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本編
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その後、突き出してやろうと思った痴漢はどこにそんな力が?と言う勢いでドアが開いた瞬間に逃げていった。それこそ周りにいた乗客を押し出してまで。
「女みてぇな野郎の尻触って捕まるなんざごめんだ!」
「はぁ!?」
二人で掴もうにももう無理で。捨て台詞まで吐いていなくなった中年男性。いや何も罪を自分から叫んで行かなくても良いのに、と思ったがもう後の祭りである。
「あ、ちょっと!」
「構いやしませよ、六月一日さん」
「ですが…!」
「あれの写真は手に入れておきましたから。今後何かあったら気をつけるように駅員にだけ言ってったら、あとはどうにかなると思うんで」
本当は突き出してやりたかったですけどね、と続けて言いながら手元のスマホから画像を出して見せる。消音撮影できるアプリって便利だよなぁと過去に入れたまま放置していたアプリに感謝してお互いの最寄りで降りる。
と言っても会社に戻る陽とその会社へ向かう凪は同じ駅で降りるわけで。緊張したままの陽を見て凪はどうしたものかと考え、努めて明るく口を開いた。
「あ、そうだ。六月一日さん、どうせこの後打ち合わせですし、会社に戻りますよね?」
「はい、そうですね。ついでなので近くで食べてから戻ろうかと思っていました」
ビクッと大袈裟な程に肩を跳ねさせていたけれど、どちらかと言うと我に返ったようにも見えた。そして凪の方を見てはっきりと頷く。
「じゃあ、お世話になりましたし、一緒に飯でもどうです?奢りますよ」
「いえいえ、そんな!捕まえられたわけでもありませんし、出しゃばったようなものですし…!」
「堅いですよねぇ、六月一日さん。んじゃあ普通に飯食いに行きましょ。どっか良いとこ知ってます?できればさっさと食っちゃいたいんで」
「ええ、それなら構いませんよ」
この時、あまりにも大きなことがあったため、凪はすっかり忘れていたのだ。
うっかり話す時にタメ口が入っていることも、昨日やらかしたスーパーでの出来事も。だが、それが良かったのかもしれない。この場では少なからず物事はすんなりと運ばれていったのだから。
その後、降りたら真っ先に駅員を捕まえて車内であったことと男の写真を見せ、データが欲しいとのことだったのでそれだけを渡してことなきを得た。話を聞けば、ここ最近混んでいて動けないレベルの満員になった時だけ特定の車両で痴漢が発生していると何件も言われていたようで、今後確認でき次第対応していこうと思う、とのことだった。
全く、昼間から何をやらせてくれるんだかと辟易したがやっと片がついたというか、ひと段落を迎えたことに凪が思わずやっとか、と一言。
それを真剣な表情で受け止めて宥めてくる陽と軽い雑談を交えながら二人で駅を出る。長い階段を出ればまた季節感も何もない太陽がここぞとばかりに照り付ける。
出口から少しだけ歩いて見えた店は一時期話題になったおにぎり屋だった。そのチョイスに凪は思わず口をあんぐりと開けてから陽を見る。
いや、この見た目でこの歳で選ぶのがおにぎり屋…。いや、俺大好きだけどさ。なんだったら実は食べたいのはおにぎりだったけどさ。と何個も言葉を重ねるが、意外性が強すぎて多分この時の凪はどこも見ていない。
「ここでもいいですか?手早くとなるとどうしてもこういう所になってしまうのですが…」
「あ、いや、そう言うんじゃないですよ、と言うか分かってたのかってくらい、今俺の食べたい物ですし」
意識を突然戻したせいで何を言いたのか全然わからないような言葉を発したことを瞬時に自覚し焦りに顔を赤くしてしまっても、そんなことに全然気付いてませんとばかりに陽はホッと息を吐いていて。
「それは良かったです。ここのおにぎり、とても美味しいので是非食べて頂きたくて」
なんて言ってくる陽の顔はいつもの打ち合わせの時より遥かに朗らかで、柔らかいなんてもんじゃないな、と凪は口元に小さく笑みを作り、そこで忘れていた所業を思い出しそのまま凍りついた。
