蛇の香は藤

羽純朱夏

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番外編

~土用ノ入~

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長い梅雨がようやく抜けつつある頃。
段々と蒸し暑い時季になり始めた。
もうすぐ暑い夏の到来だろうか。
会社の中では冷房が大活躍をしだし、鈴はひたすら仕事に打ち込む日々を送っていた。

「ふ~」

「青葉さん、終わりそう?」

「はい、なんとか……」

「こう暑くなってくると、やる気なくすよね…喉が渇いて仕方ない」

隣にいる同僚が、服の襟元仰ぐように動かし呟く。
外で仕事をしている琥珀は大丈夫だろうか、と鈴は心配になった。
いくら森林に囲まれた神社だとしても、この時期の気温は湿度もあり暑い。おまけに人間の姿をしている分、体力を消耗するだろうから倒れないか心配になった。

「でもきっと、琥珀さんなら大丈夫……」

「?琥珀さん?え、彼の名前!!」

「あ、それは……」

「青葉さんの彼は琥珀っていうんだ!洒落た名前じゃん」

「小寺さん、大声出さないでください」

「も~結構付き合って長いよね、結婚するの?」

ぐいぐいと、迫るように小寺は鈴に訪ねてくる。
ある意味結婚というのだろうか。彼は自分の事を妻と呼び大事にしてくれる。だが、親にまだ何も伝えられていない。もし、結婚ということになれば、親はどんな反応をするのか。
相手は神だし、もし蛇の姿を見られたら。

「……」

「あ、ごめんいけないこと聞いちゃった?」

「いえ、大丈夫です」

そう話している内に定時の時刻になった。
少しずつ社内の人が帰りだす。

「青葉さんは、まだ残るの?」

「もう少し進めて、帰ります」

「じゃあこれから彼とデートだから、お先に!」

小寺が帰った後、鈴は残りの作業を片付ける為、再びパソコンに向かった。


***

一方で、神社での業務を終えた琥珀は、一人大神の声を聞いていた。

『琥珀よ、どうした?顔色が優れんようだな』

「大神、あぁ……少し暑さに応えただけです」

『顕現など捨てて、蛇のままでいればいいものを……』

大神は森林の中から声を飛ばしているようだ。
相変わらず姿を見ることはできない。
神力はかなり強い為、偉大であることに変わりはない。

『人間の贄の生気は至高の賜物か?』

「何を言いますか……」

『お前のような神霊ならば、他の雌蛇が黙っていないものを……』

「私は、彼女以外必要ありません。大神いい加減変なことを言うのはおやめください」

『つれない奴だ。さぁ、我はこれから宴だ。失礼する』

そう言い残し言葉は消えた。
何度か大神の戯言に振り回され、気が滅入りそうに思いながら、琥珀は溜息をついた。


「まったく、あの大神には気を付けないと」

参道を抜け、商店街を抜けていく。
どこからか香ばしい香りが漂ってくる。

「あぁ、鰻か」

いつの頃だったか、土用の日に鰻を食べる習慣がついたのは。
あれは江戸の頃か。
そう思いながら歩いていると、店から一人の影が見えた。

「鈴……」

買い物をしたのか、袋を下げて歩き出す。
どうやらこちらの様子に気づいていないらしいので、後ろから後をつけてみることにした。
商店街を抜けた一角にある団子屋に立ち止まると、彼女は吸い寄せられるように中に入っていった。
いったい何を買うのだろうか。
暫くして直ぐ彼女が店の外へ出てくると、目があった。

