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本編
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さて、嬉しさと気恥ずかしさを感じたまま解散となり、家に着いてから寝るまでの間に誰もいない部屋で一人百面相状態だった陽だったが、土曜日になってから結局マフラーを渡せていないことに気がついて「え、どうしよう…」と困惑し、日曜日になってどこかのタイミングで渡そうと今度こそ覚悟を決めてクローゼットへと一旦押し込めて、次に会えるのは年明けかなぁとカレンダーを見つめながら迎えた月曜日。
陽の会社はこの日が仕事納めで、仕事として諸々やることはなく只管に片付けと掃除をしていた。部署ごとに自由ではあるものの、営業はこの日に動いたところであれなので各自連絡などの仕事が残っている者のみが作業をしていて、他はただただ掃除あるのみ。
陽も日頃から気をつけてはいても資料や放置された重要ではない書類などが乱雑になっているデスクを綺麗に片付け、部署の掃除を淡々と熟している。形ばかりでもと起動しておいたパソコンに設定しておいた背景を見つめてふと思うことがあったのか一瞬動きが止まったが、今日はもう使うことは無さそうだ、とシャットダウンしてついでに綺麗にしようと動き始めた。
そんな姿を物陰から熱心に見つめる女性がいたが陽は気付かない。そう、いつも朔と話す女性である。名前は烏鷹洋子。朔の同期で曰く可愛い銀髪の男を囲っているのだそうで。
「ちょっと。ちょっと」
「なんだよ、さっさと掃除終わらせて俺は午後休取るんだよ」
「うるさいわね、黙って聞きなさいよ」
「あぁ?」
「あの子、彼女とかいたのね」
「はぁ?そんな話聞いてねぇぞ、別に」
「あんたそもそも大して話してる訳でもないじゃない、何言ってんのよ。でもどっかの店の前でわざわざ待ってたのよ?女でしょ」
掃除をしている陽を良いだけ見た後に朔のいる部署へと場所を変え、そして今に至る。実はあの後、特に追いはしなかったが店先で陽が凪を待っているところはばっちりと見られていた。そう、あの時の女性は紛れもなくこの人物だ。
勿論その話をしないわけもなく、黙々と掃除している姿を観察してからここに来たらしい。
「待ってたねぇ。つっても最近毎週のように金曜はあんな感じだったぞ。月曜まであんななのは初めて見たけどよ」
「ウソ、ちょっとなんで早く教えないのよ!金曜は私いつもいないじゃない!」
「それこそ知るかっての。もう何ヶ月もだぞ。お前が毎週末出張なのは今に始まった訳じゃねぇだろうがよ」
「確かにそうなんだけど。定時で帰られてたらそりゃあ気付かないわ。この間は一時間くらい遅い時間だったのよねぇ。手になんか下げてたしさぁ」
「おいおい、お前ちょっかい掛けて確認とかすんなよ?めんどくせぇ」
「あーら失礼ね。そこまではしないわよ。私には可愛い子がいるもの」
「悪趣味だな、お前も」
「うっさいわよ。可愛いは正義なんだから仕方ないじゃない」
あ、これ絶対今度確認するだろって思った朔だが、この女を止められる者はいないのである。止められるのはそれこそ洋子の中の正義である男だけだ。可愛い子とか言っているがその相手だって二十代の男性であるはずなのだが、可愛い子、なのだそうで。それも勿論訂正させては貰えない。これに関してはいつぞや街中で会った時に本人が言っていた。
そして、部署は違えどフロアは同じ。噂など簡単に広まってしまうものだ。それこそ自分一人でどうこうはできまい。というか、よもやここまで話が広がってしまうとは思わなかったが、とっかかり難い上に話していても真面目過ぎてつまらないとか言われて目の保養扱いされている男が、真面目とは程遠いほどルンルン気分で仕事に来ていたらこうなるのかぁ、と平凡な見た目の朔にはこの時はまだ、どうにも分からない話だった。
「課長、こちらは終わりましたがどうしますか?後は各自のデスク周りだけになりそうですが…」
