突然、天才令嬢に転生してしまった ③ 【南の国編】【西の国編】

ぷりりん

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偶然の一致 ①

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「大丈夫ですか? 聖女?」
 
 客間のソファに腰を下ろしたところ、慌てた様子でジョセフが入ってきた。
 こっくりと頷き、反対側に座っているキーパーをちらりと見る。

 先ほど、港の方でキーパーが泣き崩れ、大騒ぎになった。それで聖女であることがバレてしまい、すごい勢いで群衆にたかられてしまった。

 大変な騒ぎになったが、セルンとニロのおかげでなんとか屋敷に戻れた。
 しかし、そのまま子供たちとはぐれてしまった。

 三人とも無事家に帰れたのかな? ……心配で仕方ないわ。
 ふと子供たちのことを案じれば、隣に移動したジョセフが口を開いた。

「……キーパー・ストロング。……不必要な騒動を避けるために、即位式まで大人しく王都にいなさいと手紙で伝えたはずです。それなのに、何故わざわざ来たのですか?」

 キーパーを前に、ジョセフは立ったまま険しい表情を浮かべた。

 敵意に満ちた瞳……。
 最初に会った時と同じものだわ。

 キーパーは聖女教の創始者。
 本来であれば、王となるジョセフは体面上だけでも彼とうまく付き合うべきだ。しかし、当然だが、ジョセフは戦争を主導した彼を許せるはずがない。

 ……やはり、ジョセフは誠直で表裏がない人だわ。
 強い正義感の持ち主。素敵な性格だが、政治のことを考えれば少し率直すぎだ。

 そんなことを思っていた時、キーパーの刺々しい声が聞こえた。

「……不必要な騒動、ですか? 聖女様であられるお方が来られるのに、それを理由に出迎えないなんてあり得ません。それに、ジョセフ王子。僕はあなたの従者ではなく、フェーリ様の使者です。あなたの言うことを聞く必要も理由もありません」

 ああ、これはキーパーも世慣れしていないパターンか。
 このままだと、険悪な雰囲気になりそうだ。
 
 そう予測したところ、案の定。

「これからこの国を治める私の言うことを聞く必要はないと、本気でそう思っているのですか? キーパー・ストロング」

「ええ、もちろん本気ですよ? ジョセフ王子。どうやら、あなたはまだよく分かっていないようですから、もう一度言いますね? 僕は聖女様の使者です。ですから、当然、フェーリ様以外の人の指示を受けるつもりはありません。これでお分かりいただけましたか?」

 ピリピリと二人がお互いを睨みつけた。

 く、空気が重い……。
 一応聖女として喧嘩を止めるべきなのかな?
 でもここで発言していい立場なのか、いまいちよく分からないのよね……。

 相談のつもりで、後ろにいるニロに目をやると、すぐさま肯定的な仕草が返ってきた。

 ニロにこっくりと頷き、強ばる唇をこじ開けた。

「……とり、あえず、……落ち着こう」

「あ、申し訳ありません、フェーリ様! お見苦しいものをお見せしてしまいました、どうかお許しを!」
 
 キーパーはひどく取り乱したように顔を伏せた。

 咎めるつもりじゃないのに、なぜここまで焦るの……?
 違和感を覚えつつ、深く頭を下げるキーパーに声をかけた。

「……だい、じょうぶ」

「あ、ありがとうございます、フェーリ様……」

 ほっとキーパーが小さなため息をこぼした。
 
 私の言葉一つでここまで動揺するとは。
 キーパーは思っていた以上に私を崇拝しているのね……。
 
 少し狂気じみた信仰ぶりだけど、うまく彼を誘導できれば、政治の安定につながりそうだ。
 あ、でも逆の場合もあるか……。
 
 彼の信仰心が強い分、間違った発言をすると大変なことになるかも。
 ……となれば、ある程度キーパーという人を知るべきだ。

 たしか、キーパーは自分のことを私の『使者』だと言ったわね。
 つまり、私が把握していない何かの使命を請け負っている……うん。そこから探りを入れてみようか?
 
「……キーパー」

「はい、フェーリ様!」

 ピンとキーパーが背筋を伸ばした。
 ジョセフに対する態度とまるで違うわ……。困惑しつつ、言葉をつづけた。

「……あなたの、使命は?」

 少し怖いけれど、八年ぶりの再会だし、確認のつもりで聞いても問題ないよね? そう思ったのに、

「あ、はい。もちろん覚えております、フェーリ様! 八年と長い年月をかけてしまいましたが、やっとこの国に信仰の泉をもたらすことができました! しかし、聖女様の救いの手をより多くの人に届けるために、僕はもちろんこの国に長居するつもりはありません。準備が整え次第、次の国へ向けてすぐに出立しゅったつする予定ですので、ご安心ください!」
 
 キーパーがとんでもないことを言い出してきたのではないか!
 
