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第15話 本領発揮

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 植物型魔物の攻撃が止んだ。

 岩すら砕く触手が、ふわふわと虚空をさまよっている。
 いきなり獲物が増えたせいで、どれを狙うのか迷っているらしい。

 まあ、それもそうか。
 いきなり魔物が何十体も現れたんだ。

「というわけで、攻守交代といこうか。全軍、散開ののち突撃。目標は、えーと、アイツだ。食い尽くせ」

 俺は魔物ゾンビたちに簡単な指示を出し、植物型魔物に手を向ける。

 キシキシキシ――
 ズズン――
 シイイィィィィ――

 ゾンビ化した魔物たちが、一斉に植物型魔物に突撃していく。
 植物型魔物も触手を突き刺したりなぎ払ったりして応戦しているが、所詮無駄なあがきだ。

 何しろゾンビ化した魔物たちには痛覚も恐怖も存在しない。
 頭部を吹き飛ばされても、足がもげようとも、身体中を蜂の巣にされようとも、戦闘上なんら問題ない。
 これが、アンデッドを相手にしたときにもっとも恐ろしいことだ。
 もっとも、俺にとっては頼もしいことこの上ないがな。

 おまけに今回は強化魔術と再生魔術を重ね掛けしてある。
 ちょっとやそっとじゃ、止まらない。

 そうしているうちにゾンビ化した魔物の群れが植物型魔物に取り付き、本体を貪り始めた。
 懸命に取り付いた魔物をなぎ払う植物型魔物。
 だが、こうなってしまえばもう終わりだ。
 片が付くまでそう時間はかからないだろう。

 しかしこういうとき、魔物の名前が分からないと面倒だな。
 一応未知の魔物はダンジョンから帰還したときに冒険者ギルドで報告しておけば、その魔物の命名、特徴や能力などを把握し、後日周知してくれるんだが。
 しかし、初対面の魔物はどうしても新種、つまり『名無し』の状態だからな。

 そうだな、あの植物型魔物は……魔物カズラとでも仮称しておこうか。
 触手もつた状だし。

 まあ、個人的には名前が付いても指示は『アイツ』で事足りるから、別に構わないんだが。

「おおー……えっぐぅー」

 その光景を見て、若干パレルモが引いている気がするが、気にしない。
 こういうのは過程よりも、結果が大事だからな。

 だがパレルモ、その、俺のことを悪魔を見るような目はやめてほしいかなー。
 いや、悪魔というか魔王なんだが、やっぱり……ちょっと、ね?

「よ、よーし。これくらいにしておくか。お前ら、そこまでっ。ステイ、ステーイ」

 ぴたりと動きを止める、魔物ゾンビの大群。
 魔物カズラはすでに残骸と化している。

 ゾンビたちが食い散らかしたせいで、破けた胎内から消化液が広間に広がっていて、嫌な臭いを充満させている。
 早くここからおいとましたい。

 とりあえず、この魔物カズラも可食部は拾っておいた方がいいのか?
 二三本、触手を持って帰るか。
 別に全部食べる必要はないだろ。

 俺はまだうねうねと動く触手を何本か拾い上げると、パレルモに向かって言った。

「そろそろいいだろ。いったん祭壇の間に帰ろう」

 ダンジョン攻略も大事だが、定期的に食事を取っておかないと不安だ。

「わかったー。あの魔物さんたちはどうするの?」

 物欲しそうな顔をするパレルモ。
 正直、このままダンジョンに吸収させたいところだが……
 一応、予備の食料として確保しておく必要があるしな。

「そいつらも、もちろん持って帰るぞ。ほいっ」

 魔物ゾンビを一カ所に集め、術を解除する。
 動きを止めた魔物たちを、いそいそと《ひきだし》にしまいこむパレルモ。

 あとは、この魔物カズラだが……
 ビクンビクンといまだに脈打つ残骸を見やる。

 気のせいか、再生している気がするんだよなあ。

 …………。

 いや、してるな。再生。
 だんだん触手の動きが活発になってきた。

 よく見ると、本体の残骸から露出した鉱石のような物体が見える。
 再生は、その物体を中心に起こっているようだ。

 俺は注意深く近寄ってみる。

 一抱えほどもある、巨大な赤色な鉱石だ。
 深い闇をその内部に湛えた赤石は、たしかに強力な魔素を周囲に漏出させている。
 コイツが動力源のようだな。

 よし、破壊しよう。

「――スキル《解体》。……よっ」

 例によって赤熱した包丁を、赤石に突き立てる。

 ガキン!

「えっ」

 包丁が弾き返された……だと?

 戸惑っていると、視界に光る文字が浮かび上がった。

《エラー スキル:解体 では破壊不能な物体です 可食部を選択して下さい》

 確かにこれは鉱石だし、食べるのは無理っぽいが……

 え?
 マジで?
 そーいう仕組みなの?

 何でもぶった斬れるマジカル包丁だとばかり思っていたぞ。

 これは困った。
 思えば、斬ったのは食べるところがありそうな魔物ばかりで、まだ岩とかは斬ったことがなかったな。

 そうすると、どうしたもんかな。
 この赤石、包丁を叩きつけても傷一つ付いてないし。

 そうしているうちにも再生が進んでいる。

 さて、どうしたもんか。

「ライノー、魔物全部しまったよー」

 考えていると、パレルモが声をかけてきた。
 ん?

