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一幕
拾話
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あれから、特に変わった様子はなく生活している。
無事に彼は本来の姿に戻り、瘴気を払うことができたらしい。
鈴はあの時の行為で、琥珀と話すのも暫し気まずくなっていたが、彼はお構いなく普段通りに接していた。
朝からの熱烈な接し方に、鈴は日々翻弄されていた。
「鈴、おはよう」
「ちょっ、琥珀さん!」
やたらと私に触れてくるから心臓が持たない。
「ほら、お弁当」
「ありがとうございます……」
お弁当を受け取ると、不意に琥珀が話し出した。
「そういえば、いつが有休?休みだったか……?」
「今週末ですけど……」
「そう……うん」
琥珀は何やら嬉しそうに静かに頷いた。
「あの。何か?」
何を考えているのか、不思議そうに彼を見つめると、笑って彼は口づける。
「ふぇ……」
「まだ秘密……行ってらっしゃい」
顔が火照ったまま会社に向かう。
ふと思うのだが、最近の彼は傍で眠ってはいるが、手を出しては来ない。
ただ私が眠るまで、傍で見守っているだけだった。
蛇になったまま、人の姿を取ることがなく少し寂しい。
別にしたいわけじゃない……。
もしかしたら、前の出来事で気持ち悪がられたのかもしれない……。
彼の為にしたことが、裏目に出てしまったのではないかと、一人反省していた。
「は~」
「何、溜息?」
溜息を聞かれてしまったのか、隣の同僚に声を掛けられる。
「あ、すみません、ちょっと……」
「彼氏と喧嘩?」
「そんなんじゃ」
「連休なんだから、仲直りしてきなよ」
「違いますってば……」
彼の言っていた秘密の意味……。
それは嬉しいような、少し恐ろしいような。
「おやすみなさい」
『……おやすみ』
琥珀は昼夜が逆転している形で、夜眠る時は本来の姿のままでいる。
「……」
『まだ、眠れないのか?』
「……いえ、あの、私。前、琥珀さんに酷いことをしてしまいました。だから、夜はもう変わらないのかと……その、思ってしまって」
『あぁ~』
彼は一瞬深い溜息をついた後、そろりと私の首に巻き付いてくる。
「!!」
冷っとする温度に胸が高鳴る。
襲われる……?と思い目をぎゅっと瞑ると傍で彼の声がする。
『違う、今はちょっと無理なんだ』
「……?」
耳元に口先で突かれ声が出てしまう。
『別に嫌いなわけないだろ……好きな者にあんなことされたら……。嬉しいに決まってる』
声は掠れていて語尾がうまく聞き取れなかったが、嫌われていないことに安堵した。
『この姿でも、俺は俺だよ。抱きしめてやれないけど、ここにいる』
そこにいるのは人の彼ではないけどいつもの彼だ。
『好きだよ鈴……。愛してる』
「わ、私は……っ」
言葉にするのが恥ずかしくて思いっきり目を閉じた。
反応を見て楽しんでいるのか笑い声がする。
『ははっ、可愛い。お前見てると、表情ころころ変わるから好きだ』
密かに目を開けると、傍で蛇の彼が見つめている。
その琥珀色の目を通して、人の彼の姿が見えた気がした。
「琥珀さん……好き」
琥珀の顔に触れると、彼は頭を手に擦り付けるように動いた。
『だから、可愛いこと言うなって……。早く寝るぞ』
「はい」
私は彼に捕らわれてしまったかのように、夢中になっている気がする。
蛇の姿でも、人の姿でもどちらも彼の心は変わらない。
これからも可能な限り、傍にいてあげたいと思った。
***
それから日は過ぎていき休暇に入った。
休み前にできるだけ多くの作業を終わらせ、疲れが溜まっていた。
その初日はぐっずり遅くまで眠っていた。
不意に藤の香りが香ってきたが、睡魔が勝り目覚めないでいた。
「疲れてるな。さすがに寝込みを襲うのはまずいよな」
まだ眠っている彼女の頭を撫で、寝顔を伺う。
「さて、どうやって可愛がってやろうか……」
柘榴による呪いを浄化してから、自分の身体に変化が起こっているのを感じた。
身体の内に眠る神気が満ちるような感覚がし、長時間の顕現も保てるような気がした。
瀕死の状態から今日まで、鈴は色々なものを自身にもたらしてくれた。
