上 下
10 / 25

9. 食事会 ②

しおりを挟む
 勢いよく開けられた扉から意外な人物が現れた。

 ……え、ニロ?

 公務で忙しいはずなのに、なんでここにいるの? 
 というか、この時間で屋敷にいるからどう考えても食事会に出席するよね。今日の来客はニロのことだったのか……。

 そうか。ニロは王子だから、会食するなら普通は正装するよね、なるほど。
そう納得して静かに目を瞑った。

 でもさ、ニロは毎週あそびに来てくれるから、私の軽装を見慣れている。正式な食事会でも、わざわざ着飾る必要はないと思うんだ……。

 うーん、モンナに言ったらまた淑女云々とか言われそうで嫌だな……。

 こっそり心の中で不満を漏らし、瞼を開けた。目の前にいるニロはまだ固まっている。

(……こんばんは、ニロ)

 ちゃんと瞳を見たが、ニロは反応してくれなかった。無言で私の顔をまじまじと眺めて、頬を染める。……いまの伝わらなかったのかな? 

(今日の来客はニロだったのね?)

 再び瞳でそう問いかけると、はっとした様子でニロが口を開いた。

「……あ、フェーリ。か……」

(ん? そうだよ?)

 なにを言っているのかしら? と不思議がれば、ニロは確かめるように私の頬に手を当てた。それから陶酔したような表情を浮かべて、私の両頬を包み込む。

「……美しい」

(……え、な、なに。急に……)

 ふっと固まれば、ニロは可笑しそうに笑った。

「異な反応をするな、フェーリ。急なことではないぞ。余は常にお前が美しいと思っているのだ」

 そう言うとニロはその眉目秀麗な顔をどんどんと私に近づけて、この上ない満足げな笑顔を浮かべた。

「ただ今日のお前はあまりにも美しすぎて、幻のようだ……」

 桜色に染まった頬で、ニロの顔が色っぽい。
 セルンに負けないくらい妖艶な雰囲気を纏っているわ……。

 だんだんと近づいてくるニロの顔を見て、胸がかっかと熱くなった。

 ただの社交辞令だろうけど、ニロに美しいって褒められた。
 うっ、恥ずかしい、恥ずかしすぎる……。

 もう、今日は皆揃ってどうしたの……。
 珍しく化粧する私をからかって楽しんでいるのかしら……。

 一人でそう困っていると、鼻先が触れるほどニロの顔が近づいてくる。

「フェーリ」

 色気を帯びたその呼びかけは耳を優しくかすめた。

 いつものニロと違う。なんだろう、目がすごいうっとりしているわ。匂わないのだけれど、お酒でも飲んだのかしら? 

 ニロを意識しないようにしているのに、心臓がばくばく跳ねて言うことを聞かない。

 いつものことだけれど、顔が近いよ……。

 至近距離でニロと視線を甘く絡ませていれば、どんどんと顔に血が上ってきて、思わずまつげを伏せた。

 ニロは本当に自分の魅力をわかってないんだから、もう……。

 内心で不満を漏らした時、突如はじける小さな水音と共に、唇に初めての感触が伝わってきた。

 ……え。なに、これ……?




「がああああぁぁぁぁぁぁああああ!!」




 悲鳴のごとくセルンの声がとどろいた。
 ぱっと目を開くと、ニロの表情を確認できないくらい2人の顔が密着していた。

 この距離でこの感触って……!

