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********【セルン・ガールド】

 王国騎士団の野営地の前には、出迎えの騎士が列をならんでいた。
 その真ん中には、黄金色の鎧をまとったキウスが凛々しく立っている。

「また会えて嬉しいです、フェーリ様」

 花を咲かせるほどのいい笑みで、キウスがお嬢に手を差しだした。

「ありがとう。私も会えて嬉しいわ、キウス様」

 上品な笑顔を浮かべるお嬢をみて、キウスは目をしばたかせる。
 
 そういや、キウスがお嬢と会うのは2ヶ月ぶりか。

 恥ずかしがり屋のお嬢が自分のからを破ったからか、普通に振るまうようになったのはこの1ヶ月のこと。

 この間までオレに見せた一度きりの笑顔しか浮かべたことはなく、極力声も出そうとしなかったお嬢が堂々としているのだ。そりゃキウスもびっくりするわけ。

 そうだよな、と納得しつつ馬から降りた。

「セルン様、あなたも来たんですか!」

 ぱぁっと明るい表情で近づいてきた巨漢に、思わず大声をだした。

「おう! ひっさしぶりだな、おい! 最後にあったのはキウスとお嬢の宴会だったか? なんだ、すっかり副団長づらしやがって。元気だったか?」

「はい! 長年セルン様に振りまわされた吾輩だが、やっと一人前の騎士になれましたぞ」

「振りまわされたって、世話を焼いてもらったの間違いだろ?」
 
 オレが困った顔をすると、副団長は「おっと、つい本音を言ってしまいましたな!」と豪快に笑った。12年前、まだ小僧だったこいつも立派になったな。

 目尻を軽くこすり、ふうと副団長が息をもらした。

「しかし冗談抜きで、あの時、アンジェロ様とセルン様がそろって騎士団から離れたから、吾輩は結構大変な思いをしましたぞ!」

 おなじ武家でも、こいつはガールド家派閥だからな。突然の派閥交代で肩身狭い思いをしたんだろう。

 アンジェロが姿を消して、元は文家のオレがいても状況は悪化するだけ。

 キウスと敵対しているわけではないが、それでもオレは騎士団を離脱するしかなかったんだ。ガールド家にもどると束縛されるだけだから、オレは逃げるように仕事を転々とした。

 そんな中、ドナルド様からの声かけがあったのだ。

 アンジェロの身勝手な事情で色々と大変だったが、オレはそれでお嬢と出逢えた。こいつもこいつなりに出世しているわけだし、結果的によかったかもな。

 ニッと笑って、副団長の肩をトントンと叩いた。

「おう、そっかそっか、つらかったのか。それで禿げたんだな? アハハハハッと! 悪い、お嬢。つい話しこんだ」

 はっと振りかえると、お嬢の柔らかい表情が視界に飛びこんだ。

 寒さでバラ色に染まったその頬は、空を舞う雪のなかに浮かんでみえる。

「ううん、いいよ。セルンが楽しそうで私も嬉しい」

 あ、お嬢の笑顔……。
 今日も甘い──って、ちがう!

