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二幕
肆話
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次の日の朝、その日はすんなりと目が覚めた。
ここ数日、うまく寝付けず寝坊気味だったが、今朝は無事に起きることができた。
やはり彼のおかげたと、心の中で彼に感謝した。
食事を済ませ、仕事の支度をして部屋を出る。
彼がいるであろう祠の前に立ち、いつもと同じように手を合わせ祈る。
するとゆっくりと祠から白い巳が現れた。
「琥珀さん……。おはようございます。昨日はその、ありがとうございました」
『おはよう、ちゃんと起きれたな。気を付けて行って来いよ』
触れてしまいそうになる手をぐっと抑えて、鈴はその場を去った。
鈴を見送った後、彼女の表情が、自分に触れるのを我慢しているように思えて、嬉しさが込み上げた。
『鈴、ほんとは触りたがってた……大神め』
ゆっくり人に顕現し身支度をすると、大神に対する怒りを覚えながら、仕事先に向かった。
昨夜、月物が残る彼女を抱きしめてしまったことで、大神から罰を受けることは確実だが。特に恐怖など感じなかった。
自分はどうなっても構わないが、鈴を悲しませたことだけは許せない。
いつものように境内に入り、御神木のもとに差し掛かると、一人の着物姿の優美な女が目に留まる。
その姿を見て、人ではないと直ぐに察知した。
「貴方が、琥珀殿……」
「何か?」
声をかけると、白き着物を纏った女が自分に近づいてくる。
「俺に何か用か?」
「貴方から……強い気が感じます」
「強い気……ね」
「私は、貴方様と同属の者。大神の命で会いにきました」
「大神が、俺をどうする気だ……?」
大神の命令とはどういうことだろう……。疑うように彼女に問いかける。
すると白き女は突然俺を抱きしめ、甘く囁きながら俺の背中へと、手を回してくる。
「私と交わりを……」
「……」
「貴方様を、癒してさしあげます」
纏わりつく手は綺麗だが、嫌悪感を感じる。女性に縋られるのは、どこか気が乗らない。
自分には鈴だけで十分だ―
「すまないが、俺には妻がいる。必要ない」
「……そのような事を言わず」
「俺は、彼女しかいらない。すまないが、お前にはもっといい奴がいるぞ。こんな年取った神霊と共にならなくてもな」
「……そこまで人間の女と添い遂げたいのですか?」
「人間だとか関係ない。俺は自分の心で決めたんだ。阻むなら容赦しない……」
たとえ同じ同属だろうと、気安く触られたくはなかった。
回された手を払い除け、彼女に向けて威嚇するように視線を向ける。
琥珀の表情を見て恐怖を感じたのか、女が静かに離れる。
「も、申し訳ございません……」
謝罪の言葉を述べた後、彼女は蛇の姿になり、森の中へと消えていった。
『琥珀、同属を拒むとは……』
頭上から大神の声がし、その声の元を見上げ話す。
「大神……鈴に手を出すとは。貴方であっても許せませんね……」
『そこまでして鈴が愛しいか。だが、鈴もまたお前を大切に思っているのがわかった……』
「……」
『だが、我との約束を、彼女は守っていたというのに、お前は勝手に鈴に触れた。お前には、罰を与えねばなるまい』
「どんな罰を受けようとかまわない。だが俺は鈴の元へ帰る!この身を無くし魂だけになったとしても……』
たとえこの身が消えたとしても、心だけは彼女の元に寄り添っていたい。