「相変らず掃除まで上手だよね、君。どうせなら午後休とか取って偶には早めにご実家に帰って差し上げたらいいんじゃないか?」
「はは、でも僕だけ先に帰るのもあれですし」
「中には昨日自分の所は終わらせて今日は休みっていう奴もいるし、午後休も普通にいるぞ?お母さん、会いたがってるって言ってたじゃないか。顔を見せるのも親孝行だよ」
「確かに、そうですが…」
有無を言わせない課長の視線に「う…」と言い返せなくなり覚悟を決めてそれではそうさせていただきます、と頭を下げて帰る支度をする。
この会社は出せば有給は通るので、帰るついでに総務に出せばいいだけだ。
「それでは、失礼します」
そうは言っても、家に帰るのは怖くて怖くて仕方ないんだよなぁ、と乾いた風に空を見上げる。
冬らしい空と同化するような雲はそのまま強い風で流れていく。
あぁ、僕の見たい空はこれじゃない。
空に還りたいと言いながらいつも空の絵を描いている人がいる。その人の描く風景や空が大好きで、進捗などを見るために慣れないSNSにも登録をした。初めて見たのはイラストの専用サイトだったが、検索エンジンに引っかかったのが全ての始まり。
独特な青で空を描く人だった。見ると言えばよく見る色かもしれないが、それでもあの色はあの人にしか出せない、唯一無二だと陽は思う。
現実の空を見上げたって、あんな綺麗な空は見れやしない。いつだって、まるで曇り空だ。
そんな中で色が付くのはどれだけ暗くても人混みでも見つけられる彼くらいで、あの空の中に彼がいたら自分の世界はもう完結してしまうんじゃないかな、とか考えるくらいには現実逃避したくなる。
それくらい、陽の中の母親という存在は大きい。全ての決定権を持つ女性、そんなイメージしかないし、多分これからも変わらない。
陽は決めつけたくないからと考えないようにしているが、この人格形成には間違いなく母親が絡んでいて、根深い何かがある。自覚はしていても認めたくなくてずっと目を逸らしたままここまで来ている。唯一の反抗が家を出ることだった陽にとって、家に帰るというのは恐怖でしかない。
もし帰ってこいと言われたらどうしようだとか、そういうことばかり考えては胸が痛むし気が滅入る。
陽はどうしていいか分からない気持ちもこのまま流れていって消えたらいいのにと思いながら、唇を強く噛み締めることしかできなかった。
陽の会社はこの日が仕事納めで、仕事として諸々やることはなく只管に片付けと掃除をしていた。部署ごとに自由ではあるものの、営業はこの日に動いたところであれなので各自連絡などの仕事が残っている者のみが作業をしていて、他はただただ掃除あるのみ。
陽も日頃から気をつけてはいても資料や放置された重要ではない書類などが乱雑になっているデスクを綺麗に片付け、部署の掃除を淡々と熟している。形ばかりでもと起動しておいたパソコンに設定しておいた背景を見つめてふと思うことがあったのか一瞬動きが止まったが、今日はもう使うことは無さそうだ、とシャットダウンしてついでに綺麗にしようと動き始めた。
そんな姿を物陰から熱心に見つめる女性がいたが陽は気付かない。そう、いつも朔と話す女性である。名前は烏鷹洋子。朔の同期で曰く可愛い銀髪の男を囲っているのだそうで。
「ちょっと。ちょっと」
「なんだよ、さっさと掃除終わらせて俺は午後休取るんだよ」
「うるさいわね、黙って聞きなさいよ」
「あぁ?」
「あの子、彼女とかいたのね」
「はぁ?そんな話聞いてねぇぞ、別に」
「あんたそもそも大して話してる訳でもないじゃない、何言ってんのよ。でもどっかの店の前でわざわざ待ってたのよ?女でしょ」
掃除をしている陽を良いだけ見た後に朔のいる部署へと場所を変え、そして今に至る。実はあの後、特に追いはしなかったが店先で陽が凪を待っているところはばっちりと見られていた。そう、あの時の女性は紛れもなくこの人物だ。
勿論その話をしないわけもなく、黙々と掃除している姿を観察してからここに来たらしい。
