蛇の香は藤

羽純朱夏

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番外編

~送り火に夕蝉の羽音谺す~

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お盆の時期になり、鈴は、琥珀と共に実家へと向かっていた。
本当ならば彼を連れていくのには抵抗があったが、姉は子供たちが喜ぶと言って歓迎した。

「本当にその姿で来るんですか?」

「まぁ、お前の親に驚かれるかもしれないが、怒られたら考える……」

琥珀は蛇の姿で過去に鈴の実家に行ったことがある。
彼女の父親は病を患い数年前に亡くなっていた。
恋仲という関係の中で、鈴の親に会うのはかなり緊張する。
受け入れてもらえるだろうか……
そう思っているうちに、駅に到着しホームを出ると、鈴の姉が子供達と待っていた。

「鈴――!こっち!」

「お姉ちゃん、数日ぶり」

「鈴姉ちゃん!琥珀さんこんにちは―!」

姉の娘の菫が、駆け寄ってきて琥珀に抱き着いた。
あの時以来すっかり彼に懐いたようだ。

「ママ、琥珀おじちゃんと今日も遊んでもいいよね?」

息子の葵も嬉しそうにはしゃいだ。

「あ~琥珀さん、その良ければ遊んでもらえますか……?」

「もちろん、構いませんよ」

琥珀は嬉しそうに呟くと、早速二人を抱きかかえ持ち上げた。
その姿を見て姉は恨めしそうに、鈴に声を掛けた。

「あの人、かなり子供好きね。慣れてるっていうか……どこで会ったの?」

「えと、それは……近所で」

「近所ね……あ、そういえばあの蛇は?どこかに預けてきた?」

「え、うん。預けてきた。お姉ちゃん怖がると思って……」

本当は彼が蛇であると言いたいところだが、ここでは口にできないと思い黙り込んだ。
歩いているうちに実家に着き、家のドアを開ける。
やはり、数か月ぶりに行く実家はどこか安心できる。

「お母さん!鈴連れてきたよ」

すると部屋の奥から、鈴の母親が出てきた。

「いらっしゃい。数か月ぶりだね鈴……それと、この人は誰?」

「あ、この人はその……」

口ごもっていると、琥珀がそっと声を掛けた。

「初めまして、私は宇賀神琥珀です。鈴さんとお付き合いさせていただいてます」

「え……彼?」

鈴の母は突然の報告に驚いたのか、琥珀を見るなり沈黙し頷いた。
引かれてしまったかと一瞬焦ったが、焦りを打ち消す様に母が声を掛けた。

「鈴がご迷惑をかけていませんか?」

「い、いえ……むしろ私が助けられています」

「そう……あ、どうぞ、あがってください」

家にあがると、琥珀は子供たちに手を引かれながら部屋の奥で遊び始めた。
その様子を見つめていると、姉が話し出す。

「ねぇ、あの人と結婚するつもりなの?」

「それは……」

「何よ、真面目そうな人じゃない。私の旦那より頼りになりそう~」

姉が羨ましそうに琥珀を見て呟いた。

「お姉ちゃん……」

それを遮る様に、母が声を掛ける。

「鈴、いい歳なんだからそろそろ真剣に身を固めなさい」

「う、うん……」

突きつけられる現実に困ってしまう。
彼が本当の人間だったら、素直に結婚すると言えるのに……
いくら彼が共に生きると言ってくれても世間体が邪魔をする。

「まぁ、もう少しじっくり考えなさい。父さんと、お爺ちゃんたちの墓参り暑くならないうちに行くよ」


こうして、みんな揃って墓参りに向かった。
まだ午前中だというのに、太陽の日差しが眩しい。
手元に菊などの花を持ち、水桶を持って墓に向かう。

「琥珀さん、ごめんなさい。色々持たせてしまって」

「いいよ、これくらい」

墓苑に着くと、墓参りをしている人々が複数見られた。
墓に着くと、墓石を掃除し、水と花を皆で供えた。
線香を備えると、そっと掌を合わせて、鈴たちは祈りだした。
琥珀はその光景を見ながら、自分も掌を合わせ墓前に祈った。

(鈴さんを幸せにします……)

祈っている間、耳元でひぐらしの鳴き声が響き渡る。
蜩の鳴き声を聞いていると、ある光景が頭を過った。
贄への望みが立たれ続け心が荒んでいた頃、ふとあの温かい手が差し伸べられたのを思い出す。

