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本編
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やらかしている、と言うよりは社会人にあるまじき行動であったようにも思う。営業職ってわけではないが、営業職と同じことをさせられているなら尚更。話を無理矢理終わらせて避けるよう帰っていくなど、あってはならない。
「あ、あ、昨日はすみませんでした……!」
思い出したら言わずにはいられなかった。何の脈絡も無く出てきた言葉に、一瞬陽の目が不思議そうに瞬き、あぁ、と思い出したのか優しげな笑みを浮かぶ。
「え?あぁ、昨日も会いましたよね。家が近いのかな、と勝手に少し喜んでしまって」
いや俺の話聞いてた?ってくらい変な顔をした凪の横で、呑気に今日のおすすめ2つお願いしますー、と手を挙げている。
もう宇宙人なのか?とすら思うくらい穏やかで。いやいやさっきのあの見えなかった表情ってなんだったの?と聞きたくなった。
「いや、その、昨日の、俺っ、最後あんな態度で…」
「いえいえ、あんな時間まで仕事でしたらお疲れでしたよね。下手に声をかけてしまってかえって申し訳なかったです」
慌てて頭を下げ、少ししてから恐る恐る顔を上げると、どう見ても本気でそう思っている顔がそこにあった。
申し訳無さと、嫌われてなかった安堵感に息が洩れる。それでも本当の理由など言えるわけもない。何せ、陽には何の落ち度も無いのだ。
「いえ、ちょっとここ最近忙しかったので…その…」
やつ当たりしました、とはとても言えなかった。言えるわけがない。相手とて頑張って就職しただろうにホワイト企業な挙句給料も良くて大手の会社で本人もハイスペックなんだろうなって思ったら妬みや僻みや自分の価値の無さでどうしていいか分かりませんでした、なんてこんな醜い気持ちで昨日は接してましたとは言いたくない。余りにも情けさすぎる。
全部心の中で言ってみたけどあまりにもこれは酷い。これしかもうコメントもできなかった。つくづく最低な人間である。
「そうでしたか…。こちらの案件もありますし、本来の業務とは違うと聞きましたから、さぞかし仕事量も多いのでしょうね。お体には気をつけてください」
「はは、ありがとうございます。余り大きい会社じゃないんで人遣いが少し荒いだけですから大丈夫です」
ここで素直さ百パーセントで返事ができない辺りに自分の性格が出ているよなぁ、と思う。
「そう言えば、先程のことなんですけど」
「うん?」
「あの電車での」
「あーはいはい、痴漢のおっさん」
「ふふ、そうです、痴漢の方です。後ろを向いていたからかもしれませんけど、冷静そうに見えました。凄いと思いまして」
現場の適応力と言うか、対応力がと言われてヒクッと口元が歪む。いや、別に全く焦ってなかったとかそんなことはない。実際早くなんとかしてくれとも思っていたし。ただ、今回のことに関しては女性を狙っていたのは明らかで自分を狙っていないのは確実だったと思っただけのことで。
「焦ってないってこた無いですって。ただ、俺この身長でしょう?学生の時とか私服だと狙われたりはしてたんですよねぇ。大体男だと言ったらやめてくれましたけど」
「特別小さいわけではありませんよね?」
「んー…でも俺くらいの身長の女子は普通にいるじゃないですか。平均身長も無いんだし」
「確かに少し背が高い女性ならそうですが…」
「つっても本当に俺も学生の頃だけだったんで、びっくりしましたよ。まぁ、今日の人は何も男を狙ったわけではなかったみたいですけど。そう言う意味ではざまぁみろって思いますし、女性も被害を負わなくてよかったなって思いますよ」
本当に何でもないことのように言われてしまって、今も微かに燻る怒りが少しずつ冷えていくのを陽は感じた。自分のことでもこんなに怒ったことはなかったし引きずったこともなかったから、何だか不思議な感覚である。
「はい、日替わりね。書いてあるけど今日は生たらこチーズとおかかです」
「生たらこ、チーズ…!」
「ここ、色々あるんです本当に。季節限定みたいなこともやるので飽きなくて。つい毎月通ってしまうんですよね」
タイミング良く運ばれてきた日替わりおにぎりは、持つと崩れそうなほど柔らかいほかほかのおにぎり二つに味噌汁と沢庵という何ともベタなもので。その割に具材が変わっていることに凪の目が輝く。
