蛇の香は藤

羽純朱夏

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一幕

壱話

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とある山奥に寂れた社が存在した。
もはや社の周りは緑の苔が生い茂り、人の管理が行き届いていない廃墟と化していた。
その社の前、広場の中心に白蛇が一匹、周りにはその白蛇を囲うように多くの蛇達がいる。
周りの蛇達は、白蛇に向けて罵声や蔑みの声を浴びせている。
その中、拝殿から白き長い髪をした人らしき女性が現れる。
瞳はルビーのように赤く、中央にいる白蛇を凝視し、叫んだ。

「お前はもう追放だ……。ここから去れ」

『主……何故私だけなのですか―!』

白蛇は頭を上げ、拝殿から見下す女に向かって声を発した。
だが女は、こちらを見ているだけで何も言葉を発することはない。
左右の傍らには男を侍らせており、男たちは彼女に触れられるのを喜ぶように、彼女の足元にしがみつき顔を摺り寄せている。

彼女の右側にいる緑色の髪の男が嘲笑うかのように声を発した。

「残念だな琥珀。力が朽ち果てている以上、もはやここにいることは許されぬ』

もう片方の赤茶色の髪の男も声を発した。

『もう年なのですから……仕方ないですよ』

その二人の声に続くように、周りの声が一斉に白蛇へと降り注いだ。

――もうここにはいられない。

『わかりました、私は大人しくここを出ていき消えましょう……』

汚らわしい場所にいられないと思った琥珀は、同属から離れるように社を後にする。
去っていく後も周りの悪い声は消えることなく続いていた。

「お前がすべて悪いのだぞ……さらばだ琥珀」

背を向け鳥居を抜けようとした瞬間――女神が放った一矢の矢が、琥珀の身体を貫いた。

『ぐぁっ……!』

矢は深く貫かれその部分からは赤き鮮血が流れ出す。
それでも立ち止まることなく、ずるずると痛む身体を引きずりながら地を這って行く。

野山を下り街に降りると、そこはかつて、自分が守っていた場所とは違う風景が広がっていた。

『あぁ……この何千年も仕えたってのに……ここで終わるのか』


時折空から鳥の鳴き声がする。上空から捉えられたら終わりだ。
痛みが走る身体を何とか動かし、人気のない路地裏に隠れる。
暫くじっとしていると、今度は威嚇する声がする。

『しまった!!猫か!』

その気配がした時にはもう遅く、瞬時に猫の爪が俺を捉えた。
爪がきつく身体に食い込み、身動きが取れなくなる。

『離せ!やめろっ』

さらには胴体に噛みつかれ、益々血が流れ出す。

『こんなところでやられてたまるか……』

猫は琥珀に噛みついたまま、颯爽と路地裏を抜け走り出す。

『……』

もう駄目だと思った瞬間――

車の音が響き、身が引き落とされるのを感じた。

『逃げれる……』

車の明かりが消えていくのを確認し、急ぎ足で暗闇の中へと逃げ込んだ。

『痛ぇ~社から追放されると碌なことがない……』

どこでもいいから社に篭りたい。重い足取りで動いていると、建物の横に小さな祠を見つけた。

『ここでいい、ちょっと休むか……』

この祠からはすでに神がいないのか、神気を感じなかった。

『少し借りるぞ』

刺さっていた矢を自身で抜くと、その傷口からさらに血が流れる。
薄れてゆく意識の中で思う。
明日には自分はどうなってしまうのか…‥
このまま息絶えてしまうのか…‥

『俺はもう消えるのか…‥』

頭の中の意識が薄れながら眠りについた。


それから、どのくらいの時間が経っただろう。微かな日が差し込んできたと同時に声がした。


「…‥蛇!」

『……あ?』

「この白蛇……怪我してる」

人間の匂い―しかも女だ――

するり伸びてくる手に思わず威嚇した。

『人間め!触るな!!っ痛ぇ……』

傷が思うほど深かったのか、血を流しすぎたせいで身体が動かない。

「じっとしてて……」

そっと伸ばされた手に言われるがまま、大人しく身を任せた。
人の手に触れられるなんて……何百年ぶりだろう。

(こいつは悪い奴じゃなさそうだし…)

いざとなれば、僅かな力を使い逃げることができると思い、じっとしていた。
水に打たれ痛みが走ったが、彼女は丁寧に俺を看病してくれる。
久々の安らぎを感じたことと、人間の女に温かく接してもらえたことが嬉しかった。
あの場所にいた時は、冷たい仕打ちしかなかった為、妙に居心地がいい。

