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本編
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夏は辛いものやら焼肉を食べに行って、うっかり花火まで見に行って。祭りにまでくり出し屋台のB級グルメを楽しんだ。
秋は炊き込みご飯の美味しい店やら焼き魚と言えば秋刀魚だと言って少し高くても旬の美味しい魚を仕入れている店に行ったり、時には昼間から野郎二人で秋の果物を食べてやれと言わんばかりに女子だらけのスイーツの店にも行った。
気付けば毎週末のように金曜か土曜には出かけていて、正しくその姿は友人のようだった。
今日もその帰りだ。もう吐く息も真っ白になって来て、風も乾いて冷たい。
「もうすっかり冬になっちゃいましたね」
「だなぁ。こうなって来るとそろそろ鍋食いたくなるな…。美味いきのこ鍋の店、行ってみたいんだよなぁ。どうすかね」
「いいですね。この時期は僕の方がきっと余裕があるでしょうから、小日向さんに合わせます。今月は忙しいですけど、それでも週末はどうにかなりそうですし」
「あー、だったら予約できたら教えるわ」
「ええ、それで構いません。冬はお鍋が美味しい季節ですからね。ちょうど良かったです」
「だよなー。家でやるには金もかかるし案外手間もかかるからやりたくなくて」
「分かります。一人鍋するには買い込みが多いんですよね。そして余るっていう」
二人でそれなりに気兼ねなく話せるようになっていたけれど、それでもまだ時折見せる表情は俗に言う「他所行き」のもので。
楽しんでくれてはいるんだろうけど、どこまでなのかが分からない。それでもこれくらいの関係でいいのかもしれない、なんて凪は思っていた。今月は十二月。季節は冬と言うより年末。今月は流石にそれ故無理だが、今の今まで約半年間毎週末のように食事に出かけていたのだ。満足しない方が間違っている。
同性同士での関係など、求めることは難しい。それこそお互いがそう言う性の持ち主でもない限りは。
「っし、じゃあ俺が予約して連絡するから、待っててな。遅くなったらマジでごめん」
「いえ、どうせ今月は予定ありませんから。お互い独り身ですしそこは気にせず」
「ありがとうなー」
「それより、くれぐれも無理だけはしないでくださいね。小日向さんの職場はただですら忙しいんですから」
「ははっ、死なねえ程度に頑張るわ。じゃあ、また!」
「はい、おやすみなさい」
いつも別れるのは凪の部屋のあるコンビニの前。
この時、まさか分かりやすいフラグ回収をするだなんて、凪は思ってもいなかった。だってちゃんと仕事を熟していたから。
それから二週間が経過して、浮足だった世間を尻目に凪は淡々と画面と睨めっこしていた。忘れてないはずだったのに忘れていた。
そうだった、事務職って言うのは年末と年度末は死を覚悟するレベルなんだった。どうしてこんなもん一人でいいって引き受けちゃったかな、と人のいいことをつい言ってしまう自分の性格を憎むことしかできない。
案の定、予定は延びに延びていて、もう今週末しかないじゃないかと思って無理矢理予定をぶっ込んだ。世間はクリスマスで盛り上がる頃だ。鍋の店はそんなに混むことはない。
独り身同士だからなどと陽が言っていたが、見事にそのフラグは回収されクリスマスドンピシャでのきのこ鍋である。せめてケーキくらいと思ったが、もういいや。別に恋人でもないし。それより冷えた心を鍋と陽で温めたい。
「小日向くん、手空いてる?」
「え?どうしました?」
延々そんなことを考えていたせいで一瞬フリーズしたまま声の方だけ向く。この時期の自分に声をかけて来るのは基本事務仲間しかいない。とは言っても、手が空いていないのも理解しているはずなのに。
元々事務的なことはできる凪だったので、入社してまだ三年ではあるものの、ある程度の一般業務は全てこなせる様になっていた。その結果、何でも聞かれてしまうし頼まれる。そして断れない。
そのせいで現状、持ち帰れない仕事のせいで残業三昧なのである。
なのに、声をかけてきたのは古株の気のいいおばちゃん事務員の和田さん。そうなると、このおばちゃんですらどうにもならん事があった可能性が高い。
嫌な予感しかしなくてギギギと音が鳴りそうなほど不自然に顔を向けた。
「いやね、手が空いてないならいいのよ。あの馬鹿がまた騒いでるだけだから。なんならアタシが出てもいいって言ったんだけどねぇ」
無理しないで欲しいわぁ、と手を当てて困ってる姿を見て、誰のことかすぐに分かった。
去年新卒で入った吉田さんだ。なるほど、あの子も頑張るな。営業の高井相手なのはすぐわかる。どうせ出張での飲み代まで経費で落とさせようとしてるんだろう。あいつは男尊女卑のどうにもならんアンポンタンだから、女は相手にしない方がいい気がするんだけど。
「んー、俺が行きますよ。高井はダメでしょ」
「ごめんなさいねぇ。吉田さん頑張ってくれてるだけにこっちも強く言えなくって」
「いえいえ。元はと言えば馬鹿が馬鹿なこと言ってるだけですから」
「うふふ、小日向くんも言うようになったわねぇ」
「それくらいの気持ちでいないと、ここにはいられませんって。じゃあ、行ってきますね」
