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12. 狸の巣

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********【ジョセフ・オーウェル】

 信頼できる人に後押しされ、嫌な思いで王国にやってきた。だが、やはり我慢できずニロ王子と険悪な雰囲気になってしまった。

 右腕であるイグのお陰でなんとか不愉快な食事会を乗り越えたが、これからあと三日間ここに滞在しなければならない。気が遠くなる。

 もともと伝統的な国教を誇る我が国──テワダプドルは、歴史的背景のある聖地の観光収入に頼ってきた。

 6年の戦争がようやく幕をとじた。が、ストロング一家とその信者によって聖地は無残に破壊され、国が財政難に陥ったのだ。

 イルナ川のお陰で、我が国は肥沃な地に恵まれている。のだが、王国の輸出に阻まれて、供給が大幅に需要を上回り、お陰で長年破格な値段での取り引きを余儀なくされてきた。

 農産物による経済の復興は望めない。
 政策に苦しんでいるところ、コンラッド家から手紙が届いたのだ。

 新たに国教となった聖女教の中心人物。フェーリ聖女の父親を名乗るドナルドは、妥当な値段で農産物を買い占めてくれると買って出た。
 怪しくて断るつもりだったが、これは経済を救う唯一の機会だ。イグに説得され、私は渋々この屋敷に訪れたのだ。

「ジョセフ様。例の取引ですが、ご了承いただけるとのことでよろしいですか?」

 自称聖女のフェーリと王子が部屋を出たとたん、清々しい笑顔でドナルドが声をかけてきた。

 見事な笑顔だ。作り物とは思えない。その顔をみているだけで、抑えられないほどの怒りがコンコンと湧き起こってくる。

 取引で苦しむ我が国の経済を援助したい? ふん、響きのいいことを言うが、本当は自分たちの利益しか考えてない。
 狐。いや、狸の巣に来てしまったな。

「ああ」

 失礼だと承知しているが、それでもできる限り会話を避けたい。

「値段の方ですが、このくらいを考えています。いかがでしょう?」

 ドナルドから綺麗に畳まれた紙を差し出された。慣れた手つきでそれを受け取ると、イグは私に手渡す。

「……!」

 期待していなかったが、予想を遥かに上回る数字だった。
 これはすぐにでも了承したい。しかし、なにか裏がありそうだ。一先ず平静を装い、イグにそれをみせた。

 イグ・クニヒト──子どもの頃から私の傍に付き添ってきた子だ。イグは剣の腕だけではなく、頭も切れる。その助言で何度か命を救われたから、私は特にイグを信頼しているのだ。

 しばらく黙ってから、2人しかわからない手話で助言をくれた。なるほど、と頷き、ドナルドに顔を向ける。

「手紙通り妥当な値段ですね」

「ええ。満足いただけてよかったです」

「はい、大満足です。……ところで侯爵。良い取り引きのお返しに私ができることはありますか?」

 そう唆すと真顔でドナルドの反応を窺う。

「ええ、そうですね。可能であれば取り引きのことを内密にして欲しいですね」

 紳士的な口調でドナルドが条件を言い出す。
 理由を聞いても素直には教えてくれないだろう。ただ、聞かないで引き受けるのも不自然だ。

「表沙汰にできない理由でもありますか?」

 わざと怪しむ様子を見せると、ドナルドはにこやかに笑った。

「いえいえ、そんな。大それた事情はありませんよ。ただ価格も価格ですから、市場のことを考えて口外しないほうがいいかと」

「……そうですね」

「ええ。コンラッド家は純粋にテワダプドルの現状を危惧しています。できる限りの支援を差し上げたいのですが、万一それで市場価格に影響が出てしまうと、困ります。取り引き自体がなかったことになりかねますからね」

 明らかな脅し。

 純粋に危惧するとはよく言えたものだ、狸め。
 公表されてはいないが、ストロング一家を我が国に送りこんだのはコンラッド家だろう。知らないとでも思っているのか? 
 