 そういえば、一つだけ試せる魔術があるな。

「パレルモ、ちょっとこっちいいか?」

「なーにー」

 パレルモがやってくると、俺は赤石を指さして言った。

「こいつに、空間断裂魔術……《ばーん! てなるやつ》を放つことはできるか?」

「できるよー? でも危なくない?」

「どっちかって言うと、コイツを放置しておく方が危ないかな」

「わかったー。じゃあ、ちょっと離れてて?」

 パレルモの言う通り、十歩ほど下がる。

「じゃあ、いくよー。――《――、――》……えいやっ」

 短い詠唱ののち、気の抜けたかけ声が広間に響く。
 それと同時に、パレルモが突き出した両手から空気のゆらぎが一瞬だけ生まれ……

 バキン!

 赤石が真っ二つに割れた。

 断面はまるで鏡のように滑らかだ。
 とんでもない切れ味だ。
 空間そのものを切断するのだから、当然といえば当然だが。

「にゃっ!? ……おおー、すげー、ライノ、これすげー」

 自分の両手と俺の顔を交互に見つめながら、ビックリした様子のパレルモ。
 やっぱり、自分の力を自覚していなかったようだ。

「いや、それお前の魔術だからな?」

 その、《ばーん! てなるやつ》も数千年前に間違えて出入り口に撃って壁を崩壊させてから、怖くて使ってなかったらしいからな。
 というか、その時に威力に気づかなかったのか?
 やっぱりアホなのか? そうなのか?

 それに、なんか俺の言葉が移ってきている気がする。
 
 まあ……いいか。

 しかし、パレルモの攻撃力は申し分ないな。
 可食部が存在しない魔物が出てきたら彼女に倒してもらうとしよう。

 ということは、早めに戦闘の立ち回りも教え込んだよさそうだな。
 潜在能力はバッチリだからな。
 すぐに強くなるだろう。

 ひとまず、褒めて伸ばすことにしよう。

「さすがパレルモは魔王の巫女だな。次もこの調子で頼むぜ」

「えへへ、えへへ。もっと、もっとわたしを褒めていいんだよー」

 またもやニヤニヤクネクネとし出すパレルモをほほえましく思いながらも、横目で魔物カズラの残骸に注意を払う。

 再生は止まっていた。



 ◇



「えー、今日の収穫は……蜘蛛型魔物に蟲型魔物、なんか目玉が本体の魔物、飛べない鳥の魔物に魔物カズラの触手。それに……あのクソ大蛇。バラバラなのや小さい個体も含め、だいたい六十体くらいだ。他にも、道中の魔素溜りで採れた野草やらキノコやらがある。パレルモが頑張って運んでくれたおかげだな」

 狩ったのは俺だけどな。

「わー! 食べ物がいっぱいだね、ライノ!」

 祭壇の間に積まれた大量の魔物を見て、ぱちぱちと両手を叩き喜ぶパレルモ。
 それだけうれしがってくれるなら、こっちも頑張った甲斐があったというものだ。

 けれどね、パレルモ?
 その口の端から垂れてるキラリとしたものを早くしまいなさい。
 
 この遺跡というかダンジョンはやたらと魔物との遭遇率が高い。
 大蛇のニーズヘッグしかり、名前の分からない蜘蛛型魔物しかり……
 ダンジョンの下層で、魔素が濃いからかも知れない。

 というか、少々調子に乗りすぎてしまった気がする。
 あまりにも簡単に狩れるから、遭遇する度に倒していたらこんな魔物の山ができてしまった。
 悪くならないよう、キチンと処理した上で防腐の魔術を施しておかないとだな……やれやれだ。
 
 とはいえ、これで当面は食料問題で悩まされることはないだろう。
 もしも魔物が強力すぎて、にっちもさっちも行かなくなったらどうしようと危惧していたから、そういった事態が起こることにならなかったことを素直に感謝すべきだ。
 
 もちろん調味料などが心許ないので、やはり一度地上に出る必要があるが。

 それと分かっていると思うがパレルモ、蟲型を食うのは飢餓で追い詰められた最後の最後だからな?

 正直、足がたくさんある魔物は食欲が湧かない。
 もっとも、蜘蛛型魔物は別だがな。

 俺は持ちやすいように短く斬った、蜘蛛型魔物の脚を手に取った。
 分厚い甲殻の内側には、白い筋肉部分がみっしりと詰まっている。
 半透明のぷりぷりした、肉だ。

 最初見たときはこんな禍々しい魔物を食わなけりゃならんのかと思ったが、俺の予想が正しければ、こいつは……

「今日はこいつをメインにして、食事を作ろうと思う」

「いえーい! くもー!」

 パレルモのテンションがマックスだ。
 そんなに喜んでくれるのは作る方としては嬉しいが、あまり期待するなよ?

 これから、味見をしないといけないんだからな。
 かなりの苦行だが、美味い料理を作るために避けて通ることは許されない。
 素材の味が分からない、調味料の加減も分からないじゃ、とんでもない料理ができるに決まっているからな。

 俺はほかの魔物からも、食べられそうな部位を選んでいく。
 もちろん、ゾンビ化させたヤツからもだ。

 別にゾンビ化させたからといって肉質が悪くなるわけでも、腐敗するわけでもないからな。
 ここのキッチン棚に施された魔術のように、死霊術にはむしろ腐敗を遅らせる魔術が存在するくらいだ。
 ゾンビ化したくらいでそれを捨てるなんて、とんでもない。

「とりあえず今から作るから、ちょっと待っててくれ」

「はーい」

 パレルモの元気な返事を背中ごしに聞きながら、俺はキッチンに向かった。
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