蛇の香は藤

羽純朱夏

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番外編

~月の夜に蛍舞い~

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梅雨が明け、気温の高い夏がついに到来した。近くの街の寺で明日、蛍祭りが開催される。

「青葉さんは明日の蛍祭り行く?私も彼氏と行こうかなって」

「はい、私も行こうと思ってます」

そう返事をすると、小寺は嬉しそうに頷いた。

「じゃぁさ、琥珀さんに会わせて。合流しようよ」

「えっ!」

咄嗟の彼女の提案に驚いてしまう。会わせるにしても、彼を見てどんな反応をされるのか。彼もまた会うのを嫌がりはしないだろうか、そこが心配だった。また、当日は彼は仕事が入っているし、祭りに付き合ってくれるかどうかもわからない。

「私の彼もいるからさ、いいじゃん」

「えっと、彼が仕事で疲れてなければ……」

「仕事なの?え~じゃぁもし来たら連絡して!お願いね。あ、でも一度私から掛ける」

小寺に強引に責められ、仕方なく頷いた。

家に帰ると、彼は蛇の姿でソファの上で蹲っていた。

「ただいま」

『ん?お帰り……ご飯できてるから食べろよ』

「疲れてますか……?」

傍に寄ると、ゆっくりと尾が動き、顔を私の手に寄せてきた。

『少し、暑さにやられたみたいだ……ごめん』

「冷やしますか?」

『いや、寝てれば治るから』

弱々しそうに呟く様子に、明日の祭りは行かないほうがいいと思った。明日も暑いらしいので、無理に突き合わせてしまったら彼が倒れてしまうに違いない。

「明日も仕事ですよね、ゆっくりしてください」

『あぁ、ありがとう……』

滑らかな白い胴体を撫でた後、彼から離れ一人夕飯を食べた。無理をしすぎて、疲労が溜まっているのだろうと思い
不安になった。
食事を食べ終え食器を片付けた後、氷水に付けたタオルをそっと彼の身体に当ててあげる。

『ごめんな。気を使わせて……。ほんとに』

「いえ、本当に大丈夫ですか?」

『平気だ。そういえばさ……明日、寺で蛍祭りの日だったよな?』

「あ、そうですけど……行きません」

ここで行きたいと言ったら、彼に無理をさせてしまう。
本当は綺麗な光景を見たいと思ったけれど、顕現がもし途中で解けてしまったら大事になってしまう。その姿をもし小寺に見られたらと思うと気が気じゃない。

『鈴見たいだろ?明日、俺の仕事が終わる頃神社に来れるか?』

「い、行かなくていいですよ。琥珀さんが倒れたら大変です」

行かないと否定すると、彼は静かに手に巻き付いてくる。その感触は先程タオルに当てられていたからか、とても冷たくなっている。

『俺も見たいから、行こう。実は楽しみなんだ、祭り意外と好きだし』 

「でも……」

『鈴は本当心配性だな~でも、行くぞ。反対するならお仕置きだ』

悪戯気に指先をそっと食むと、手を締め付けるように身体が絡まった。

「もぅ……」

仕方なく、根負けしてその夜は折れた。


次の朝、彼はまだ少し怠そうに家を出ていった。本当に夜まで身体が持つのだろうか心配になりながら、夕方まで部屋の片づけをすることにした。
午後になり小寺からの着信があり、寺の門で集合になった。彼を会わせることの不安もあり緊張する。

夕方になり支度をし、琥珀の務める神社へと向かった。祭りというからか、浴衣を着た人たちが数人見られる。
今度は浴衣を着て出かけたいと鈴は思った。
神社の鳥居の前で待っていると、仕事を終えた彼が歩いてくるのが見えた。顔色はどこかまだ辛そうだ。