 何を企んでいるのか分からないが、元はといえば全て王国のせいだ。
 図々しくも自分の娘を聖女と偽り、国民を惑わす。

 そのせいで罪のない人間が多く死んだというのに、その聖女やらがのうのうと生きるなんて……。許せない。

「……おほん、ジョセフ様」

 つい黙り込むと、イグの声がひびいた。
 
 この取り引きが成立すれば、国内の戦争孤児を養える。その資金のためにきたのだろう? 感情的になってコンラッド家と喧嘩するな。長期的な未来を考えるんだ。

 じぃと自分の怒りを抑えこんで、ドナルドに頷く。

「……分かりました。そうしましょう」

「ありがとうございます、ジョセフ様。ではこの値段で書類を用意してきますね。応接の間でしばしお待ちください」

 優雅に辞儀をして、ドナルドは部屋をでた。

  使用人に案内され、イグと部屋を移動すると、すぐさま部屋を空けて欲しいと手をふる。

「……はぁあっ」

 肩の力をぬき、広いソファにもたれかかると、「お疲れ様です」とイグは笑顔で労ってくれた。

「まったくですよ……」

 小さな丸眼鏡を外してかるく眉間を揉む。

「力を抜くのはまだ早いですよ、ジョセフ様。取引はもちろん重要ですが、なんといっても今回の目当ては聖女様のほうですからね?」

 嫌なことを思い出させてくれる……。

「イグ、私の即位式に聖女を招待する必要はない。なんど言わせるつもりですか?」

 イグに顔をしかめると、困ったような表情が返ってきた。

「当初の目的をもうお忘れですか、ジョセフ様? 国教と王家の融合。連なって国の安泰を民に訴えるには、聖女様の存在が必要不可欠です。どうしても聖女様を我が国へ連れて帰らないといけない。ですから、宰相様ではなく、ジョセフ様がみずから王国に赴いたのではないですか?」

 説教じみた口調。そんなイグに返す言葉が見つからず、はぁぁあ……、と深いため息をこぼす。

「……しかし、聖女様は本当にすごいですね。食事会で言いあう2人を見かねて立ち上がった瞬間、ドドーン! と雷が鳴って、部屋がピカピカっ! って……。あれはまさに奇跡そのものでした」

 無言で眉間を揉むと、うっとりした目でイグが言った。

 この間までイグも聖女教を忌み嫌っていた。
 しかし聖女教の創始者、キーパー・ストロングと会ってから、急に聖女を信じ込むようになったのだ。一体どんなデタラメを聞かされたのか……。

 呆れ果てて、諭すように言った。

「あれはただの雷です、イグ」

「ただの雷ではなく、聖女様の雷です、ジョセフ様。あれは奇跡です」
 
 すごい真顔。これは重症だな……。

「はあ……。本当にメシアなら、雷ではなく、まずは水をワインに変えて欲しいです……」

 眉間を揉みながら、皮肉っぽくそう呟けば、イグは頭の上に大きな疑問符を浮かべた。

「ネシア? なんですかそれ……?」

シアです、イグ」

「……シア、ですか? どういう意味ですか?」

 強めにメを強調したが、言語の影響でその違いがわからないようだ。

「つまり救世主のことですよ……」

「フェーリネシア、ですか。わぁ、いい響きですね……」

 手を胸に合わせて、イグは陶酔したような表情を浮かべる。

 フェーリの名前を耳にするだけでも気分が悪い。それがちがう宗教とまぜこぜして、妙な称号とくっつけられるとなおさら気味悪い……。

 そもそも前世から私は美人をよく思えない。
 とくにフェーリのような純粋な雰囲気を醸し出す女性は苦手だ。

 その美貌と出身で周りから甘やかされ、苦労を知らない、ただの高慢ちきな令嬢。

 大人しくしているようだが、それが聖女など、私は絶対に騙されない。

「……いろんな意味で不快です、イグ。その称号はやめなさい」

 面白くない顔でそう戒めると、イグは不思議そうな顔をした。

「なぜですか? フェーリネシア、美しい響きだと思いませんか?」

「いいえ、全く思いません」


「私はいい響きだと思います。……フェーリネシア~、ああ、やはり美しい」

 イグは素知らぬふりをして、幸せそうにフェーリネシアを連呼しはじめた。

 これはやってしまった……。
 いろいろ違うから! とキリスト教を知らないイグに説明してもわかってもらえないだろう。断念して肩を竦める。

 私は前世、戦争で苦しむ人々を支援する医師団の一員として、長い生涯を終えた。

 28年前、記憶を背負ったままこの世界に生まれ変わった。のだが、幼少期からごたごたする王族内部の争いに巻き込まれ、やっとの思いで王位継承権を手に入れたのだ。

 平和な世界を志し、国王になれたら人々が苦しまない国を作ろうと意気込んでいた。それなのに、前世と変わらず憎たらしい宗教戦争が勃発した。多くの難民が生まれ、子どもたちは遊ぶ場所を無くしたのだ。

 人間である以上戦争は避けられないのか?
 現実を思い出すだけで胸が苦しくなる。

 もうすぐドナルドが帰ってくる。今のうちに少し休もう。そう思いまつげを伏せた瞬間、扉の取手をまわす音がした。
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