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疾風迅雷のバベル編

第49話 腰を据えてとはいかないようだ

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 俺達はパーティー会場である大広間から出て、とある私室へと案内され中に入る。

 するとその部屋には冠を被った王様がいた。

「よく来たな、アミルダ。よくぞ儂が死ぬ前にハーベスタ国を、クアレール国に隣接させた」

 社交パーティーにクアレール王が出てこない理由は簡単だった。

 彼は……ベッドに寝たまま上半身だけを起こして俺達を出迎えていて、明らかに弱り切っている。

 高名な王というだけあって妙な迫力こそあるものの、見ただけであまり長くないとわかってしまう。

「クアレール王、お久しぶりです。色々ありましたがまたお会いできたことを光栄に思います」
「うむ、時間がないので本題に入る。我がクアレール国はモルティやビーガンの不義を許さぬのでハーベスタ国に対して力を貸す。ただし儂がこのザマなので援軍を送ることはできない」

 クアレール王は挨拶も手短に俺達への協力を約束してくれた。

 流石は義王と呼ばれるだけのことはある。

「それと儂はもうすぐ死に、そうなればクアレールはしばらく余裕がなくなる。第一王子に跡目が継がれることは確定しておるが、それでもやはり継承時には揉め事が起きるじゃろう」
「……そうでございますか」

 アミルダ様はほのかに悲しそうな顔を見せた。それに対してクアレール王は笑って返す。
 
「ビーガンに対しては儂が生きている限りは睨みを効かせる。その間にモルティ国を奪取せよ」

 ……クアレール王が死んだらビーガン国への睨みがなくなる。

 そうなるとモルティ国とビーガン国が、ハーベスタ国に挟撃してきかねない。

 その前にモルティ国を奪ってしまえと。

 ただこの話はクアレール王がもうすぐ死ぬのが前提だ。

 俺のS級ポーションならばこの王の寿命を延ばすことも……そう思いつつアミルダ様に視線を移すが彼女は首を横に振った。

「そこの者よ、儂はこれ以上生きてはならぬのだ。ひとりの王が圧倒的に国を統治するほど跡目は継ぐのに苦労する。ましてや第一王子と第二王子は側室の者だからな」
「……それは失礼いたしました」

 クアレール王も俺に話しかけてきたので謝罪しておくが……似たような話を聞いたことがある。

 戦国時代の大名である武田信玄だ。彼は本人の圧倒的なカリスマで国を成り立たせていた。

 だがあまりにも圧倒的過ぎた。そして跡目の武田勝頼は側室の子だったため求心力が低く、信玄が死んだ時点で国はほぼ詰んでいた状態だったとか。

「……もし儂の息子がアミルダであったならば、もっと長く生きれたであろうに。儂の息子二人は優秀だが其方ほどの傑物ではない……もし儂の死後にクアレール国が崩壊しかければその時は其方にこの国を任せる」

 クアレール王は真剣な顔でアミルダ様を睨む。

 確かにアミルダ様は傑物と言っても差支えがない人物だ。

 何せ女でありながら民に愛されて国を統べられている。

 この男尊女卑の貴族社会ではそれがどれだけ難しいことかは、先ほどの社交界の女性差別でも明らかだ。

 でもクアレールに何かあれば任せるって……何かあったら困るんですけど……。

「……承知しました。ですが第一王子と第二王子も優秀ですから私の出番はないでしょう」
「無論だ、簡単にあってたまるものか。ああそれとな、第三王子は王位継承権をはく奪することにした。あれは王としては愚鈍、正妻の息子とはいえダメだ。お主も何となくわかるだろう」

