に売り始めた商会が、砂糖関係の元締めになるだろう。
なにせ売れば売るほど儲かるため、砂糖を取り扱い始めた商会はすぐに力をつける。
そうすると大抵の場合で権利を独占し始めようとするわけだ。
砂糖で稼いだ大金に物を言わせてゴリ押そうとするのが容易に想像つく。だがそれを許したらハーベスタ国の経済は活性化しないので困る。
なので比較的マトモな商会、何ならアミルダ様の傘下みたいなところが最初にやって欲しい。
そうすれば滅茶苦茶なことはしないはずだからな。楽市楽ギルド令に逆らうこともないだろうから、経済が凝り固まるのも防げるわけだ。
「……私がやります! エミリ商会を設立して砂糖を売ります!」
金平糖を食べ終わったエミリさんが力強く叫んだ。
「それはやめときましょう」
「すぐに潰れるのが目に見えてるのである」
「なんでですか!?」
感情が昂って現在進行形で光ってるからです。どう考えても商人としては致命的です。
そうして砂糖を売り出す商会が発足し、ハーベスタ国の一大事業となっていく。
砂糖の大量生産と何者《エミリさん》かが買い占めを画策した結果、甜菜不足になったりと色々と問題が発生したがそれはまた別の話。
我が国は砂糖を自給できることにより、菓子などの事業も発展していくのだった。
「そういえばバルバロッサさん、普段よりずいぶん知的ですね」
「吾輩、普段は頭を使うのは周囲に任せているのである。しかしエミリ様がダメそうなのでな……」
まあバルバロッサさんは元々アーガ王国の指揮官やってたくらいだし、流石に脳筋のクソバカでは務まらないよな。
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