祈りも、温かい温もりも、そして俺を受け入れてくれたことも。
数時間が過ぎた後、目を開けると彼が隣で眠っていた。
「起きたな……」
「こ、琥珀さん?」
「もう、昼だぞ」
人の姿でいたことに驚き慌てて飛び起きた。
私の行動に、彼は一瞬目を大きく見開き笑った。
「何?そんなに驚かなくても」
「き、着替えるのであっち行っててください」
「着替えればいいじゃん。気にしないし。それにさ、少し出かけようか」
「え?」
「何て言ったか……そうだ、デートしよ」
彼の言葉に驚いた。
恋仲という関係になって、彼と外に出かけられるようになるなんて。
でも無理をしていないだろうかと心配になるが、それでも、出かけられることが嬉しい。
「せっかく鈴が連休だし、楽しいことしよう」
「は……。はい」
出かけるならお洒落しなくてはと思い、小さな箪笥から服を探す。
「これにしようかな」
「じゃぁ~俺も着替えるか」
彼に着替えを見られたくないので、洗面所に逃げ顔を洗い、歯を磨き。その場で着替えた。
化粧をする為、再び部屋に戻ると、いつもと服装が違う彼がいた。
「わ……」
思わず見とれてしまう。
「どう?ちょっと洋装は堅苦しいな……」
「えと、どこでそんな服を?」
「あぁ、テレビで見た者を真似て変えてみたんだ。変?」
白いシャツの上に黒のジャケット、黒のズボンとシンプルな服装だけどいつもと違う彼の姿にときめいてしまった。
「もう、行けるか?」
「あ、化粧だけさせてください」
慌てて化粧道具を取り出し、化粧を始める。
それを傍らで彼が視線を向けていることに、若干恥ずかしくなった。
急に琥珀は、鈴に近づくと何か思いついたように声を掛けた。
「……鈴、紅を塗ってやる」
「え?」
琥珀は、鈴が持っていた口紅を取った後、彼女の顔を持ち上げ、自分の方に向かせる。
「ほら、じっとしてろ……」
「琥珀さ……んっ」
塗られるかと思いきや彼の唇が重ねられ、軽く舌が下唇をなぞった。
唇が離れると、手にしていた口紅の蓋を開ける。
「さぁ、塗るぞ」
口紅の蓋を開けると、その紅の部分に薬指を当ながら擦るように色を取ると、唇に当てられなぞられていく。
「っ……琥珀さん塗り方違います……」
「そう?まぁいいじゃん。ほら、上も……」
擽ったくてじれったいが、彼が丁寧に紅を塗る様子は新鮮で、じっと耐えた。
指が当てられる度に、その箇所に熱が帯びるのがわかる。
「これでいいかな」
「……」
「じゃぁ、行くか」
手を取られるように引き寄せられ、二人家を出た。
「さて、どこに行くか。鈴が行きたいところはどこだ?俺は今の街の様子はよくわからないから」
「では、神社に行きましょう!団子食べたいです」
「神社ね……。じゃぁ、行こうか」
こうして手を繋ぎながら、彼と外を歩けるなんて夢みたいだ。
今まで家の中ばかりだったので、本当にそう思う。
それでも、彼の顕現が解けてしまわないかを心配してしまう。
「大丈夫。力はたくさん温存したから。心配しないでいい」
「私の声が……」
自分の心の声が聞こえていたかのように、彼から返答が返され驚いてしまう。
「神の特権。本当は心を読めるんだよな~」
隠し事がもうできないってことに困ってしまい、困惑すると琥珀は笑って言う。
「神気が上がった証拠だな。特殊なことがない限り、読まないようにするから安心しろ」
街中を歩いていると、手から伝わる彼女の温もりが嬉しく、共に過ごせていることに嬉しく思う。
何か月前には考えられなかった。消えるはずだった我が身。
「……お前に会って色んなことあったな」
「え?」
「鈴、これからこうしてたくさん出かけような。何年も、何十年も……」
「はい……。あ、鳥居が見えてきました!」
目先に鳥居が見えてきて、その敷地に入ると、ある神の気を感じた。
境内の中は、休日のせいだろうか、人が多くいた。
「……随分賑やかだな」
すると、吹き付ける風の中から、ある声が聞こえてきた。
『おまえは、白蛇の神か……?何故、人の身になっている』
声を聞き、この者はただならぬ神だと感じ、鈴に危害が及ばないように離れることにした。
「……鈴、少し社殿の前で待っててくれ」
「え?」
「すぐ戻る!」
鈴から離れ大木の物影に立ち寄った。先程の声が再び聞こえ始める。