席を立ってそのまま営業のいるフロアへと向かう。その後、和田さんが何か小さく呟いていただなんて、俺はちっとも知らなかった。
「その気持ち、もう少し自分に使って欲しいんだけどねぇ」
秋は炊き込みご飯の美味しい店やら焼き魚と言えば秋刀魚だと言って少し高くても旬の美味しい魚を仕入れている店に行ったり、時には昼間から野郎二人で秋の果物を食べてやれと言わんばかりに女子だらけのスイーツの店にも行った。
気付けば毎週末のように金曜か土曜には出かけていて、正しくその姿は友人のようだった。
今日もその帰りだ。もう吐く息も真っ白になって来て、風も乾いて冷たい。
「もうすっかり冬になっちゃいましたね」
「だなぁ。こうなって来るとそろそろ鍋食いたくなるな…。美味いきのこ鍋の店、行ってみたいんだよなぁ。どうすかね」
「いいですね。この時期は僕の方がきっと余裕があるでしょうから、小日向さんに合わせます。今月は忙しいですけど、それでも週末はどうにかなりそうですし」
「あー、だったら予約できたら教えるわ」
「ええ、それで構いません。冬はお鍋が美味しい季節ですからね。ちょうど良かったです」
「だよなー。家でやるには金もかかるし案外手間もかかるからやりたくなくて」
「分かります。一人鍋するには買い込みが多いんですよね。そして余るっていう」
二人でそれなりに気兼ねなく話せるようになっていたけれど、それでもまだ時折見せる表情は俗に言う「他所行き」のもので。
楽しんでくれてはいるんだろうけど、どこまでなのかが分からない。それでもこれくらいの関係でいいのかもしれない、なんて凪は思っていた。今月は十二月。季節は冬と言うより年末。今月は流石にそれ故無理だが、今の今まで約半年間毎週末のように食事に出かけていたのだ。満足しない方が間違っている。
同性同士での関係など、求めることは難しい。それこそお互いがそう言う性の持ち主でもない限りは。
「っし、じゃあ俺が予約して連絡するから、待っててな。遅くなったらマジでごめん」
「いえ、どうせ今月は予定ありませんから。お互い独り身ですしそこは気にせず」
「ありがとうなー」
「それより、くれぐれも無理だけはしないでくださいね。小日向さんの職場はただですら忙しいんですから」
「ははっ、死なねえ程度に頑張るわ。じゃあ、また!」
「はい、おやすみなさい」
いつも別れるのは凪の部屋のあるコンビニの前。
この時、まさか分かりやすいフラグ回収をするだなんて、凪は思ってもいなかった。だってちゃんと仕事を熟していたから。
それから二週間が経過して、浮足だった世間を尻目に凪は淡々と画面と睨めっこしていた。忘れてないはずだったのに忘れていた。
そうだった、事務職って言うのは年末と年度末は死を覚悟するレベルなんだった。どうしてこんなもん一人でいいって引き受けちゃったかな、と人のいいことをつい言ってしまう自分の性格を憎むことしかできない。
案の定、予定は延びに延びていて、もう今週末しかないじゃないかと思って無理矢理予定をぶっ込んだ。世間はクリスマスで盛り上がる頃だ。鍋の店はそんなに混むことはない。
独り身同士だからなどと陽が言っていたが、見事にそのフラグは回収されクリスマスドンピシャでのきのこ鍋である。せめてケーキくらいと思ったが、もういいや。別に恋人でもないし。それより冷えた心を鍋と陽で温めたい。
「小日向くん、手空いてる?」
「え?どうしました?」
延々そんなことを考えていたせいで一瞬フリーズしたまま声の方だけ向く。この時期の自分に声をかけて来るのは基本事務仲間しかいない。とは言っても、手が空いていないのも理解しているはずなのに。
元々事務的なことはできる凪だったので、入社してまだ三年ではあるものの、ある程度の一般業務は全てこなせる様になっていた。その結果、何でも聞かれてしまうし頼まれる。そして断れない。
そのせいで現状、持ち帰れない仕事のせいで残業三昧なのである。
なのに、声をかけてきたのは古株の気のいいおばちゃん事務員の和田さん。そうなると、このおばちゃんですらどうにもならん事があった可能性が高い。
嫌な予感しかしなくてギギギと音が鳴りそうなほど不自然に顔を向けた。
「いやね、手が空いてないならいいのよ。あの馬鹿がまた騒いでるだけだから。なんならアタシが出てもいいって言ったんだけどねぇ」
無理しないで欲しいわぁ、と手を当てて困ってる姿を見て、誰のことかすぐに分かった。
去年新卒で入った吉田さんだ。なるほど、あの子も頑張るな。営業の高井相手なのはすぐわかる。どうせ出張での飲み代まで経費で落とさせようとしてるんだろう。あいつは男尊女卑のどうにもならんアンポンタンだから、女は相手にしない方がいい気がするんだけど。
「んー、俺が行きますよ。高井はダメでしょ」
「ごめんなさいねぇ。吉田さん頑張ってくれてるだけにこっちも強く言えなくって」
「いえいえ。元はと言えば馬鹿が馬鹿なこと言ってるだけですから」
「うふふ、小日向くんも言うようになったわねぇ」
「それくらいの気持ちでいないと、ここにはいられませんって。じゃあ、行ってきますね」
席を立ってそのまま営業のいるフロアへと向かう。その後、和田さんが何か小さく呟いていただなんて、俺はちっとも知らなかった。
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