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疾風迅雷のバベル編

第54話 各国の謀略

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 アーガ王国軍本部の建物のアッシュの私室。

 そこでバベルは地図を見ながら、ハーベスタ軍の侵攻に対する防衛作戦を考えていた。

「なるほどなるほど、数年前までは国境付近の村はハーベスタ国のものだったと。こりゃ使えますね」
「あら。何か思いついたのかしら?」
「ええはい。クロスボウという兵器は盾を貫通するらしいので、なら硬くなくて柔らかい歩く肉壁を用意しようかと。ようは農民を突っ込ませて矢避けにしたいんですよ。よいですよね?」
「あらあら、素敵な考えね。不満言ってきて面倒だったし、なんかいずれ揉め事起こしそうだし構わないわよ。騒ぐ豚は間引かないと」

 バベルたちの策は戦後のことなど気にしない。

 自分達は軍人だから勝てばよい、その後にどうなろうと関係がないのだ。

 負ければ評価が下がる、勝てば上がる。つまりどんな方法だろうと勝てばよい。

 だから例え勝利した後に自国がどれだけズタボロになろうが、民がどれだけ飢えて死のうが興味がない。

 出世した自分達さえよい立場になれば、いくらでも美食も贅沢も思うがままなのだから。

「国境付近の村はまだ侵略して数年。盾にする農民の中には、ハーベスタ軍の兵士と顔見知りもいるでしょう。村から出て行った子とかの親子関係の者でもいてくれたら最高なんですがね。矢を射らなければ俺達は安全に近づけて、射るなら敵の士気はがた落ちだ」

 元敵国の民を盾にして、身内殺しをさせる最低の作戦。

 常人であれば顔をしかめるであろう非道すぎる策だが、それを聞いたアッシュは顔に笑みを浮かべて叫び出した。

「流石はバベルね、最高じゃない! あの女王の苦い顔が目に浮かぶわ! 私も見に行きたいくらいよ! あ、わかってると思うけど。私は何も命令していないわよ?」
「もちろんでさぁ。これは下士官の独断ですから」

 そう言い残してバベルは部屋を出て行き、自室に戻った後に部下を呼び出した。

「命令だ、ハーベスタとの国境付近の村から徴兵をしろ。お前が指揮官だ」
「農民兵なんて大した役に立たないです……精鋭たる我ら軍人で揃えたほうが……」

 訝し気な表情をする部下に対して、バベルはニコリと笑みを浮かべる。

「おいおい、軍人は貴重なんだぞ。矢避けに使うにはもったいねぇ。農民は勝手に生えてくるだろ?」
「あ、なるほど。これは失礼しました。ただこのままだと私の部隊は貧乏くじですので、恩恵を頂きたいのですが」
「村の女は好きにしていい」
「ありがとうございます! 我が兵たちも裂帛の意志を持って任務に励めるでしょう!」

 バベルやアッシュは部下からのウケがよい。

 何故ならば大抵のことは兵の好きにやらせるし気も使うからだ。

 叩き上げである彼らは軍の士気を保つ重要性もやり方も知っていた。

 そこが生粋の貴族であるボルボルとの大きな差である。

 バベルはアーガ王国軍の士気が最悪なのは把握しているので、戦う前から戦意高揚を狙うくらいのことは考えていた。

「とはいえ女は軍の共有財産だ。他の部隊にも回すように」
「輪姦《まわ》すだけにと?」
「そんな意図なかったがお前やるな。一般兵にもジョークとして伝えてやれ」

 二人は冗談で笑いあうのだった。




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 アーガ王国の国境付近の農村では、民衆たちが実りの秋にも関わらず飢えていた。

 頬こけた彼らの目の前には畑に実った麦が一面に広がっている。

 だが彼らはロクに収穫しようともせず、ただ死んだような目で畑を見つめていた。

「うう……畑に麦が実っているのに俺達は食べられないなんて……!」
「こんなの酷すぎるぜ! 畜生……俺達に死ねって言うのかよ!」
「奴らは俺達のことを国民とは思ってないんだ! 俺達が元ハーベスタ国民だからっ……!」

 この村には収穫前にアーガ王国軍補給部隊から指示が出ていた。

 今回の収穫は全て軍が接収するのでお前たちの取り分はなしだと。

 すでに村にあったかまどは潰されて、村人たちは自分ではパンも作れない。

 収穫した麦は近くの場所に集められて軍がパンを焼き、その分け前を与えると言われていた。

 だが今までのアーガ王国軍の行動の前では、そんなことは嘘だと彼らも分かり切っていた。

「こないだも散々略奪してきた軍が俺達にパンなんて渡すわけがねぇ! このまま飢え死にさせるつもりに決まってる!」
「こ、こうなりゃハーベスタ国に逃げようぜ! 元々俺達はハーベスタ国民なんだ! アーガ王国には侵攻されて仕方なく従ってるだけだ!」
「逃げたってどうするんだよ。食料も金も土地もないんだぞ……」

 彼らは詰んでいた。

 農民である彼らにとって土地や家は命だった。

 それを放棄して逃げ延びたとしても奴隷として生き残れたら幸運で、道中で無様に飢え死の可能性が高い。

 現女王のアミルダならば見捨てず保護してくれるだろうと、彼女の人柄を知っている者ならば逃げる選択肢を取ったかもしれない。

 だが彼らは以前の王の時に侵攻されてアーガ王国に組み込まれた。

 善政の王と噂話はたまに入ってくるものの、アミルダのことは王の娘というくらいしか知らない。

 そんな朧気な情報に全てをかけるのも難しかった。

「くそっ……! くそぉ! くそぉ! こうなりゃアーガ王国軍を殺そう!」
「無理だ! 俺達はロクな武器もないんだぞ!?」
「でもこのまま飢え死するくらいなら!」

 農民たちが揉める中でシャランと鈴の音が鳴り響く。

「すみません。少しよろしいですか? その麦、いらないならもらい受けたいです。対価は金貨で払います」
「「「「へ?」」」」

 金貨を手に持ったスイが農民たちの前に急に現れ、彼らは目を丸くする。

「え? え? 君、何を言って……」
「私はハーベスタ国の間者です。我が国は皆さんを受け入れる用意があります。少し協力して頂ければ……ひとりにつき金貨も二枚ほど差し上げます」 

 スイは布袋を懐から取り出して、口を開き中のぎっしり入った金貨を見せびらかす。

 それを見た農民たちはゴクリと喉を鳴らした。

「きょ、協力って何を……? この大量の麦を収穫して、ハーベスタ国に運ぶのは無理だぞ? 近いうちにアーガ王国軍が徴集にやってくるだろうし」
「もちろんです。少し勿体ないことになりますが……」

 両軍がにらみ合う前から既に戦いは始まっている。

 アミルダとバベルは互いに謀略を重ねて、有利に戦えるように試みていた。

 だがリーズのチート能力を利用して無双してきたバベルたちは、軍の力だけで戦場で勝てていたから理解できていないことがある。

 戦で土着の民を敵に回すのは愚策、味方につけたほうが遥かに有利だということに。

 なおモルティ国もハーベスタの国境付近の民を買収しようとしたが、微塵たりとも靡かなかった。

 それどころか即座に民からアミルダに通報が流れて、モルティ国の間諜たちは大半が捕縛された。
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