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本編
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スーツの男二人がスーパーであーだこーだと言いながら酒やらツマミやらを買う光景などスーパーの店員は見慣れているものだろう。
だが、片方は小さいし片方は大きいしそこそこ顔もいいと来た。店員はこの時色々察していたのだろうが、本人たちが鈍過ぎて全く察して居なかった為にやたらと近い距離で平然とやり取りをし、二人で仲良くお金を割り勘し、小さい方が持とうとしたら当たり前のように大きい方が袋を持って去っていったのである。
何かと悟らない方が無理だ。
「あれは片思いってやつなのかしら…?」
だったら長身美形が持っていたあの謎の袋は一体…と首を傾げたが、それは今のところ全く渡せる気配のないマフラー様である。勿論、陽は渡したかった。渡したかったけどそもそも食べた店が悪かった。クリスマス色の微塵もない鍋の店で渡すだなんて難易度が高過ぎたのだ。
どちらにしろ普通に考えて今の関係で渡すのなんて女性同士などの場合であって、男同士でこんなものを渡すなど狂気の沙汰でしかないのだが、そこにはイマイチ気がついていない。
「あんま綺麗じゃないけど、まぁこんなもんって思って」
ただいまーとヘラヘラ笑いながら部屋に入っていく凪を追うように陽も荷物を持ったまま入り、小さな真ん中のテーブルに下ろす。
「お邪魔します」
「おー。ちょっと待っててな」
「お気遣いなく…!」
笑って「そんなんじゃねぇって。そこ座ってていいから」と言われてしまい、身長に似合わないくらい小さくクッションに座った陽は、珍しい同世代の部屋だと思ってあたりをキョロキョロと見渡す。
窓を背に座れば、左にはパソコンや何やら機材、右はベッド。ワンルームというのは入った時に気がついてはいたが、いうほど別に汚れもゴミもないし、汚いなんていうこともない。
「ついでだからこれ食っちまおうと思って。一人だと食べ切れないほど渡されちゃって」
処分手伝ってくれたら、と持ってきたのは珍味の入った袋で、どうやら奥でガサガサと音がして居たのはこれだったらしい。それでお菓子系やチーズなどのツマミは買ってもベタなものは買わなかったのか、と納得する。大きめの袋にたんまりと入ったそれは、どう考えても一人では食べ切れるものではない。まして、毎日遅く帰っているはずの凪が食べられるはずもなく。
いつも話すわけでもない自分ですらわかることを、彼の上司はわかっていないということなのだろうか?と考えると一瞬、胸の奥で黒い何かがもやっとした気もしたが、そもそも他社の人間である自分がどうこうとは言えないしな、と思い口を紡ぐ。
「さーて、飲みますか!ね!」
にひーっと悪戯っ子のように笑う凪を見たら、心の靄も幾ばくかは晴れた。凪の笑顔は本当に楽しそうで、今これを楽しまないのは余りにも惜しいのだと教えられる。だから、陽も凪の声に合わせるのだ。
改めて二人でかんぱーい!と缶ビールを開けてゴクゴクと勢いよく飲み干す。
「休みの前のビールの美味さよ…」
「あはは、凪さんってお酒にかなり強いんですね」
「普通だと思うけど。え、もしかしてあんまり飲めないのに合わせてくれてたり!?」
困ったような、焦ったような、心配するような声音で言われ、そんなことはないと慌てて首を横に振る。
「いえいえ、ただ嗜む程度にしか普段から飲まないもので」
「確かに初めて会った時も気をつけてた感じしたな。あれやっぱり上司送ってくとかあるから?」
「ええ、何かあっての不手際は避けたいですしね」
大きい会社には何か問題が起きた時のリスクが大きい。小さなミスでも避けたい。特に飲みの席は何があるか分からない。挙句、何かあれば下っ端のせいにして逃げる上の人間がこの国には多過ぎる。陽は社会の仕組みをよく知っている。一瞬、言いながら表情が消えたのを凪は見逃しては居なかった。ただ、それを問うには距離感がなぁ、と思ってビールと一緒に飲み干したのであった。
「まぁ、あんなん俺らからしたら接待となんら変わらないからなぁ。上司含めてまとめて接待」
「間違いないですね」
「やっぱあんだけ笑顔はっつけてても、思うことは変わらないんだなー」
言ってから心の中でヤッベ、と思ったが後の祭り。陽の動きが缶を持ったままぴたりと止まる。その目は何かを恐れるように見開いていて、凪の心は更に焦る。
「…っ!そ、んなにわかりやすかったでしょうか…?」
「あーいや、俺だからっていうか。立場が同じだからわかるだけっていうか、上司どもは絶対気付かないやつだと思うけど。あんなん立てておけば上機嫌で居てくれる狸どもだし」
「…はぁ。ふふっ、中々言いますね」
顔色を変えるほどだったが、凪の言い分を聞くと安心したのか呼吸すら止まりそうだった緊張が解ける。
「うちのとこはまだそんなに裏表激しい人ではないけど、単に大きい会社じゃないからってだけだと思ってるし。そっちはでかいし一課だし、さぞかし立派な大狸でしょ?」
「まぁ、それはそれは立派な大きい古狸様ではありますけど、基本的には優しい人ですよ」
それは絶対、目をかけられてるからだと思うんだよなぁ。口が裂けても言えないけど。と、思いながら目を背けていることは勿論陽が察するわけもなく、その後もだらだらと会社の中の人間関係やらの話が続く。
