天を仰げば青い空

朝比奈明日未

文字の大きさ
上 下
16 / 26
本編

1−14

しおりを挟む
「ですから!接待での経費に個人のものまで追加して落とそうとしないでくださいと何度も言ってるじゃありませんか!」
「いいからやっとけって言ってんだろ!!どうせ上は気付かねえんだからさ」
「その為の経理です!私が気付いてます!」
「うるせぇなぁ!!」
 手を挙げるんじゃないかと思った瞬間に素早く間に入る。本当にこいつだけは好きになれない。大して数字も取ってない癖に何故か偉そうだし意味がわからん。
「吉田さんの言ってることは何一つ間違ってないのはいい加減理解してますよね、高井さん」
 生憎小さいせいで見上げることしかできないが、その代わりに殺意にも似た気持ちで睨みつける。いや、実際殺意しかない。この時期にまで何やってくれてんだ、上に報告すんぞ。
「小日向ちゃ~ん、同じ男ならわかるだろぉ?」
「何度も言ってますが、わかりません。…百歩譲ってオネエチャンと遊びたいのは理解しますがそれを会社の経費で無理矢理にでも落とそうとして毎回毎回失敗してるのに反省一つしないその思考回路は申し訳ありませんがこれっぽっちも理解できませんね。いい加減、事務方に迷惑をかけるのはやめませんか、いい大人ですし」
 息を大きく一度吸って、一気に全部言ってやった。小さいせいで俺を微妙に女扱いみたいにしてくるのもついでにやめてくれ。男同士だからって擦り寄るな、お前はそもそも好みじゃない。
 目配せして喋りながら吉田さんにはご退場願った。ここから先は俺一人でいい。
 そう思ってもう一度高井の方へと視線を戻す。
「まだ新人の癖に、調子に乗りやがって…」
「三年経ってこれだけ熟してて新人扱いされるなら、高井さんなんてド新人じゃないですか。調子に乗ってるのも男ってだけで女性にマウント取りたがる高井さんでしょう。いい加減、そういう態度もパワハラに該当しますし、上に報告せざるを得ませんよ?」
 忘れてくれるな。ここは大きい会社じゃないんだぞ。人事部なんて存在しない。そうだ全ては事務がこなしているんだ、忘れるな。
 一般事務も、経理も、人事部の仕事も、全て請け負うのはこちらなんだぞ。
 周りもうんざりとでも言うような雰囲気だが、誰一人何も言わない。営業の奴らは頭死んでんのか?部長は話がわかる人だが、わかる人だからこそいない時を狙ってこいつもやってくる。
 堂々とやれるわけでもないならやらなきゃいいのに。
 一応新卒入社をして十年を超えたベテランなのだろうが、どちらかというと目の上のたんこぶみたいな存在だって理解しろ畜生。
 そもそもだ、こんなことをしていたのはバブリーな時代だけだ。今のご時世、そんなザル経理をする会社はいよいよ小さい会社だろうし、それでもその権限を持っているのは社長くらいだって。何より、ガサ入れされたら一発でバレて被害被るのは会社側で、もれなくとばっちりが来るのは事務方なんだよ。誰が不正なんざさせるか。
 経理は会社の経営の一部を担ってる部署だって良い加減覚えろ。
「そう言ってられんのも今のうちだからな、小日向くーん?」
「はぁ?」
「古株の俺が言えば、お前なんざ一発でクビだからな、クビ」
 いや、いくら中小企業でもそれはねえだろ。
 寧ろなんで俺じゃなくてお前が言ってんの?それ俺の台詞なんだけど。
「はあ、お好きにどうぞ。やれるもんならやってみてください。俺の方からも今回のこと、全て上に報告させていただきます。ああ、それとこれもお返ししておきますね」
 先ほど帰らせる時、いつもの手筈通りに吉田さんはポケットに件の領収書を入れていてくれたので、それを突き返す。
 どうしてこんなちっぽけな金まで経費で落とそうとするのかわからん。
 ワナワナ震える高井は放っておいて、俺は事務のフロアへとさっさと戻ることにした。
「あら、もう終わったの?早いじゃないの、小日向くん」
「うええ、和田さん…俺やっちゃったー…」
「あらあら、とうとうやっちゃったの?」
「多分そっちじゃない。でも、ブチギレて来ちゃったんですよー。許せなかった…あれ今年だけで何回目でしたっけ?」
 戻って机に突っ伏するとすぐにお茶を淹れた和田さんが机に置いてくれる。
 気分は良かったが、これは問題になるぞ、と今から胃が痛い。そもそもこれ、週末はどうにかなるのか?俺もういけないんじゃないか?頭の中はそんなことばかりになってきた。
「そうねぇ、片手では足りないわねぇ。吉田さんとやり合ったのは三回目くらいだったかしら」
「ううう、いつも上手く往なす和田さんマジ尊敬します…」
「まぁまぁ、良いのよ。何を言ったのかは大体想像つくから。おばちゃんが守ってあげるわよ。そのためのおばちゃんだもの」
「そんな迷惑かけられませんってー」
「こう言う時くらい、頼りなさいな」
 そう言ってウインクしてくる和田さんが、今の俺には女神に見えるほどだった。
 もうこれ、頼ってもいい?
 実際あの後は大変だった。
 高井が怒って事務のフロアまでやってきて大暴れ、営業部長が戻ってきて暴れてるのがバレて、悪巧み全般がバレた高井はそのまま部長に笑顔で引きずられていった。自業自得なので勿論放置したけど。