 アミルダ様はクアレール王の言葉に対して黙り込んだ。

 まさに返答がないことが返答なのだろう。

 クアレール国も少し面倒な事態に陥っているようだが、それでも俺達に手を貸してくれるのはありがたい。

 そんなことを考えていると、今度はクアレール王は俺の方を向いてきた。

「其方がリーズだな、アミルダからの手紙で仔細聞いておる。今後も助けてやって欲しい」
「は、はい!」

 アミルダ様、俺のことまで国家間の手紙に書いてるのか……。

 まあ重鎮が新しく入ったら怪しまれるから、紹介がてら記載してる感じかな。

「久々に話せて愉快だった。今後も励むとよい」

 そうして俺達はクアレール王の私室から出て行き、パーティー会場に戻るために廊下を歩いている。

「やることは決まったな。今後はそのように動け」

 アミルダ様は俺達に向けて命令する。ぼかしているのは外の耳を警戒してだろう。

 モルティ国への侵攻か……確かに最優先事項だろうな。

 クアレール王が亡くなればビーガンの重しが外れ、モルティ国と協力して侵攻してくるのは目に見えている。

 先日は何とかルギラウ国とアーガ王国の挟撃を防いだが、やはりキツイので挟み撃ちはごめん被りたい。

「そのためにもこの外交パーティーで出来れば味方を増やし……む」

 アミルダ様が一瞬だけ嫌な顔をした。その視線の先には、壁にもたれた金髪男がグラスを手に持って待ち構えていた。

「おおアミルダ、久しぶりじゃないか。このボクに挨拶がないとは冷たすぎないかい? それにその可愛い女の子は君の妹かい?」
「第三王子殿、お久しぶりです。この者は妹ではなく姪です」
「おおっとこれは失敬。お名前をお聞きしても?」
「エミリです」

 ……なんとなく軽薄というか、チャラいイメージを連想させる男だ。

 これが第三王子なのか、いや王位継承権を没収されるから王子ではなくなるのか?

 確かにあまり優秀な人物とは言えなさそうだ。何せ俺達を招待した側のくせにエミリさんのことを知らないのだから。

「それとこの我がクアレール国が用意した酒は美味しいぞ。是非味わってくれ」

 第三王子は透明な酒の入ったグラスを揺らす。

 ……それはうちがお土産に持って来たやつなんですが。仮にも受け取った側が贈呈品を把握してないのはヤバ過ぎる。

 ああ、これはダメだ。性格は知らないが愚鈍と評されるのも当然だろう。

「あ、そうそう。ボクは王位継承権をはく奪されるらしいんだよ。いやー参った参った、おかげでこれからは放蕩三昧出来るよ。あ、今までと同じだったよ、あっはっは」
「相変わらずですね、第三王子殿」
「そりゃそうだよー、ボクはボクだからねぇ。まあこれからもよろしく、今度こっそり遊びに行ってもよいかな?」
「仮にも王族なら事前に知らせてください」
「ダメかー、まあハーベスタ国も大変そうだけど頑張ってね☆」

 笑いながら手をヒラヒラさせて去っていく第三王子。なんというか……。

「悪い人物ではないのだ。本人は音楽や絵、剣技など様々なことに精通している。致命的に王族に向いてないだけで」
「個人としては優れてるけど為政者としては微妙と?」
「その通りだ」

 やれやれ……クアレール国の第一王子と第二王子がまともでよかった。

 そうして再び社交パーティーに戻ると、アミルダ様は様々な国の貴族に話しかけられていた。

「商業都市パプマの者ですわ。アミルダ様のご武勇や善政はお聞きしてます。これを機に我らとも商売はいかかですかな?」
「よいですね。我が国には米という新しい作物が……」

 まるで他愛ない会話だが、話されているのは国家間の貿易の相談だ。

「失礼、貴方は神を信じておりますか?」

 そんなことを考えていると背後から声をかけられる。

 振り向くと髪を背中まで伸ばした線の細い男がいた。雰囲気は柔和な感じがするが貴族の外交パーティー会場なのに祭服をまとっている。

「リーズさん、この人はボラスス神聖帝国の枢機卿です……! かなり偉い人……!」

 エミリさんが小声で教えてくれる……ボラスス神聖帝国ね、宗教国家でありボラスス教の総本山だ。

 世界的に広まっている宗教で各国に一定数の信者がいる。

 これどうやって返せばよいのだろうか……下手に宗教で迂闊なこと言って、国際問題にされたらたまらないぞ!?

「えっと……」
「安心してください。宗教とは信じるも信じないも自由です。ボラスス教信者でなくてもそれは自由ですから」
「な、なるほど……」
「では失礼いたします」

 枢機卿様は穏やかな笑みで会釈して去っていった……なんだったんだろうか。

「え、今の何だったんですか?」

 エミリさんに思わず問いただすが彼女も首をかしげる。

「さあ……本当に世間話をしに来ただけとか? 社交パーティーですし」
「なるほど……」

 とはいえ大抵の人は世間話と思わせつつ、すごく重要そうな話をしている。

 周辺からも色々と話が聞こえてくるが……。

「貴国の軍は素晴らしいですなぁ。是非我が国に武器を売って頂きたいのですが。代わりに麦を勉強しましょう」
「我が国と友誼を結びませんか? 互いにメリットがあると思うのですが」
「うーん、この透明な酒美味しいー! ボクの豚みたいに肥えた舌にも合うね! え? これハーベスタ国のなの? じゃあいっぱい仕入れよう!」

 最後のボンクラ王子は置いておいて、他国もパーティーで物凄く重要な話してる……。

 武器とか麦とか同盟とかサラッと話す内容じゃないぞ……。

 晴れやかな会場とは裏腹に恐ろしい場所だなここ……。
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