突然、天才令嬢に転生してしまった ③ 【南の国編】【西の国編】

ぷりりん

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極寒に生えた緑芽

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「……寒くないですか?」

「うん、大丈夫。ありがとう……」

 喧騒の会場を後にして、少し進んだ先にあるガゼボに腰を下ろすと、キウスがそう心配してくれた。

 その声はどこか弱々しく聞こえる。

「あの、キウス様……」

 今のうちに謝ろう。
 そう思い声を発そうとしたが、その前にキウスに遮られた。

「間違ったことを言っていませんから、謝る必要はないですよ」

「……そう、なの?」

「はい。フェーリ様と同様、セデック家に産まれた時点で私は檻のなかにいる。最初から自覚していることなので、気にしなくてもいいですよ」

 とごくわずかに唇の端をあげて、キウスは私から総大理石の柱に視線を移した。

 その顔に怒りはないが、悲しみのような色はあった。
 
 口では大丈夫と言っているけれど、落ち込んでいるのが分かる。文句を言っても意味がないから、言わないだけで、本当はキウスも貴族のしきたりを嫌がっているんじゃないかな……。

 きゅっと自分のスカートをにぎり、私もガラス張りの天井を仰いだ。

 夜空に凛と浮かぶ月は透明な光を放ち、雪が降りやむ寸前の中庭を冷たく照った。

 キウスの様子をうかがいつつ、ニロのことを案じていれば、夜風に乗って詩人バードの歌声がふと耳に流れこんだのだ。

 あれ? と振りむくと、蜜蝋のまばゆい灯りに目をくらませた。
 
 眩しい……。 

 私とキウスのことが気になって、貴族たちが窓を開けたようだ。
 悪意しかないその眼差しを目にして、ハッと気づいた。
 
 そういえば、婚約しているとはいえ、男女2人で夜の庭に出るのはあまりよくない。ふしだらなことをしていないかとみな目を光らせているのね。

 私とキウスが見えて、少しがっかりした様子。
 もし姿が見えなかったら、傷物令嬢と烙印を押せたかもしれないからね。

 結婚相手がキウスなら、醜聞が出回っても困ることはない。

 けれど、このあと婚約が解消できたら、大変な騒ぎになってしまうだろう。だって、穢れた令嬢など、王妃に相応しいはずがないもの。

 それを警戒してキウスがわざとここを選んでくれたのか。私がニロと一緒に居たいと言ったから……。

「……ありがとう、キウス様」

「……いいえ。フェーリ様の名誉を守るのも私の仕事ですから、当然のことですよ」とキウスが首を横にふった。

 無理して作ったような笑顔ね。

 ニロのことを心配しているの顔に出たからか、キウスはなだめるように微笑んでみせた。

 余計に気遣わせてしまうから、適当に話しかけないほうが良さそうだね……。

 そうして口をつぐんでいれば、なだらかな弦楽の音とともに、抑揚を帯びたバードの歌声がハッキリと聞こえてきた。

  



    先祖に選ばれたものよ、気づけ。
     己の魂に刻まれた無念を。

    立ち向かえ、解きはなたれ。
     己に課された呪縛を。

    さあ、先祖の祝福を受けたものよ、もたらせ。
     帝国に再びの繁栄を。






 帝国……?

 北の国のことだよね。
 そういえば、北の国に関する本をまだ読んだことがないわ。……うん、興味あるかも。

 世界各地を旅するバードは盲目ではないけれど、日本でいう琵琶法師のようなもの。

 歴史や珍事件に精通しているから、一流のバードは宮廷に仕えることがあると本に書かれてあった。けれど、王国お抱えのバードはいないから、私はその歌を聞いたことがないのよね。

 帝国に繁栄をもたらせって、なんだか闘志満々の歌ね。
 これは帝国の戦歌かなにか? と耳を澄ましたところ、ちょうど曲が終わってしまった。

 あ、と残念そうな声をこぼすと、小さく笑うキウスの気配がした。視線を走らせると、そこには穏やかな表情があった。

「……帝国のこと、気になりますか?」

「あ、うん。屋敷に帝国の本がないから、興味はあるの」

「……ない、というより、読書室に置かないようにしているだけかも知れませんね」

 置かないようにしている……? 