 オレのための愛らしい笑顔は大好きだが、いまは喜んでいる場合じゃない。
 
 サッと周囲を見わたせば、やはり野郎たちはとろけそうな顔になっている。

 ちっ、ケモノどもめ。

 ──間違いでもオレのお嬢に触れたら殺す

 ギロっと殺気を放ったら、野郎どもはアタフタと目を逸らした。

 ピンと一列に並ぶ面々を横目で睨みながら、キウスについて用意されたテントのほうへ足をはこんだ。

 かがり火で暖まったそのテントに入ると、

「ここは、キウス様のテント?」

 毛皮でつくった寝床をなでるように触れながら、お嬢がキウスのほうを振りむいた。

「……なぜそう思うのですか?」

 キウスにそう聞かれ、お嬢は左右のほうに視線を投げかけてから、再びキウスに目を向けた。

「なん、となく……?」

 よく分からない顔をするお嬢をみて、キウスが「ふふっ」と小さく笑った。

 またそんな無邪気な返事でキウスの心をくすぐって……はあ。

「正解ですよ、フェーリ様。居心地は悪いと思いますが、一晩だけ我慢できそうですか?」

「うん、私は平気。それよりキウス様はどうするの?」
 
「私はどこでも寝れますから、心配しなくていいですよ」

 そう返され、お嬢は申し訳なさそうな表情を浮かべた。

「フェーリ様は私の婚約者です。このくらいのことで気にする必要はありませんよ」

 お決まりのセリフに、お嬢は諦めたようにうなずいた。

「……分かった。いつもありがとう」

「ふふっ、いいえ」

 とキウスは革製のグローブをはずして、お嬢の頬をかるく撫でた。

 いつもよくしてくれるのはキウスの優しさだとお嬢は信じこんでいる。だがそれはちがうから。こいつは完全にお嬢を嫁として接しているだけだから、はやく気づいて!

 そんなオレの心の叫びは虚しくもお嬢に届かなかった。

「あ、私の古い絵本……!」  
 
 簡易なテーブルの上にある本を手にして、お嬢は驚いた様子をみせた。

「持ってきたの?」

「ふふっ、はい。フェーリ様からもらったものですから、お守りとして持ってきました」

「お守り……? あ、そうか。そうだったわ!」

 ふと何かを思いだしたお嬢は、白いハンカチを取りだした。

「今回の遠征、なにも知らされなかったから、いつもみたいにできなかったね」

 とお嬢はキウスのさやにハンカチをむすび、祈りの言葉を口にした。

「純潔なる心の証。貴君が帰還するその日まで」

 その行為にキウスも不意をつかれたようだが、すぐさま片膝をついて、お嬢の手にキスをした。



 遠征に出るまえの、婚約者同士が交わす儀式。

 義務感でやっているだろうが、これは愛の誓いでもあるんだよ、お嬢。
 必要なければしなくてもいいだろ……。

「わざわざありがとうございます、フェーリ様」

 とキウスが満足げな笑顔を浮かべると、お嬢もふわっと微笑んだ。

「ううん。キウス様は私の婚約者。このくらいのことは当然だよ」

「うふふっ、はい」

 うあー、この食いちがい。
 いつみてもイッテェ……。

 確かにお嬢の思っているとおり、キウスは父親に言われて婚約している。でもだからこそ、こいつは絶対にお嬢と結婚するつもりでいるんだよ!

 80年間も対立しつづけてきた文武の融合の証。

 キウスとお嬢のちぎりは王国の政治と経済に影響を及ぼすものだ。
 だから当然、2人の婚約が決まった時点で婚姻は確定事項。

 というか、この縁談自体はドナルド様の多年苦心の結果。
 本来であれば絶対に解消されることはない。

 お嬢はそれをちゃんとわかっていないんだよな……。

 はぁ~と心の中でため息をついた時、すぐ背後からわずかな足音が耳に入った。
 
 ──いつの間に! 