『我が声が聞こえるとは……。神霊よ、人の姿で世を楽しんでいるか』
「貴方の名前は?偉大なる神のようですが……」
身構えるように訪ねると、その声は静かに語り掛けてくる。
『我は大物主大神……蛇の化身だ。お前と似たような者だな』
「勝手に入り、申し訳ございません」
『連れの女と恋仲か……。面白いな。』
「私は彼女に救われました。彼女と共に寄り添い生きていきたい」
『ほぅ、かつて我も妻問いなどしたが、悲恋に終わったものだ……』
「……」
神と人の結末は何故かと悲恋が多い。住む世界も違えば、生きる時間も違う。周りに反対され殺される者もいる。
『だが、我も今、愛を誓った者がいる』
「え……」
『たまに会いに行っているのだ。お前もあの者と添い遂げたいのなら、絆を強めねばな』
「そうですね。では、大神……お話しできてよかったです。失礼します」
去り際の挨拶をすると、大神の声はその後聞こえなくなった。
足早に彼女の元へ戻り近づく。
「お待たせ」
「大丈夫ですか?」
「あぁ。さて、参拝するか。俺が願うのもどうかと思うけど……」
「ふふっ」
賽銭箱に賽銭を入れ、頭を下げ、柏手を打ち、願いを込めて神様に祈った。
願っている彼女の声が頭の中に響いてくる。
(琥珀さんが、幸せになれますように……)
俺の為に願ってくれることが嬉しくて、照れてしまう。
すると、またもやあの声がした。
『ははっ、ずいぶん想い合っているな……』
「っ。鈴……行くぞ」
大神の声と鈴の願いの声を聞いてしまい、恥ずかしくなり彼女を引いて拝殿を後にした。
「悪い。お前の願い聞いちゃった……」
「えっ、な。流してください!!」
「団子食べるぞ団子!!あ~嬉しすぎる……」
力強く抱きしめられると、彼は照れたようにその場でじっと動かず佇む。
「琥珀さん?」
「鈴が食べたくなってきた……」
周りの視線を感じ、慌てて彼から離れると、彼の手を引いて茶屋に向かう。
「恥ずかしいので、やめてください……」
「ごめん」
店の中に入りおすすめの団子を頼み、しばらく時間がかかりそうなので待つ。
待っている間彼は周りの様子を眺めながら、楽しそうに笑っていた。
「琥珀さん、楽しいんですか?」
「あぁ、いろんな声が聞こえてる。会話が面白くてな」
「盗み聞きなんて……」
「聞こえてくるから仕方ない。でも皆幸せそうだ」
「そうですか」
「って、これじゃ人間らしくないな。気を付ける」
「無理に人間を装わなくても大丈夫ですよ」
「なんか、俺ばっかり浮かれてるな……」
彼女の方が普通にしてるとしっかりしているところに、大人げなく思えた。
注がれている水を一気に飲み干し落ち着ける。
隣で彼女が、開いたグラスに水を注いでくれた。
「悪い……」
「琥珀さん可愛い……」
「可愛いのは勘弁だ……」
頭を押さえ溜息をつきながら彼は俯いた。
「鈴め、みてろよ」
「何か言いました?」
「いや、何でもない……」
時間が経ち団子が届くと二人で分けて食べ始める。
和の食べ物なら彼は口にできるので、みたらしと小倉、青のりにした。
「はい、琥珀さん」
「いただこうか」
団子を口にすると口内に甘みが広がり美味だ。
「美味い……今度作ってみるかな」
「琥珀さん本当料理好きですね」
「餡もいいが、みたらしが一番かな」
二人で団子を楽しんだ後、口元にそっと彼の手が伸びる。
「え?」
「口元が汚れてる……」
軽く舐めとるように口づけられ身が跳ねた。
「ちょっ……」
「甘い……な。ここは隅だから誰も見ていない。もう少し……」
「っ……」
柔い唇を味わうように舌を這わせると、深い口づけをした。
彼女のすべてに触れたいという欲が、この数日沸き上がっていた。
必死に耐えていた思いが溢れそうになる。溢れだす藤の香が彼女の鼻を掠めたのか、鈴は身を歪ませた。
「駄目……琥珀さんっ」
「……うん、わかってる。帰ったら……お前が欲しい」
「もぅ……」
琥珀さんの艶のある声と、花の香りに揺らいでしまう。
周りの気配が気になったが、誰も自分たちの事を気にすることなく楽しんでいて安堵した。
食べ終わった後、足早に店を出ると、彼を連れて急いで帰ることにした。
無事に彼は本来の姿に戻り、瘴気を払うことができたらしい。