 文家のトップなだけに、コンラッド家の読書室は立派なものだ。

 数千もの本を全部読み終えてないけれど、一応本の種類は把握している。
 法律、戦略本、言語教育から数多な絵本まで置いてあるけれど、他国の現状に関する本は一本もないのよね。

 条約の関係で余計な本は置かないようにしているとキウスが言いたいのか?

 そういえば、南の国へ行く前夜、全部読みなさいと社長が南の本を持ってきたから驚いたの覚えている。

 あれはそういうことだったのかと納得したところ、キウスの声がひびいた。

「今度ちゃんと探せば、どこかに帝国の本があるのかも知れませんよ」

「……そう? お父様の書斎を探せば出るかな」

 冗談っぽくそう言うと、キウスは柔らかく頷いてくれた。

「はい、きっといっぱい出ると思います」

「……ふふ、そうね。なら、帰ったら探してみるかしら」

 社長にお願いをしたら普通に出してくれるかな? あ、でも事業の進捗確認が滞っているから、ダメって言われそう……。

 まずは書類を全部片付けないと聞けないね。そう思いつつ小さくため息をこぼすと、キウスはぼんやりと言った。

「……フェーリ様が本当に気になるなら、探す手伝いをします」

「本当? キウス様が一緒に探してくれるなら、すぐに見つかるわ。……2人でこっそりお父様の書斎に忍びこむなんて、なんだか宝探しみたいで楽しそうだね」

 うふふと笑えば、キウスは一度床に目を落としてから、私に視線を戻した。

「宝……ではないと思います。少なくとも、フェーリ様にとっては残酷な現実しか記していませんから」

 どうやらキウスは既に帝国の本を読んだようだね。

「そう? なら心の準備をしてから読むようにするね」

 王国は帝国から独立した国だ。
 本に戦争の話が書かれているだろうから、残酷な現実と言ったのかな?

 そう思った時、ごくわずかに揺れるキウスの眼が視界に飛びこんだ。ひどく心配しているような表情。どうしたのだろう?

「……キウス様?」

 小首をかしげる私と目が合うと、

「……なんでも、ないです」
 
 不安げな声を噛み殺して、キウスはゆるゆると首をふった。
 
 何気なく冷たくみえるその面持ちをみて、ふと動揺した。

 あ、そうか。

 キウスは冷たいんじゃなくて、自分の感情を押し殺そうとしているから、こんな風に素っ気なくみえるだけなんだ…っ

 いつもふわふわしていてよく掴めない人だと思っていたが、先ほどの口論でなんとなくキウスのことを解ってきた気がする。

 どうやら、キウスの中で意味のある行為とない行為は極端なくらいに線引きされていて、多少でも無意味だと決めつけたものを最初から諦めるようにしている。

 硬い殻の中にいるとはいえ、ちゃんとキウスをみれば分かることなのに、どうして今まで気づかなかったのだろう……。

「……あのね、キウス様。不満を言っても意味がないって言ったけれど、そんなことはないと思うよ」

 また気まずい雰囲気になるかもしれないが、この機会を逃したら、永遠にキウスと分かり合えない気がする。

「不満も感情の一つだから、はけ口は必要だよ」

「はけ口、ですか?」

「うん。さっきみたいに、言いたいことを言って、意見をぶつけ合うことでお互いを知ることができる。だから、その……。もう言わないとか言わないで、不満があればちゃんと言って欲しい……」

 心細げにそう頼むと、やや見開かれた黒い瞳はこちらを見つめてきた。

「……お互いを知る? ……フェーリ様は私のことを知りたい、ですか?」

「え? うん。長い付き合いだし、当然じゃない……?」

 思わずそう聞き返せば、キウスは驚いた素振りで口元に手を当てた。

「……当然、か。……そうか。私にまったく興味がないわけじゃなかったのか……」

 ぶつぶつ何を言っているのかしら? というか、なんで意外そうなの?