 きびすをかえすと、真っ黒な鎧がばっと目に入った。

 茶色い癖毛に青い目。
 頑丈そうな体つきになったが、幼かった時の面影が残っている。その顔を見てふいに声をあげた。

「あ、お前っ、フィン!」

 剣を抜く手をとめると、フィンもスッと短剣を鞘にもどした。

「うっひょーい! セルン師匠だ~!」

「おう! おっきくなったな、おまえ──って、ちょっと待った!」

 いまのフィンはプロテモロコの戦士長。オレと知り合っていることを知られたらまずい。っていうか、そもそも王国騎士団の野営地にいていい立場ではないぞ。

 気配をうまく消してここまで来たようだが、ほかの団員に見られたら終わり。

 とりあえず今は帰れ! とオレが口を開く前に、茫然としたキウスの声が聞こえてきた。

「戦士長を晩餐会に招待したと団員に伝えてあるから、見られても大丈夫ですよ、セルンさん」

「あ、そうか。なら会話を聞かれなければ大丈夫か!」

 8年前、オレの紹介でフィンはガールド家の騎士養成所に入れた。そこでアンジェロと出会い、プロテモロコへと連れていかれたのだ。

 文家、しかも準男爵家のフィンがガールド家とつながっている。そこからフィンとオレは知り合いだとキウスは気づいたのだろう。

 それで事前に手を回してくれたのか。

 いつもボケっとしているのに、相変わらずよく気が利くやつだ。

 改めてそう感心したところ、「……フィン坊!」とメルリンさんの声がひびき、フィンがぴょんぴょんと彼女に抱きついた。

 こいつ、メルリンさんのことをまだママと呼びやがって、クククッ。あとでからかってやろう。

 1人でそうほくそ笑んでいた時、

「……フェー?」

 温かい目で2人を見守っていたお嬢に気づき、フィンがポツリと呟いた。

 そういえば、身分の差的にありえないが、お嬢とフィンは一緒に遊ぶ仲だったらしいな。再会できてお嬢も嬉しそうに笑っている。

「ふふっ、うん。そうだよ。また会えて嬉しいわ、フィン」

 お嬢の笑顔をみて、フィンが小さく息をのんだのがわかった。
 
「フェー、……きれい。うぅ……もう夢じゃない。本物の、フェーだ……っ」

 とかすかに声をふるわせて、フィンがゆっくりとメルリンさんから離れた。
 
 あーあ。泣きそうな顔しやがって。あとでこれも合わせてからかってやろう。

 そうしてフィンがお嬢に近寄ると、キウスがドンと間に入った。
  
 あ、そうか!

「おい、フィン。キウスはお嬢の婚約者だ。本人の前でお嬢を愛称で呼ぶな、挑発してると思われるぞ」

「そ、そうよ、フィン坊! キウス様とお嬢様に失礼よ!」

 はっとオレがフィンを指摘すると、メルリンさんもアワアワとそう言った。

「いい。フェーリ様に触れなければ、呼び名は気にしない」

 焦るメルリンさんに首を横にふり、キウスが言った。その顔は珍しくぼんやりしていない。
 
 ……あれ? なんだかキウスがイライラしてる?

 フィンのほうをみれば、そこには敵意に満ちた表情があった。

 見つめあう二人をみて、すぅっと背中に嫌な汗をかいた。

 剣の腕で身分を高めてみせる! と、昔のフィンが口癖のように宣言していたのだ。

 日頃からほかの使用人に見くだされて、みんなを見返したいんだなとオレは軽く思った。しかしいま思えば、こいつは一度も使用人の文句を言ったことがない。

 それどころか、いつもやけに前向きで明るい。

 コンラッド家唯一の令嬢として、お嬢は生まれた瞬間から屋敷の注目の的。

 一方のフィンは、乳母として雇われたメルリンさんについてきただけの居候だ。しかもほぼ平民だから、誰からも相手にされなかったのだろう。

 そんなフィンがお嬢に劣等感を抱いてもおかしくない。だが妙なことに、こいつはお嬢のことを『フェー』と親しくよんでいる。
 
 いつかドナルド様に認めてもらうんだ! って、まさか、あれはそういう意味だったのか……!