 準備が整え次第この国を立つ⁈ 
 戦争が終ったばかりで、南の国はまだ安定していない。

 この状態で聖女教の創始者が離れたら、再び混乱が起きてしまうに決まっている。これだけはどうしても阻止するべきだわ!

「……キーパー、ここを、離れちゃ、……ダメ」

 焦ってそう呟けば、キーパーに不可解な顔をされた。

 あ、まだキーパーの目的を把握できていないのに、勢いで否定してしまったわ。これで理由を追求されたらどうしよう……! 

 内心そう慌てふためいたら、予想通り、キーパーは質問を口にした。

「し、しかし、フェーリ様。ここを離れなければ、どうやってあなた様の救いの手を人々に届ければ良いのでしょう?」

 うっ、そう聞きたくなるよね……。

 移動しないでどうやって私の救いの手を人々に届けるのか?
 うん。そもそも『私の救いの手』って何? 届けるって、どういう風に?

 うぅ、……どうしよう? 質問の内容もいまいち分からないのに、どう答えればいいの?

 キーパーが望む回答を出せなければ、彼に見切られてしまう可能性だってある。どちらにせよ、ここは慎重に答えるしかない。

 そうだわ。慌てても仕方ない。
 とりあえず、情報を整理しようか。

 そう思い、ふうと息を吐いて目を瞑った途端、

「はっ、申し訳ありません、フェーリ様! 僕は決してあなた様のご命令に逆らうつもりはありません!」

 ドンと大きな音を立てて、キーパーが床に這いつくばった。

 えっ、なに、まだ何も言ってないよ⁇

「あなた様がそれを望むなら、使者である僕は従うのみです。それなのに、図々しくも聞き返してしまいました……! もう二度としませんので、どうかお許しくださいっ!」

 あ、何も跪く必要はないわ……!

 思わず、ソファから立ち上がると、キーパーがビクンと身を硬らせた。

 すごい震えているわ、ただの誤解よ──って、ちょっと待って。

 このまましらを切れば、下手に答えずに済む……。

 閃いて、口を噤んだ。

「……キーパー。……ゆるす」

 逆にこっちが申し訳ないくらいだけど、そう言いながらキーパーに手を差し伸ばすと、潤った瞳が私を捉えてきた。
 
「フェーリ様、相変わらず寛大なお心……」

 ぎゅっと手を握られ、キーパーの顔に引き寄せられた。

 ゔっ、鼻水の感触! ……ってあれ、よく見れば、手はキーパーの額についている。鼻水に触れることはないのに、……幻覚かしら?

 不意に動揺した私にキーパーが話しかけてきた。

「……フェーリ様。他にご指示があれば、全部お聞かせください!」

 うぐ、熱苦しい……。
 人の期待に弱いから、こういう目を向けられるの苦手なのよね……。

 それに何故ここまで私を拝むの? 狂気じみてなんだか少し怖い……。
 
 本音をいえば、宗教の話とか、できれば触れたくない……。
 けれど、理由を知らないまま、下手に彼に指示を出すのは良くない。

 それに、キーパーは私の言うことしか聞かないようだ。この場で何も言わないという選択肢は、……ない。

 合わせて、南のことを考えると、経済に直接影響する観光客をどうにか呼び戻したい。そのためには、聖地であるアットの復興が必要不可欠。

 ただ問題は、アットを残すことと、キーパーが望む布教活動との関係性をどう結びつくか、だ。適当なことは言えないから、無難に言わない方が……。

『アットはワッチらの文化。ワッチらの一部やったやい……』

 躊躇していると、ミアンさんの言葉が脳内に響いた。

 ……アットは、人々の一部。

 そうだわ……。

 経済や政治上の理由だけではない。
 一人の人間として、私はこの国の文化であるアットを守りたいんだ……。

 せっかく権限のある立場にいるのだから、私がやらなければ、誰がやるの?

「キーパー」

「はい!」

 この状態で安易に発話するべきではないが、キーパーの一連の行動からすれば、無条件で聞き入れてくれそうだ。思い切って言ってもいい……よね? 

「アットの、使用を、……許可する。……それで、観光客を、呼び戻す」

 恐る恐るそう呟くと、キーパーは口元をふさいだ。
 間違えても聞き返さないためか? え、ここまでするの……。

「……アットと、観光客……」
 
 何やらぶつぶつ言ったキーパーは真剣な表情になった。

 うっ、反論してこないから何を考えているのか分からない。
 逆に対応に困るわ……。
 
 よくよく考えたら、この要求は元の宗教を戻すと言っているようなものだ。
 長年の戦争でようやく国教の座を勝ち取ったキーパーとしては、理不尽極まりない要望のはず。不安になり、つけ加えるように言った。

「神殿の代わりに……アットを使用する」

 これで納得してくれるかな……?
 ドキドキして、黙考しているキーパーの様子を窺っていると、

「……ああ、なるほど。その手がありましたか!」

 キーパーは目をキラキラ輝かせて私に詰め寄ってきた。

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