「……キウス様?」

「あ、はい。……不満、ですか。……そうですね。フェーリ様が聞きたいなら、言います」

「ええ、ぜひ聞きたいわ」

 遠慮なく全部言って! と迫ると、キウスはおもむろに口を開いてくれた。

 いつも通りぼんやりした口調で聞かされた話は、少し予想外なものだった。

 理由は分からないけれど、この間、宰相の島から離れた時、ナック君たちに『家族だよ』と思いっきり叫んでから、自由に話せるようになった。

 それで2ヶ月ぶりにあって、前よりハッキリものを言えるようになった私をみて、キウスは違和感と懸念を覚えたという。

 その懸念は、どうやらフィンによるものらしい。

 あの夜、私が急に婚約解消を言い出したのはフィンの影響だとキウスは確信している。

 根拠もなく人に希望をもたせようとするフィンは厄介だと苛立った口調でキウスが言った。

 婚約を解消したいことは急ではないし、フィンとも関係ないと一応説明した。のだが、キウスにかるく流されてしまった。

 この間まで、漠然と婚約解消のことを考えてきたが、何気なくキウスと結婚するかもと覚悟しているところもあった。

 それなのに、唐突に何があっても結婚しない態度をとったから、キウスがびっくりしたわけね。

 言われてみれば少し急かも……と納得したところ、キウスが言葉を続けた。

 遠征に出ている間、私が誰と会って、何があったのか、キウスはかなり気になっていたらしい。ただ聞いても仕方ないと思い、今まで通り気にしないふりをしたのだ。

 しかし婚約解消のことだけは、どうしても気がかりだったという。

 無駄にもがいて、傷つく私を見たくない。
 これは皮肉ではなく、言葉のままの意味だったのね……。

 私が強気になったから、キウスが意地悪なことを言ったのかもと勘違いしていた。

 でも、本当は私は大人しくしているだけで、実は気が強いことをキウスは最初から分かっていたらしい。

 ストロング子爵に誘拐されたあと、今後は自分の身は自分で守るとキウスに宣言したのがきっかけだったという。

 そうか。
 あまり会話を交わしたことないけれど、キウスは私のことをよく分かっていたんだ……。

 長い間知り合ってきたから、私はキウスをある程度知っているつもりでいた。だが、この数日間のキウスの行動を理解できなくて、やっと気づいた。

 私はキウスのことをまるで何も知らない。

 心の広い人だと勝手に認定してしまったけれど、キウスは口に出さないだけで、本当は私とニロのことを快く思っていなかった。

 それはそうだよね。

 だって、政略結婚とはいえ、キウスは私と結婚するつもりだもの。

 愛はなくても、婚約者が目の前でほかの人と仲良くするのは気分のいいことではない。キウスはそれをずっと我慢してくれたのね……。

 冷ややかな物言いについカッとなって、キウスに声を上げてしまった。けれど、あれはキウスなりの注意の仕方で、悪意はなかったんだ……。

 キウスは心の広い人だからニロと仲良くしても気にしない。

 8年間も軽くそう思いキウスの気持ちを蔑ろにしてきた。……そんなの、ひどすぎる。

 イジワルなのはキウスじゃなくて、私のほうだよ……。

「……傍観者とか、いじわるとか、ひどいこと言ってごめんね」
 
「いいえ。意図的ではありませんが、私もフェーリ様の意思を蔑むような言葉を言ってしまったようですから、お互い様ですよ」

「ううん、違う。キウス様が怒るのは当然だよ。今まで我慢してくれたのを分からないで、逆上してごめん……」

 後ろめたさから顔を伏せると、キウスはあやすように私の頬をなでてくれた。
 
「計画書が通ったから、フェーリ様は自分に自信を持てたと思います。前向きにがんばるフェーリ様の姿をみるのは好きです。ただ正直に言うと、その努力は実ることはありません。できれば、婚約解消の希望を捨てて欲しいのですが、……やはり無理、ですか?」

 切実そうな漆黒の瞳の底には、静かな憂いをたたえているようにみえた。

 努力が実らない、か……。

 それが怖くて、キウスは無意味だと判断したものをすべて諦めているのね。

 理由は分からないけれど、ここまで希望に悲観的なのは、ある意味希望に強い執着があるからじゃないかな……?

