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第43話 隠し部屋での応酬

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 パレルモが広げた穴は、人一人が通り抜けられるほどの大きさだ。

 いびつな四角形のその穴からは、今居る地下室よりも濃密な魔素をはらんだ空気が漏れ出てきている。

 おそらく相当長い期間、密閉状態にあったのだろう。
 漏れ出る魔素の濃度は、遺跡の下層に匹敵するレベルだ。

 となると、壁の向こう側がダンジョン化していてもおかしくはない。

 今のところ魔物の気配はないが、少し気を張る必要があるな。

 この数日この館に住んでみて、魔物らしき姿を館の中で見かけたことはないものの、誰もいない部屋で妙な視線を感じたり、夜中に寝室のベッドで急に寝苦しくなって目が覚めたりと、不可思議な現象が何度かあったのも事実だ。

 やはり、この館には何かが潜んでいるのだ。

 そしておそらく、その元凶はこの先にいる。

「……俺が先に行く。安全を確認したら呼ぶから、二人はそこで待っていてくれ」

「う、うん。でもライノ、なんでそんなニコニコなのー?」

「む。ライノ、顔がにやけてる」

 おっと。
 胸の高鳴りが顔に出ていたようだ。

 だが、誰がこの状況でニヤけずにいられようか?

 自宅から徒歩0分のダンジョン付き物件だぞ?
 しかも広々としたダイニングとキッチン完備。
 おまけに手足を伸ばして寝られる個室だってある!

 こんな俺の――否、全冒険者たちの夢を体現したような物件がこの街にあろうとは。
 曰く付きの物件なのは分かっていたが、とんだ当たりを引いてしまったようだ。

 正直、ワクワクが止まらない。

「ゴ、ゴホン。とにかく、そこで二人は大人しく待ってろ」

 俺は油断すると緩みそうになる頬を片手でグニグニと揉みほぐしながら、深い闇を湛えた壁の穴に向き直る。

 穴から漏れ出る空気はたっぷりの魔素を含んでいるものの、毒ガスの類は混じっていないようだ。
 猛毒スキルに対する反応がないからそれは間違いない。

 もっとも、この場にいる全員が毒に対する無効スキルを有しているから問題にはならないのだが、この確認作業は身体に染みついた一連の行動だ。

 こういう無意識の動作がもしものときに生死を分けるからな。


 俺は壁の向こう側に足を踏み入れた。

 当然だが、内部は真っ暗闇だ。

 松明の明かりを高く掲げる。

「中は……何もないな」

 明かりに照らされた部屋の内部は、がらんとしている。
 間取りは、壁の反対側とほとんど変わりないようだ。

 むしろ、ずっと密室だっただけに、ほとんど埃も溜まっていない。
 あるものといえば、さきほど壊した壁の破片が足下に転がっているくらいだ。

 ダンジョン化しているようにも思えない。
 ごく普通の、石造りの地下室だ。

 だが、魔素だけは濃い。

 この部屋には、何かがある。
 直感がそう告げている。

 俺は四方の壁や床を丹念に調べて回った。

 ……すると。

「ん?」

 床の一カ所に立ったとき、違和感を覚えた。
 体重を載せたとき、少し足下の石床がガタついた気がしたのだ。

 人通りの多い通りに敷かれた石畳や古い建造物だと、そういった現象が起こることはある。
 だが、ここはずっと人の入ったことのない地下室だ。

 それに、この床の付近だけ、妙に魔素が濃い。
 というか、この浮いた石床の隙間から漏れ出ているようだ。

 この下には空間がある。
 疑念が、確信に変わった。

 どうやらこれは、大当たりのようだな。

「パレルモ、ビトラ! こっちに来てくれ。いいものを見つけたぞ」

 俺が声をかけると、二人がおそるおそるやってきた。

「いいものー? もしかしておいしいもの見つけたのー?」

「む。ここには食べ物の気配がない。ライノ、ウソはよくない」

 お前の連想する「いいもの」ってメシ以外ないのか?
 少しは食い物から離れろよ……

「見てみろ。これは多分隠し通路だ。ここから魔素が漏れ出ているのが分かるだろう? もしかしたら……ダンジョンに続いているかも知れん」

 俺はしゃがみこんだまま床の一角に触れ、言う。
 ちょっとテンションが上がりすぎてうわずった声になってしまうが仕方ないだろう。

 しかし……

「そーなの……ごはんじゃないの……お腹減ったー……」

「む。ずっとお掃除と魔法陣造りばかりでお腹が減った。報酬におやつを所望する」

 二人とも反応薄いな!

 未知のダンジョンだぞ!?

 ロマンの塊だぞ!?

 だがパレルモは「はふー」と大きなため息をつきつつ言う。

「わたしとビトラはダイニングでおやつ食べてくるよー。ライノも、休憩しよー?」

「む。今朝市場で買ってきた果物がまだ残ってたはず」

「待て待て! お前らはこの先に何があるのか気にならんのか? もしかしたらこの先に未知のダンジョンがあるかも知れないんだぞ!? 魔物の正体だって気になるだろう?」

 踵を返した二人を慌てて引き留める。

「えー。でもあの魔物は食べるところなさそうだったよー?」

「む。魔物は美味しいけれど影では食べることができない」

 ダメだコイツら。
 食い気ばかりでまったく男のロマンってヤツを分かってない!
 つーか目が完全に死んでる。

 まあ、ここ連日館の掃除とか模様替えとか食材買い出しとか魔法陣の作成とか、その他もろもろで大忙しだったからな。
 疲れているのは分からないでもない。

 だが、それでも……!