 反射的に跳ね上がり、両手で自分の口を覆った。

「なんてことすんだよ!!」

 さっと間に入ってきたセルンは敬語を忘れて声を張り上げた。が、ニロは怒り心頭のセルンに見向きもせず、ずっと私の顔へ銀の視線を定めていた。

「…………っ」

 一拍遅れで自分の唇に触れると、ニロは信じられないというような表情で顔を真っ赤かに染めた。

 呆然と硬まったニロから私を隠すように、セルンが振り向く。

「お嬢、大丈夫かい……?」 

 頭が真っ白で、セルンの問に反応できなかった。

 いまのは、キス……? 
 でもニロと私はただの仲間で、それ以上の関係を求めてはいけない……。

 あそうか! いつも通り額を寄せるつもりで間違えて……いや、でもそんな間違い……。

 うそ……。まさか、ニロも……。

 ぽっぽと湯気が出るほど顔が熱い。

 そうして酷く動揺していると、応接間の中からドナルド社長が出てきた。

「騒がしいね、セルン。どうしたんだい?」

「うっ、その……」

 社長の問いにセルンが言葉を詰まらせると、ニロの落ち着いた声が響いた。はやくも動揺から立ち直ったようだ。

「勢いよく扉を開けたらフェーリにぶつけたのだ。すまない」

「……ぶつけた? 大丈夫かい、フェーリ?」

 前髪をかきあげて、社長は私の額に視線を走らせた。

 心配してくれる社長に「大丈夫」と答えれば、「うん。そうか。ならよかった」と安心した様子で、ふわっと私の頭を撫でてくれた。

「そろそろ客も到着するだろう。まずは中へ入ろう。さあ、ニロ様もどうぞ」

 そう言って社長は私たちを中へ招き入れた。

 ぶつけたってことは、ただの事故だということなのかな……?

 ちらりとニロのほうを見たが、目を合わせてくれなかった。
 ニロが気まずそうにしているわ。やはりあれはただの事故だったのか……。

 もしかしたら、と勘違いした自分が恥ずかしくて堪らなくなった。

「お嬢、大丈夫かい……?」

 困惑の色を帯びた瞳で、セルンが私を案じてくれた。平然を装い、こくこく頷いてから、ニロの後を追って部屋のなかへ入る。

 そうだよ。今のはただの事故だ。最初からずっと仲間だとニロがちゃんと釘を刺したじゃないか。それ以上の関係なんてありえないよ……。

 内心で葛藤してつくねんと座っていたら、コンコンと扉が叩かれた。騎士らしい面持ちで応答すると、セルンは社長に声をかけてきた。

「ドナルド様。馬車が到着したようです」

 ん、馬車? ……ニロの他に誰かがくるの?

「うん。なら出迎えに行こう。ニロ様はここで少し待っていてください」

「……ふむ、よかろう」

 じっと聞いていると、社長に困った顔を向けられた。

「ほら、フェーリ。何をしているんだい、君も行くんだよ?」

 あ、そうか、そうだよね……!
 慌てて立ち上がり、社長にうなずく。

 だめだ、この調子だと社長に怒られてしまうわ。とりあえず今は忘れよう……!

 そう心に決めて、社長と共に部屋を後にした。

 しばらく長い廊下を歩いていると、突然足を止めて、社長が私を振りむいた。

「うん、さすがはモンナ。腕は確かだね。これで完璧だ」

 完璧? と首をひねれば、社長は温厚な笑顔を浮かべて、言葉を続けた。

「いいかい、フェーリ。いま屋敷の前にいるのは、これからテワダプドルの新しい国王となる人で、名はジョセフ・オーウェルだ。よく覚えておきなさい」

 テワダプドルって……

「……南の、国?」

「うん、そうだよ。聡明な君ならわかっていると思うがね、この食事会は王国の運命が関わっている。ちゃんと考えて発言すること、いいね?」

 さりげなく社長が圧力をかけてきた。

 王国の運命が関わっているなら気をつけないと……って、いや、まったく意味がわからないよ、社長。

 南の王がいま屋敷の前にいる? どういうこと……? 
 条約では西の国としか外交を持てないことになっているよね。なんだろう、私の知らない間に改善されたの……?

 いや、違う。

 だって王がお城ではなく、コンラッド家の屋敷にくる時点でどう考えても正式な訪問ではないもの。これは極秘の会談?
 まさか大事なお客様が南の王だったとは……。でもそうか、だからニロがいるのか、なるほど。

 ある程度状況を整理して思わず困惑する。

「なんで……私?」

 こわばる唇でそう尋ねると、自分を指差した。

 いつもなら社長は私の政治参加を拒むのに、なぜこんな重大な会談に出席させるのだ?

 発言に気をつけろってことは、発言させる気満々だということだよね。しかし一体なにを? そしてやはりなぜ……?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?

rita
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、 飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、 気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、 まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、 推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、 思ってたらなぜか主人公を押し退け、 攻略対象キャラや攻略不可キャラからも、モテまくる事態に・・・・ ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します

みゅー
恋愛
乙女ゲームに、転生してしまった瑛子は自分の前世を思い出し、前世で培った処世術をフル活用しながら過ごしているうちに何故か、全く興味のない攻略対象に好かれてしまい、全力で逃げようとするが…… 余談ですが、小説家になろうの方で題名が既に国語力無さすぎて読むきにもなれない、教師相手だと淫行と言う意見あり。 皆さんも、作者の国語力のなさや教師と生徒カップル無理な人はプラウザバック宜しくです。 作者に国語力ないのは周知の事実ですので、指摘なくても大丈夫です✨ あと『追われてしまった』と言う言葉がおかしいとの指摘も既にいただいております。 やらかしちゃったと言うニュアンスで使用していますので、ご了承下さいませ。 この説明書いていて、海外の商品は訴えられるから、説明書が長くなるって話を思いだしました。