「……ねえ、私の希望は根拠のない希望だとキウス様は強調したけれど。でも逆にね、そもそも、絶対的根拠のある希望なんて存在するの……?」

 息を呑み答えを待っていれば、キウスは眉間にシワを寄せて、真剣そうな口調で言った。

「……絶対的根拠のある希望は存在しない。ですから、希望を持つ行為自体は無意味ですよ」

「無意味……」

「はい」

「なるほど。……あのね、キウス様。すごく意地悪なことを聞くけどね。無意味な行為って、どこからの根拠でそう断言しているの?」

 理屈っぽくそう尋ねると、キウスは困ったようにフゥと息を吐いた。

「たしかに、世の中には努力すれば叶えるものはあります。しかし、それなら無心にがんばればいいだけのこと。わざわざ希望云々を言う必要はないですよね? 反対に、世の中にはどう足掻いても絶対に叶えないものがあります。それを天秤にかけると、希望を持つ行為自体が無駄なことになります。違いますか?」

 うっ、そういえば理屈でキウスに勝てたことはなかったわ……。

「……ぜ、前半はその通りかもしれない。けれど、後半の絶対に叶えないものって、具体的に言うとなに?」

 説明を求める眼差しをキウスに向ければ、……そうですね、とキウスは数秒ほど悩んでから、重々しげに声を発した。

「例えば、あるところに不治の病にかかった子どもがいたとします。親の言葉を信じ、体の不調に耐えながら前向きに治そうとしたが、奇跡は起こりませんでした。治療のためだと小さな部屋に閉じ込まれて、一人で苦痛と戦ったのに、結局死んでしまいました」

「……え?」

 淡々と語られた話の意図をつかめず、ふいと首をひねれば、キウスは吐き捨てるように言った。

「治らない病気は治らない。解消できない婚約は解消できない」

 自分の拳を少しの間眺めてから、キウスは私のほうに視線を投げかけてきた。

「結局死ぬなら、がんばって生きた分だけムダ。結局結婚するから、必死に逃れようとする分だけ無意味。そういうことです」

 平然として聞こえるが、キウスの声には明らかに悔しいような、やるせないような色が混在していた。

「がんばって生きた分だけ無駄だとか、心にもないことを敢えて言わないで」

 ばっと胸が顫えて、不服そうにそう呟くと、キウスに怪訝な顔をされた。

「……心にもないこと、ですか?」

「うん。キウス様はいつもそう。わざと厳しいこと言って、自分の感情を押さえこもうとしているみたい」

 なにげなく索漠さくばくとして映るその瞳の深い深い底には、人知れず孤独な戦いが繰り広げられているようだった。

 どうすればキウスが本音を語り聞かせてくれるだろう……。

 身構えるようにきりりと引き締まったその顔を覗きこみながら、反応をうかがうように訊いた。

「本当はあの子の人生は無意味だなんて思ってないよね?」

 ややためらってから、キウスは強がるように首をふった。

「本当にそう思っていますよ」

 突然素直に認めろと強要するのは逆効果かも。ならば……

「そう? なら遠慮なく反論させてもらうよ?」

「……反論?」

「ええ。だって私からすれば、キウス様の言ったあの子どもは、勇気のある強い子で、決して無駄に病気と闘ったわけではないもの。それに、その子には愛してくれる、必要としてくれる親がいる。それだけで充分生きる意味があるよ」

「愛してくれる、必要としてくれる……? 生来病弱の子どもを、ですか?」

 なにを根拠に? と言わんばかりのキウスの顔をみて、すかさず口を開いた。

「だって、病気じゃなくても、平気で子どもを捨てる親もいるんだよ?」

「……子どもを捨てる親?」

 一瞬ゆらいだキウスの表情をみて、ちくりと胸に小さな痛みを感じた。

「そうだよ。簡単に子どもを捨てる親もいるのに、その子の親はそうしなかった。それは何よりも愛している証拠だよ」

「愛している、証拠……」

「うん。病気で苦しむ子どもの姿を眺めながら、いつか治るとしか言えない親の気持ちって、多分すごくつらいものだと思う。それでも、子どものために頑張ろうと、無理して笑顔を作ることしかできないかも……」