ーーーそうだ、昨日俺やらかしてるじゃんか。
「女みてぇな野郎の尻触って捕まるなんざごめんだ!」
「はぁ!?」
二人で掴もうにももう無理で。捨て台詞まで吐いていなくなった中年男性。いや何も罪を自分から叫んで行かなくても良いのに、と思ったがもう後の祭りである。
「あ、ちょっと!」
「構いやしませよ、六月一日さん」
「ですが…!」
「あれの写真は手に入れておきましたから。今後何かあったら気をつけるように駅員にだけ言ってったら、あとはどうにかなると思うんで」
本当は突き出してやりたかったですけどね、と続けて言いながら手元のスマホから画像を出して見せる。消音撮影できるアプリって便利だよなぁと過去に入れたまま放置していたアプリに感謝してお互いの最寄りで降りる。
と言っても会社に戻る陽とその会社へ向かう凪は同じ駅で降りるわけで。緊張したままの陽を見て凪はどうしたものかと考え、努めて明るく口を開いた。
「あ、そうだ。六月一日さん、どうせこの後打ち合わせですし、会社に戻りますよね?」
「はい、そうですね。ついでなので近くで食べてから戻ろうかと思っていました」
ビクッと大袈裟な程に肩を跳ねさせていたけれど、どちらかと言うと我に返ったようにも見えた。そして凪の方を見てはっきりと頷く。
「じゃあ、お世話になりましたし、一緒に飯でもどうです?奢りますよ」
「いえいえ、そんな!捕まえられたわけでもありませんし、出しゃばったようなものですし…!」
「堅いですよねぇ、六月一日さん。んじゃあ普通に飯食いに行きましょ。どっか良いとこ知ってます?できればさっさと食っちゃいたいんで」
「ええ、それなら構いませんよ」
この時、あまりにも大きなことがあったため、凪はすっかり忘れていたのだ。
うっかり話す時にタメ口が入っていることも、昨日やらかしたスーパーでの出来事も。だが、それが良かったのかもしれない。この場では少なからず物事はすんなりと運ばれていったのだから。
その後、降りたら真っ先に駅員を捕まえて車内であったことと男の写真を見せ、データが欲しいとのことだったのでそれだけを渡してことなきを得た。話を聞けば、ここ最近混んでいて動けないレベルの満員になった時だけ特定の車両で痴漢が発生していると何件も言われていたようで、今後確認でき次第対応していこうと思う、とのことだった。
全く、昼間から何をやらせてくれるんだかと辟易したがやっと片がついたというか、ひと段落を迎えたことに凪が思わずやっとか、と一言。
それを真剣な表情で受け止めて宥めてくる陽と軽い雑談を交えながら二人で駅を出る。長い階段を出ればまた季節感も何もない太陽がここぞとばかりに照り付ける。
出口から少しだけ歩いて見えた店は一時期話題になったおにぎり屋だった。そのチョイスに凪は思わず口をあんぐりと開けてから陽を見る。
いや、この見た目でこの歳で選ぶのがおにぎり屋…。いや、俺大好きだけどさ。なんだったら実は食べたいのはおにぎりだったけどさ。と何個も言葉を重ねるが、意外性が強すぎて多分この時の凪はどこも見ていない。
「ここでもいいですか?手早くとなるとどうしてもこういう所になってしまうのですが…」
「あ、いや、そう言うんじゃないですよ、と言うか分かってたのかってくらい、今俺の食べたい物ですし」
意識を突然戻したせいで何を言いたのか全然わからないような言葉を発したことを瞬時に自覚し焦りに顔を赤くしてしまっても、そんなことに全然気付いてませんとばかりに陽はホッと息を吐いていて。
「それは良かったです。ここのおにぎり、とても美味しいので是非食べて頂きたくて」
なんて言ってくる陽の顔はいつもの打ち合わせの時より遥かに朗らかで、柔らかいなんてもんじゃないな、と凪は口元に小さく笑みを作り、そこで忘れていた所業を思い出しそのまま凍りついた。
ーーーそうだ、昨日俺やらかしてるじゃんか。
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