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疾風迅雷のバベル編

閑話 バルバロッサ無双伝 始まりの章

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「エミリさん、少し気になることがあるんですが」

 白亜の城を建ててから数日後。

 俺は城の外の庭で脱出路となる逃げ道を掘っていた。

 傍らには助手という名の作業用光源と化したエミリさんと、明らかに過剰防衛な護衛のバルバロッサさんだ。

「なんですか?」
「バルバロッサさんって明らかに強いですけど武勇伝とかないんですか?」
「ほう。吾輩の過去に興味があると?」
「すごくあります。何せあのアミルダ様が絶対の信頼を置いている人ですし」

 逆に興味のない人も少ない気がするなぁ。

 ハーベスタ国が誇る無双の強者バルバロッサさん。

 彼は文字通り一騎当千として、ナチュラルに千人の軍計算で運用されている。

 だが合理主義のアミルダ様が彼をそのようにみなしているなら、何か具体的にそう判断するようになったことがあるはずだ。

 あの人は何となくで兵を運用したりはしない。ましてやバルバロッサさんは戦場において一騎当千で要の軍として扱われているのだ。

 彼がもし簡単にやられてしまったら、我が軍の作戦が総崩れになってしまうポジション。

 つまりアミルダ様はバルバロッサさんに絶対の信頼を置いている。それには今までに凄い積み重ねがあったのだろう。

「なるほど、語れば長い話になる。あれは四十年前、吾輩がこのハーベスタ国に生を成し……」
「オジサマ、何も生誕から話さなくてもよいです」

 グッジョブ、エミリさん。

 冗談抜きで凄まじく長い話になってしまうところだ。

 バルバロッサさんは少し不本意そうに顔をしかめると。

「むう。ならば吾輩が最初にアミルダ様の信頼を得た話をしよう。あれは……」



------------------------------------------------




 今から五年前、ハーベスタ国は滅亡の危機に瀕していた。

 疾風怒濤のように攻めてくるアーガ王国軍に対し、ハーベスタ軍は国境――今のハーベスタの白亜の城が建てられた場所付近――で布陣し迎撃を試みた。

 吾輩はその軍に軍団長として出陣して軍を指揮したが……戦力差はあまりに大きかった。

 質でも装備でも劣るハーベスタ軍では全く相手にならず、数の暴力で見事に粉砕されてもはや総崩れだ。

 眼前に映るのは逃げ纏うハーベスタ兵に対して、残虐な笑みを浮かべて刃を向けるアーガ王国軍。

「や、やめてくれ! 助けて……!」
「なら鎧を脱いで剣を渡せ!」
「ひ、ひいっ! ほら! これで……がふっ……」
「サンキュー、血で汚れずに装備得られて助かるぜ。助けるなんて言ってないし」

 これは戦争だ。敵兵士の命を奪うのは当然のこと。

 だが目の前で起きているのはただの略奪だ。もはや戦いですらない。

 共に出陣していた国王とその長男も大きな傷を負って、「もはやこれまで」と自らその命を絶って首だけ騎兵にギャザの街へと持って帰らせた。

 彼らを介錯したのもこの吾輩だ。もう明らかに致命傷だったので、楽にするしか方法がなかった。

 …………もはやこの戦いは負け。

 どうあがいても勝ち目はない。いや元からなかったのだろう。

 もし吾輩が天才的な軍師であったならば、あるいは三千の兵士で二万を撃滅することも……などと仮定を言っても仕方がない。

 せめて民たちを逃がしてやるべきだろう。それに王の娘であるアミルダ様たちが、悲しむ時間くらいは作ってやらねば。

 敗軍の将と言えどもやることは残っている。アーガ王国兵たちを見すえて大きく息を吸う。

「我が名はバルバロッサ! バルバロッサ・ゲンガルド! この軍の大将首ぞ! 命恐れぬ賊共よ、かかってくるのである!」

 両手にそれぞれ騎兵用の大きなランスを構えて吠えた。

 アーガ王国兵共はエサを見つけた虫のように、吾輩に向かって集まって来る。

「手柄は俺の物だ! 他の奴らには譲らねぇ!」
「お、おい! あのオッサン、超巨大な槍を構えてるが……!」
「こけおどしに決まってる! 騎兵用の槍が、しかも片手で振るえるわけがない!」

 集まって来る雑兵、いやこやつらは兵などではないのである!