「無理して笑顔を作る……」

 キウスは思い当たる節があるかのように、ピッタリと動きを止めたのだ。

「……どうしたの?」

「いいえ」

 ゆるりと首を横にふると、キウスはぷいとそっぽを向いた。

「……ただ、愚かだなと思っただけです」

「え?」

「すぐに死ぬ人を愛しても意味はない。大切に思う分だけ無駄。永遠に報われることはないのに。……本当に愚かです」

 淡白に聞こえるその声に思わず反発しそうになった。だが、キウスの拳にこぼれ落ちた透明なしずくが目に入り、喉元で声を圧し殺した。

 春の日差しをうけて、溶けだす軒端のきばのつららのように、ぽたぽたと露の玉が静かに滴下し始めた。

 キウスが泣いてる……。

 もしかして、さっきの話は作り話ではなく、実際にあった出来事なのかな……。ということは、あの病気の子どもはキウスの幼馴染か何かで、キウスはその人の死でトラウマになっていたのか……。

 そうして微かに震えるキウスの広い肩をみて、じわじわと滲みでてくる苦い感情に胸をうずかせた。

「あのね、キウス様。人生の意味は結果だけではないんだよ?」

 できるだけ優しくそう声をかけると、キウスはちらりと私のほうに視線を動かして訊いた。

「人生の意味、ですか……?」

「うん。苦労して、葛藤して、失敗したとしても、努力したことに意味がある。それが自分の生きた証、記憶になるの」

「記憶……?」

「ええ。キウス様の言ったあの子も、最後まで病気と闘ったじゃない? 結果はどうであれ、あの子は頑張った。きっと親の中では強い子として永遠に記憶されているわ。だから、決して無意味な人生ではなかったと思うよ」

 胸をかたむけて、まだ濡れているキウスの顔を仰ぎみながら、さらに言葉を紡ぎだした。

「人生は結果より過程だよ。最初から意味の有無を決めつけて、自分の行動に制限をかけると、本当の意味でカゴの鳥になってしまうよ?」

 穏やかな声でそう言うと、キウスはゆっくりとこちらを向いて、無言で私の目を見すえてきた。

「人生は結果より過程、ですか……。たしかにその通りかも知れないですね……」

 そう賛同すると、キウスはゆったりと口元を和らげた。
 雨後の空のように、大きく揺れる黒曜石の瞳は光を宿し、だんだんと澄み透ってくるようにみえた。

「そうだよ。せっかく病気と縁のない、たくましい身体に恵まれているのだから、これからはもう少し自分らしく生きて、人生を楽しもうよ、ね?」

「自分らしく生きる、ですか。……それは例えばなにがありますか?」

「うーん。そうだね。例えば、やや強引でもキウス様の好きなことをするとか……。あ、いきなりは難しそうなら、まずはセデック伯爵の意見に反対してみるとか、かな?」

 慎重な口ぶりでそう勧めると、キウスは困惑したように眉尻をさげた。

「……父の意見に反対すると、無駄に叩かれそうですが……。でもそうですね。そのうちは頑張って言ってみますよ」
 
「ええ、ぜひ頑張って! ……あ、でも私の案だと言わないでね……?」

「はい。フェーリ様がそれを望むなら……と言いたいところですが、こればかりは約束できませんね」

 そう言ってふふっと笑うキウスの爽やかな声を聞いて、初めて2人が通じ合えたような、不思議な気持ちになった。

 親に決められた婚約者だから、キウスとどう接すればいいのか分からなかった。でも、気まずさでキウスから目を背けるのはよくない。

 やっとキウスが少し心を開いてくれたのだ。これからちょっとずつでもいいから、キウスのことを理解していこう。

 キウスの頬を伝う熱い水滴を優しく拭いながら、心の底で決意を固めた。





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