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【西の国編】・ 秋桜
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*******【情景】
大理石の彫刻で美しく飾りたてられた円形花壇。
その向こうにある真っ白な屋敷は、朝陽をうけてキラキラと光っている。
建物の両側にならぶ冬木立の間には、一枚の枯葉も落ちていなかった。
「またですか、フェーリ様!」
2階の一室から女性の甲高い声がとどろいた。
四角い眼鏡のふちに手をそえながら、女性はピカッと目を光らせた。
女性の厳しい視線の先には、数人の侍女に囲まれた1人の若い娘がいる。
豪華な化粧台のまえに立ち、コルセットでその細い躰を後ろから締めあげられながら、平然とした様子でぺらっと紙をめくった。
「何度申し上げねばならないのですか、フェーリ様? お支度の最中にお手紙をよむのおやめください!」
「うん。公の場ではしないから大丈夫よ、モンナ」
青い瞳で文字を追いながら、フェーリはスルッと絹のペチコートに上半身を通した。
「そういう問題ではありません。いいですか、フェーリ様。コンラッド家唯一の息女として、いつ、どこでも、余裕のある立ち振るまいを見せなければなりません」
険しい表情でモンナはフェーリに迫った。
「ええ、わかった。人前でそうするわ」
ガウンを巻きつけられ、キツくひもを結ぶ反動でフェーリの身体は左右に揺れている。
「いつ、どこでもと申し上げたばかりですが、フェーリ様、聞いていますか?」
「ええ、そうね。モンナの言うとおりだわ」
そんな2人のやり取りを微笑ましく眺めながら、背後のふくよかな女性は一滴の涙を流した。
「お嬢様、強くなられました……」
「メルリン、泣く時間があるなら、あなたもフェーリ様に言ってください! いいですか? フェーリ様…ー」
フェーリをたしなめるモンナの声は廊下まで微かに漏れていた。その前をとおる2人の侍女がこそこそと会話を交わしはじめる。
「屋敷に戻ってからお嬢様が随分と変わったわね?」
「ね! 前はあんなに大人しかったのに、最近見かけたら微笑みかけてくるようになって、みんな驚いて声もでないわ」
「ああ、自分なんかにもきたっす! あれは正に女神の微笑み。自分の魂を清めてくれるっす」
門番がそう口を挟んだが、侍女たちは無言で素通りした。
「なにあれ、軽々しく声をかけてくるなんて気持ち悪い。お嬢様がただの番人に微笑みかけるわけないじゃない」
「ね! 身の程知らずめ。もう、平民なんかの話よりさっきの続きよ」
「ええ。お嬢様は昔から恥ずかしがり屋でね、めったに声も出さなかったのに、突然話すようになってすごいビックリしたわ」
「ね! モンナ様は頭を抱えているようだけどね!」
「本当にね。うふ、うふふふふっ!」
と侍女たちが忍び笑いをしていれば、すれ違いざまにドスの利いた声が聞こえてきた。
「無駄口もほどほどにな」
「あっ、セルン様!」
足音をたてないで現れたセルンに、2人はビクッと顔を赤らめた。
「も、申し訳ございません!」
慌てる侍女たちに、セルンは軽く首を横にふった。
「いい。はやく仕事に戻りな」
「は、はいっ!」
と侍女たちは歩く足を速めながら、囁きつづけた。
「いつも素っ気ないけど、やはりセルン様の色気はすごいわね」
「ねぇねぇ、知ってた? セルン様はもともと子爵家出身だけど、ガールド家の養子になったのよ」
「武家派閥のよね、知ってたわ!」
「それで王国騎…ー」
「ふく…ー」
チラチラと振りむく2人をみて、セルンはフッと息をついた。
「なんなんだ、あの態度は! たかが男爵家のくせに、ひっでぇな」
激昂する門番に、セルンは少し乾いた笑いを浮かべる。
「まあ、男爵家でも一応貴族令嬢だからな。そりゃ平民の護衛に興味はねぇよ」
「でもお嬢様はマジで自分に微笑みかけたのに……。セルンさんも見たっすよね?」