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

【完結】ご都合主義で生きてます。-ストレージは最強の防御魔法。生活魔法を工夫し創生魔法で乗り切る-

ジェルミ
ファンタジー
鑑定サーチ?ストレージで防御?生活魔法を工夫し最強に!! 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 しかし授かったのは鑑定や生活魔法など戦闘向きではなかった。 しかし生きていくために生活魔法を組合せ、工夫を重ね創生魔法に進化させ成り上がっていく。 え、鑑定サーチてなに? ストレージで収納防御て? お馬鹿な男と、それを支えるヒロインになれない3人の女性達。 スキルを試行錯誤で工夫し、お馬鹿な男女が幸せを掴むまでを描く。 ※この作品は「ご都合主義で生きてます。商売の力で世界を変える」を、もしも冒険者だったら、として内容を大きく変えスキルも制限し一部文章を流用し前作を読まなくても楽しめるように書いています。 またカクヨム様にも掲載しております。

薬華異堂薬局のお仕事は異世界にもあったのだ

柚木 潤
ファンタジー
 実家の薬華異堂薬局に戻った薬剤師の舞は、亡くなった祖父から譲り受けた鍵で開けた扉の中に、不思議な漢方薬の調合が書かれた、古びた本を見つけた。  そして、異世界から助けを求める手紙が届き、舞はその異世界に転移する。  舞は不思議な薬を作り、それは魔人や魔獣にも対抗できる薬であったのだ。  そんな中、魔人の王から舞を見るなり、懐かしい人を思い出させると。  500年前にも、この異世界に転移していた女性がいたと言うのだ。  それは舞と関係のある人物であった。  その後、一部の魔人の襲撃にあうが、舞や魔人の王ブラック達の力で危機を乗り越え、人間と魔人の世界に平和が訪れた。  しかし、500年前に転移していたハナという女性が大事にしていた森がアブナイと手紙が届き、舞は再度転移する。  そして、黒い影に侵食されていた森を舞の薬や魔人達の力で復活させる事が出来たのだ。  ところが、舞が自分の世界に帰ろうとした時、黒い翼を持つ人物に遭遇し、舞に自分の世界に来てほしいと懇願する。  そこには原因不明の病の女性がいて、舞の薬で異物を分離するのだ。  そして、舞を探しに来たブラック達魔人により、昔に転移した一人の魔人を見つけるのだが、その事を隠して黒翼人として生活していたのだ。  その理由や女性の病の原因をつきとめる事が出来たのだが悲しい結果となったのだ。  戻った舞はいつもの日常を取り戻していたが、秘密の扉の中の物が燃えて灰と化したのだ。  舞はまた異世界への転移を考えるが、魔法陣は動かなかったのだ。  何とか舞は転移出来たが、その世界ではドラゴンが復活しようとしていたのだ。  舞は命懸けでドラゴンの良心を目覚めさせる事が出来、世界は火の海になる事は無かったのだ。  そんな時黒翼国の王子が、暗い森にある遺跡を見つけたのだ。   *第1章 洞窟出現編 第2章 森再生編 第3章 翼国編  第4章 火山のドラゴン編 が終了しました。  第5章 闇の遺跡編に続きます。

【完結】転生令嬢はハッピーエンドを目指します!

かまり
恋愛
〜転生令嬢 2 〜 連載中です! 「私、絶対幸せになる!」 不幸な気持ちで死を迎えた少女ティアは 精霊界へいざなわれ、誰に、何度、転生しても良いと案内人に教えられると ティアは、自分を愛してくれなかった家族に転生してその意味を知り、 最後に、あの不幸だったティアを幸せにしてあげたいと願って、もう一度ティアの姿へ転生する。 そんなティアを見つけた公子は、自分が幸せにすると強く思うが、その公子には大きな秘密があって… いろんな事件に巻き込まれながら、愛し愛される喜びを知っていく。そんな幸せな物語。 ちょっと悲しいこともあるけれど、ハッピーエンドを目指してがんばります! 〜転生令嬢 2〜 「転生令嬢は宰相になってハッピーエンドを目指します!」では、 この物語の登場人物の別の物語が現在始動中!

処理中です...