 そして、その結果がこのフロアのぐちゃぐちゃ加減である。やってくれんじゃん、高井…。見事に書類が全部バラバラになってくれたってばよ。
 グッバイ、俺の週末の予定…。木曜日の時点で予定が死んだらその時は迷わず連絡しよう。こんだけの仕事残して呑気に飯食ってられるだけのメンタル、俺にはない。
「全く高井さんったら!あっちもこっちも書類全部わざと落として行って!許せません!」
「ハハッ、多分部長怒らせてるし後で証拠書類あるかって騒ぐと思うから、前々から用意してたあれ、印刷してそっちの綺麗な机に置いておいて。ったく、こっちは年末調整で死にかけだったのをやっとなんとか脱したってのに…」
 そう、こういうことがあっても良いように、俺らは過去の何回かはきちんと書類をコピーして保存、言ってきた日付は常にデータにぶっ込んであるのだ。これは俺が入った時から作ってあって、進言したのも俺。エクセルでちゃんとデータ作っておいたんだよな。
 舐めたことしてると痛い目見るって、嫌になる程わからせてやる。
 俺の大事な週末の予定を危うくした罰だ。良い年末を過ごせよこの野郎。
「凄い用意周到ですけど、これどうして作ったんですか?」
「あの部長、俺のこと気に入ってるの知ってるからな。そう思った時から俺はすぐにデータを用意すると決めたね。確実にぶっ潰せるのは論より証拠だし」
 まぁ、なんでも魚拓取るようになったのはSNSの影響が大きい気がするけど。言った言わないはいつだって証拠で残すのが一番だ。話が早いし、言い逃れもできない。
 現に今もこいつはきっと良い仕事をしてくれるはずだ。俺の大事な金曜日の予定を、確実にもぎ取ってくれる。
 問題はこの散らばった書類の整理と、暴れたせいで薙ぎ倒されたインテリアとかだけどな。いやぁ、今日の残りの数時間、確実にこれで仕事が終わるだろ。
 どちらにしろ、俺の金曜の鍋がどうなるかはこの散らかった事務フロアの片付けスピード次第になりそうだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

傷だらけの僕は空をみる

猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。 生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。 諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。 身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。 ハッピーエンドです。 若干の胸くそが出てきます。 ちょっと痛い表現出てくるかもです。

さむいよ、さみしいよ、

moka
BL
僕は誰にも愛されない、、、 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 人を信じることをやめた奏が学園で色々な人と出会い信じること、愛を知る物語です。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

それ以上近づかないでください。

ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」 地味で冴えない小鳥遊凪は、ある日、憧れの人である蓮見馨に不意に告白をしてしまい、2人は付き合うことになった。 まるで夢のような時間――しかし、その恋はある出来事をきっかけに儚くも終わりを迎える。 転校を機に、馨のことを全てを忘れようと決意した凪。もう二度と彼と会うことはないはずだった。 ところが、あることがきっかけで馨と再会することになる。 「本当に可愛い。」 「凪、俺以外のやつと話していいんだっけ?」 かつてとはまるで別人のような馨の様子に戸惑う凪。 「お願いだから、僕にもう近づかないで」

【運命】に捨てられ捨てたΩ

雨宮一楼
BL
「拓海さん、ごめんなさい」 秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。 「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」 秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。 【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。 なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。 右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。 前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。 ※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。 縦読みを推奨します。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

処理中です...