鈴はあの時の行為で、琥珀と話すのも暫し気まずくなっていたが、彼はお構いなく普段通りに接していた。
朝からの熱烈な接し方に、鈴は日々翻弄されていた。
「鈴、おはよう」
「ちょっ、琥珀さん!」
やたらと私に触れてくるから心臓が持たない。
「ほら、お弁当」
「ありがとうございます……」
お弁当を受け取ると、不意に琥珀が話し出した。
「そういえば、いつが有休?休みだったか……?」
「今週末ですけど……」
「そう……うん」
琥珀は何やら嬉しそうに静かに頷いた。
「あの。何か?」
何を考えているのか、不思議そうに彼を見つめると、笑って彼は口づける。
「ふぇ……」
「まだ秘密……行ってらっしゃい」
顔が火照ったまま会社に向かう。
ふと思うのだが、最近の彼は傍で眠ってはいるが、手を出しては来ない。
ただ私が眠るまで、傍で見守っているだけだった。
蛇になったまま、人の姿を取ることがなく少し寂しい。
別にしたいわけじゃない……。
もしかしたら、前の出来事で気持ち悪がられたのかもしれない……。
彼の為にしたことが、裏目に出てしまったのではないかと、一人反省していた。
「は~」
「何、溜息?」
溜息を聞かれてしまったのか、隣の同僚に声を掛けられる。
「あ、すみません、ちょっと……」
「彼氏と喧嘩?」
「そんなんじゃ」
「連休なんだから、仲直りしてきなよ」
「違いますってば……」
彼の言っていた秘密の意味……。
それは嬉しいような、少し恐ろしいような。
「おやすみなさい」
『……おやすみ』
琥珀は昼夜が逆転している形で、夜眠る時は本来の姿のままでいる。
「……」
『まだ、眠れないのか?』
「……いえ、あの、私。前、琥珀さんに酷いことをしてしまいました。だから、夜はもう変わらないのかと……その、思ってしまって」
『あぁ~』
彼は一瞬深い溜息をついた後、そろりと私の首に巻き付いてくる。
「!!」
冷っとする温度に胸が高鳴る。
襲われる……?と思い目をぎゅっと瞑ると傍で彼の声がする。
『違う、今はちょっと無理なんだ』
「……?」
耳元に口先で突かれ声が出てしまう。
『別に嫌いなわけないだろ……好きな者にあんなことされたら……。嬉しいに決まってる』
声は掠れていて語尾がうまく聞き取れなかったが、嫌われていないことに安堵した。
『この姿でも、俺は俺だよ。抱きしめてやれないけど、ここにいる』
そこにいるのは人の彼ではないけどいつもの彼だ。
『好きだよ鈴……。愛してる』
「わ、私は……っ」
言葉にするのが恥ずかしくて思いっきり目を閉じた。
反応を見て楽しんでいるのか笑い声がする。
『ははっ、可愛い。お前見てると、表情ころころ変わるから好きだ』
密かに目を開けると、傍で蛇の彼が見つめている。
その琥珀色の目を通して、人の彼の姿が見えた気がした。
「琥珀さん……好き」
琥珀の顔に触れると、彼は頭を手に擦り付けるように動いた。
『だから、可愛いこと言うなって……。早く寝るぞ』
「はい」
私は彼に捕らわれてしまったかのように、夢中になっている気がする。
蛇の姿でも、人の姿でもどちらも彼の心は変わらない。
これからも可能な限り、傍にいてあげたいと思った。
***
それから日は過ぎていき休暇に入った。
休み前にできるだけ多くの作業を終わらせ、疲れが溜まっていた。
その初日はぐっずり遅くまで眠っていた。
不意に藤の香りが香ってきたが、睡魔が勝り目覚めないでいた。
「疲れてるな。さすがに寝込みを襲うのはまずいよな」
まだ眠っている彼女の頭を撫で、寝顔を伺う。
「さて、どうやって可愛がってやろうか……」
柘榴による呪いを浄化してから、自分の身体に変化が起こっているのを感じた。
身体の内に眠る神気が満ちるような感覚がし、長時間の顕現も保てるような気がした。
瀕死の状態から今日まで、鈴は色々なものを自身にもたらしてくれた。
祈りも、温かい温もりも、そして俺を受け入れてくれたことも。
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「起きたな……」
「こ、琥珀さん?」
「もう、昼だぞ」
人の姿でいたことに驚き慌てて飛び起きた。
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「何?そんなに驚かなくても」