「まあ、お嬢は誰にでも微笑みかけるからな。それはそれで厄介──」
「──コンラッド家の令嬢が、っすよ、セルンさん? それなのに、侍女たちは自分ら平民を見下して!」
かぶせるように声をあげた門番の肩を軽く叩き、セルンが肩をすくめた。
「お嬢が特別だからだ。普通の令嬢はみんなそうじゃねぇから、気にすんな」
「はぁ……。セルンさんはいいっすよぉ。貴族で、強いし、顔もいいし。侍女たちはセルンさんにメロメロで、羨ましいっす……」
「ろくに会話も交わしたことねぇのに、メロメロって言われてもな。あれはオレにじゃなくて、爵位と肩書きに惚れてるだけだ」
とセルンが冷たくそう答えれば、門番はムッとしてからコクコクとうなずいた。
「貴族の余裕ってやつっすね。あ、でもそうっすよなー。セルンさんは基本、お嬢様にくっついてるっすから、これはしゃーないっすね。あの天使のような顔を見なれたら普通の女はどーでもよくなるっす」
「いや、顔だけじゃねぇだろ」
呆れ顔のセルンに、門番は熱く両手のこぶしを握った。
「でも自分がセルンさんなら遠慮なく片っ端から──っイッテ!」
「さっきの怒りはどこへ行った、おい。ふざけたこと言ってねぇで仕事しろ」
「してるっす、いましてるっす! 自分門番──ってイッテェ」
「口ごたえすんな」
「セルンさんひどいっす、ガールド家だからってあー! すいませんっす!」
頭を抱える門番に、セルンはゲンコツを空中で止めた。
「そろそろお嬢も支度を終える頃だろ。オレが待つから、お前は馬車のまえで待て」
「そういや、今日がお嬢様の出立の日っすよね」
「ああ。長旅になるから、あまりオレの馬を疲れさせるなって馬丁に伝えてくれ」
「いいなー、セルンさんはいつもお嬢様のそばにいられて。あー、またしばらくお嬢様の顔が見られなくなるの寂しいっす、って、ハイッ! 今いくっす!」
セルンが固い拳を上げてきたのをみて、門番がせっせと走っていった。
そうして数十分の静寂ののち、把手をまわす音がわずかに響いたのだ。
そこから現れた人物を目にして、セルンは満面の笑みをたたえた。
大理石の彫刻で美しく飾りたてられた円形花壇。
その向こうにある真っ白な屋敷は、朝陽をうけてキラキラと光っている。
建物の両側にならぶ冬木立の間には、一枚の枯葉も落ちていなかった。
「またですか、フェーリ様!」
2階の一室から女性の甲高い声がとどろいた。
四角い眼鏡のふちに手をそえながら、女性はピカッと目を光らせた。
女性の厳しい視線の先には、数人の侍女に囲まれた1人の若い娘がいる。
豪華な化粧台のまえに立ち、コルセットでその細い躰を後ろから締めあげられながら、平然とした様子でぺらっと紙をめくった。
「何度申し上げねばならないのですか、フェーリ様? お支度の最中にお手紙をよむのおやめください!」
「うん。公の場ではしないから大丈夫よ、モンナ」
青い瞳で文字を追いながら、フェーリはスルッと絹のペチコートに上半身を通した。
「そういう問題ではありません。いいですか、フェーリ様。コンラッド家唯一の息女として、いつ、どこでも、余裕のある立ち振るまいを見せなければなりません」
険しい表情でモンナはフェーリに迫った。
「ええ、わかった。人前でそうするわ」
ガウンを巻きつけられ、キツくひもを結ぶ反動でフェーリの身体は左右に揺れている。
「いつ、どこでもと申し上げたばかりですが、フェーリ様、聞いていますか?」
「ええ、そうね。モンナの言うとおりだわ」
そんな2人のやり取りを微笑ましく眺めながら、背後のふくよかな女性は一滴の涙を流した。
「お嬢様、強くなられました……」
「メルリン、泣く時間があるなら、あなたもフェーリ様に言ってください! いいですか? フェーリ様…ー」
フェーリをたしなめるモンナの声は廊下まで微かに漏れていた。その前をとおる2人の侍女がこそこそと会話を交わしはじめる。
「屋敷に戻ってからお嬢様が随分と変わったわね?」
「ね! 前はあんなに大人しかったのに、最近見かけたら微笑みかけてくるようになって、みんな驚いて声もでないわ」