人になれなくなったとしても、蛇のままでも彼女を守りたいと、琥珀は思った。
『いい覚悟だ……』
狂気を孕んだ大物主の声が、琥珀へと響いてくる。
身体を突き抜けるような大物主の神気に臆することなく、琥珀自身も、鈴に対しての怒りを言葉に発した。
「だが、その前に貴方は鈴を傷つけた。彼女を傷つけたこと許しはしない……」
留まっていた神気を爆発させ、主だった柘榴と対峙したあの時のように、神の力を大神に見せる。
白く澄んだ琥珀の姿を見た大物主は、驚きの声を上げた。
『お前……神気が』
「こんな場所で争いたくはないが、俺は今、貴方が許せない!」
『まずい……』と大物主は思い、慌てて琥珀に話しかけた。
『琥珀、彼女に関わったのは謝る……試したのだ。お前と鈴の絆がどれほどのものか』
「……彼女を……鈴を遊び道具にするな!!」
怒りの咆哮と共に、風が強く吹き上げ、辺りの木々の葉を吹き飛ばす。
『おい、力を抑えろ!悪かった……』
「では……彼女に毎日触れることをお許しいただけますね?」
琥珀は大物主へ強気に迫ると、大物主は根負けしたのか、呆れにも似た声を漏らした。
『それは……仕方ない許そう。ただし、血の不浄はよろしくない。しっかりと清めるように……』
「心得ています……」
これでずっと愛しい者に触れられると思い安心した。
帰ったらこの期間を埋めるように、鈴を抱きしめてやろうと、琥珀は心の中で思った。
『まったく、我よりも人間に執念深い者がいるとは……。お前は、よく彼女に煙たがられないな』
煙たがられる―?
そんなことはない。彼女は俺を心の底から心配してくれている。
「いえ、俺と鈴は想い合っていますから……」
大物主から深い溜息が聞こえたが、それを気にすることはなく、琥珀は仕事をするため社務所へと向かって行った。
その後姿を見つめながら、大物主は楽しそうに言葉を漏らした。
『異種同士が想い合うのはいいものだな……あいつなら、本当に……』
辺りを穏やかな風が吹き抜け、その声は風と共に消え去った。
仕事が終わった後、足早に家に帰った。まだ彼女は帰っていなかった為、料理の支度を始める。
「さてと、美味いもの作るか……」
帰り際、いただいた野菜を使い煮物を作る。自分は食べれないが、肉料理もいくつか覚えた。
彼女の為に、久々に料理を作ることが嬉しく思える。
やはり美味しく食べてくれる者がいることは、作り甲斐があっていい。
「鈴の好物も作るとするか」
料理が出来上がった頃、暫くして彼女が帰ってきた。
「……ただいま」
「帰ったか、お帰り」
「はい……」
彼女はまだ気を使っているのか、近づかないようにお辞儀をすると、俺から離れようとする。
それを察して、琥珀は自ら鈴から身を引いた。
「ご飯できてるから食べろよ。俺は元に戻ってるから……」
そう言い残すと、琥珀は本来の姿に戻り、部屋を出ていった。
琥珀がいなくなったことを確認すると、鈴は、彼が用意してくれた食事に手をつける。
「いただきます」
数日ぶりに口にする彼の料理はやはり美味しい。
それにしても、彼は色んな料理を作れて尊敬する。
自分の料理よりも、見た目も綺麗に作れてしまうから、鈴は弱音を吐くように呟いた。
「悔しいな……」
食事を済ませ、後片付けをしながら戸棚に目をやると、ある一冊のノートを見つけた。
それを手に取り、そっと中身のページを開くと、細かく色んな事が書かれていた。
栄養の事、レシピの作り方、私の好物までメモしてあることに、つい笑ってしまった。
「琥珀さん、こまめに書いてるな」
