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第18話 三人組ふたたび

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 断崖の幅の狭い道を上ることしばし。
 
 中腹の、少し道幅の広がっている岩棚で、三人の男女が一カ所に固まっているのが見えた。さっきワイバーンに襲われていた冒険者だな。

 なにやら騒がしい。

「――ヒール! ヒール! セバス、セバス! しっかりしてよ! 何でセバスはいつもっ! 私たちだって、私たちだって……ッ!」

「セバス、このバカヤロウ! こういう役回りは俺がするもんだって何度も言ってんだろうが……っ! クソ、血が止まらねえ……っ!」

 治癒術師と思われる十代前半くらいの少女が、必死に治癒魔術を唱えている。
 その隣では、スキンヘッドの戦士風おっさんが顔を歪め、ぐったりした様子の初老の剣士風おっさんの脚の付け根を、これまた必死に押さえている。

 うーん?
 なんか、どこかで見たことがある取り合わせだな?

 ……いや、記憶があるぞ。
 コイツら、テオナ洞窟で全滅した冒険者たちじゃねーか!

 無事ゾンビ状態から蘇生できたようでなによりではあるが、性懲りもなくダンジョン探索にやってきたあげく、魔物に襲われてピンチらしい。

 またかよ……

 初老の剣士、もといセバスはぐったりとしている。
 半身に酷い火傷を負い、さらに脚が妙な方向にねじ曲がっている。
 破れたズボンは血にまみれで、こぼれた血で地面が赤く染まっている。

 ワイバーンの襲撃を受けた際に、深手を負ったらしい。

 これは……顔色を見るに、あまり容態がよろしくない感じだ。
 女の子の治癒魔術は初級レベルだから、ちょっとした傷なら治癒できるが、これほど重傷だと気休めにもならん。

