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3話:軽薄男爵

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あの後、何とか落ち着きを取り戻した私は家の方へと歩みを進めていた。

今思えば、あの執事と話していた男。あの人の事を執事は先生と呼んでいた。そしてあの黒い格好は、もしかして弁護士だろうか。だとすれば、近いうちにあの人が我が家に来て、今回の件についての話し合いが行われるのだろう。
その時、私達はちゃんと対抗する事が出来るのだろうか?私達も弁護士を雇った方がいいのかしら。いや、でもお父様が言っていたっけ。侯爵家を相手取るような争いには、専門家ですら報復や今後の活動に支障が出るのを恐れてアドバイスすらしてくれないとか……

近い将来に訪れるであろう、その時のことを考えると、私の気持ちは一段と沈んでいった。

このままではダメだ。気分を変えよう。一応はリフレッシュするという目的で来たのだから。今くらいは楽しい事を考えて気持ちを明るくしなくちゃね。そういえば、この近くに美味しいパンケーキを出しているおしゃれな喫茶店があったわね。以前、姉と来たこともあるあのお店。
店内もおしゃれでいいけれど、テラス席のガーデニングが見事だった。あそこで、美味しいお茶とおパンケーキを食べよう。そして、元気が出たら家に戻って姉に笑顔を向けよう。話し合おう。少しでも元気づけてあげられるように楽しい話を沢山しよう。

店内に入ると、そこは賑わいを見せていた。多くの女性がそれぞれのティータイムを楽しみ、中には、彼女らに寄り添うようにパートナーの男性もちらほらいた。

「すみません。注文いいですか?」
「はい。どうぞ」
テラスの席に通してもらい、その場で注文をすませると、暫くして紅茶とパンケーキが運ばれてきた。

「うーん。いい香り。それに、パンケーキはフワフワしていて美味しそう」
アッサムの香りが鼻孔をくすぐる。こんな時だけど、少しだけ晴れやかな気持ちになった。
そうだ。お姉ちゃんをここに連れてきてあげよう。そうすれば、ほんの少しでも気が紛れるかもしれない。
そんな事を考えながら、また一口と紅茶を啜っていた時だった。
ガタッ、と机の揺れる音がした後に、小さく女性の驚いた声が聞こえたのだ。そちらに視線を向けると、ブラウンのクルクルとした髪をした男性が、妙に気障なポーズを取りながら、テーブルに一人で腰かけている女性に話しかけていた。

「麗しいお嬢さん、大変、失礼しました。貴方の美しさに思わず立ち眩みを覚えてしまいまして。お詫びに一杯御馳走させて頂けませんか?昼から飲むワインは中々格別ですよ」
「い、いえ結構です」
「ははっは!そんなに照れることはありません」
「いえ、本当に結構です。こういうのは困るので」
「私と貴女。美男美女のカップルとして周りからの注目を浴びる事を恥ずかしがることはありませんよ。寧ろ大衆に見せつけてやりましょう」
「え、いや。そもそも貴方はどなたですか?」
「ああー!これは失敬。私はチョコラータ男爵家当主のグルテンと申します。さあ、次は貴女のお名前をお伺いしても宜しいでしょうか?」
そんな事を言いながら、クルクル男が女性の肩に手を回そうとしていた時だ。

「あの!」
私は、その男性に声を掛けていた。女性の迷惑そうな表情を見ていたら助舟を出さずにはいられなかったのだ。ほんの一瞬、嬉しそうな表情を浮かべてそのクルクル男性は振り返ったのだが、私の姿をジイっと確認すると、次第に真顔へと変わっていった。

「……なんだ子供か。お兄さんは忙しんだ。気持ちは分かるが、ナンパなら同年代の尻の青いガキにでもしてくれ」
「そうではありません。そちらの女性が嫌がっているので止めてあげて下さい」
「嫌がっている?それは君の主観に他ならない。この僕に声を掛けられて嫌がる女性など、いるわけがない!僕の恋路をこれ以上邪魔するようならば、容赦しないぞ……あ!すみませんねー、お嬢さん……いないだと?」
「先程の女性なら、私に会釈をして立ち去りましたよ。これでも、私の主観だと言いますか?」
「ウルサーイ‼お前が邪魔しなければ、僕の軽快なトークによって今頃は赤ワインでも飲みながら、大人同士の色気溢れる会話を楽しんでいたというのに!全くもって不愉快だ。人の恋路を邪魔する奴は、馬糞でも踏み付けて転んで死ねばいいんだ!二度と、僕の前に現れるなよ!」
クルクル男性はぷりぷりと怒りながら私に背を向ける。そして、客席をかき分けながら、店外へと出て行ったのだった。

「何なのあの人?せっかく気持ちが楽になってきたのに……最悪だわ!」
先ほどのクルクル男に負けず劣らずの怒りを露わにしながら、残りのパンケーキを流し込むように食べ進める。気分は最悪だけどケーキは美味しい。ちょっぴり複雑な気持ちを抱えながら、口に残った甘さを紅茶で流し込もうとした時。

「すみません。もしかして先ほどの男性とお知り合いでしょうか?」
突然声を掛けられ振り返ると、凄く綺麗な女性がこちらに視線を送っていた。

「え?いえ、初めてお会いした方ですが」
「あら、そうなんですか。いえ、先ほどの男性がこれを落としていったので。お知り合いでしたら届けて頂こうと思ったのですが」
「……それは、名刺入れですか?」
「ええ、そのようですね。失礼ながら中を拝見させて頂きますか。グルテン……あら、この方って」
名刺を確認した、綺麗なお姉さんの瞳が僅かに見開かれた。

「どうされたんですか?」
「……この名刺に書かれているお名前ですが、グルテン・チョコラータ。知る人ぞ知る、解決屋です」
「ええっと、解決屋?それは始めて聞いた言葉ですが、職業なのですか?」
「これ自体が、職業名というわけではありません。彼は様々な資格を有しており、問題が起きた時にそのいざこざを解決することで、依頼料を受け取り生活しているそうです。私も風の噂で聞いた程度なのですが」
「はあ、有名な方なんですね」
「そう、ですね。彼は基本的に貴族からの紹介でしか仕事を請け負わないと業界内では有名なのです。その為、一般の方が彼を知る機会は殆どない。偏屈な人間性という噂もありますが、その腕は確かだそうですよ。過去には、侯爵家を相手取った裁判で、依頼人を勝訴に導いたという話も聞いています」
「侯爵家を!?」
これは、渡りに船じゃない?そんな凄い人だったなんて。

「え、ええ。さてと、これはどうしましょうか。名刺はともかく、名刺入れは高価な様ですし、お届けに上がりましょうかね」
「……あの。宜しければ、それを私に届けさせて貰えませんか」
「貴女がですか?それは構いませんが、宜しいのですか」
「はい!是非お願いします」
「分かりました。それでは、宜しくお願い致します。住所も名刺に書いているようですから」
「ありがとう御座います!」

それを受け取った私は、まじまじとその名刺を見つめた。
男爵家当主・“グルテン・チョコラータ“。先ほど話をしたところ、余り大した人物には思えなかった。けれど、今はあの人に頼る他ない。住所を見る限り十分歩いていける距離だ。相手方がいつ行動を起こすかは分からない以上、早めに動いた方がいいよね?お父様には、後ほどこのことをお話しよう。

そんな事を考えて、私は足早に歩を進めるのだった。
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