「ああ、自分なんかにもきたっす! あれは正に女神の微笑み。自分の魂を清めてくれるっす」
門番がそう口を挟んだが、侍女たちは無言で素通りした。
「なにあれ、軽々しく声をかけてくるなんて気持ち悪い。お嬢様がただの番人に微笑みかけるわけないじゃない」
「ね! 身の程知らずめ。もう、平民なんかの話よりさっきの続きよ」
「ええ。お嬢様は昔から恥ずかしがり屋でね、めったに声も出さなかったのに、突然話すようになってすごいビックリしたわ」
「ね! モンナ様は頭を抱えているようだけどね!」
「本当にね。うふ、うふふふふっ!」
と侍女たちが忍び笑いをしていれば、すれ違いざまにドスの利いた声が聞こえてきた。
「無駄口もほどほどにな」
「あっ、セルン様!」
足音をたてないで現れたセルンに、2人はビクッと顔を赤らめた。
「も、申し訳ございません!」
慌てる侍女たちに、セルンは軽く首を横にふった。
「いい。はやく仕事に戻りな」
「は、はいっ!」
と侍女たちは歩く足を速めながら、囁きつづけた。
「いつも素っ気ないけど、やはりセルン様の色気はすごいわね」
「ねぇねぇ、知ってた? セルン様はもともと子爵家出身だけど、ガールド家の養子になったのよ」
「武家派閥のよね、知ってたわ!」
「それで王国騎…ー」
「ふく…ー」
チラチラと振りむく2人をみて、セルンはフッと息をついた。
「なんなんだ、あの態度は! たかが男爵家のくせに、ひっでぇな」
激昂する門番に、セルンは少し乾いた笑いを浮かべる。
「まあ、男爵家でも一応貴族令嬢だからな。そりゃ平民の護衛に興味はねぇよ」
「でもお嬢様はマジで自分に微笑みかけたのに……。セルンさんも見たっすよね?」
「まあ、お嬢は誰にでも微笑みかけるからな。それはそれで厄介──」
「──コンラッド家の令嬢が、っすよ、セルンさん? それなのに、侍女たちは自分ら平民を見下して!」
かぶせるように声をあげた門番の肩を軽く叩き、セルンが肩をすくめた。
「お嬢が特別だからだ。普通の令嬢はみんなそうじゃねぇから、気にすんな」
「はぁ……。セルンさんはいいっすよぉ。貴族で、強いし、顔もいいし。侍女たちはセルンさんにメロメロで、羨ましいっす……」
「ろくに会話も交わしたことねぇのに、メロメロって言われてもな。あれはオレにじゃなくて、爵位と肩書きに惚れてるだけだ」
とセルンが冷たくそう答えれば、門番はムッとしてからコクコクとうなずいた。
「貴族の余裕ってやつっすね。あ、でもそうっすよなー。セルンさんは基本、お嬢様にくっついてるっすから、これはしゃーないっすね。あの天使のような顔を見なれたら普通の女はどーでもよくなるっす」
「いや、顔だけじゃねぇだろ」
呆れ顔のセルンに、門番は熱く両手のこぶしを握った。
「でも自分がセルンさんなら遠慮なく片っ端から──っイッテ!」
「さっきの怒りはどこへ行った、おい。ふざけたこと言ってねぇで仕事しろ」
「してるっす、いましてるっす! 自分門番──ってイッテェ」
「口ごたえすんな」
「セルンさんひどいっす、ガールド家だからってあー! すいませんっす!」
頭を抱える門番に、セルンはゲンコツを空中で止めた。
「そろそろお嬢も支度を終える頃だろ。オレが待つから、お前は馬車のまえで待て」
「そういや、今日がお嬢様の出立の日っすよね」
「ああ。長旅になるから、あまりオレの馬を疲れさせるなって馬丁に伝えてくれ」
「いいなー、セルンさんはいつもお嬢様のそばにいられて。あー、またしばらくお嬢様の顔が見られなくなるの寂しいっす、って、ハイッ! 今いくっす!」
セルンが固い拳を上げてきたのをみて、門番がせっせと走っていった。
そうして数十分の静寂ののち、把手をまわす音がわずかに響いたのだ。
そこから現れた人物を目にして、セルンは満面の笑みをたたえた。
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