あの手は誰だったのだろうか……

(私が貴方を……)

「琥珀さん?」

「!!あ、ごめん」

鈴の声で我に返った。
傍にいた子供たちが心配そうに顔を覗き込んできた。

「大丈夫~?琥珀さん」

「熱くてばてたの?」

「あ、大丈夫。ちょっと考え事してただけ」

二人の頭をぽんぽんと叩き、彼は立ち上がった。

「暑くて日にあたりましたか?」

「いえ、大丈夫です。ご心配ありがとうございます」

「墓参りも終わったし、お昼ご飯食べよ!お腹空いた~」

「結!あんたはいつもご飯のことばっかり!」

母に怒られながら、姉の結は、だらけるように肩を落とし歩き出した。

「鈴、ご飯作ろうか?」

「え、そうですね。一緒に作りましょう」

家に着くと、鈴と琥珀は二人昼食の支度を始める。
その様子を子供たちが楽しそうに覗きに来る。

「葵、菫!邪魔しちゃだめよ」

胡瓜きゅうり茗荷みょうがを用意し、ごまをすり鉢で潰し出す。

「何作るの?葵もそれやりたい!」

「菫もー!!」

「じゃぁ、二人順番に、これをすり潰してみろ」

「「はーい」」

鈴は素麺を茹でながら、生姜をすり潰した。
かつお節でだしを取ってから、醤油を加えて煮だす。

子供達がすり潰したゴマに味噌と水、輪切りにした胡瓜に、だしを加えて混ぜ合わせると、琥珀はその器にラップをかけて冷蔵庫へ入れた。
そして茗荷、大葉を刻むと器に盛った。

素麺をざるに盛り、各々の器につゆを盛りつけ机に並べた。

「素麺は少ないけど、メインが来るので腹ごしらえにどうぞ」

「いただきます!」

結は待ってましたと言わんばかりに素麺を器につけて食べ始めた。
母や、子供達もそれを食べだした。

「鈴、俺は素麺いいから、食べてこい」

「いえ、私もいらないです」

「なら少し待ってよう」

少し時間を置いてから、冷蔵庫から器を取り出しよそったご飯に、その汁を掛ける。

「ほら、冷や汁の完成だ」

「美味しそう……」

順番に器によそい、机に並べる。

「わ~冷や汁久々に食べる」

「どうぞ」

すぐさま冷や汁は食べられてしまい食事を終えると、母が片づけを始める。
手伝おうとしたが、自分でやると遮られてしまった為、そのまま任せることにした。

「鈴はお母さん似かな。なんとなく……」

琥珀がそう口にしてほほ笑んだ。
確かに父より母の方が似てる気がする。一方姉は陽気で父親譲りだと思う。

「いいな、やっぱり家族って……」

「ふふっ、こうしてると、琥珀さんも家族の一員みたいですよ」

「……そうか」


暫く談笑しながら過ごしている内に、帰る時間になった。

「じゃあ、またね鈴。今度もまた子供頼むかもしれない」

「うぅ、仕方ないな……わかった」

母は先に外へ出ていて、玄関先で送り火を焚いていた。
琥珀も先に外へ出ていると、母に声を掛けられた。

「琥珀さん、あの子は姉のように感情が素直になれないところがあるので……色々心配ですが、どうか、娘を宜しくお願いします」

「はい……必ず、幸せにします」

そう言い残すと、母は頭を下げて笑った。

「また、来てください」

「琥珀さん、お待たせしました」

「あぁ、じゃあ行こうか」

「ばいばーい!琥珀さん」

「ばいばい、またな」

琥珀さんは子供たちに手を振ると、共に歩き出した。

「あの、母何か言ってました?」

問いかけると、彼は笑って答えた。

「また来てくださいって……よろしく頼むと言われた」

「そ、そうですか……」

「お前といるとやっぱり楽しい……神なんて忘れられるほど。……俺もしっかりしないとな……」

琥珀の言葉に、鈴は嬉しさを感じながら共に家路へと向かった。
秋が近づいていると感じる夕暮れ、蜩の鳴き声が響く中駅のホームへと向かった。


立秋~「ひぐらし鳴く」~送り火に夕蝉の羽音谺する~了


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