「これで少しはましかも……」

『……ありがたいね~ここまでしてくれるなんて』

本来なら女人には叫ばれ、怖がられるはずなのに……。
長年生きていると珍しいこともあるものだ。

頭を少しだけ起こし彼女の手に寄せる。
すると彼女は笑い、頭を優しく撫でる。

「本当に綺麗……白蛇なんて観光に行った時くらいしか見たことなかったけど、実際にいるんだ」

『……』

「それにしても、大きい……」

『何千年も生きてるからな~。人で言うと爺さん以上か……』

そう呟いていた矢先――

「さて、祠に戻さないと。早く元気になってくださいね」

『え……もう戻すのか?』

残念な気もしたが、流れるまま祠に戻され彼女はその場から立ち去ってしまった。

『この姿だとまた動物にばれるな~』


身を小さくし祠に忍び込んだ。
それにしても、ここまで神がいなくなるなど……。
祀られなくなった神は忘れられていくのか。

『この俺もいつまで生きてられるか』

神域から追放された以上誰かに祀られなれば、神という存在ではなくなってしまう。
力も益々削がれてしまい、挙句の果てにはこの身が朽ち果てる。

『まぁ、仕方ねぇ…‥だが消える前にあの子に礼をしないとな』

その場で目を閉じ、彼女が戻るまでそこに身を隠した。


夜になり外は雨が降り始めた。
急ぎ足でアパートに戻り濡れた上着を脱ぐ。
中に入ろうとすると、扉の前であの白蛇が蹲っていた。

「え…‥?」

『お嬢さん…‥ちょっと雨宿りさせて』

「??」

不思議と頭の中に男性の声が聞こえて不思議に思う。
どこから聞こえているのだろう……

『驚かせたくなかったが、寒くて…‥』

白蛇から声が聞こえることに戸惑ってしまう。

「疲れてるのかな…‥?でも、可哀想だし…‥」

蛇は頭を上げたままこちらを見つめている。その視線が自分に訴えているように見えた。

「中へ入りますか…‥?」

確認しながら、ドアを開けるとそろりと白い個体も入ってきた。

『雨に濡れると風邪をひくぞ…‥』

扉を閉めた途端、不意に温かな風が吹いた。

「え?」

先程まで雨で濡れていた服が、一瞬にして乾き驚く。
変わった変化にその白蛇を凝視した。

「この蛇いったい…‥」

『昨日助けてくれたお返しだ……』

優しい声が、頭の中に聞こえてくる。
これはいわゆる鶴の恩返しのようなものだろうか……?

「あ、ありがとうございます」

不思議な現象に驚くが、念のためその場の白蛇にお礼を言った。

『我が名は琥珀……白蛇の神霊だ』

琥珀という名を聞いた後、目に映る白い個体がゆっくりと揺らめきだす。
何かと、瞬きをした途端…‥目の前に人が映る。
よく見ると、白い着物を纏った男の姿が目の前に立っていた。

「ははっ。見えてるか?」

「きゃ・・んぐっ!!」

叫び出すのを止めるように、男は彼女の口を手で塞いだ。

「はいはい、静かに。本来人目に姿見せるのはご法度だけど、もう自由だし……」

口に当てられた手を引き離すと、息を整えその男に言う。

「何なんですか、貴方は…‥」

見た目は少し歳をとった中年ほどの男が映る。切れ長の琥珀色の瞳は蛇と同じ、髪は黒く艶がある。
頬や首元に微かに鱗模様があるその男は、確かに先程の白蛇だと思った。

「お願いだ!少しの間俺をここに置いてくれ」

「え、困ります…‥。離れてください!」

「この姿じゃ論外か…‥?なら、もっといい男に化けてやるぞ」

急に見ず知らずの者に、そんなことを言われても困ってしまう。それに下手をしたら犯罪だ。

「そんなことじゃないんですけど…‥」

「このままだと俺消えるんだ!」

消えてしまう―?
彼の返答に疑問を持った。神というものは永遠に生きる存在ではないのだろうか……

「神様なのにどうして……?」

「俺は一応神だけど、主神の眷属で……。力が削がれて用済みにされて…‥主に捨てられたんだ」

「捨てられた……?」

戸惑うと同時に、突然彼に抱きしめられた。

「頼む、せめて傷が治るまででいいから…‥どうか!」

抱きしめられている感じにドキドキしてしまう。
男の人に抱かれたことなど、今までなかった為動揺してしまう。

「うぅ…‥」

「一応まだ神の力は残ってる、家の事を何でもしよう。だから、お願いだ…‥」

「わかりましたからっ。離れて…‥蛇に戻ってください」

「本当か!!感謝するぞ!ん~」

彼はにこやかに笑うと、私の顔に頬を擦りつける。
顔に当たる髭が痛く感じ、素早くその身を振り払った。

「ああ、ごめん…‥痛かったか?」

「もう。やめてください!」

「悪かった…‥じゃぁ、暫くよろしく頼む。あともう一つお願いが…‥毎朝、俺に祈りを捧げてくれ」

「祈り…‥?」

「誰が一人でも祈ってくれれば、力が増して長く生きながられるから…‥」

「わ、わかりました……」

彼の言っていることがうまく理解できなかったが、仕方なく返事を返した。

「それじゃ、戻るよ…‥久々に顕現したら疲れた」

そう言うと彼は、白い蛇となり部屋の隅へと移動し、蜷局を巻いて動かなくなった。
その白蛇を横目に、自分はとんでもないものを助けてしまったと、鈴は一人その場で深い溜息を洩らした。

ここから二人の不思議な共同暮らしが始まったのだった。
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