 ああ、どうりでアンジェロと同じ目をしていると思った!
 なぜすぐ気づかなかったんだ、オレ……。

 ガックリとしてから、

「まあ、フィンはお嬢の幼なじみだ、キウス。久しぶりの再会だから興奮しているだけだろ。そうピリピリすんな」

 空気をなごませるようにそう言うと、キウスは背後のお嬢をみてから、ゆっくりと退いてくれた。
 
 よし。

 実害がないかぎり、キウスは基本怒らない。

 どういうわけか知らんが、キウスはフィンを警戒している。だが、このままフィンがお嬢に触れなければ多分大丈夫。

 1人で冷や汗をかいていると、フィンの険しい声がひびいた。

「さっきまでどうでもいい感じだったのに、急になんだ? フェーがいるから、婚約者のふりしてんのか? 笑わせるな!」

 そんなフィンに、キウスが平然とした声でかえした。

「ふりじゃない。本物の婚約者だ」

「はっ、フェーはあんたを愛してないのに、なにが本物だー! これは無理やり結ばされた婚約。形だけの偽物。フェーを縛るための呪縛でしかない!」

 があぁぁぁぁあああ!
 なに言ってくれたんだ、フィン‼︎ 

 たしかに強制された婚約だが、8年間の交流を重ねて、キウスは年々お嬢に惹かれていくのが目にみえる事実。

 しかしキウスより、お嬢はニロのほうに気があるのも周知のこと。

 当然キウスも気づいているはずだが、どの道お嬢は自分の妻になると確信しているのだ。

 ニロはお嬢を妹のように可愛がっているだけとか、現実逃避しているところもある。だがお嬢が喜ぶと思って、ニロと親しすぎるくらいの間柄を黙認してきたのだ。

 能天気なやつだが、お嬢に好かれようとキウスもキウスなりに頑張ってんだよ、フィン! 

 なにも知らないでこんなこと言ったら、さすがのキウスもキレるぞ!

「偽物かどうか、あなたが決めることではない」

 素っ気ない声だが、明らかにイラッとしている。

「じゃあフェーに決めてもらおうか?」

 あぁぁぁあ~~~~
 頼むからもう黙ってくれ、フィンっ!

「……これはフェーリ様の決められることでもない」

 チラリとお嬢の様子を確認してから、キウスが呟いた。

 冷たく聞こえるが、キウスの言うとおりだ。
 正確にはお嬢だけではなく、キウス自身も、だがな。

 貴族の子女に結婚相手を決める権利などない。
 特に上級貴族となると、政略結婚は必然だ。

 親に反発して騒ぎを起こしても、社交界の笑話になるだけ。
 かけ落ちでもしないかぎり愛する人と結ばれることなど、ほぼ不可能だ。

 社交界に馴染みのないお嬢だが、このくらいのことは知っているはず。だからニロにあんなことを言ったのだろう……。

 ふとそう思いだした時、またフィンの声が聞こえた。

「さっきフェーの気持ちはどうでもいいって言ったのに、本人の口から聞くのが怖いのか?」

「怖いとかじゃない。聞いても意味が──」

「──怖くないなら別にいいだろー! さあ、フェー。自分の気持ちをはっきりと言ってやれ!」

 そう言ってフィンがお嬢のほうに手を伸ばしたが、キウスにグッとつかまれた。

「言ったはずだ。フェーリ様に触れるな」

 あ、やばい。キウスがキレそうだ……!

 オレの焦りにまったく気づかないフィンはもう片方の手でキウスの手を掴みかえして、ぎゅっと力をいれた。

「怪力自慢のつもりだろうが、2度目は通用しないぜ」

 あー、何やってんだバカヤロー‼︎ とオレは割りこもうとしたが、お嬢の手が見えて、咄嗟に足をとめた。

「やめて、フィン。キウス様に失礼だよ」

 掴みあった2人の手をゆっくりと離して、お嬢が呟いた。
 心なしかその声はいつもより少し鋭い。

 あれ、お嬢が怒ってる……?