 向かってくる野賊共に対して、右手のランスを無造作に振るった。

 数人が肉片となって吹っ飛び、我が顔に血が飛び散っていく。それを見て後続の敵賊共は足を止めた。

「げっ……なんだあの化け物は……」
「ひるむな! 奴を殺せば豚ゴブリ……ボルボル様から報酬もたんまりだぞ! あんなのすぐに力尽きるに決まっている!」
「バベル様も指揮なさってるんだ! 速く殺した方がより褒められるぞ!」

 賊共は大勢で群れをなして我が元に突っ込んでくる。

 助かる、なにせ両手にランスを持つと移動するのが億劫な故な。

「はああああああああああ! この吾輩の武勇! 存分に馳走してやるのである!」
「「「「「「「ぐわあああああぁぁぁぁぁ!?」」」」」」」」

 その後はあまり覚えていない。襲い掛かって来る敵を何度も粉砕した。

 我が身体も槍も血まみれで真っ赤に染まっていることだろう。死に化粧としては微妙だが贅沢も言ってられまい。

 疲労でランスを持ち上げる腕も震え始めた。

 しかし両手にランス、敵を大勢相手にするのは向いてないであるな。

 もっと大きくて長い武器を振り回す方がよい、更に言うならもう少し軽いのが理想。

 次があればちゃんと武器も考えよう……まあないであろうが。

 思わず自嘲した笑みを浮かべつつ、血でぼやけた視線で敵賊共をにらみつける。

「ひ、ひいっ!? か、怪物だ! なんだよあいつ!? どれだけの兵士が突っ込んで死んでったんだ!?」
「し、知るか! お前行けよほら!」
「嫌だ! あんなのやってられっかよ! あれは人間じゃない!」

 所詮は賊。吾輩に恐れをなしたか。

「さあ! 次……む?」

 その瞬間だった。敵陣から紫の狼煙が打ちあがったかと思うと。

「て、撤退だ! これで帰れる!」
「しゃあ! 逃げろぉ!」

 敵軍は即座に撤退を開始していく。

 理由は全く分からない。だが……ひとまずの危機は去ったということだろう。

 おそらく一時的な撤退なのですぐに後詰めが来るだろうが、それでも暫しの時間を稼げた。

「むぅ……奇怪な。しかし助かったのである……か……」

 いつの間にか両方ともランスはへし折れていたので投げ捨てる。もう血も大量に吸って錆びて使い物にもなるまい。
 
 それよりも急いでギャザへ……アミルダ様とエミリ様の元へ帰らなければ。

 気も身体も重いが王の最期の様子を伝えなければならぬ。介錯した者の責任として。
 


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「そうして吾輩は血まみれで現アミルダ様の屋敷に戻ったのである。その姿を見た当時のエミリ様が、吾輩と分からずに気絶したのである。これが吾輩の武勇伝の始まりであろうな」

 掘り進めている地中のトンネルの中でバルバロッサさんがしみじみと話す。

 もちろん光源はエミリさんである。

 いきなり意味が分からない武勇伝を聞かされて、超ド級のステーキを出された気分だがまだ始まりらしい。

「……ちなみに何人倒してたんですか?」
「分からぬのである。おそらく数百は殺したと思うのであるが……この戦を機に丸太を使い始めたのである。アレの方が軽いし予備も簡単に用意できる」
「な、なるほど……丸太愛好家だからではなかったんですね」

 そんなことを話しているとトンネルが地上に開通した。

 見えるのは城の床下らしき場所なので、どうやらうまく逃げ道を造れたようだ。

「ふむ。どうやら今日はここまでのようであるな。また機があれば話すのである。次は吾輩が一騎当千とアミルダ様に認められた戦の話を。トンネルも開通したし兵を鍛えねばな。吾輩がいなければサボって楽な訓練にしかねぬ」

 それはバルバロッサさん基準の異常な訓練なだけでは……それに一騎当千の件もすごく気になるので今から話して欲しい。

 でも流石に兵を鍛えるのを邪魔するほどではないか。

「ところでオジサマ。何で敵軍は一時的に撤退したんですか?」
「それが分からぬ。いくら吾輩が暴れたと言えど、戦略的には完全に負けてたのでな」

 ……たぶんそれはリーズが倒れたからだ。

 あれだけブラックな労働環境だったので、リーズは何度も倒れていたからな。

 そのたびにS級ポーション飲んで復活していたが、意識を失ったら飲ませてもすぐには目覚めない。

 俺がいない間は近くの農村から兵糧を略奪する必要があるので、王都に向かう兵士たちを一旦下がらせたのだろう。

 何と言うか……本当にアーガ王国ってクソだな!
 
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