「き、着替えるのであっち行っててください」
「着替えればいいじゃん。気にしないし。それにさ、少し出かけようか」
「え?」
「何て言ったか……そうだ、デートしよ」
彼の言葉に驚いた。
恋仲という関係になって、彼と外に出かけられるようになるなんて。
でも無理をしていないだろうかと心配になるが、それでも、出かけられることが嬉しい。
「せっかく鈴が連休だし、楽しいことしよう」
「は……。はい」
出かけるならお洒落しなくてはと思い、小さな箪笥から服を探す。
「これにしようかな」
「じゃぁ~俺も着替えるか」
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化粧をする為、再び部屋に戻ると、いつもと服装が違う彼がいた。
「わ……」
思わず見とれてしまう。
「どう?ちょっと洋装は堅苦しいな……」
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慌てて化粧道具を取り出し、化粧を始める。
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「……鈴、紅を塗ってやる」
「え?」
琥珀は、鈴が持っていた口紅を取った後、彼女の顔を持ち上げ、自分の方に向かせる。
「ほら、じっとしてろ……」
「琥珀さ……んっ」
塗られるかと思いきや彼の唇が重ねられ、軽く舌が下唇をなぞった。
唇が離れると、手にしていた口紅の蓋を開ける。
「さぁ、塗るぞ」
口紅の蓋を開けると、その紅の部分に薬指を当ながら擦るように色を取ると、唇に当てられなぞられていく。
「っ……琥珀さん塗り方違います……」
「そう?まぁいいじゃん。ほら、上も……」
擽ったくてじれったいが、彼が丁寧に紅を塗る様子は新鮮で、じっと耐えた。
指が当てられる度に、その箇所に熱が帯びるのがわかる。
「これでいいかな」
「……」
「じゃぁ、行くか」
手を取られるように引き寄せられ、二人家を出た。
「さて、どこに行くか。鈴が行きたいところはどこだ?俺は今の街の様子はよくわからないから」
「では、神社に行きましょう!団子食べたいです」
「神社ね……。じゃぁ、行こうか」
こうして手を繋ぎながら、彼と外を歩けるなんて夢みたいだ。
今まで家の中ばかりだったので、本当にそう思う。
それでも、彼の顕現が解けてしまわないかを心配してしまう。
「大丈夫。力はたくさん温存したから。心配しないでいい」
「私の声が……」
自分の心の声が聞こえていたかのように、彼から返答が返され驚いてしまう。
「神の特権。本当は心を読めるんだよな~」
隠し事がもうできないってことに困ってしまい、困惑すると琥珀は笑って言う。
「神気が上がった証拠だな。特殊なことがない限り、読まないようにするから安心しろ」
街中を歩いていると、手から伝わる彼女の温もりが嬉しく、共に過ごせていることに嬉しく思う。
何か月前には考えられなかった。消えるはずだった我が身。
「……お前に会って色んなことあったな」
「え?」
「鈴、これからこうしてたくさん出かけような。何年も、何十年も……」
「はい……。あ、鳥居が見えてきました!」
目先に鳥居が見えてきて、その敷地に入ると、ある神の気を感じた。
境内の中は、休日のせいだろうか、人が多くいた。
「……随分賑やかだな」
すると、吹き付ける風の中から、ある声が聞こえてきた。
『おまえは、白蛇の神か……?何故、人の身になっている』
声を聞き、この者はただならぬ神だと感じ、鈴に危害が及ばないように離れることにした。
「……鈴、少し社殿の前で待っててくれ」
「え?」
「すぐ戻る!」
鈴から離れ大木の物影に立ち寄った。先程の声が再び聞こえ始める。
『我が声が聞こえるとは……。神霊よ、人の姿で世を楽しんでいるか』
「貴方の名前は?偉大なる神のようですが……」
身構えるように訪ねると、その声は静かに語り掛けてくる。
『我は大物主大神……蛇の化身だ。お前と似たような者だな』
「勝手に入り、申し訳ございません」
『連れの女と恋仲か……。面白いな。』
「私は彼女に救われました。彼女と共に寄り添い生きていきたい」