 長年そばにいたが、お嬢が声を上げたところをみたことがない。
 メルリンさんとフィンもおそらく同じで、2人とも瞠目している。

「政治上の都合でもキウス様は私の婚約者だよ、フィン。また会えて嬉しいけれど、キウス様にこんな態度をとるの、好きじゃない」

 お嬢にそう言われ、フィンは頭から冷水を浴びせられたような顔になった。

 フィンは何を勘違いしてきたのか分からんが、夢みる再会にこれは痛いんだろうな。

 あーあ、見てらんねぇ……と頭をかくと、

「……フェーは俺が好き、じゃない……?」

 お嬢につかまれた自分の手を見つめながら、フィンがつぶやいた。

「ちがう。フィンのことじゃなくて、フィンのいまの行為が好きじゃないの」

「俺の、行為……? で、でもフェーが無理やり婚約させられたのは本当だろ……?」

 それを聞き、何かを察したような雰囲気でお嬢が表情をやわらげた。

「強制的に婚約させられたと聞いて、フィンが心配してくれたのね。ありがとう。でもね、フィン。キウス様だって好きで私と婚約しているわけじゃないよ? それでもキウス様は婚約者としての役目をしっかりと果たしてくれて、いつも私をよく気づかってくれた。だからキウス様に失礼な態度をとるの、好きじゃない」

「……婚約者としての役目?」

 とフィンが眉をよせた。
 そして何か言いたげな素振りをみせたが、お嬢の顔をみて口をつぐんだ。

「どうしたの、フィン?」

 ふと暗い顔になったフィンをみて、お嬢は不安げな口調で問いかけた。フィンが心配してくれたのに、怒って落ち込ませたとか思ってんだろう。

「……なんだかフェーが変わった」

 すねたような言い方で、フィンが肩をすぼめて言った。

「子どもの時、いつも無口で大人しかったのに、いまは全然雰囲気がちがう」

 うつむくフィンをみて、お嬢はやや戸惑ってからその両手をとった。
 
「……うん。そうだね。たしかに私は変わったかも」

 子どもをなだめるような声でお嬢がつづける。

「昔の私はね、フィン。ただの寂しがりやで、人生の目標もなくて、日々を生きるのが精一杯だった。でもね、あれから多くの人と出会えてね、少しずつだけど、みんなから自分を変える勇気をもらったの。ずっと会えなかったけれど、フィンもきっと色々あったから、ここまで逞しくなったんだと思う。8年の間でお互い成長できたということだから、これはいい変化だよ」

 柔らかく握ってくれたお嬢の手をじっと見つめながら、フィンはひどく寂しそうだった。

「フェーはもう俺の知っているフェーじゃないのかな……?」

「なにをいっているの? フィンの知っている私からだいぶ変わってしまったけれど、私は相変わらず私だよ」

 ふふっと笑ったお嬢に、フィンが目をキラキラさせた。

「じゃあ、フェーもまだ俺が好き……?」

 は、キウスの前で堂々となに言ってんだ、こいつ! とオレは呆れたが、それで思いあたる節があったのか、お嬢はぎくっと体をふるわせた。そして何げなく気まずそうな風で、口を開いた。

「……あ、あのね、フィン。子どもの頃、気軽に話しかけてくれる人はフィンしかいなかったの。だからね、フィンが遊びに来てくれる時間だけが私の楽しみだったの」

「うん! 俺もフェーと会うのが唯一の楽しみだったぜー!」

 とフィンが嬉しそうに首をふった。

「う、うん……。フィンはね、私の乳兄妹ちきょうだいで、初めてできた友人だよ。だから、今もフィンが好きだけど……。でも、そういう好きじゃなくて……、なんというか、大事な弟みたいな、意味のほうの……」

 ちらちらとフィンの様子をうかがいながら、お嬢が辿々しく言った。

 男はすぐ勘違いするから、適当に好きとか言っちゃダメだよ、お嬢……って、オレが言える立場じゃねぇか。

 お嬢の言葉で相当の衝撃を受けたのか、フィンは微動もしなくなった。
 あ、思考停止したな、こいつ……。

 そうしてしばらくすると、ぎょっとするその顔は涙で濡れはじめた。ハンカチがなかったからか、お嬢が素手でその水滴を拭うと、フィンはその両手に顔を押しつけて、肩を震わせた。

「大事な弟って……、クッ、俺のほうが、先に産まれたのに……っ」

 と晩餐会が始まるまで泣きつづけたフィンを、お嬢とメルリンさんが慰めたのだ。
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