彼の真面目な努力がわかり、自分も頑張らなければと思えた。
軽くシャワーを浴びた後部屋に入ると、布団の上には白い巳がいた。
白蛇の彼はこちらの気配に気づくと、首を伸ばしこちらを凝視している。
その光景に思わず声をあげてしまう。
「えぇ……駄目ですよ!!」
『残念ながら、どかないぞ~』
蛇の姿の琥珀は、その場で蜷局を巻き悪戯に話す。
「そんな……じゃぁ私は向こうの部屋で眠ります」
慌てて部屋を出ていこうとすると、甘い声が響く。
『鈴ってば、酷いな~。おいで!この姿なら大丈夫だよ』
そう言われても、今日まで月物の期間だ。簡単に近づく訳にはいかない。
大物主様に彼を食べられない為に、抵抗するように彼に声を掛ける。
「明日から大丈夫ですから、待ってください!!」
だが、琥珀も諦めることなく、鈴に向かって声を掛ける。
『俺は大事な鈴を撫でてやりたいんだけど。俺も撫でられたいしさ……ほら』
「駄目ですっ」
『強情だな。健気に掟を守るのはいいことだけど……俺にとっては苦しいだけだ……』
「琥珀さんが大切なんです。だから……」
昨日のように彼が苦しむ姿は見たくない。そう思っていると、蛇の彼が真剣に話し出す。
『俺も鈴が大切。だから大神のいう事より、俺を信じろよ』
「こ、琥珀さ……」
その言葉に揺らいでしまいそうになると、ゆらりと彼の形が変わっていく。
「わかってるぞ、お前が本当は……この腕に抱かれたいって思ってること」
人型になった彼は、私の目の前で手を広げる。
その腕の中に包まれたくて仕方ないが、留まる。
「琥珀さんが穢れてしまいます……」
「不浄とか俺には関係ない。俺は、神じゃなく人としてお前と過ごしたいんだ。鈴、もっと素直になれ……」
「あ……」
琥珀は戸惑っている鈴に近づくと、優しく抱きとめた。
今夜の彼からは直ぐに藤の香りがした。その香りに包まれると安堵して、嬉しさが込み上げる。
「さ~て、今日も鈴を労わろうか」
「でも、琥珀さんの身体に負担が……」
「黙って……今日は今まで触れられなかった分、お前を触りたい気分なんだから……」
「んっ……」
甘い口づけが落とされ、顔を擦り付けるように愛撫される。
「琥珀さん……んっ」
「な?いいだろ……」
布団に降ろされ、彼に包まれる。昨日はあんなに辛そうだったのに、今日は平然としている彼に驚きを隠せない。
今日で月物は終わりだが、まだ明日まで呪いの効果が残っているはずなのに……。
「琥珀さん…本当に大丈夫なんですか?」
そう確認すると、彼はただ私を見つめて笑う。
「平気だって……なぁ、鈴。俺に触って」
「琥珀さん……」
頭に手を乗せ髪を撫でると、彼は目を閉じたまま、そっと身を任せた。
この時の彼は、どこか可愛く映る。
「もっと……触れて」
「じゃぁ……」
彼の顔を掌で包みこみ、輪郭をなぞる様に優しく指を伝う。
唇に指が当たると、琥珀は口を軽く開け、鈴の親指を口に含んだ。
「えっ……!」
「……ふふっ」
吐息交じりに舌を出し指を舐められる。
舌の熱さと感触に身が震えてしまう。
「そんな……嫌っ」
「鈴。こういうのもいいだろ……」
彼の瞳が、ゆっくりと見開かれ目が合う。相変わらずの妖艶さにドキドキする。
知らぬ間に腰元に彼の手がなぞられ、身が震える。
すると擽る様に、彼の左手がわき腹に忍び込み指先が動いた。
「擽ったいです……」
「擽ったい?鈴はここ弱いからな~」
「ちょっ、琥珀さん……」
彼の唇が首筋に移動し、強く吸われるように赤い跡を残していく。時には甘噛みをされ、その箇所からじんと痛みが広がっていく。