『ほぅ、かつて我も妻問いなどしたが、悲恋に終わったものだ……』
「……」
神と人の結末は何故かと悲恋が多い。住む世界も違えば、生きる時間も違う。周りに反対され殺される者もいる。
『だが、我も今、愛を誓った者がいる』
「え……」
『たまに会いに行っているのだ。お前もあの者と添い遂げたいのなら、絆を強めねばな』
「そうですね。では、大神……お話しできてよかったです。失礼します」
去り際の挨拶をすると、大神の声はその後聞こえなくなった。
足早に彼女の元へ戻り近づく。
「お待たせ」
「大丈夫ですか?」
「あぁ。さて、参拝するか。俺が願うのもどうかと思うけど……」
「ふふっ」
賽銭箱に賽銭を入れ、頭を下げ、柏手を打ち、願いを込めて神様に祈った。
願っている彼女の声が頭の中に響いてくる。
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俺の為に願ってくれることが嬉しくて、照れてしまう。
すると、またもやあの声がした。
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「っ。鈴……行くぞ」
大神の声と鈴の願いの声を聞いてしまい、恥ずかしくなり彼女を引いて拝殿を後にした。
「悪い。お前の願い聞いちゃった……」
「えっ、な。流してください!!」
「団子食べるぞ団子!!あ~嬉しすぎる……」
力強く抱きしめられると、彼は照れたようにその場でじっと動かず佇む。
「琥珀さん?」
「鈴が食べたくなってきた……」
周りの視線を感じ、慌てて彼から離れると、彼の手を引いて茶屋に向かう。
「恥ずかしいので、やめてください……」
「ごめん」
店の中に入りおすすめの団子を頼み、しばらく時間がかかりそうなので待つ。
待っている間彼は周りの様子を眺めながら、楽しそうに笑っていた。
「琥珀さん、楽しいんですか?」
「あぁ、いろんな声が聞こえてる。会話が面白くてな」
「盗み聞きなんて……」
「聞こえてくるから仕方ない。でも皆幸せそうだ」
「そうですか」
「って、これじゃ人間らしくないな。気を付ける」
「無理に人間を装わなくても大丈夫ですよ」
「なんか、俺ばっかり浮かれてるな……」
彼女の方が普通にしてるとしっかりしているところに、大人げなく思えた。
注がれている水を一気に飲み干し落ち着ける。
隣で彼女が、開いたグラスに水を注いでくれた。
「悪い……」
「琥珀さん可愛い……」
「可愛いのは勘弁だ……」
頭を押さえ溜息をつきながら彼は俯いた。
「鈴め、みてろよ」
「何か言いました?」
「いや、何でもない……」
時間が経ち団子が届くと二人で分けて食べ始める。
和の食べ物なら彼は口にできるので、みたらしと小倉、青のりにした。
「はい、琥珀さん」
「いただこうか」
団子を口にすると口内に甘みが広がり美味だ。
「美味い……今度作ってみるかな」
「琥珀さん本当料理好きですね」
「餡もいいが、みたらしが一番かな」
二人で団子を楽しんだ後、口元にそっと彼の手が伸びる。
「え?」
「口元が汚れてる……」
軽く舐めとるように口づけられ身が跳ねた。
「ちょっ……」
「甘い……な。ここは隅だから誰も見ていない。もう少し……」
「っ……」
柔い唇を味わうように舌を這わせると、深い口づけをした。
彼女のすべてに触れたいという欲が、この数日沸き上がっていた。
必死に耐えていた思いが溢れそうになる。溢れだす藤の香が彼女の鼻を掠めたのか、鈴は身を歪ませた。
「駄目……琥珀さんっ」
「……うん、わかってる。帰ったら……お前が欲しい」
「もぅ……」
琥珀さんの艶のある声と、花の香りに揺らいでしまう。
周りの気配が気になったが、誰も自分たちの事を気にすることなく楽しんでいて安堵した。
食べ終わった後、足早に店を出ると、彼を連れて急いで帰ることにした。
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消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
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