【完結】劣情を抱く夢魔

朔灯まい

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37.君の全てを僕に。

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「アビリウスさん、はい仮面」
「んっ、ありがとう」

 先程まで追いかけまわされていたにも関わらずケロリとした表情で私から仮面を受け取る。

「…えっと、」
「あー、待って」

 私が言葉を発する前にそれを静止すると、彼はまずは僕からいい?と聞かれ、ゆっくりと頷いた。

「…僕は、夢魔で…イオリちゃんは人間だ」
「…」

 深く息を吐きながら、何を話すかとても考えるようにゆっくりと言葉を紡ぐアビリウスさんはとても真剣な眼差しで私を見つめる。

「夢魔が生きていくには、相応のエネルギーを必要とするし…人間にそれを要求する」
「…」
「それを一人の人間が補おうとすれば人は簡単に死んでしまう」

 残酷だけど、これが真実なんだ。
 どんなに私が望んで身を捧げたところで、その量など高が知れているという事。
 
「だから一人の人間に固執ができない」
「…うん」

 それは夢魔として生きている彼からすれば当たり前のことなのに、苦渋に満ちた顔をしているのはきっと私のせいだ。

「僕は…イオリちゃんの不安を取り除くことが出来ない」

 そんな事ない。そう言えればいいのに、喉に引っかかったように言えないのは心がそれを否定しているんだろうか。

「それでも、僕は…イオリちゃんの側にいたい」
「…!!」

 切なげに見つめてくる視線から目を逸らせない。

「君だけがいれば僕は…何もいらない…なのにそれも出来ない」
「…いいよ」
 
 たとえ私の命が短くなろうとも、それでも構わない。
 私の想いが伝わったのか、アビリウスさんはさらに苦しそうに表情を歪めた。

「…これ以上イオリちゃんを傷付けたく無いんだ」
「私は大丈夫」
 
 安心させるように手を握ると、彼の手は震えていて。

「直ぐに死ぬような軟弱な体では無いのでご安心ください」
「…、」
「私もごめんね、そこまで考えてくれていたのに自分だけが苦しんでると勘違いしてた」

 私に逃げ道を残してくれていたのに、それを勝手に勘違いして暴走して結果アビリウスさんを苦しめてしまった。

「ううん、僕は…結局自分に甘いんだ…。自分から突き放しておいて、それなのにイオリちゃんの優しさに甘えて…君の命を縮めたく無いと思いながら、イオリちゃんの生気だけを吸って生きていきたいと思っている」

 矛盾してるよね、と自嘲気味に漏らす。

「私だって他の人の生気を吸うくらいなら私だけにしてほしいよ」

 迷い無く本音を口にする。

「好きなんだもん、他の子のとこなんか行かないで私だけにしてよ」
「イオリちゃ、ん」
「心配してくれてるのは嬉しいよ、でも…それで離れられるのは…嫌だ」
「僕は…」

 ぐっと何かを押し殺すように唇を噛み締めるアビリウスさん。
 沈黙に口を開きそうになるが、それを堪えて彼の口から紡がれる言葉を待つ。

「僕は…どうしようもないくらいイオリちゃんが好きだ…好きでたまらないんだ」
「…っ」

 たまらず身を乗り出してアビリウスさんに飛びつけば、彼は私を何無く受け止めてきつく抱き締めてくれた。

「…私も大好き」
「ーー、」

 嬉しくて、でも少し照れ臭くてはにかみながらそう言えば、ボンッとアビリウスさんの顔が真っ赤になった。

「不意打ち…ずるいよ、」
「だって、本当のことだし…」
 
 あまりに赤くなるものだから私も恥ずかしくなって赤くなった頬を隠すように彼の胸に顔を埋める。

「……僕、夜にしか活動できないよ?朝はあんな状態だし…」
「毛玉姿、結構好きだよ私」
「…キールみたいに別の夢魔がちょっかいかけてくるかも」
「アビリウスさんが守ってくれるでしょ?」
「…それはそうだけど…」

 まだこのやりとりを続けるつもりなのかな?そう思っていたらふぅとため息を吐いて頭を撫でられた。

「約束、してほしい」
「ん。」
「我慢や隠し事は絶対しない事」
「うん、」
「今以上に吸う機会が増えると負荷が凄いかかると思うから…辛くなったら必ず言って」
「わかった」
「……はあ、何で即答するかなあ」

 呆れたような、困ったような、そんな口ぶりで言うアビリウスさんに私は、

「だって、一緒にいたいから」 

 顔を上げてそう言えば、案の定アビリウスさんは何とも言えない表情で私を見ていた。

「……まいったな」
「ん?…わっぁ」

 密着していた体が少し離れ、顎を掴まれ無理やり視線を合わせられる。


「今のはイオリちゃんが煽ったんだからね?」
「え?んっ、」 
「…」

 そう言うや否やリップ音と共に何度も交わされる口付けは甘く身も心もどろどろに溶かされる。

「んっ、口、開けて」
「っぁ、はぁ…んぅ…」

 幾度となくしてきたはずなのに、何もかも違うそれにどうしようもなく体が疼く。
 唇が離されたと思えばすぐにまた降り注ぐキスは止まることがなく、口内を熱い舌が蹂躙して腰が砕けそうになる。

「ふっぁ…ぁ、びりぅす、さ…っん」
「…っ」

 足にも力が入らなくなってガクンっとなると、すかさず大きな手が私の腰を支えてくれる。

「おっ、と…やりすぎたね、」
「ん…もっと、」
「…はぁ、ほんとに…」

 困ったように笑ったアビリウスさんは、でも嬉しそうに私の頬を撫でて強く抱き締めてくれる。

「瞳の制御もまだ完全じゃないのに…一緒にいればいるほど抑えられなくなる」
「…瞳、きれいだから…いいよ、」
「ダメダメ、僕はイオリちゃんを簡単に手放すつもりはないからね」

 その眼差しは優しさとほんの少しの狂気が混じっているようにも感じたがそんな事はどうでもよかった。
 ただこれからも私の隣にアビリウスさんが居てくれればそれでいい。

「えへへ、私もアビリウスさんから離れないよー」
「無理、もう我慢の限界」
「んっ?!」

 そう言っていきなり私の肩を掴んだかと思えば、あっという間に抱き抱えられ、ばさりと何かの音がした。

「わっぁ?!」
「邪魔が入らないところに行こう、飛ぶよ?」
「おっぁあ?!!」

 その音はアビリウスさんの背中から生えた翼の音だったようで。
 そのまま外に出て一際大きく羽ばたかせると瞬く間に地面が離れていく。

「ちょっ、アビリウスさん?!?」
「ごめんごめん、怖いなら首に手を回して目を瞑ってて」
「いっ、言われなくても!!」

 足のぶらつきが地上にいない事を実感させて、彼の言うとおりにする。
 その様子がおかしくて仕方ないのかクスクスと笑っているアビリウスさん。

「笑うなぁ!」
「んっ、ふふ…そんなに怖がらなくても絶対落とさないから安心して」
「いきなり飛ばれて怖がらない方がおかしいでしょ…!」

 威勢よく言っているが、目は瞑ったままだし抱きつく力が強まっているからかアビリウスさんは楽しそうに笑うだけだった。

「イオリちゃん、」
「なに?!!」
「…」

 少しの間の後、小さな吐息が耳元を掠める。

「僕に君の全てをちょうだい?」
「っ、」
「イオリちゃんに僕の全てをあげる」

 目を開けば穏やかに微笑むアビリウスさんがいて、私はそれに応えるようにゆっくりと頷いた。
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