なぞられる舌の感触に身体が高揚していく。
「もぅ、恥ずかしい……」
「恥ずかしくないだろ。これよりももっとすごいのしてるし……」
「もう、全然労わってない……」
彼は楽しそうに、掌を合わせ、指を絡めていく。彼の発情モードのスイッチが入る前に止めなくてはと思い制止する。
「琥珀さん、これ以上酷いことしたら駄目ですよ」
「わかってるよ。けど、こうしてまだ、抱き着いていたい」
上機嫌に抱き着くと、耳元で囁き、耳朶を優しく甘噛みされる。
「ん……」
「実は……大神からは触れてもいいと許可をもらったんだ」
「……本当に?」
「まぁ、しっかり清めないといけないが。人になってるから明日は念入りだな」
「だったら尚更もう離れないと……」
そう諭すが、彼は私を離す気配がなく抱き付いたままだ。
「それはできないな。お前が眠るまで……」
「琥珀さんの身体に何かあったら私……やっ」
彼の指先がそっと服の中に滑りこみ、胸元に触れていく。その甘い悪戯に羞恥を帯びながら、感じてしまう。
「敏感に震えて……可愛い」
「今日は駄目です……お願い……しますっ」
その手にしがみつく様に懇願すると、彼は忍ばせていた手を、腹部の辺りに回し優しく撫でた。
「ごめん……いけない癖だな。つい虐めたくなる。鈴の肌柔らかくて、こうしてると心地いいから。」
彼の言葉は染み渡るように私の心に響いてくる。この腕の中にずっといたい……
優しく労わる様に鈴の髪を撫でながら、琥珀は穏やかに話しかけた。
「もっと……俺を頼れ。お前の為なら、この身でできる限りのことはするから」
「わ、私も頼ってください……」
彼女からの返答に、琥珀は嬉しく思った。
「ありがとう……さ、おやすみ」
「おやすみなさい……」
琥珀の優しい手に抱かれながら、鈴は直ぐに眠りについた。
「寝たか……」
平気だと言っていたが、不浄による身体の応えを感じ、そっと彼女の身から離れ、元の姿に戻った。
『明日もまた怒られそうだ……』
明日も大神に邂逅したら、呆れながら叱られるに違いないと琥珀は思った。
「琥珀さん……愛しています」
寝言なのか、その呟きに鈴を見やると、頭を頬に当て、琥珀は鈴の耳元で囁いた。
『鈴……障りが終わったらたくさん抱きしめてやるからな』
高揚する気持ちを胸に秘め、琥珀もその場で眠りについた。
ここ数日、うまく寝付けず寝坊気味だったが、今朝は無事に起きることができた。
やはり彼のおかげたと、心の中で彼に感謝した。
食事を済ませ、仕事の支度をして部屋を出る。
彼がいるであろう祠の前に立ち、いつもと同じように手を合わせ祈る。
するとゆっくりと祠から白い巳が現れた。
「琥珀さん……。おはようございます。昨日はその、ありがとうございました」
『おはよう、ちゃんと起きれたな。気を付けて行って来いよ』
触れてしまいそうになる手をぐっと抑えて、鈴はその場を去った。
鈴を見送った後、彼女の表情が、自分に触れるのを我慢しているように思えて、嬉しさが込み上げた。
『鈴、ほんとは触りたがってた……大神め』
ゆっくり人に顕現し身支度をすると、大神に対する怒りを覚えながら、仕事先に向かった。
昨夜、月物が残る彼女を抱きしめてしまったことで、大神から罰を受けることは確実だが。特に恐怖など感じなかった。
自分はどうなっても構わないが、鈴を悲しませたことだけは許せない。
いつものように境内に入り、御神木のもとに差し掛かると、一人の着物姿の優美な女が目に留まる。
その姿を見て、人ではないと直ぐに察知した。