人目が無いというだけで随分開放的になったものだ、と家に帰ってから頭を抱えたのはいうまでもない。
だが、片方は小さいし片方は大きいしそこそこ顔もいいと来た。店員はこの時色々察していたのだろうが、本人たちが鈍過ぎて全く察して居なかった為にやたらと近い距離で平然とやり取りをし、二人で仲良くお金を割り勘し、小さい方が持とうとしたら当たり前のように大きい方が袋を持って去っていったのである。
何かと悟らない方が無理だ。
「あれは片思いってやつなのかしら…?」
だったら長身美形が持っていたあの謎の袋は一体…と首を傾げたが、それは今のところ全く渡せる気配のないマフラー様である。勿論、陽は渡したかった。渡したかったけどそもそも食べた店が悪かった。クリスマス色の微塵もない鍋の店で渡すだなんて難易度が高過ぎたのだ。
どちらにしろ普通に考えて今の関係で渡すのなんて女性同士などの場合であって、男同士でこんなものを渡すなど狂気の沙汰でしかないのだが、そこにはイマイチ気がついていない。
「あんま綺麗じゃないけど、まぁこんなもんって思って」
ただいまーとヘラヘラ笑いながら部屋に入っていく凪を追うように陽も荷物を持ったまま入り、小さな真ん中のテーブルに下ろす。
「お邪魔します」
「おー。ちょっと待っててな」
「お気遣いなく…!」
笑って「そんなんじゃねぇって。そこ座ってていいから」と言われてしまい、身長に似合わないくらい小さくクッションに座った陽は、珍しい同世代の部屋だと思ってあたりをキョロキョロと見渡す。
窓を背に座れば、左にはパソコンや何やら機材、右はベッド。ワンルームというのは入った時に気がついてはいたが、いうほど別に汚れもゴミもないし、汚いなんていうこともない。
「ついでだからこれ食っちまおうと思って。一人だと食べ切れないほど渡されちゃって」
処分手伝ってくれたら、と持ってきたのは珍味の入った袋で、どうやら奥でガサガサと音がして居たのはこれだったらしい。それでお菓子系やチーズなどのツマミは買ってもベタなものは買わなかったのか、と納得する。大きめの袋にたんまりと入ったそれは、どう考えても一人では食べ切れるものではない。まして、毎日遅く帰っているはずの凪が食べられるはずもなく。
いつも話すわけでもない自分ですらわかることを、彼の上司はわかっていないということなのだろうか?と考えると一瞬、胸の奥で黒い何かがもやっとした気もしたが、そもそも他社の人間である自分がどうこうとは言えないしな、と思い口を紡ぐ。
「さーて、飲みますか!ね!」
にひーっと悪戯っ子のように笑う凪を見たら、心の靄も幾ばくかは晴れた。凪の笑顔は本当に楽しそうで、今これを楽しまないのは余りにも惜しいのだと教えられる。だから、陽も凪の声に合わせるのだ。
改めて二人でかんぱーい!と缶ビールを開けてゴクゴクと勢いよく飲み干す。
「休みの前のビールの美味さよ…」
「あはは、凪さんってお酒にかなり強いんですね」
「普通だと思うけど。え、もしかしてあんまり飲めないのに合わせてくれてたり!?」
困ったような、焦ったような、心配するような声音で言われ、そんなことはないと慌てて首を横に振る。
「いえいえ、ただ嗜む程度にしか普段から飲まないもので」
「確かに初めて会った時も気をつけてた感じしたな。あれやっぱり上司送ってくとかあるから?」
「ええ、何かあっての不手際は避けたいですしね」
大きい会社には何か問題が起きた時のリスクが大きい。小さなミスでも避けたい。特に飲みの席は何があるか分からない。挙句、何かあれば下っ端のせいにして逃げる上の人間がこの国には多過ぎる。陽は社会の仕組みをよく知っている。一瞬、言いながら表情が消えたのを凪は見逃しては居なかった。ただ、それを問うには距離感がなぁ、と思ってビールと一緒に飲み干したのであった。
「まぁ、あんなん俺らからしたら接待となんら変わらないからなぁ。上司含めてまとめて接待」
「間違いないですね」
「やっぱあんだけ笑顔はっつけてても、思うことは変わらないんだなー」
言ってから心の中でヤッベ、と思ったが後の祭り。陽の動きが缶を持ったままぴたりと止まる。その目は何かを恐れるように見開いていて、凪の心は更に焦る。
「…っ!そ、んなにわかりやすかったでしょうか…?」
「あーいや、俺だからっていうか。立場が同じだからわかるだけっていうか、上司どもは絶対気付かないやつだと思うけど。あんなん立てておけば上機嫌で居てくれる狸どもだし」
「…はぁ。ふふっ、中々言いますね」
顔色を変えるほどだったが、凪の言い分を聞くと安心したのか呼吸すら止まりそうだった緊張が解ける。
「うちのとこはまだそんなに裏表激しい人ではないけど、単に大きい会社じゃないからってだけだと思ってるし。そっちはでかいし一課だし、さぞかし立派な大狸でしょ?」
「まぁ、それはそれは立派な大きい古狸様ではありますけど、基本的には優しい人ですよ」
それは絶対、目をかけられてるからだと思うんだよなぁ。口が裂けても言えないけど。と、思いながら目を背けていることは勿論陽が察するわけもなく、その後もだらだらと会社の中の人間関係やらの話が続く。
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