 そういえば二人の名前、なんだったっけかな?
 まあ、今はいいか。

「なあ、あんたたち」

「ああ? なんだお前ら! 冒険者か? 何の用だ! 今忙しいんだ!」

「ひゃっ!?」

 俺が声をかけると、セバスの脚の付け根を押さえていた戦士風の男が振り向き、怒鳴った。
 おおう。
 目が血走っていて鬼気迫る様子だ。

 男のあまりの剣幕に、パレルモが涙目で俺の後ろに隠れてしまった。

「ヒール! ヒール! ヒール! ひぐっ、ヒ、ヒール……ッ!」

 女の子に至っては、泣きながらずっと治癒魔術を唱え続けてるな。
 こっちの存在に気づいてすらいない。

 おおう。
 助けようにも、これじゃ話しかける余裕がないぞ。
 どうしたもんかな。

 俺は懐から取り出した回復薬を眺めた。

 コイツは万が一のために、ダンジョン深層で採れた薬草で作ったものだ。
 鍋の具にするととっても美味しい、あの野草だな。
 
 そこの嬢ちゃんが必死に唱えている初級治癒魔術よりは、多少効き目があると思うんだが……

 むりやり割り込んで、回復薬をぶっかけるか?
 いや、変な動きを見せたら戦士のおっさんにブン殴られそうだ。

「う……む……」

 セバスが呻き声をあげ、うっすらと目を開いた。
 意識を取り戻したらしい。

「「セバス!」」

 二人の嬉しそうな声がハモった。
 セバスは、随分と二人に好かれているようだな。

「ケリイ……マルコ……よかった……無事だったのですね……」

 苦しそうに、言葉を吐き出すセバス。

「しゃべらなくていい! 今、ダンジョンの外に連れ出してやるからな!」

「ふふ……心配させないでよ、セバス! 今、傷を癒やしてあげるからね! ダンジョンを出たら……レストランで美味しいお料理をいっぱい食べさせてあげるんだから!」

 表情が明るくなった二人だが、セバスの顔色はかなり悪い。
 このままじゃ、あまり保たなそうだ。

「なあ、あんたら、ちょっと」

「さっきから何なんだお前! こっちは非常時なんだよ! 用があるならギルドに帰ったあと聞いてやるから、今は黙っててくれ!」

 オッサン戦士もといマルコの肩をとんとんっと叩くと、苛立ったような返事が返ってきた。

 こいつ、余裕がなさ過ぎるぞ。
 気持ちは分かるが、ちょっとイラっとする。

 だいたい、この非常時に他の冒険者が様子を見に来てるんだ。
 助けに来た以外に、他に何の目的があるというんだ。

 ……まあいい。
 ここは相互扶助の精神だ。
 落ち着いていこう。

 それに、あまり悠長にしている時間もなさそうだしな。

「だからあんたら、ちょっと俺の話を聞いてくれって。回復薬を持ってるんだよ。ほら、これ」

「はあ?」

 回復薬と聞いて振り返るマルコと治癒術師ケリイ。
 だが、俺の持つ回復薬を見るなり怪訝な顔になった。

「そんな色の回復薬があってたまるか! ふざけてんのか!」

「ちょっとあんた、いい加減にしなさいよ!? そんな血みたいな色をした回復薬なんて見たことないわよ、胡散臭い!」

 なぜか二人に怒られてしまった。
 これじゃ、とりつくしまがないな。

 たしかに祭壇の間の数階層上に生える薬草は、見た目は普通の薬草だが、精製するとなぜか深い赤色になってしまった。
 通常、薬草を精製して作った回復薬は淡い緑色をしているから、確かにマルコが違和感を覚えるのは無理はない。

 だが自分で試した結果、少し深めの裂傷が一発で治った。
 だから通常の回復薬よりははるかに効果が高いのは間違いない。
 完全治癒とはいかないが、少なくともセバスの傷の止血程度にはなるだろう。

 しかし、うーむ。
 そんなに胡散臭く思えるものなのか?

 もちろんここで回復薬を使わずセバスが死亡したら、セバスをゾンビ化してダンジョンの外まで連れて行くという手段もなくはないが……
 それは、次善策だな。

 というわけで、手荒な真似はしたくなかったが、これも人命救助だ。
 ここは緊急時ということでひとつ、許してもらおう。

「もういい。お前ら、ちょっとどいてろ。人命救助第一!」

「うわ! おいお前、何するんだ!」

「きゃっ!? 一体、何を……」

「あ、貴方は……?」

 二人の間に割り込みつつ、回復薬の入った小瓶の栓をきゅぽんと抜く。
 まずは呆然としているセバスの足からだ。
 患部がよく見えないから、まんべんなく振りかけておこう。

 バシャッ!

「うわっ! こいつマジでやりやがった!」

「ああっ! 何てことを……」

 ただでさえ血まみれのセバスの下半身が、さらに真っ赤に染まる。

「むう……」

 傷にしみるのか、顔をしかめるセバス。
 だが、心なしか顔色がよくなった気がする。

 よーし、もう一本!

 さらに懐から取り出した小瓶の栓を勢いよくきゅぽんっして、今度は頭からぶっかけていく。

 バシャ!

 今や、セバスの全身は深紅に染まっている。
 さきほどのワイバーンとの戦闘で俺が浴びた返り血よりも酷いな。

「ぬ、ぐ……なんですか、これは」

 顔の火傷跡が一瞬煮えたぎるように泡立ち、回復薬と同じ赤い煙が立ち上る。

 さすがにこれは堪えたらしく、セバスが苦虫をかみつぶしたような顔になった。
 だが、説明するより効果を実感してもらった方が早い。

「これでよし、と」

「おいお前! セバスに一体何をしやがった!」

 いい仕事をした俺が額の汗をぬぐっていると、スキンヘッドと顔面を真っ赤にしたマルコが俺の襟首を掴んで持ち上げた。

 おお。こいつ、結構力があるな。
 俺の足が宙ぶらりんだ。
 さすが戦士風の装備をしているだけある。

 そんなマルコの様子に、俺が感心していると……

「ちょ、挑戦者のひとっ! ライノを離してよっ! じゃないと、じゃないと……っ!」

 俺のピンチだと思ったらしい。
 パレルモが俺とマルコの前に飛び出て、両手をかざした。

 ちょっと待て。

 その構えはダメなヤツだろ。

「まてまてまてまてちょーと待って! パレルモ、ステイ! ステーイ! それはダメだ! やめろマジで! 死人をここで量産するつもりか!」

 せっかく助けたのに、マルコがワイバーンよろしく真っ二つにされてしまう!