「貴方が、琥珀殿……」
「何か?」
声をかけると、白き着物を纏った女が自分に近づいてくる。
「俺に何か用か?」
「貴方から……強い気が感じます」
「強い気……ね」
「私は、貴方様と同属の者。大神の命で会いにきました」
「大神が、俺をどうする気だ……?」
大神の命令とはどういうことだろう……。疑うように彼女に問いかける。
すると白き女は突然俺を抱きしめ、甘く囁きながら俺の背中へと、手を回してくる。
「私と交わりを……」
「……」
「貴方様を、癒してさしあげます」
纏わりつく手は綺麗だが、嫌悪感を感じる。女性に縋られるのは、どこか気が乗らない。
自分には鈴だけで十分だ―
「すまないが、俺には妻がいる。必要ない」
「……そのような事を言わず」
「俺は、彼女しかいらない。すまないが、お前にはもっといい奴がいるぞ。こんな年取った神霊と共にならなくてもな」
「……そこまで人間の女と添い遂げたいのですか?」
「人間だとか関係ない。俺は自分の心で決めたんだ。阻むなら容赦しない……」
たとえ同じ同属だろうと、気安く触られたくはなかった。
回された手を払い除け、彼女に向けて威嚇するように視線を向ける。
琥珀の表情を見て恐怖を感じたのか、女が静かに離れる。
「も、申し訳ございません……」
謝罪の言葉を述べた後、彼女は蛇の姿になり、森の中へと消えていった。
『琥珀、同属を拒むとは……』
頭上から大神の声がし、その声の元を見上げ話す。
「大神……鈴に手を出すとは。貴方であっても許せませんね……」
『そこまでして鈴が愛しいか。だが、鈴もまたお前を大切に思っているのがわかった……』
「……」
『だが、我との約束を、彼女は守っていたというのに、お前は勝手に鈴に触れた。お前には、罰を与えねばなるまい』
「どんな罰を受けようとかまわない。だが俺は鈴の元へ帰る!この身を無くし魂だけになったとしても……』
たとえこの身が消えたとしても、心だけは彼女の元に寄り添っていたい。
人になれなくなったとしても、蛇のままでも彼女を守りたいと、琥珀は思った。
『いい覚悟だ……』
狂気を孕んだ大物主の声が、琥珀へと響いてくる。
身体を突き抜けるような大物主の神気に臆することなく、琥珀自身も、鈴に対しての怒りを言葉に発した。
「だが、その前に貴方は鈴を傷つけた。彼女を傷つけたこと許しはしない……」
留まっていた神気を爆発させ、主だった柘榴と対峙したあの時のように、神の力を大神に見せる。
白く澄んだ琥珀の姿を見た大物主は、驚きの声を上げた。
『お前……神気が』
「こんな場所で争いたくはないが、俺は今、貴方が許せない!」
『まずい……』と大物主は思い、慌てて琥珀に話しかけた。
『琥珀、彼女に関わったのは謝る……試したのだ。お前と鈴の絆がどれほどのものか』
「……彼女を……鈴を遊び道具にするな!!」
怒りの咆哮と共に、風が強く吹き上げ、辺りの木々の葉を吹き飛ばす。
『おい、力を抑えろ!悪かった……』
「では……彼女に毎日触れることをお許しいただけますね?」
琥珀は大物主へ強気に迫ると、大物主は根負けしたのか、呆れにも似た声を漏らした。
『それは……仕方ない許そう。ただし、血の不浄はよろしくない。しっかりと清めるように……』
「心得ています……」
これでずっと愛しい者に触れられると思い安心した。
帰ったらこの期間を埋めるように、鈴を抱きしめてやろうと、琥珀は心の中で思った。
『まったく、我よりも人間に執念深い者がいるとは……。お前は、よく彼女に煙たがられないな』
煙たがられる―?