「こ、琥珀さん」

「お疲れ様、ごめん途中から気づいてたけど……声かけずらくて」

「そうでしたか、今日は土用の丑の日なんで鰻を買いました!」

「あ、鰻ね……。うん」

「え、琥珀さん鰻嫌いでしたっけ?」

前にも鰻を食べていたはずなのだが、そう思っていると琥珀は頭を掻きながら呟く。

「何かその、同属食べるみたいで……あまり……な」

どうやら彼にとって鰻は苦手らしい。

「え。同属?魚ですよ」

「そうだけど、似てるから、ちょっと。でも鈴が美味しく食べれるようにご飯作るか!」

「いえ、私が焼きます!」

「じゃあ、一緒に作ろう。ほら、重たいだろ。こっち持つから、貸せ」

「ありがとうございます」

家に着いた後、すぐさま台所で夕飯を作る。
買ってきた鰻と店に多く並べられていたしじみを取り出し焼き始める。

「じゃぁ、俺は味噌汁作るから、鈴は鰻を焼いてくれ」

「はい。蜆も土用に食べるものなんですね」

「あぁ、蜆は暑い時の疲労回復にいいって言うしな。身体がバテないようにうってつけみたいだ」

手際よく琥珀は料理を進めていき、鈴も鰻を軽く焼きかば焼きのたれで味付けをする。
すると琥珀は冷蔵庫から山葵わさびと醤油を取り出し、小鉢で混ぜ合わせる。

「白焼きだったら、わさび醤油もいいぞ」

「なるほど、二種類食べれますね」

料理が出来上がり器にご飯を盛ると、鰻を乗せ、山椒を振りかける。
いい香りが鼻を擽り、食欲が増してくる。

「さ、味噌汁もよそったし、食べるか。俺は鰻は少しでいいから、鈴がたくさん食べろ」

そう言って、自分の器にある鰻を箸で切り分けると、鈴の器に乗せた。

「たくさん食べて、精をつけなきゃな~」

「??」

「鰻の栄養も高いから、滋養強壮にぴったりだし」

「いただきます」

一口、口に含むと久々の鰻の味が口に広がり美味しい。

「美味しい」

「好きだな~鈴は。ちょっと鰻が可哀想に見えるが……でもいいな。よく味わって食べろよ」

「はい!!」

「そういえば、和菓子屋で何買ったんだ?」

「あ、それはですね」

そっと席を立ち、袋を持ってくると、包み紙を広げて見せる。

そこには小豆餅が二つ並べられていた。

「これ、土用餅というみたいです。小豆は厄除けがあるみたいで……。今日調べてたらそんなことが書かれていたんで、買ってみました」

「そっか。ご飯食べたら食べよう」

「琥珀さんに会ってから、食のこといろいろ気にするようになってます。面白いですね」

今まで知らなかったことが、新しい発見に変わっていく。
彼とずっと生活できたらいつも温かいご飯が食べれる。

「俺も、鈴の為に何かしてやりたいと思う度、色々考えるようになった。美味しいって言ってくれてありがとう」

「私も色々作ってくれてありがとうございます」

器の鰻をあっという間に食し、味噌汁も味わいながらこの瞬間が幸せだと感じた。

「おい、あまり勢いよく食べるな……よっぽど腹減ってたんだな」

「美味しいのでつい箸が進んじゃいます」

「やれやれ……」

談笑し食事を終えた後、冷蔵庫から冷茶を出し、先程の餅を皿にのせる。

「琥珀さん、はい、どうぞ」

「ありがとう」

彼は餅を一口で放り込み味わうように口を動かした。

「程よい甘さで美味い。あの神社のみたらし団子も美味いが、この和菓子屋の餅も美味いな」

「そうですか、じゃぁ私も。うん…‥美味しい。もっと買えばよかったな」

「今度はまた違うもの買えばいいさ。って、鈴・・口に餡子がついてる」

「え……」

慌てて手で拭おうとすると、それより先に彼の舌が口の周りに当たり、舌先がなぞる様に、口元の餡が舐めとられた。

「え……こ。琥珀さ……」

不意なこの動作によろけてしまうと、彼が立ちあがり私に近づく。

「ご馳走様……と言いたいところだけど……」

「な、何ですか……?」

近づく影に見上げると、ふわりと抱きかかえられ、ソファーに運ばれる。

「こ、琥珀さん?ちょっと……」

「まだ足りないな。もう少し食べたい」

甘い視線を落とされ、藤の香りが仄かに醸し出される。

「さっき俺の鰻、少し分けてあげたから……お前の唇を味あわせてくれ」

「っ……」

逃げられぬように彼に囚われた後、暫くの間、唇を執拗に味わわれてしまった。
次の日、唇が腫れ、マスクをし鈴は出勤をする羽目になってしまったのだった……



~小暑 土用ノ入どようのいり~    了。
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