そう、入った時というか今の今まで周りを見れるほど余裕のなかった凪はここのメニューが豊富だということにすら気付いていなかったのだ。
「あ、あ、昨日はすみませんでした……!」
思い出したら言わずにはいられなかった。何の脈絡も無く出てきた言葉に、一瞬陽の目が不思議そうに瞬き、あぁ、と思い出したのか優しげな笑みを浮かぶ。
「え?あぁ、昨日も会いましたよね。家が近いのかな、と勝手に少し喜んでしまって」
いや俺の話聞いてた?ってくらい変な顔をした凪の横で、呑気に今日のおすすめ2つお願いしますー、と手を挙げている。
もう宇宙人なのか?とすら思うくらい穏やかで。いやいやさっきのあの見えなかった表情ってなんだったの?と聞きたくなった。
「いや、その、昨日の、俺っ、最後あんな態度で…」
「いえいえ、あんな時間まで仕事でしたらお疲れでしたよね。下手に声をかけてしまってかえって申し訳なかったです」
慌てて頭を下げ、少ししてから恐る恐る顔を上げると、どう見ても本気でそう思っている顔がそこにあった。
申し訳無さと、嫌われてなかった安堵感に息が洩れる。それでも本当の理由など言えるわけもない。何せ、陽には何の落ち度も無いのだ。
「いえ、ちょっとここ最近忙しかったので…その…」
やつ当たりしました、とはとても言えなかった。言えるわけがない。相手とて頑張って就職しただろうにホワイト企業な挙句給料も良くて大手の会社で本人もハイスペックなんだろうなって思ったら妬みや僻みや自分の価値の無さでどうしていいか分かりませんでした、なんてこんな醜い気持ちで昨日は接してましたとは言いたくない。余りにも情けさすぎる。
全部心の中で言ってみたけどあまりにもこれは酷い。これしかもうコメントもできなかった。つくづく最低な人間である。
「そうでしたか…。こちらの案件もありますし、本来の業務とは違うと聞きましたから、さぞかし仕事量も多いのでしょうね。お体には気をつけてください」
「はは、ありがとうございます。余り大きい会社じゃないんで人遣いが少し荒いだけですから大丈夫です」
ここで素直さ百パーセントで返事ができない辺りに自分の性格が出ているよなぁ、と思う。
「そう言えば、先程のことなんですけど」
「うん?」
「あの電車での」
「あーはいはい、痴漢のおっさん」
「ふふ、そうです、痴漢の方です。後ろを向いていたからかもしれませんけど、冷静そうに見えました。凄いと思いまして」
現場の適応力と言うか、対応力がと言われてヒクッと口元が歪む。いや、別に全く焦ってなかったとかそんなことはない。実際早くなんとかしてくれとも思っていたし。ただ、今回のことに関しては女性を狙っていたのは明らかで自分を狙っていないのは確実だったと思っただけのことで。
「焦ってないってこた無いですって。ただ、俺この身長でしょう?学生の時とか私服だと狙われたりはしてたんですよねぇ。大体男だと言ったらやめてくれましたけど」
「特別小さいわけではありませんよね?」
「んー…でも俺くらいの身長の女子は普通にいるじゃないですか。平均身長も無いんだし」
「確かに少し背が高い女性ならそうですが…」
「つっても本当に俺も学生の頃だけだったんで、びっくりしましたよ。まぁ、今日の人は何も男を狙ったわけではなかったみたいですけど。そう言う意味ではざまぁみろって思いますし、女性も被害を負わなくてよかったなって思いますよ」
本当に何でもないことのように言われてしまって、今も微かに燻る怒りが少しずつ冷えていくのを陽は感じた。自分のことでもこんなに怒ったことはなかったし引きずったこともなかったから、何だか不思議な感覚である。
「はい、日替わりね。書いてあるけど今日は生たらこチーズとおかかです」
「生たらこ、チーズ…!」
「ここ、色々あるんです本当に。季節限定みたいなこともやるので飽きなくて。つい毎月通ってしまうんですよね」
タイミング良く運ばれてきた日替わりおにぎりは、持つと崩れそうなほど柔らかいほかほかのおにぎり二つに味噌汁と沢庵という何ともベタなもので。その割に具材が変わっていることに凪の目が輝く。
そう、入った時というか今の今まで周りを見れるほど余裕のなかった凪はここのメニューが豊富だということにすら気付いていなかったのだ。
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