そんなことはない。彼女は俺を心の底から心配してくれている。
「いえ、俺と鈴は想い合っていますから……」
大物主から深い溜息が聞こえたが、それを気にすることはなく、琥珀は仕事をするため社務所へと向かって行った。
その後姿を見つめながら、大物主は楽しそうに言葉を漏らした。
『異種同士が想い合うのはいいものだな……あいつなら、本当に……』
辺りを穏やかな風が吹き抜け、その声は風と共に消え去った。
仕事が終わった後、足早に家に帰った。まだ彼女は帰っていなかった為、料理の支度を始める。
「さてと、美味いもの作るか……」
帰り際、いただいた野菜を使い煮物を作る。自分は食べれないが、肉料理もいくつか覚えた。
彼女の為に、久々に料理を作ることが嬉しく思える。
やはり美味しく食べてくれる者がいることは、作り甲斐があっていい。
「鈴の好物も作るとするか」
料理が出来上がった頃、暫くして彼女が帰ってきた。
「……ただいま」
「帰ったか、お帰り」
「はい……」
彼女はまだ気を使っているのか、近づかないようにお辞儀をすると、俺から離れようとする。
それを察して、琥珀は自ら鈴から身を引いた。
「ご飯できてるから食べろよ。俺は元に戻ってるから……」
そう言い残すと、琥珀は本来の姿に戻り、部屋を出ていった。
琥珀がいなくなったことを確認すると、鈴は、彼が用意してくれた食事に手をつける。
「いただきます」
数日ぶりに口にする彼の料理はやはり美味しい。
それにしても、彼は色んな料理を作れて尊敬する。
自分の料理よりも、見た目も綺麗に作れてしまうから、鈴は弱音を吐くように呟いた。
「悔しいな……」
食事を済ませ、後片付けをしながら戸棚に目をやると、ある一冊のノートを見つけた。
それを手に取り、そっと中身のページを開くと、細かく色んな事が書かれていた。
栄養の事、レシピの作り方、私の好物までメモしてあることに、つい笑ってしまった。
「琥珀さん、こまめに書いてるな」
彼の真面目な努力がわかり、自分も頑張らなければと思えた。
軽くシャワーを浴びた後部屋に入ると、布団の上には白い巳がいた。
白蛇の彼はこちらの気配に気づくと、首を伸ばしこちらを凝視している。
その光景に思わず声をあげてしまう。
「えぇ……駄目ですよ!!」
『残念ながら、どかないぞ~』
蛇の姿の琥珀は、その場で蜷局を巻き悪戯に話す。
「そんな……じゃぁ私は向こうの部屋で眠ります」
慌てて部屋を出ていこうとすると、甘い声が響く。
『鈴ってば、酷いな~。おいで!この姿なら大丈夫だよ』
そう言われても、今日まで月物の期間だ。簡単に近づく訳にはいかない。
大物主様に彼を食べられない為に、抵抗するように彼に声を掛ける。
「明日から大丈夫ですから、待ってください!!」
だが、琥珀も諦めることなく、鈴に向かって声を掛ける。
『俺は大事な鈴を撫でてやりたいんだけど。俺も撫でられたいしさ……ほら』
「駄目ですっ」
『強情だな。健気に掟を守るのはいいことだけど……俺にとっては苦しいだけだ……』
「琥珀さんが大切なんです。だから……」
昨日のように彼が苦しむ姿は見たくない。そう思っていると、蛇の彼が真剣に話し出す。
『俺も鈴が大切。だから大神のいう事より、俺を信じろよ』
「こ、琥珀さ……」
その言葉に揺らいでしまいそうになると、ゆらりと彼の形が変わっていく。
「わかってるぞ、お前が本当は……この腕に抱かれたいって思ってること」
人型になった彼は、私の目の前で手を広げる。
その腕の中に包まれたくて仕方ないが、留まる。
「琥珀さんが穢れてしまいます……」
「不浄とか俺には関係ない。俺は、神じゃなく人としてお前と過ごしたいんだ。鈴、もっと素直になれ……」
「あ……」
琥珀は戸惑っている鈴に近づくと、優しく抱きとめた。
今夜の彼からは直ぐに藤の香りがした。その香りに包まれると安堵して、嬉しさが込み上げる。
「さ~て、今日も鈴を労わろうか」
「でも、琥珀さんの身体に負担が……」
「黙って……今日は今まで触れられなかった分、お前を触りたい気分なんだから……」
「んっ……」
甘い口づけが落とされ、顔を擦り付けるように愛撫される。
「琥珀さん……んっ」
「な?いいだろ……」
布団に降ろされ、彼に包まれる。昨日はあんなに辛そうだったのに、今日は平然としている彼に驚きを隠せない。
