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20話

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私がリュカ様の別邸にお邪魔させて頂いたあの日から、一月ほどが経過しました。

「ただいま戻りました」
「お帰りなさい。クロエさん」

デスクワークをしていたリュカさんでしたが、そのお顔を上げて迎えて下さいました。
「お疲れ様です。早速ですが、どうでしたか?」
「ええ、3名の方にお会いして2名の方からは色よい返事を頂けました。残りの方も可能性が無いというわけでは御座いませんので、引き続き伺います」
「素晴らしいですね!この調子でいきましょう」

私達は顧客リストと申しますか、購入して頂けそうな方々を一覧にまとめました。それを基にして、お声掛けをひたすら行っているところです。お屋敷に戻れば、書類の作成と確認というデスクワークをひたすら行います。

ニコラ氏の移住の件、つまり受け入れの態勢自体は一段落ついてきました。しかし、ワイン造りのコンサルタント業務の件で、彼とゴーティエ侯爵家の領土内の方々との調整作業を行う事も増えてきました。それにより各方面からの質問も増えて来たので、その対応にも追われている状況です。というより、この質疑応答が一番多くの時間を取られる原因でした。実際にお会いしてご説明したり、紙にしたためたりしていますが如何せんお相手する人数が多いので時間が足りません。

文字通り目が回る忙しさです。

コーヒーを一口啜るとリュカ様は、座ったまま私を見上げました。
「クロエさん。決まった休日を設けようと思うのですが、どうでしょうか?」

突然のリュカ様のご提案に私は少々戸惑いました。
「…休日ですか?」
「ええ。確かに現在は大切な時期です。しかし過労で倒れでもすれば、それこそ目も当てられませんから」

申し訳ないという気持ちが芽生えてきました。リュカ様は私の体調を気遣って下さっているのですね。
「とても素晴らしいご提案だと思いますが、私なら大丈夫です。この程度で倒れたりはしませんから」

僅かに苦笑いを浮かべるとリュカ様でしたが、直ぐに微笑まれました。
「そうですね。先ほど言ったように体調の事もありますが。他にもメリットがあります。我々が常に稼働すれば、絶え間なく依頼や相談などが舞い込むことになります。それでは対応だけで手一杯となり質の低下が懸念されます。そこで、対外的に休日を公言することで業務に余裕が生まれると思うのです」
「成程。休日の処に仕事の依頼や相談するのは気がひけますしね。質問される方自身に本当に意味のあるものなのかを考えて頂けそうですね。仰る通り現在でも多忙な状況で、今後は更に余裕が無くなりそうですから。しかし、現在の業務をおろそかにする事にならないでしょうか?只でさえ対応に追われているのに」
「言いたいことは良く分かります。それでは、これを見て頂けますか」

差し出された大き目な書類を一読して脱帽致しました。その紙には過去に受けた相談内容が一覧で纏められていたのです。
「現在我々が手を焼いている一番の原因は質問への対応です。しかし、纏めてみればその質問内容の多くが重複していると分かりました。質問のニュアンスが違うので気が付きにくかったのですが」
「つまり、予めこの質問と回答を掲示ないし、お送りしておけば対応する時間が大幅に減らせるという事ですね」

こうして成果物を見せて頂くと、何故こんな簡単なことに気が付かなかったのとも思います。多忙というのは、視野を狭くするという恐ろしさを改めて実感させて頂きました。
「そうです。この様に我々自身が逐一対応せずとも良いようにすれば効率化が図れます。こうしていけば時間に余裕が生まれるはずです」
「素晴らしいです。これで別の業務に力を割く余裕が生まれますね」

リュカ様もそうお考えでしょう、と思ったことを口にしましたがリュカ様は静かに首を横へと振られたのです。
「…時にクロエさん。ご趣味はありますか?」
「趣味ですか?それは一体どういう…」

趣味という言葉を聞いたのが余りにも久しぶりでしたので、その意味を思い出すところから始めてしまいました。確かに物心ついたころから、勉学と仕事以外に費やした時間は殆ど無かったかもしれません。

そのことをリュカ様にお伝えすると、彼は何とも言えない表情でため息を吐かれました。

「クロエさん。確かに貴女の仕事ぶりは素晴らしいものがあります。やりがいもあるでしょう。ですが、私も貴女も貴族であるという以前に一人の人間なのです。ご自分の人生を謳歌する時間を持つことは悪い事ではありませんよ」

成程。少々考えさせられるご意見でした。貴族である前に一人の人間ですか…
「別に趣味が無いのは悪いという事ではありません。ですが、何かしらご自分のとっての楽しみがあれば充実した生活を送れるとは思いませんか?」

私は少し考えた後に静かに頷きました。
「そうかもしれませんね。しかし、今まで休日というものを取ったことが無かったので一体何をして過ごせばいいのやら…」
「お嬢様。それでしたら、先ずはお出かけするというのは如何ですか?」

何処で話を聞いていたのでしょう。突然現れたナタリーがそのように言いました。
「お出かけ?」
「ええ。お嬢様は余り装飾品やお召し物をお持ちではありませんし。この機会に何か買ってみるのも悪くは無いかと思いますよ。それに、街へと繰り出せば様々なものを目にすることになりますしね。何かしらの趣味を作る切っ掛けになるかもしれませんよ」
「いいじゃないですか。きっと楽しめると思いますよ」

ナタリーの発言にリュカ様も笑顔で肯定されました。
「というわけでリュカ様。お嬢様のエスコートをお願い出来ますか?」
「ええ……うん?私ですか」
「左様でございます。お嬢様は業務でお顔を出すためのご移動はされていますが、基本的に馬車で移動するだけで、ご自身の足でこの領土内を回ったことは御座いませんから。私も普段は食料の買い出しくらいでしか伺いませんので、土地勘は余り御座いません。この辺りに御詳しいリュカ様が適任かと思いまして」

リュカ様はナタリーに対して、何かを言おうとしていました。ですが。
「あら。若しかしてご不満なのですか?クロエお嬢様とのお出かけが?」

リュカ様は笑顔で発言したナタリーの顔を複雑な表情で見上げていました。
「い、いえ。勿論ご案内いたしますよ。喜んで」

何かあったのかしら?ナタリーとリュカ様の力関係が逆転までとは言いませんが、ここ最近崩れかけているように私は感じていました。

いえ、きっと気の所為でしょう。

そんなわけで、私とリュカ様は休日に2人で街へとお出かけをすることが決定しました。
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