「待ってたねぇ。つっても最近毎週のように金曜はあんな感じだったぞ。月曜まであんななのは初めて見たけどよ」
「ウソ、ちょっとなんで早く教えないのよ!金曜は私いつもいないじゃない!」
「それこそ知るかっての。もう何ヶ月もだぞ。お前が毎週末出張なのは今に始まった訳じゃねぇだろうがよ」
「確かにそうなんだけど。定時で帰られてたらそりゃあ気付かないわ。この間は一時間くらい遅い時間だったのよねぇ。手になんか下げてたしさぁ」
「おいおい、お前ちょっかい掛けて確認とかすんなよ?めんどくせぇ」
「あーら失礼ね。そこまではしないわよ。私には可愛い子がいるもの」
「悪趣味だな、お前も」
「うっさいわよ。可愛いは正義なんだから仕方ないじゃない」
あ、これ絶対今度確認するだろって思った朔だが、この女を止められる者はいないのである。止められるのはそれこそ洋子の中の正義である男だけだ。可愛い子とか言っているがその相手だって二十代の男性であるはずなのだが、可愛い子、なのだそうで。それも勿論訂正させては貰えない。これに関してはいつぞや街中で会った時に本人が言っていた。
そして、部署は違えどフロアは同じ。噂など簡単に広まってしまうものだ。それこそ自分一人でどうこうはできまい。というか、よもやここまで話が広がってしまうとは思わなかったが、とっかかり難い上に話していても真面目過ぎてつまらないとか言われて目の保養扱いされている男が、真面目とは程遠いほどルンルン気分で仕事に来ていたらこうなるのかぁ、と平凡な見た目の朔にはこの時はまだ、どうにも分からない話だった。
「課長、こちらは終わりましたがどうしますか?後は各自のデスク周りだけになりそうですが…」
「相変らず掃除まで上手だよね、君。どうせなら午後休とか取って偶には早めにご実家に帰って差し上げたらいいんじゃないか?」
「はは、でも僕だけ先に帰るのもあれですし」
「中には昨日自分の所は終わらせて今日は休みっていう奴もいるし、午後休も普通にいるぞ?お母さん、会いたがってるって言ってたじゃないか。顔を見せるのも親孝行だよ」
「確かに、そうですが…」
有無を言わせない課長の視線に「う…」と言い返せなくなり覚悟を決めてそれではそうさせていただきます、と頭を下げて帰る支度をする。
この会社は出せば有給は通るので、帰るついでに総務に出せばいいだけだ。
「それでは、失礼します」
そうは言っても、家に帰るのは怖くて怖くて仕方ないんだよなぁ、と乾いた風に空を見上げる。
冬らしい空と同化するような雲はそのまま強い風で流れていく。
あぁ、僕の見たい空はこれじゃない。
空に還りたいと言いながらいつも空の絵を描いている人がいる。その人の描く風景や空が大好きで、進捗などを見るために慣れないSNSにも登録をした。初めて見たのはイラストの専用サイトだったが、検索エンジンに引っかかったのが全ての始まり。
独特な青で空を描く人だった。見ると言えばよく見る色かもしれないが、それでもあの色はあの人にしか出せない、唯一無二だと陽は思う。
現実の空を見上げたって、あんな綺麗な空は見れやしない。いつだって、まるで曇り空だ。
そんな中で色が付くのはどれだけ暗くても人混みでも見つけられる彼くらいで、あの空の中に彼がいたら自分の世界はもう完結してしまうんじゃないかな、とか考えるくらいには現実逃避したくなる。
それくらい、陽の中の母親という存在は大きい。全ての決定権を持つ女性、そんなイメージしかないし、多分これからも変わらない。
陽は決めつけたくないからと考えないようにしているが、この人格形成には間違いなく母親が絡んでいて、根深い何かがある。自覚はしていても認めたくなくてずっと目を逸らしたままここまで来ている。唯一の反抗が家を出ることだった陽にとって、家に帰るというのは恐怖でしかない。
もし帰ってこいと言われたらどうしようだとか、そういうことばかり考えては胸が痛むし気が滅入る。
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