今日で月物は終わりだが、まだ明日まで呪いの効果が残っているはずなのに……。
「琥珀さん…本当に大丈夫なんですか?」
そう確認すると、彼はただ私を見つめて笑う。
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「琥珀さん……」
頭に手を乗せ髪を撫でると、彼は目を閉じたまま、そっと身を任せた。
この時の彼は、どこか可愛く映る。
「もっと……触れて」
「じゃぁ……」
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「えっ……!」
「……ふふっ」
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舌の熱さと感触に身が震えてしまう。
「そんな……嫌っ」
「鈴。こういうのもいいだろ……」
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知らぬ間に腰元に彼の手がなぞられ、身が震える。
すると擽る様に、彼の左手がわき腹に忍び込み指先が動いた。
「擽ったいです……」
「擽ったい?鈴はここ弱いからな~」
「ちょっ、琥珀さん……」
彼の唇が首筋に移動し、強く吸われるように赤い跡を残していく。時には甘噛みをされ、その箇所からじんと痛みが広がっていく。
なぞられる舌の感触に身体が高揚していく。
「もぅ、恥ずかしい……」
「恥ずかしくないだろ。これよりももっとすごいのしてるし……」
「もう、全然労わってない……」
彼は楽しそうに、掌を合わせ、指を絡めていく。彼の発情モードのスイッチが入る前に止めなくてはと思い制止する。
「琥珀さん、これ以上酷いことしたら駄目ですよ」
「わかってるよ。けど、こうしてまだ、抱き着いていたい」
上機嫌に抱き着くと、耳元で囁き、耳朶を優しく甘噛みされる。
「ん……」
「実は……大神からは触れてもいいと許可をもらったんだ」
「……本当に?」
「まぁ、しっかり清めないといけないが。人になってるから明日は念入りだな」
「だったら尚更もう離れないと……」
そう諭すが、彼は私を離す気配がなく抱き付いたままだ。
「それはできないな。お前が眠るまで……」
「琥珀さんの身体に何かあったら私……やっ」
彼の指先がそっと服の中に滑りこみ、胸元に触れていく。その甘い悪戯に羞恥を帯びながら、感じてしまう。
「敏感に震えて……可愛い」
「今日は駄目です……お願い……しますっ」
その手にしがみつく様に懇願すると、彼は忍ばせていた手を、腹部の辺りに回し優しく撫でた。
「ごめん……いけない癖だな。つい虐めたくなる。鈴の肌柔らかくて、こうしてると心地いいから。」
彼の言葉は染み渡るように私の心に響いてくる。この腕の中にずっといたい……
優しく労わる様に鈴の髪を撫でながら、琥珀は穏やかに話しかけた。
「もっと……俺を頼れ。お前の為なら、この身でできる限りのことはするから」
「わ、私も頼ってください……」
彼女からの返答に、琥珀は嬉しく思った。
「ありがとう……さ、おやすみ」
「おやすみなさい……」
琥珀の優しい手に抱かれながら、鈴は直ぐに眠りについた。
「寝たか……」
平気だと言っていたが、不浄による身体の応えを感じ、そっと彼女の身から離れ、元の姿に戻った。
『明日もまた怒られそうだ……』
明日も大神に邂逅したら、呆れながら叱られるに違いないと琥珀は思った。
「琥珀さん……愛しています」
寝言なのか、その呟きに鈴を見やると、頭を頬に当て、琥珀は鈴の耳元で囁いた。
『鈴……障りが終わったらたくさん抱きしめてやるからな』
高揚する気持ちを胸に秘め、琥珀もその場で眠りについた。
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翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
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翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
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