蛇の香は藤

羽純朱夏

文字の大きさ
上 下
25 / 35
番外編

~七夕に願う~

しおりを挟む
駅からの帰り道、商店街の辺りを通ると、道の脇に願い事が書かれた短冊が風に揺れていた。

「もう七夕か」

傍の短冊に目を移すと子供達の願いや、学生の受験合格。家族の健康など様々な願いが吊るされていた。
皆願うことは色々ある。
神様はこの願いを叶えてくれるのだろうか。

そのまま歩き出し、近くの神社へ立ち寄る。
今日は七夕のライトアップをしているようだ。
本当は彼を連れて行きたかったが、無理して顕現して、連れまわすわけにはいかない。
朝見る神社とは違い、夜に見る神社は提灯の明かりに照らされると、とても幻想的に映る。

拝殿前にある大きな笹に、ここにも願いの短冊が多く飾られていた。
そっと自分も願いを書こうと、台の上にある短冊に手を伸ばした。
願い事を考えると、いろいろ浮かんでしまいきりがないが、一枚の短冊にあることを書いた。

(琥珀さんの料理をたくさん食べられますように、笑っていられますように……)

「これじゃ二つかな……願い事」

初めて会った時は、まさか蛇が人に化けるなんてと思ったけど。
今となっては、彼に会えてよかったと思う。
だが、私と彼は生きる時間が違うのが事実で……。
一緒にいても、自分が早く年老いて、彼を置いて行ってしまうのは確実だ。
今笑顔を向けてくれる彼の表情は、また曇ってしまうかもしれない。

「……」

本当はもっとこの場でゆっくりしていきたかったが、彼が心配するのでいられない。
短冊に願いを吊るした後、幻想的な社を写真に収め、神社を後にした。

アパートに近づくと、自分の部屋の灯りが灯っていることが分かった。
急ぎ足で部屋の傍に行き、ドアを開ける。

「ただいま」

『お帰り鈴、遅かったな』

蛇の姿の琥珀がそろりと鈴の傍に近づいてくる。

『あんまり遅いから、何かあったかと心配になったよ』

「ごめんなさい、少し寄り道してまして」

『寄り道ね……。さ、ご飯食べよ』

「はい」

服を着替え手を洗い、居間に行くと、人型になった琥珀がいた。
傍の机の上には素麺が置いてある。

「素麺」

「あぁ、今日は七夕だろう。七夕は素麺を食べる風習があるからな」

「なるほど……」

「漬けていた梅酒もある。飲むか?」

「あ、飲みたいです」

「よし、用意するな」

冷蔵庫から、梅が入った瓶を取り出し、グラスに注いだ。
めんつゆも用意され、添え物のオクラや刻まれた茗荷、大葉など色とりどりのものが器にあった。
彼の作る美味しいものが食べれることに感謝する。

「美味しそう」

「足りなかったらまだあるからな」

「いただきます」

早速素麺を啜る。暑い日には素麺がもってこいだ。
目の前にいる彼も、今日は久々に食べ物を口にした。

「こうして鈴とご飯食べてるとさ……」

「はい」

「すごく嬉しい。作ったもの全部美味しいって言ってくれるのも」

「琥珀さんは料理の天才です。私の作るものより敵わないほど」

「ははっ、ありがとう」

琥珀はにこやかに笑うと、箸を進めた。

食事が終わり、いつものように一日が終わっていく。
先程飲んだ梅酒のせいか、ほろ酔い気分の状態で、今日は直ぐに眠れそうだ。
布団に入り、部屋の灯りを消すと彼が静かに傍に寄ってきた。

「こ、琥珀さん……?」

「ごめん、眠いか?」

「い、いえ……」

背中越しに、彼が話し出す。

「鈴は、何か願い事をした?」

「え……」

「人間は七夕の日になると、短冊に願いを吊るす風習があるから。街中も笹がたくさん飾られていたしな」

「そうですね、実は帰りに神社で願い事をしてきました」

自分の願いを考えたらたくさんすぎて選べないから、彼の為の願いを。
そう心の中で浮かべていると、何か知りたそうに彼の吐息が私の耳元に当たった。

「何願ったの……?」

「そ、それは…‥」

「俺が叶えてあげようか……?」

「私は、もう叶ってますね……」

耳朶にそっと舌先が当たり、身が跳ねる。

「叶ってる?本当に……?」

「私は、琥珀さんの料理がたくさん食べられるようにって……」

「……」

そう口にすると、背後から力強く抱きしめられた。

「俺の料理か……それならもっとたくさん作らないとな。洋食も中華も頑張って覚えるかな」

「そんなに、たくさん覚えなくていいですよ。私も覚えたいんで」

「なら、一緒に作ってみよ。時間はたくさんある」

「はい、それからもう一つ……琥珀さんがずっと笑っていられますようにって」

「鈴、何で……お前はそう俺の為に……」

俺の為に祈る彼女が愛おしくなり、背に顔を埋める。
彼女を贄としてではなく、恋仲という関係になった今、この温かい時が一番好きな時間。
今までの悲しく寂しい時より、彼女の笑顔を見るこの時がずっと続いてほしい。

「俺の願いは、鈴とずっと一緒に添い遂げられるように……だな」

「……」

「七夕物語にある織姫と彦星みたいに、一年に一度しか逢えなくなってしまうのは嫌だな」

もしこの先、鈴との距離を離されてしまったら、耐えられない。
何としてでも、俺はきっと逢いにいくだろう。

「琥珀さん……」

彼女が、俺の元へ振り返り、顔を見上げると、その瞳と目が合う。
伸ばされた手に、指を絡めお互いを見つめ合う。
少し恥じらいのある彼女の表情に笑みが零れてしまった。

「お前って、本当に可愛すぎ……」

そっと、包むように抱き寄せ、唇を重ねる。
お互いの願いが叶うように天に想いを馳せ、静かに眠りについたのだった。


小暑~「温風至るおんぷういたる~七夕に願う~ 了
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...