「お疲れ様です」

「お待たせ。行こうか」

「あ、あの……琥珀さんに言わないといけないことが」

「何?」

事情を説明すると、彼はにこやかに笑って呟く。

「いいよ、会おうか」

「いいんですか?」

「鈴が関わる人なら挨拶しないとな。男だったら嫌だけど……」

「それは、ないです」

そう言いながら寺へと歩き出した。門の傍に近づくとすでに小寺と隣に彼が二人で立っていた。小寺は鈴を見つけると手を振り近づいてきた。

「来たね!待ってました」

「小寺さん、浴衣なんですね」

「そ~彼氏と合わせてね。あ、この方が青葉さんの……」

小寺は琥珀を見るなり、私の耳元で耳打ちをする。

「落ち着いた感じの人だね、年上だよね」

「そ、そうですけど」

「初めまして、琥珀です。鈴がお世話になってます」

「あ、いえ。どうも」

お互い顔を合わせて、寺の中へ向かった。中は多くの屋台が並び、境内は提灯のライトアップがされている。
池の辺りにはすでに人が集まっていた。

「鈴、はぐれないように手しっかり繋いでろ」

「は、はい……」

手を繋ぐと、彼は固く指を絡めてきて握りしめた。温かな温もりに嬉しくなる。
横目で小寺が羨ましそうに視線を送っているのがわかり恥ずかしくなった。

「あ、あの青葉さん。邪魔したら悪いし別行動しようか。また、会社でね」

「え、はい、また……」

二人は離れて屋台へと歩いて行った。それを見送った後、彼と二人蛍がいる池に向かった。

「……」

「琥珀さん?どうかしました?」

「こうして、また今年も来られて嬉しいなって思って」

数年。彼女と人の世に交ざり過ごせていることに、嬉しさが沸き上がる。落ち込む時もあったが、唯一傍にいてくれる。

すっかり日が落ち辺りが暗闇になると、池の辺りからぽつりぽつりと光が浮かんできた。仄暗い半月の明りが夜空に輝きだし幻想的な夜を作る。

「綺麗……」

「蛍はその一瞬を駆ける。短い命を懸命に生きて光ってる」

神と違い人や生き物は短い時間の中懸命に生きている。何度時を生きようとも、それは神にとっては一瞬で、人間の持つ時の流れとは違う。自分はいつからか人のようになりたいと思っていた。自分の治める村を失った時から。
永遠を生きるよりも、短い時の流れを共に添い遂げる者と共に---
蛍の光を見つめながら、かつての贄だった者達の魂は、再び生まれ変わっただろうか。幸せでいるだろうか。
ふとそう思いを馳せた。
掌がふと強く握りしめられるのがわかり彼女を見る。

「鈴?」

「また、来ましょうね。来年も……」

「あぁ、もちろん。行こう」

光を見つめながら、暫くその場に留まっていると、一匹の蛍がそっと自分たちの握り締めている手に留まり光りだした。

(どうか幸せに……)

「……」

蛍からなのか、小さき声が聞こえ、その蛍は夜空に飛び去った。

「鈴、帰り人で溢れないうちに、戻ろうか」

「はい」

人混みを掻き分け、寺の外へ出るとそっと暗い道を歩き出す。月明かりが二人を照らし、静寂の中家へと急ぐ。

「帰ったら、簡単に作れる素麺でも食べるか」

「はい。あの、琥珀さん……」

「何……?」

そっと、握った手を離すと、腕を掴み凭れ掛かった。

「急にどうした?」

「琥珀さんはどこか時折、遠くに行ってしまうように思えて……少し。ごめんなさい」

「お前が死ぬまで、俺は傍にいるって言ったろ?さ、着いたぞ」

「……」

部屋に入ると同時に彼にそっと包まれる。切なさを感じながら彼の背中に手を回すと、そっと抱きかかえるようにソファに倒される。

「ご飯は後だ。お前をいただくとするか……」

部屋の灯りは付けないまま、彼に抱かれ、優しい口づけが降りてくる。窓から差し込む、僅かな月明かりがそっとその場の二人を照らしていた。


大暑~「土潤いて溽し暑しつちうるおいてむしあつし」~月の夜に蛍舞い~ 了
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