「挑戦者のひとっ! 離してっ! ライノを離してっ!」

 パレルモはよっぽどマルコが怖いのか、顔は真っ青で、ガタガタ震えている。
 いやパレルモ、お前の方がこいつら全員よりもはるかに強いと思うぞ。

 前々から気づいてはいたが、やはりパレルモは挑戦者に対して強い苦手意識があるな。
 まあ、彼女がされたことを考えると無理はないのだが……

「お? おう? なんだあのかわいらしい嬢ちゃんは。お前の仲間か?」

 その様子に、毒気を抜かれたような表情になるマルコ。

「そうだ! あの子はあんな見た目だがかなりヤバイ魔術の使い手なんだよ。さっきワイバーンが真っ二つになったの見ただろ? 頼むからいったん俺を降ろしてくれ! 別に逃げたりしねえよ」

 そこで、マルコがハッとした表情をする。

「……あんたもしかして、さっき俺たちを助けてくれたのか?」

「えっ?」

「……なんと」

 バツの悪そうな顔になったマルコが、そっと俺を地面に降ろしてくれた。
 やっと分かってくれたらしい。
 マルコは意外と空気の読める男だったようだ。

「ライノ! よかったー」

 パレルモが駆け寄ってきて、俺にしがみついてきた。

「俺は大丈夫だよ。心配させてすまんな」

「うう、ライノ……」

 安心させるように、頭を撫でてやる。
 まだ少し震えているが、とりあえずは落ち着いたようだ。

「で、気分はどうだ? ええと、セバスさんだっけ?」

「気分、ですか。……おお。この血まみれ姿の私も、存外悪くないですな。まるで、戦場の修羅にでもなった気分です」

 にっこりと笑いながら、軽口をたたくセバス。

「セバス! あんた、ケガはいいのか!?」

「うそ……血がほとんど止まっているわ……あんなに酷かったのに」

 セバスの元気な様子に、あっけにとられる二人。

 とはいえ、回復薬の効き目はせいぜい傷を一時的に塞ぎ、止血する程度だ。
 深い傷は残ったままだし、失った血液まで取り戻せるわけじゃない。
 それにまだ、傷はかなり痛むはずだ。

 セバスは二人を心配させないよう平気を装っているが、早めにダンジョンを出る必要があるな。

「ええと、マルコと言ったっけ? あんた、帰り道知ってるか? ここから出るにはどう行けば良い?」

「はあ? あんたらも来た道じゃねえのか? もしかして、マッピングしてないのか?」

 あきれたような顔になるマルコ。
 お前らだってこの前は初心者御用達テオナ洞窟で道に迷って全滅したろ。

 ……とは言い返さない。
 俺は空気の読める男だからな。
 かわりに、

「ああ、そうなんだ。ここに来る途中、どこかで荷物を落としちまったみたいでな。ああ、俺マッピングスキル持ってないんだよ。だから地図で、さ」

 ウソも方便だ。
 もちろん祭壇の間からここまでのマッピング、バッチリ取ってあるけどな。

「……そうか。あんたらも大変だな。それと、さっきは助かった。礼を言わせてくれ」

「……さっきは変な態度をとってごめんなさい。それとセバスを助けてくれて、ありがとう」

 マルコとケリイが俺に頭を下げた。
 まあ、分かればよろしい。

「私からも、お礼申し上げます。ええと……」

「ライノだ。あんたらと同じ冒険者をやってる。あっちはパレルモ」

 セバスが差し出した手を、しっかりと握り返す。

「……よろしくお願いします、ライノ。そちらの可愛らしいお嬢さんも」

 セバスが、にこりと笑った。
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