 何度でも言うが、ダンジョン発見は男のロマンだ。

 誰も踏んだことのない土を踏みしめ、誰も戦ったことのない魔物と死闘を繰り広げ、幾度もの死線を越えてゆく。
 次々と踏破する階層、切り抜ける罠の数々、死力を尽くしたフロア主との戦闘。

 そして到達した最奥部で、輝く財宝を手にするのだ。

 血湧き肉躍る冒険が、そこにはある。

「はあー。分かってないな。お前らはまったく分かってないぞ。これは、ロマンだ」

 俺はやれやれとかぶりを振りながら立ち上がった。
 二人には、ダンジョン攻略の素晴らしさを、よーく言って聞かせてやる必要があるな。

 そんな俺の熱気に当てられたのか、最初に反応したのはビトラだ。

「む。何を分かっていないという。私は何でも知っている」

 興奮したように蔦髪を膨らませ、胸の前に拳を作ってビトラが言う。

「ほう? 具体的に何をだ」

 ビトラはパレルモに比べて遺跡や魔王について詳しく知っているからな。
 俺ほどじゃないにせよ、彼女もダンジョンについて一家言持っていてもおかしくはない。
 ならば、議論は大歓迎だ。

 ビトラが続ける。

「私は知っている。ライノのことはたくさん、何でも。私の喚び出した植物は常にライノを見ている。キッチンで魔物を調理する姿も、自分の作った魔物料理を美味しそうに食べる姿も、それにいつもどんな寝相で寝ているのかも、お風呂のとき最初にどこから洗――」

「ちょーっと待とうか!」

 手を突き出してビトラを制止する。
 話を遮られてビトラが釈然としない顔になった。
 俺はもっと釈然としない。

「一体何の話をしているんだ」

 今俺、ダンジョンの話してたよね?
 なんでそこから俺の話になるのかな?

「む。これはロマンの話では。ライノはダンジョンについて熱く語ろうとした。ならば、私はライノについて熱く語る用意がある」

「いやその理屈はおかしい」

 ……そういえば心当たりがある。

 ビトラは館の空気が清浄になるからと、魔術《繁茂》で出した植物をあちこちに配置していた。
 もちろん俺もそういうインテリアは嫌いじゃないから、好きにさせておいたのだが……

 考えてみれば、誰かの視線を常に感じるようになったのは、それからだったような気がする。

 しかしそんな凶悪な魔術、持っていたっけ?

「一応聞くが……それ、何の魔術?」

「む。あれは《植物操作》。あれから私がライノのために何ができるのかいろいろ試した。そうしたら、植物を通して五感を感じることができるようになった。今では私が生み出す植物の全てが自分の身体の延長」

 マジかよずいぶん高性能になったな!
 一体誰が魔術のポテンシャルを底上げしやがったんだ!

 うん、俺だなチクショウ!

「…………ビトラ。能力が向上したのは素直に褒めておこう。だが俺の自室と風呂、そしてトイレの観葉植物は撤去しておくからな。異論は認めん」

「む。それではライノをいつでも監視することができない」

「しなくていいからなっ!?」

 監視って言っちゃったよこの子は!

「む。そんな……」

 ビトラが絶望の表情を浮かべているが、撤去しないと俺の心が死ぬ。

 しかしビトラは行動が謎すぎるな。
 俺のプライベートなんて監視して意味なんてあるのか?
 まだ俺に対して警戒心でも抱いているのだろうか。
 彼女の魔王観を考えると、分からないでもないが……

「む。でもそうなると、私とパレルモでは不公平になる」

 今度は何の話だ。
 早くダンジョン談義に話を戻したいのだが。

「……一応理由を聞いておこうか」

「パレルモはずるい。ライノが寝静まったあと、こっそり部屋に忍び込んで添い寝をしている。私は監視だけで我慢しているというのに」

 は?

「……パレルモ?」

 サッ! とパレルモが目をそらした。
 バレたのがよほど気まずかったのか、髪からのぞく耳が真っ赤だ。

 そういえば、この館に来てからというもの、夜中に何かの気配を感じたり寝苦しくて目が覚めたことが何度かある。
 例の影の魔物かと思って飛び起きると、誰もいない。
 眠いし気のせいだと思ってすぐに寝たのだが……

 あれはパレルモの仕業だったらしい。

 そういえばコイツは《どあ》とかいう短距離転移魔術を使えるんだったな。
 ベッドの上なら定位置だし、時間のかかる術式を構築する時間もたっぷりある。

 魔術が待機状態ならば、俺が起きる気配を察知してからベッド下とかに転移することは十分可能だ。

 しかし、彼女の《どあ》は使い道のない魔術だと思っていたが……こんな無駄な使い方があったとは!

 というか、一連の怪奇現象はこいつら魔王の巫女様の仕業だったらしい。

「パレルモ、ビトラ。確かに俺たちには休憩が必要のようだ。おやつ抜きの、少しばかり長ーい休憩おせっきょうがな」

「……っ!?」

「……む!?」

 二人の顔が凍り付いたが、知らんな。

 それはともかく、一刻も早く俺の部屋には鍵を付けておくことにしよう。
 もちろん侵入防止用の結界もだ。


 しかし、パレルモはまだ添い寝がしたい歳ごろなのか?
 見た目上の年齢にくらべて、少々心が幼い気がする。
 今さら彼女の過去を詮索する気はないが、心の傷が癒えきっていないのだろうか。

 だとしたら、彼女には少しケアが必要なのかもしれないな。







 ちなみに少々長めの休憩おせっきょうが終わったあとに、地下室の床の隠し扉をビトラのパワーアップした《繁茂》と《植物操作》でこじ開けてもらった。

 隠し扉の先は、案の定ダンジョン化した通路があった。

 やはりこの館は素晴らしい。
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